一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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037 返信の内容

翌日。遅く起きて、朝ご飯なのか昼ご飯なのかわからないものを食べて、ステラ・コルセアをやる。飽きないな、とやりながら思った。

 

もちろん、ゲームというのはそういう風に作られている。何度も繰り返して遊べるようにランダム性であったり分岐であったりを用意しているわけだ。もちろん、そうでないものもある。ストーリーを重視して一回きりしか遊べないなんてものもあるわけで。

 

ただ、ステラ・コルセアは一回のプレイを感情移入しながら戦うのも、そういったものをある程度忘れて単なる数字のゲームとして遊ぶのも楽しくなるようにできている。これって相当難しいことをやっているんじゃないだろうか。

 

そうやっていると、左下からメッセージアプリのポップアップが出てきた。

 

── 桂介、いま話せる?

 

見慣れた陽香のアイコン。ゲームを一旦ポーズして開いた画面に映ったのは、しばらく前に僕が陽香から受け取ったメッセージ。

 

その日付はあれの少し前で、心臓が鳴って、自分がさっきまで保っていた何かが揺らがされていく。まだ全然僕はそれに慣れてもいないし、切り離すこともできないし、過去のものにもなっていない。

 

ただ、それはそう長い時間じゃなかった。メッセージの送られてきた時刻と時計を確認するとそこまで時間が経っていたわけではないらしい。よかった。それにちゃんとゲームも止めておいたから放っておいて船がやられたとかそういうのもない。大丈夫。

 

── いいよ、何があった?

 

僕と陽香だけのメッセージ欄。つまり、ここを角野さんは見ていない。前に陽香が角野さんのことを信じられないって言っていたのは三人で作ったグループの中だった。

 

── 桂介ってさ、角野さんのこと嫌いになった?

 

── 前より好きって形ではなくなった

 

── そのあたり、あたしはなんかわからなくて

 

そういう陽香の文字からは、なんとなくだけど混乱が伝わってくる。いつもの陽香は、こういうことを聞かない。わかんないならそっかで終わらせるところがある。角野さんふうに言うなら、無理に言語化することをしないというか。

 

── 僕もきちんと言えるかわからないけど

 

── わかってる

 

さて、なんて書こう。なんていうか、面倒な話になることは間違いない。ただ、そういう話は陽香にならできる、と思うところはある。

 

角野さんは、理詰めで考える人だ。言葉にして伝えたことが全てだし、言葉にして伝えられたことを前提に考える。もちろん、それは行間を読めないとか察せないとかそういうわけではない。

 

でも、陽香はそういったところがかなり上手い。実はまちがって読み取っていて、修正力が高いのかもしれないけど、結局表に出るものが正しければそれはいいのではと思う。

 

── 角野さんのことを、性的に見てたっていえばわかる?

 

この一文を送るのには、すごい時間がかかった。でも、それをちゃんと陽香は受け止められると思った。あの時の陽香じゃなくて、今の陽香なら。

 

── うん

 

帰ってきた返事は、短かった。

 

── そういうのが、なくなった

 

── あたしも、今は桂介に対してそういう気分じゃない

 

── そうなんだ

 

── あの時のあたしは、なんであんなことしたのか今でもわからないぐらい、ひどいことをした

 

僕はどう返信したらいいのかわからなくなって、それでも何も言わないのはいけいない気がして、指を動かす。

 

── うん

 

── でも、あたしはまだ桂介のことが好き。すごい桂介が傷ついているのはわかっているけど、本当はつたえちゃいけないのかもしれないけど

 

── だから、直接言いたかったの?

 

もし問題があったら、すぐに角野さんにこの画面のスクリーンショットを送るつもりだった。僕が自分で判断するよりも、マシだろうから。もちろんこの手の話を角野さんがどこまできちんとわかっているかは正直疑問なところはあるけど。

 

── ごめん、それは別の話

 

── そうなんだ

 

── 嫌だったら忘れてって言いたいけど、それってあたしが逃げてるだけだよね

 

── 陽香も辛かったら、逃げていいからね

 

僕は、ある意味で逃げていた。少なくとも自分の中の恋愛感情とラベリングしたものをできるだけ隠して遠ざかろうとしていた。陽香があの喫茶店で何も言わなかったら、僕は角野さんに自分のその時の感情を伝えることはなかっただろう。

 

ある意味では、陽香は僕が少しだけ角野さんに正直に向き合えるようになった恩人なのかもしれない。もちろんだからといって僕の中の陽香に持っている説明つかない嫌さとかぞわぞわしたものが変わるわけじゃないし、同じように幼馴染としての付き合いで得られたこれまたなんか言葉にできない友情というか恩みたいなものが揺らぐわけじゃない。

 

── 桂介はさ、逃げなかったじゃん

 

陽香は、そう送ってきた。

 

── 逃げたよ、いっぱい。ゲームとかして、角野さんとオタクな話をした

 

── あたしはずっと逃げてきた。走って、友達と遊んで、そうしていたら、少しは気が楽になるんじゃないかって

 

── 僕が言うのも色々おかしいかもしれないけど、陽香はちゃんと向かい合っていたよ

 

── そう言ってくれて、ありがと

 

感謝されたのは言ったことだけ、か。それ以外については感謝というか受け入れることができない、みたいな感じかな。わかる。

 

── もちろん、僕の言葉を全部受け入れなくたっていいからね

 

── わかってる。というか、ぜんぶ受け取ったらあたし、自分がいやで壊れそうになる

 

── どういうこと?

 

── 桂介さ、ひどいことされたんだよ?あたしに

 

── うん

 

── なのに無理して、あたしのために話きいてくれてるでしょ

 

無理、か。確かに胸は苦しい。文字を打つ手が止まることもある。でも、それぐらいだ。テストで難しい問題が出た時だって、Wikiの新しい記事を作る時だって、同じぐらいに悩んで、それで結局手を動かす。

 

── でも、僕には陽香も大事だから

 

── あたしなんかより、桂介はもっと自分を大事にしてよ

 

言われてしまった。うん、そのとおりだとは思う。これがしばらくあの時のことを思い出すきっかけになるだろうことは今の時点で察してはいる。でも、それでも今の僕は陽香に何かをしてあげたい。

 

── あと、ありがとう。あたしなんかを見てくれて。角野さんに、ここのこと言ってもいいよ

 

陽香は追加でメッセージを送って、それで会話は止まった。

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