一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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042 共通の意味

少しだけ、角野さんから不満そうな雰囲気を感じた。

 

陽香と楽しそうに話しているし、口調もいつもと変わりがない気がするけど、それでも、なんとなく。

 

「……ねえ、陽香」

 

少し二人が離れたタイミングで、僕は陽香に声をかける。少しだけ重めの僕の言葉に、陽香は頷いて少しだけ離れるように移動した。

 

「どうしたの、大事なこと?」

 

「角野さんって、いま楽しそうだった?」

 

「じゃない?」

 

「……なんか、我慢している気がして」

 

「あー、桂介にはそう見えるんだ」

 

「違うと思う?」

 

「正直、あたしはよくわかんない。桂介ならずっと見てきているから知ってるけど、角野さんは桂介以上にひねくれ……厄介……ええと、難しいから」

 

「陽香が僕をどう思っているかだいたい知ってたけどさ、言葉にされるとちょっと辛い」

 

「ごめんね」

 

「いいんだけど」

 

なるほど、僕の心は見透かすようなことまでしてくる陽香でも角野さんはわかりにくいか。むしろなんで僕がわかったんだろう。本当にわかったかどうかはわからないけどさ。

 

「桂介は、どうしてそう思ったの?」

 

「……なんとなく、って言ったら角野さんに怒られそう」

 

「別に角野さんは怒んないよ、丁寧に丁寧に待ってくれる」

 

「……人によって、怒られていると勘違いしそうだけど」

 

「怒ってない人に警戒するのってムダでしょ、自分が良くないことしたって自覚あるなら……その、丁寧にすればいいだけだから」

 

わざとらしい口調の変化。なんていうか、昔の陽香と変わってしまった陽香がどっちも現れているような気がする。

 

わかってはいるけどね。それを考えたら小学校の時と中学校の時と高校の始まった時と今とで全部変わっているわけだし。

 

「僕には口調、そこまで無理しなくていいから」

 

「……あのさ、自分がしたこと忘れるのって、すごい嫌だね」

 

「僕は忘れたいことも多いし、たぶん忘れてしまったこともあるんだろうけど、あまりいいものじゃないね」

 

たぶん、陽香は忘れたいと思った記憶はそこまでないのだろう。別に忘れるというのは自然なことだし、嫌なことを思い出さなくなるのはきっといいことだ。

 

でも、それは自分がしたことから目をそらすことだって真面目なところのある陽香は考えるのだろう。別に陽香の中の問題だし、僕が陽香を許すかどうかは陽香に関係ないみたいに、僕にしたことを陽香が忘れるとか忘れないとかはあくまで陽香の問題だとは理屈の上では思うけど。

 

深呼吸。今日はあくまでお出かけだ。クラスの仲のいい友人と、昔からの幼馴染と。それだけだ。昔のこととかは、別に今は忘れたっていいし、そこに罪悪感を保つ必要はない。他人が持ってしまったそれをわざわざ否定するほどのものではないけど。

 

「で、ええと角野さんだったよね、なんていうか……退屈じゃないんだよ、我慢している?みたいな」

 

「なんとなく、わかった。たぶんあたしに付き合わせているからかな」

 

「そういうもの?」

 

言われればわからなくはない。自分とは興味が違う人に合わせるのは、あまり楽なことじゃない。素早く色々と見ることのできる角野さんは今はまた別のものを見ているが、陽香はそれに比べれば気に入ったものをじっくり見るタイプだ。たぶん僕もこっち。気になるものの傾向は違うだろうけど。

 

「あたしは、そうだと思う」

 

「なら角野さんに話させてみたらどうかな」

 

「ちょっとやってみる」

 

そう言って、陽香は角野さんの方に近づいて何かを話す。僕も少しよってみる。

 

「この人の作品を、一冊か二冊だけど読んだことがあって。すごい明るい雰囲気で、表現も面白いなって思ったんだけど確かに自然の描写は多かったなって」

 

そう語る角野さんの前にあるのはその作家の手帳。開かれたページにはなにかの植物だろうか、スケッチがある。道路の隅に生えている雑草みたいだし、実際にそれと同じ種類かもしれない。

 

話す角野さんは、たぶんさっきより楽しそうだ。陽香はちょっとだけ引いている。うん、わかるよ。でも僕はこうやって話している角野さんが好きだ。恋愛的なものとか色々言いたくない方向とは別で、こっちがわの好意ならちゃんと言ったって構わない。

 

「翻訳をやっていると、言葉を選ぶのが難しくなるの。だから、こうやって色々と見たり、読んだ作品を作った人がどうやってその言葉を選んだのかっていう背景を考えたり、そういうことをして自分の中できちんと積み上げていかないと」

 

「やっぱり言葉って大事なんだ、あたしはなんていうか、そういうの下手だから」

 

「そんなことないよ、陽香さんはきちんとわからないことをわからないって言える。それは無理に言葉にしてしまうよりもいいことだと私は思う」

 

「……そっか」

 

なんかいい感じの落とし所を探れたようで何より。いや別に角野さんの話を聞くのに集中すると疲れるから陽香に任せたとか、そこまで悪いことは考えていません。二人いたら分散されないかなぐらいまではちょっと思った。

 

嫌じゃないんですよ。でも疲れるものは疲れる。だから一対一じゃなくて、何人かでこういうのは対応したほうがいいと思う。対応って言い方もよくないな、なんて表現すればいいんだろう。

 

「……ごめん、話しすぎた」

 

そんな事を考えていると、角野さんが言った。

 

「そんなことないよ」

 

陽香が言うが、角野さんの空気からして信じることができていなさそうだ。いや、陽香に対する信頼がないとか?このあたりはわからない。

 

「話し方、大丈夫だった?」

 

「大丈夫、って……?」

 

わかっていなさそうな陽香の言葉に、角野さんは深く息を吐いた。

 

「なら、いいの」

 

「……うん」

 

陽香もこれ以上は深堀りしないほうがいい、と考えたのだろう。

 

ただ、僕はなんとなく見当はつく。少し前に角野さんが言っていたことだ。自分の話し方が嫌いだった、そして今はそれを直したつもりだと。でも一度染み付いた自己嫌悪みたいなものはなかなか消えない。だから陽香は大変だな、と思う。

 

角野さんはたぶん、それを日頃抱かない程度には決別できたのだろう。それでも、まだどこかで自分がそういう話し方をして、他人を傷つけやしないかとか考えているとか。あくまで僕の偏見による推測だけどさ。

 

あとで角野さんに、きちんと言っておいたほうがいいかもしれない。角野さんが自分の興味のあることを言っているのが好きだって。陽香が変な勘違いをしないように、できるだけしっかり言葉にして伝えなくちゃいけないけど。

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