一度で二歩は進めない   作:小沼高希

40 / 100
040 再度の合流

駅での待ち合わせ。今日は別に遅らせるとか、そういうことはしていない。とはいえやっぱりまだ角野さんと二人きりの気まずい時間を過ごしたくはないので、ゆっくり歩けば時間に丁度に到着するようなタイミングで家を出た。もし危なかったらちょっと走ればいい。

 

昨日ちゃんと乾かしてから寝た髪と、早起きして整えた眉と顔は、なんとなく悪くない状態になっていた。服も大丈夫。とはいえ以前見たときほど衝撃がないのは何でだろう。

 

色々と理由は考えられる。美容室の照明がそういう風になっていたから家の洗面台と違うとか、服を洗ったからシワが増えて折り目が無くなった分しゅっとした感じが減ったとか、そもそも髪型が前よりは柔らかくなったというか寝てしまったというかそういう感じになっているし。

 

それと、慣れてしまったというのもあるかもしれない。こればかりは色々と練習したし確認のためにずっと三十分ぐらい鏡を見てああでもないこうでもないとしていたから仕方がないとは思う。

 

ともかく、それらしい格好にはなったと思う。少なくとも、気合を入れた二人に並べるぐらいには。

 

というわけで少しだけ早く着いてしまったなと思ったが、いたのは角野さんだけだった。前とみたときと同じ、下の方から順々に濃くなっていくレースのスカート。あれ、というか前と服装同じだな。

 

「おはよう」

 

僕に気がついたのかスマートフォンから目を上げて角野さんが手を軽く振って言う。

 

「おはよう。どうかな」

 

「君のこと?私はいいと思うよ」

 

「それはよかったけど……角野さんもね」

 

「前と同じだからね、髪型は少し変わっているけど陽香さんの選んでくれた服だから悪くはないと思うよ」

 

そういえば陽香に選んでもらったんだっけ。前にそう言っていたな。

 

「陽香ってこのあたり、センスがいいよね」

 

「センスが何なのか私には言語化できないけどね。それでも、やっぱり特定のジャンルに時間と手間をかけたらいいものはできるよ」

 

「……そうだね」

 

角野さんは、時間と手間をいくつかのものにかけたのだろう。それは人との話し方だったり、語学力だったり。前者はマイナスをマシにするために、後者はもともと持っていた部分をもっとプラスにするために。

 

「何か思うところが?」

 

「いや、角野さんって昔はそんな話しにくい人だったのかなって」

 

「気持ちの悪い話し方で早口で、相手とペースも合わせられないのに一方的にまくしたてるような人だよ」

 

「何か好きなものがある人ってだいたいそうじゃない?」

 

ステラ・コルセアWikiの編集者の皆さんを頭の中で思い浮かべる。ちょっと聞き取りにくかったりすることはあるけどせいぜいその程度で、話していて嫌になるとか気持ち悪くなるとかそういうのはない気がする。

 

「……そうかもしれないけどさ、私は嫌だったんだ、そういう私が」

 

「……そっか」

 

「っと、陽香さん来ているよ」

 

角野さんに言われてどこだろうとあたりを見渡して、後ろに立っていたので思わず悲鳴を上げたら陽香も小さく声を出して驚いていた。心臓が一気にうるさくなる。

 

あっこれまずいやつかも、とはとっさに認識できた。視界が変な感じになる前に目をぎゅっと閉じて、息を吐いて、目を開けた。大丈夫、まだなんとかなる。

 

「ごめんちょっと」

 

それ以上を言う前に、角野さんが小さく頷いた。こういう少ない情報でわかってくれるだろうとは思っていたが、ちゃんと伝わってくれたようだ。

 

「わかった、こっちは私が対応しておけばいい?」

 

僕は何も言わずに頷いて、少し歩いて陽香が視界に入らない範囲のベンチに座ってゆっくり呼吸をする。吐くとかじゃないな。確かに気分は悪いし呼吸が苦しいが、ちゃんとコントロールできる範囲だ。

 

たぶん、びっくりしたのがきっかけで陽香に関するいろいろなものを身体が思い出したとかそういうやつだろう。呼吸を落ち着ける。過呼吸になりそうみたいなものは少しだけ感じられるけど、こういうときでもちゃんとゆっくり吸って吐いてを繰り返せば問題ない。

 

角野さんに助けてもらったときのことが懐かしい。あれからちゃんと回復というか、対応ができるようにはなっている。今日だってもしまずい事になったらどうしようと少しだけでも考えていたおかげですぐに距離が取れた。

 

背筋を伸ばして、軽くストレッチをする。硬くなっていた身体からゆっくりだけど力が抜けて、柔らかくなっていくのがわかる。十分落ち着いたはずだ。

 

二人がいる方に足先を向ける。身体に問題はない。立ち上がる。足を踏み出す。うん、いけそうだ。特に身体の調子が悪くなっている感じもない。

 

「ごめん、時間は大丈夫?」

 

僕が聞くと、角野さんは頷いた。

 

「問題ないよ。それより、中止しようか?」

 

「いや、行ける。大丈夫」

 

「……無理だと思ったら、私の判断で止めるからね」

 

「うん。……陽香も、待たせてごめん」

 

「いいよ」

 

陽香の言葉はそっけなかった。この一言がすっと出たのは、正直良かったなと自分の中で思っている。ここで謝らなくたっていいだろとか思ってしまうようになっていなくてよかった。

 

こういうときにきちんと自分の言葉で簡単でもいいから何かを言えるっていうのは、僕は大切だと思っている。たかが言葉だし、言葉ぐらいしか出せるものがないのかとか言われそうだけど。反論するなら、言葉ぐらいしか出せるものがないからその言葉をちゃんとしておきたい、みたいな。

 

改札を通る。電車の時間を見ると、予定より一本遅いものに乗ることになる。ただ、全体の予定から見れば別に大きな時間ではないし乗り換えがあるわけでもないので特に大きな問題にはならないはず。

 

規則的にレールの継ぎ目の音が聞こえる電車の中で、僕はうつむいて、立っている陽香と角野さんの方を見られないでいた。席は全部埋まっているけど、ドアの近くに立つぐらいの余裕はあるぐらいの混み具合。うまくいくと次の駅で何人か降りて座れるかもしれないけど、乗ってくる人がいるかもしれないなみたいな微妙なバランス。

 

日頃から電車にそう乗るわけではないけど、人の乗り降りが多い駅みたいなものはある。とはいえ、そこまで長く立っているわけじゃない。陽香は体力あるからいいし、空いた席には角野さんに座ってもらうのがいいだろう。それなら別に陽香も反対しないだろうし。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。