一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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038 情緒の表出

陽香と話したことは、角野さんに伝えた。

 

── わかった。内容についてスクリーンショットじゃなくて君がまとめたのは、意図的なもの?

 

── そう

 

── 君の回復を信じることにするけど、陽香さんのほうからも後で確認する。それでいい?

 

── わかった

 

なんていうか、このあたりのやり取りはかなり事務的になってきた。事務的って言っていいんだろうか。信頼の上に成り立つ慣れたやり取りと言ってもいい。問題はこういうので油断する時にたいてい碌でもないことが起こるってことです。

 

いや、事故とかの話を高校で聞くわけですよ。春になると入学してすぐだからわからないことがあって事故を起こし、夏とか秋になると慣れてきて事故を起こし、冬はなんか寒くなって身体が動かなくなって事故を起こすらしい。なんでもありだな。

 

これは常に気をつけろってことでもあるし、あるいは季節である程度は事故の原因が変わるとかあるかもしれない。

 

というか、これは事故になるのだろうか。なんていうか、色々と考えることがあって頭が回らない。

 

外から差し込む光が日光から電灯の明かりになっていた。おかしいな今日はあまり何もしていないのに。頭の中でやったことを数えていくが、ステラ・コルセアをやって陽香とやりとりをして角野さんと共有して、ってことをやったらなんでこの時間になるんだ?

 

少し時間を考えてみると、どうにも一日が十時とか十一時から始まっているのが良くない気がするという結論が出た。これについてはなんていうか徹夜して夜にやるゲームが心に染み渡るのが悪いと思う。生活リズムを崩す程度にはステラ・コルセアはいいゲームなんですよ、僕が意志薄弱なだけかもしれない。

 

帰ってきた両親がご飯を作っているのを扉の向こうで感じながら、陽香とのメッセージを確認する。目を逸らしたくなるようなことは、少なくとも今は起きていない。

 

深呼吸。とはいえ、引き金になりそうなことをしたのは事実だ。ほら、よくあるじゃないですか。誰かに怒られたことがその後しばらく思い返して悶えるとかいうやつ。僕はあれがそれなりにあるので、気配を何となく感じるんです。

 

恋心関連については忘れることでやってきたけど、それ以外のこともある程度はその方法で対応できることはある。でも今回は忘れちゃいけないやつで、ちゃんと向かい合う必要がある。面倒だしつらいし叫びだしたいし逃げたいけど、そういう感情を一旦落ち着ける。

 

── 少し、愚痴を聞いて欲しい

 

陽香に自分の感情を少し話したおかげなのか、角野さんにおくるメッセージを打つ手もそこまで重くはならなかった。

 

── 構わないよ。

 

── 今日の陽香との会話だけどさ、いやな感じがして。その説明を今からするんだけど

 

そういって、僕は指を動かしていく。

 

── なるほど、言いたいことはある程度は伝わった。私も昔は、そういうことがあった。

 

── 今はないの?

 

── 思い出す限りでは最近は起きていないかな。

 

── いいなぁ

 

ふと嫌なことを思い出して表情に出さないようにしつつ急いで他のことを考えたりあくびを噛み殺すような感じでごまかす必要がないのか。まあ僕だって具体的に何がそういうことを思い出させるのかとか思い出した内容とか、正直わからないけど。

 

例えば、たぶん小学校の頃の記憶だけど道路を転がっているレジ袋を見てなにかすごい嫌な感情を持ったことだけを覚えていたりする。それがいつなのか、どの道路なのか、そしてその膨らんでいるようなレジ袋に何が入っているのかは全然わからないし、思い出すたびにぼやけていく。だからそれは次第に無くなっていくか、あるいは思い出したところで自分がなんでこれに嫌な気分になるかわからないものになるとは思う。

 

こういうのは、たぶん僕が陽香にされたことのせいで負った傷が骨折なら足をくじくみたいなものだと思う。僕はまだ骨折をしたことはないけど、少ししたら大丈夫になるぐらいの足の軽い捻挫とかの経験はあります。

 

── 私は、たぶん意識してそういうのを感じないようにしたから。

 

── そういうことってできるの?

 

── 自分の感情を常に把握して、例えば怒って口調が荒くなっていないかとか、悲しくなって他人にそれをぶつけていないかとか、楽しくなって話すペースが上がっていないかとか、そういうのを気にしていれば。

 

喜怒哀楽の喜以外は出ているが、たぶん角野さんは喜もちゃんとそういう管理下というか意識的な制御においているんだろうなとはわかる。外側から見てわかるぐらいにはしゃいだり楽しそうにしたりとか、そういうことはないから。

 

でも、それは別に角野さんに感情がないというわけではない。ゲームの話をする時は笑顔だし、僕と陽香の関係について色々聞く時は真面目だけど硬いってほどじゃない、言葉にするのは難しいけど落ち着く雰囲気になる。

 

いや、でもそれもぜんぶ演技なのかな、と考えるところがある。例えば陽香はなにかいいことがあると見るからにウキウキしたりするし、僕との事があってしばらくは部活もできないぐらいに気力がなくなっていた。

 

あれは周囲からはどう見られていたんだろうと思うが、人間誰しもそういうふうに気分が落ち込む時期みたいなものはあるだろう。風邪と同じだ。というかたぶん風邪とかそういう扱いされたんじゃないだろうか。

 

話を戻して、少し質問してみる。

 

── 角野さんって、笑う時にわざとしてる?

 

── 練習はしたし、意識的にすることもあるよ。でも今は訓練のおかげでかなり自然に、無意識でも出せるようになっているかな。

 

なんていうか、この言い回しは角野さんらしいなと思う。でもこれだとまるで楽しい時に自然に笑えるように練習しました、みたいな感じだな。

 

もちろん、自分で練習したものはあるのだろう。でもそういうことをして、もとの感情みたいなものをどうにかしきれるものなのだろうか。

 

── 昔の角野さんって、笑っていたの?

 

── 小学校の頃とかの話?

 

── そう

 

── あまり思い出したくないんだけどな。あまり笑えていなかったから。

 

── ごめん

 

── いいよ、もし聞きたくなったら言ってくれればちゃんとまとめておくから。

 

角野さんの返信を見て、僕はゆっくりと息を吐く。間違えたことを聞いてしまったかな。というか、あまり笑えていなかった、か。僕は小学生の頃、陽香といっしょに馬鹿なことをやって結構笑っていた記憶が残っているし、たぶん幸せだったんだろう。

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