そのカフェに入ってすぐ、そこは僕の空気に合わないなと感じることができた。いや別に、周囲から視線が飛んだとかそういうことじゃないです。純粋に、この場所にずっといるのは辛いと思ったからだ。
綺麗な内装。愛想の良い笑顔の店員。わいわいと落ち着いた範囲で小さく騒いでいるお客さんの皆さま。室内は明るめの桃色とかが上品と言えるぎりぎりになるぐらいまであって、なんていうか最初に入った時の美容室のショックをもう少しポップにした感じといえばいいだろうか。
「……桂介くん、大丈夫?」
「角野さんにわかるぐらい様子が変?」
ちょっとうきうきしている陽香の隣にいる角野さんは頷く。そっか。いや、なんていうか肌に合わないみたいなのが思ったよりはっきりわかってしまって辛い。別に誘ってくれたことは嬉しいし体験としては面白いものになるのはわかる。それはそれとして色々と、ということだ。
紙のメニューは余白がたっぷりで、一枚につき書かれているメニューが二つといった具合。
「……角野さんはなに見ているの?」
メニューにどれを選ぶかとはまた違ったような視線を向けていたのを見かねたのか、陽香は角野さんに声をかける。
「英語の活用間違っているのとかないかなって……」
「うん、 ごめんねちょっと二人はこういう空気苦手だったかな……」
「大丈夫だよ、だいじょうぶ」
角野さんはそう言っていたが、なんか僕でも察することができるぐらい無茶をしていた。別に人とコミュニケーションを取ることを強要されているわけではないのに、何なのだろうこの辛さというか大変さは。
「……あのさ、ここ期間限定で食べたいものがあって。二人には、ごめん」
「僕もいいよ、これで陽香がつまらなさそうだったらなんで来たんだって話だし」
予約自体は空いていたが、それでも周囲を見渡すと空いている席が少ない。繁盛はしているようだ。
僕も角野さんも場の空気に飲まれすぎたのか、色々と陽香に丸投げして任せる形になってしまった。というわけで期間限定でお目当ての数量限定ルビーチョコレートと季節のベリーのケーキを三切れ、それと各自の飲み物。
「あの、おいしいっていうのは嘘じゃないはずだから、そこは信じて」
「信じるも何も、僕は疑ってないけど……」
ちょっと陽香さんは僕たちの空気に慌てているようだ。まあそうか、僕も角野さんも合わなかった時に無理してでも自分から盛り上げるなんてことはないタイプの人だもんな。
たぶん陽香は、それができる。それが友達付き合いに必要だと思っているならやる。僕たちはそもそもそれが必要な付き合いは友達付き合いじゃないとか言うだろう。
だから友達いないんだよ、と言われたら特に反論もできずにはいその通りですと黙っているしかない。もし今までの僕だったら、いつも以上に心が折れていただろう。
それがなんとか座ってこのお店の明るい雰囲気に対抗できているのは、陽香に色々と選んだり教えてもらったりしたおかげで多少はマシな外観でここに来ているということだ。中身についてはわからない。
「ところで、その撮った写真はどうするの?」
角野さんはいい感じにメニューを置いて撮影準備というか構図とかを考えているらしい陽香に聞いた。
「どうって、SNSに投稿するんだよ」
「それはわかるけど……なんていうか、意図みたいなものはあるの?」
「おしゃれでしょ?」
「なるほど、おしゃれか」
「……なんか、あたしって馬鹿にされてる?」
「おしゃれとか、格好いいとか、そういう感情って止められないし、私もわかるから、これ以上何かを言うとその否定になってしまいそうで」
「そっか」
陽香の口調はそっけないものだった。少しだけ残念そうだった。
「……二人ともさ、あたしが二人をここに連れてきたの、間違いだったと思う?」
この質問に、僕と角野さんは同時に首を振る。
「桂介はともかく、角野さんは嘘つかなくていいから」
「嘘じゃないよ、なんとなく場違いな気はするのは否定しないけど……」
角野さんが何かを言おうとしていると、ケーキがやってきた。桃色のクリームと生地に、色とりどりのベリーが入っている。こういうのは甘酸っぱいのかな。
「ここのは本当においしいってみんな言ってたから、あたしの知ってるこういう味にうるさいやつが二人もおいしいって言ってるから信じて」
「それはすごい」
角野さんは驚いたようだ。別に第三者が言っているからというより、あの人脈の広い陽香の知り合いがそこまで、といったところだろう。
本当に、陽香は日頃から付き合っている人がいっぱいいる。なにせ僕や角野さんみたいな普通ならクラスの隅っこにいるような人をわざわざこんなキラキラしたところまで引っ張ってきているのだ。本当ならもっとここにふさわしいというか、きっと僕たちよりもずっと楽しめるひとと一緒に来る方が良かったのかもしれない。
「じゃあ、いただきます」
そう言ってまた妙に細くて流線的な形をした食器をとってケーキを切る。別に手応えそのものは普通のケーキだよな。全体的にピンクでかわいらしいこと以外はおかしくない。
一口。チョコレートの味がする。でも苦さよりも酸味のほうが強い。ベリーなのだろうか。というかチョコレート?爽やかな香りと風味がすっと口の中を通っていて、思わずもう一口、とフォークを動かしてしまう。
「ルビーチョコレート、こういう風にするんだ」
角野さんは知っているらしい。そういえばメニューになにか書いてあったよな。
「ルビーチョコレートって?」
「そういうチョコレート。私も製法とかには詳しいわけじゃないし、昔おみやげで貰ってひとくち食べたことがあるってぐらいだよ」
「ほんとに角野さんってそういう話がいっぱいあるよね……。あたしたちは普通に流行っているから食べたりするけど、角野さんはそうじゃないでしょ?」
「偶然で作った機会よりも、自分から飛び込んでいったほうがいいと思うよ、言葉も増えるし」
そう言う角野さんを見て、ああなるほど翻訳とかに使うみたいな形でこのカフェの体験を見ているのか、と納得する。辛いことを無意味で終わらせないというか。
じゃあ、僕にとってこれはなんなのだろう。陽香や角野さんとのお出かけ?そうかもしれない。二人と出かけるのってかなり特殊な状況だと思うし、そこに混ぜてもらうのは光栄だと思うし不相応ではないかとまで考えてしまう。それはそうと、そこに混ざれるぐらいには自分のことが嫌いじゃなくなっている。しっかりと準備をすればだけど。