一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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036 後悔の否定

家に帰ってきたのはお昼すぎだったけど、それから寝て、晩ごはんを食べて、夜に微妙に目が冴えてしまっている。馬鹿だと思うけど、じゃあどうすればいいのさという気にもなる。

 

「……話せた、な」

 

それは実は思っていたより難しくなかったけど、じゃあ話せたから何かが進んだかというとそういうわけではない。下手するとお昼のあの会話以降のほうが意思疎通が少なかったぐらいだ。

 

結局、回復が進んだと思ったらまた次のハードルが出るわけだ。そうなのかもしれないけど辛いものがあるよ。

 

そして、僕の前には角野さんとのメッセージのやり取りの画面がある。こういうことをどうやって言葉にしていいのかが、僕には良くわからない。

 

例えば、ここで角野さんのやってくれたことを否定するようなことは書きたくない。そういうのとは切り離して、辛いってことを言いたい。でも僕は角野さんほど色々と切り離せないし、言葉だけを見ることができない。

 

陽香は角野さんのことをまだ疑っているのだろうか。疑っているというのは違うかも。このあたり、陽香はうまく言葉にするのが苦手だ。僕も得意じゃないと思ってきたけど。陽香よりマシってだけじゃないか?

 

── 今日は色々とあって、疲れたけど楽しかったよ、ありがとう

 

一応、こういうメッセージは送れた。このあたりでちゃんと社会性を出すのは悪くないと思う。でもこれをたぶん角野さんは文字通りに受け取るんだろうな。

 

いや疲れたのも楽しかったのも事実だし、角野さんに感謝しているのも本当なんだけど、その間の微妙な、なんていうか僕が言葉にできていないものを角野さんが読んでくれている気がしないのだ。もちろん伝えていない僕が全面的に悪いんだけどさ。

 

── よかった。落ち着いたらもっと疲れが来るかもしれないから、早めに寝てね。

 

直ぐに返信が来たが、ちょっと待てそろそろ日付変わろうって時間帯だぞ。角野さんもなにしているんだ。気になったのでゲームプラットフォームを確認してみるとフレンドの中にステラ・コルセアをやっている角野さんのアイコンがあった。うん。

 

── 角野さんもね

 

そうやって送ると、ゲームが終了していた。あ、ちゃんと布団には入るんだ。偉い。

 

── 桂介くんは、かっこよかったよ

 

── それを送る意味をわかってて言ってる?

 

少しだけ恋心みたいなものが落ち着いてきたおかげで、身体をベッドの上でじたばたとさせることなく返信ができた。返信してからじたばたした。

 

いやその、友達からかっこいいって言ってもらうのって嬉しいじゃないですか。別に僕が努力したわけじゃないし、センスは陽香頼りとはいえ。というか結局これ陽香が褒められているだけでは?そうだな、そう考えよう。

 

── 君が私に好意を持っていることは知っているけど、それを表に出さないようにしているのもわかっている。

 

── それと関係なく、私は今日の君をみてかっこいいと思ったよ。

 

ああうん、客観的評価ですね。ちゃんとそういうことを好意を自分に向けている人に言っていると認識まではしているようでなによりです。

 

── 角野さんは、たぶん無自覚にモテるタイプだから気をつけてね

 

── 私の感覚と周囲の感覚が違うのはわかってる。補正をがんばっているけど、限界がどうしてもあるし、桂介くんとの会話ではあまり言語以外にリソースを割かなくていいから助かる。

 

噛み合っているんだかいないんだかわからないな。深呼吸をする。

 

嫌われてはいない。同じ側だと思っていてくれている。僕がこういう感情を持つことを、そういうものだと知っていて、それでいて詮索しないでくれている。

 

それはきっといいことなのだろうし、僕だって他に角野さんがこうした方がいいと思う方法なんてない。やっと角野さんを思い出す時につきまとってきた劣情が薄れてきたけど、こういうのは結局自分で向き合うしかないもので。

 

他の人はどうしているんだろうな、とかふと考えてしまう。そもそもこういう感情をあまり持たないとか。あるいは持ってもすぐに僕よりうまい方法で忘れたり気を紛らわしたりできるとか。あるいはそういう関係になってしまえば欲望は満たせるのかも。

 

僕はそういう事できないから、こらえるしかない。だから、それを少しだけでもわかってくれる角野さんのことが好きだ。これは恋愛とかそっち側ではなく、友人というか秘密を明かせる仲間として。

 

── 僕もまだ言葉にできていないものがあるけど、言葉にしたことは嘘じゃないからそこはわかって

 

── うん。ところで、今日はどのあたりが一番印象的だった?

 

そう言われて、僕は少し考える。鏡を見た時は、やっぱり違和感と安心感みたいなものがあった。家に帰ってから両親にちょっと褒められたというかいいねって言ってもらえたのは嬉しかった。陽香に選んでもらったことはなぜか知っていた。

 

── 美容院かな、行ったことなかったし

 

返信しながら、両親には話してないんだよなと思い至る。別に仲が悪いわけじゃない。むしろきちんと僕のことを見てくれていると思う。たぶん買い物の話も陽香の家族の方と連絡取りあったとかだろうし。

 

だからこそ、その関係を崩すようなことを安易に言えないのもある。十年以上の付き合いというのは僕と陽香だけじゃなくて、僕たちの家族も巻き込んでいるのだ。

 

── なるほど。私はあそこはちょっと色々あって落ち着かないところがあったけど、桂介くんはどうだった?

 

── そもそも初めてだからわかんないよ

 

── それもそうか。

 

でも、誰かから褒めてもらうのって嬉しいものだとは思う。もし今度角野さんと出かける機会があったら、今日買った服を着て、少しだけ眉も整えて、クリームも塗ってみようかな。

 

いや別に陽香とどこかお洒落なところに行く時でもいいんだけどさ、それがいつ来るかはちょっとわからないので。会話するだけでも気まずくなるのだ。教室でまた挨拶できるようになって、通話で色々と話せるようになって、そしてまたどこかに出かけて、その上でお洒落なところに行く、ってハードルがある。

 

いやでも角野さんとの三人ならそのあたりのハードル雑に越えてきそうだな、と少し考えてしまった。とはいえ、もしそうなっても何とかなりそうだとは思う。きっとすごい疲れるけど、後悔はしなさそうだ。今日だって、僕は満足しているわけだし。

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