一度で二歩は進めない   作:小沼高希

39 / 100
039 語調の意識

家のカレンダーがめくられ、七月中にやるはずだった課題や宿題やその他の諸々はだいたい半分しか終わっていない状態で八月がやってきた。暑さは衰えること無く、夏本番という感じである。

 

部屋に一日中エアコンをつけていて、ここ最近窓を開けた記憶がない。空気がこもっている感じはないが、たぶんあまり良くないのだろう。冷房をつけずに外気を取り入れたほうが今は健康に悪い。とはいえ明後日は曇りになって少しだけ気温と日差しがマシになるらしい。

 

そう、明後日。出かける時に生命の心配をする必要はなさそうだ。午前中に文学館に行って、午後にカフェに行く流れ。陽香と角野さんだけで行けばいいのに、と思わなくはない。

 

いや、でもそれを言うほどの覚悟は僕にはないですし、じゃあ僕にどこか行きたいところがあるのかというとそうでもない。だからこういう外側のきっかけは最大限利用するべきなんじゃないかと言われるとごもっともとしか返すことができないのだ。

 

買った服は明後日に向けてちゃんと準備してあるし、メイクの練習も一回やった。大丈夫。問題は髪型かな。ちゃんと櫛を通してドライヤーをかけるとそれっぽくはなるが、少し伸びているからなんかちょっと違うような気がしてしまう。

 

実際にどうかはわからない。何度も見ていたからこのあたりがはっきりしなくなってきた。写真とか撮ってもらえばよかったかもしれない。陽香は自撮りとかするタイプだから参考になるものいっぱい持っていそうだけど、あの日に僕がスマホのカメラを向けられた記憶はない。

 

深呼吸。別に緊張しているとかそんな事ないですよ、同級生と出かけるだけじゃないですか。いやその客観的に見て二人ともきれいな人だとは思いますし主観的にもかわいいけどほらあくまでこれって僕への支援の側面が大きいわけでそういう意図を無視した受け取り方をするのってよくないんじゃないですかね。

 

という形で悶えているが、たぶん陽香に会いたくないとか角野さんに裏切られているとかそういう風に思うよりはよっぽどマシだし健全なんだろうなと考えることにする。うん。

 

でもさ、そこまで冴えているわけでもない高校生が元気そうな女の子と真面目そうな女の子との三人で何処かに遊びに行くってなんか特別な意味を持つことが考えられませんか?両手に花っていうわけではないな、花のほうが主役だよ。

 

まあ男女二人ずつなら、それなりに邪推もされるでしょう。でも三人だったらむしろマシになるのではないでしょうか。別に僕はどちらかと特別な関係とかそういうわけでもないわけですし、きっと話しているのは女の子二人組で男の子はついてきているだけみたいな格好になるでしょうし。

 

まあ、たぶんちゃんと陽香に選んでもらった服を着ていればそこまで場違いになったりすることはないと信じたい。

 

手元のスマートフォンが鳴る。明後日の予定にということで角野さんがまとめて作ってくれたものだ。ルートと交通手段とがまとめられている。便利。電車で三十分ぐらい揺られるわけだ。

 

そういうところに行くこと自体は、普通に興味はある。でももっと他にも興味があることがいっぱいあって、別のことに押しつぶされて、きっと普段ならもし聞いたとしても行くつもりにはならないものだっただろう。そういうものは、別に誰にでもあるだろう。

 

陽香だって、角野さんがいなかったら文学館に行くなんてことは考えなかったはずだ。そもそも文学館なんてあったことすら知りませんでしたからね。地域ゆかりの小説家とか詩人とかをテーマにしつつ、有名な人についても企画展でやっているらしい。

 

一応教科書だったか資料集で見たことのあるような詩人の名前がウェブサイトにあった。じゃあその人の作品を知っているかと言われると微妙だし、サイトの解説にあった作品名を実際に見てもどういうものなのかは正直わからないなという感じだった。

 

カフェだってそうだ。検索するとキラキラしたSNSが出てきて、ハッシュタグを押せばなんかもう高校生とか大学生の人たちがキラキラしている。こういう場所に行けるということがある種のステータスというか、自慢できることなんだろうなとはわかる。

 

いや僕だってもし予算が許せばステラ・コルセアを作っている本社に行きたいとか思いますよ、時々SNSで公開されるオフィス内部の様子とか色々グッズが陳列されている部屋とか行きたいですもん。

 

SNS上のファンアートを丁寧にまとめて印刷して製本してある部屋があるみたいな話を見た時にはちょっと大人向けな物を書いている人たちが戦慄していました。まあここだけの話、メインイラストレーターの一人がそういう何かをあれこれしているとかなんとか。僕は未成年ですしなんか自分の好きなゲームのそういうものをわざわざ見に行くのはちょっと違う気がするので距離を取っていますが。

 

ああ、行きたいところはちゃんとあったな。たぶん遠すぎるとか、そもそも入る許可が取れないだろうとか考えて無意識のうちに選択肢から除外していた。よくないな、それに実際に落ち着いて考えてみれば頼んだら見学ぐらいはさせてくれそうだ。前に各国のWiki編集者が集まるトークアプリでの会議があったのだが、そこにゲストとして開発スタッフが来ていたし。いいのかよあれ。

 

思考が変な方向に行っていたのでもとに戻す。さっきまで、陽香が僕にファッションのコツみたいなものをいくつか送ってくれていた。コツといってもすぐに実践できるし具体的なものが多め。例えば髪型を調節するためにどうやって櫛を入れたらいいのかみたいな。

 

もしそれを言われなかったら、僕は明日のお風呂から出た時に雑にバスタオルで髪をがしがしと拭いて自然乾燥させていただろう。これについては実は角野さんも似たようなところがあるらしい。なので僕と一緒に指摘されていた。少し見方を変えれば怒っていたんじゃないのかなあれ。

 

自分が大切にしているものを他の人が雑に扱っていたり、あるいは自分とは違う方法で何かしていたりすると嫌な気分になるのはわかる。それは仕方がない。でも陽香はきちんと、こうしたほうがもっと良くなるって建設的に話をすることができていた。

 

前はそういう事できたのかな、と少し思う。小学生の頃は下手したらかんしゃくを起こしたみたいになっていたんじゃないだろうか。それが全部角野さんのおかげではないとは思うが、それでも落ち着いた話し方みたいなところに同じ雰囲気を感じなくもない、かな。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。