一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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045 目線の分析

僕は角野さんと陽香に合わせたペースでケーキを食べていく。肩の力が少しだけ抜けて、カフェの空気を感じることができるようになっていた。

 

綺麗だし、こういうのが好きな人が多いのはわかる。でも僕にとっては物がなさすぎたり、空間が妙に開けていたり、なんかそういう不安を招くような場所に思える。狭いところとか物がいっぱいあるところのほうが好き。机の上の本を片付けないと。

 

「だからさ、桂介のことをあたしは雰囲気でしかわかんないの」

 

「それでも、どこを見ているかっていうのは言葉にできない?」

 

どうしてそうしているかというと、角野さんが陽香を質問攻めにしているからです。

 

角野さんの目は真っ直ぐだ。陽香は少しだけ目をそらしている。でもそうか、もし陽香の目を角野さんが持てたらかなり強いことになるよな。

 

ただ、その目が一朝一夕で手に入ったものではないことを僕は知っている。かなり迷惑をかけてしまったと思うし、今でも思い出すかけられた迷惑もある。そうやって積み重ねた時間があって、その上で陽香の性格とか人を見る癖みたいなものがあって、それで陽香は僕についてかなり核心を突く話ができる。

 

「例えば、今の桂介くんが考えていることはわかる?」

 

「どうせ退屈でもしているんでしょ、あたしたちの話は聞いてるっぽいけど」

 

「それは、どうして判断できる?」

 

「こっち見てるし」

 

「なるほど……」

 

「退屈……かもしれない、普通に話聞きながら考え事していただけ」

 

一応フィードバックをしておく。ゲームと同じだ。行動したらすぐにその成果をプレイヤーに示したほうが学習してくれてステージに仕込めるギミックが増える。そうじゃないと何もわからなくて混乱してしまうだけ。

 

「あと角野さんさ、あたしは角野さんの話が好きだよ。あたしとは違うし、なんていうかちょっと面倒だなって思うこともあるけど、角野さんの言葉じゃないとあたしがわかんなかったことも多かった」

 

「……練習したから」

 

「ううん、あたしが言ってるのは、ちょっと早口で、慌てたようになっている角野さん」

 

そう言われて、角野さんはしばらく黙り込んだ。

 

「……私は、たぶん、今、少し、怒っていると思う」

 

「ごめん、そういう、なんていうか嫌な感じになってほしくていったわけじゃないの」

 

陽香の意図はわかるけど、隣から聞いていて少しまずかったかもなと僕には思える。

 

「ねえ陽香。もし陽香が、他の人にずっと走っていて偉いねとか、すごいストイックなんだねって褒められたらどう思う?」

 

「ストイックってどういう意味だっけ」

 

聞かれて答えられなくて、僕は角野さんに視線を向ける。

 

「日本語だと、我慢強いとか努力を続けられるとか、そういう意味かな。英語のstoicだともう少し感情を殺した、みたいなニュアンスが入りがち」

 

そう言う角野さんを僕は見る。感情を殺した、か。確かに。さっき怒っていると言っていた人間がしていい落ち着きじゃないよな。

 

「あたしは嬉しいかな」

 

「僕のたとえが悪かった。ええと、どうすればいいかな……」

 

少し悩んでいる間に角野さんに話題を取られるかと思ったが、黙って僕を見てくれている。ごめんなさい。

 

「思ったらすぐ身体が動く、行動力のある子なんだねって言われたら」

 

「わかった」

 

陽香の口調は、荒かった。

 

「……わかったから、桂介、ごめん、それ以上は、言わないで」

 

「うん」

 

言いたい自分がいた。陽香にされたことを言葉でぶつけてやりたかった。でもそれをしたところで意味がないし、角野さんが止めに入る中で陽香が安全な場所に避難することぐらいはわかっていた。

 

別に、今の僕はそこまで心理的に重すぎる何かを背負っているわけじゃない。なら、角野さんにとっては僕も陽香も同じぐらいには治療というか回復の手助けをする対象とみなされるのだろう。

 

それはまあ、陽香にとっていいことなのはわかる。僕にとっても、ある程度はいいことなのだろう。

 

「……ごめん、角野さん。自分の嫌なところを褒められるのって、嫌だよね」

 

「そうかもしれないけど、私のさっきの怒りは……うまく言語化できないな、伝えにくいけど、そういう話をされると憐れまれていたり、あるいは馬鹿にされているんじゃないかってすぐ思ってしまうから」

 

「……そう、あたしが思わせちゃったってことだよね」

 

「勘違いしたのは私だよ。数秒間待って、落ち着いて考えたらもう少し冷静になれる。陽香さんの言葉選びが難しいところは、私も少し面倒だなって思うけど、嫌いじゃないよ」

 

幼馴染と友人が楽しそうに会話している向かいで肩身の狭い僕は、最後に少しだけ残っていたケーキを口に運ぶ。これは本当においしかった。誰かに自慢するとかそういうの抜きで、また食べてみたいとは思う。

 

でもそれなりの値段するんですよね、持ち帰りとかであっても。それにこれは店内限定らしいし。色々と制限が多い。でも、そうなっているからこそ実際に行くことに価値があるっていうのはあるんだろうな。

 

「角野さんって、どうやったらそんなに落ち着けるの?」

 

「練習」

 

「……だよね、走らないと速くなれないものね」

 

「それでも、効率の良い練習方法みたいなのはあるよ。あるいは、完全に間違ったりとか危険なものとかもある」

 

「昔のウサギ跳びとか?」

 

「そういう感じ。私も、自分のやっていた方法が一番適切だったとは思っていないけど、それでも今の私は、当時の私に比べたらかなりうまく行っている。少なくとも、友だちに誘われたらカフェに行くぐらいのことはできるようになった」

 

「……やっぱりさ、こういう場所って角野さんにとっては辛いの?桂介みたいに」

 

おい、なんか僕がこういうキラキラした場所とか明るい青春みたいなものを見ると忌避反応を起こすみたいな言われようじゃないですか。否定できないけど。

 

「無意識にだけど、疲れたり行動が変わったりすることはあると思う。そこまでは、私も自分を制御しきれていない。だから言葉にして、意識して、変なことをしていないかって考えないと」

 

「……あたしも、やらなきゃダメだよね。そうしないとまた、やるかもしれないし」

 

「そう思っているうちは、まだ大丈夫だと思うよ。今の陽香さんは思い詰めすぎているところがあるから」

 

「……うん」

 

ああ、こういう意思の決まってしまった陽香は動かしにくいんだよな。でもいい気味だと思っている自分がいる。嫌になる。

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