一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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049 継続の発端

夏休みは終わろうとしているが、一部の人達にとってはもうすでに学校は始まっている。

 

僕たちの学校の学園祭は夏休みを明けて間もなく始まる。どうやら僕がぼんやりしていた横で色々と話は進んでいて、唐揚げ屋さんをやることになっていたらしい。油の管理とか大変そうだな、と思ったのは陽香から愚痴としてその話を聞かされたからだ。

 

── あたし別に学園祭の委員じゃないんだけどさ、友だちに頼まれたら断れなくて

 

というのが陽香から送られてきたメッセージ。いいね、友だちがいっぱいいて。僕の場合だと、一番の友人が角野さんで二番目が陽香になるかな、あとはオタク系の話が少しできる人がちらほら。とはいえ、正直言ってこういう人達は友だちというより知り合いって言ったほうが近い。そこまで相手の背景とか知ってるわけではないし、僕はソシャゲとかあまりやってないし。

 

フライヤーの注文とか、冷凍の唐揚げの確保とか、そういう話はかなりちゃんと進んでいるようだ。確かにこれを休み明けから始めると間に合わない気がする。実際にどれだけ日数が必要なのか具体的には知らないけど。

 

── 角野さんは学園祭の話、聞いてる?

 

会話しているのは三人のグループだったので、ちょっと気になったので声をかけてみる。既読が二件つくから、見ているのは知っている。

 

── 特に私は聞いていない。

 

── そっか

 

返信して、天井を見上げる。ということは、こういうのをやるクラスの元気な集団の仕事なわけね。頭の中でそういう人達の顔と名前をぼんやりと思い浮かべるが、一ヶ月と少し顔を合わせていないのもあって正直微妙だ。

 

学園祭。去年はどうしてたっけ。僕たちのクラスはお化け屋敷で、なんかいい感じにシフトあったから音を立てる役やってたな。懐かしい。逆に言えば、僕がやったのはその程度でしかない。

 

どうせ今年もシフト入って作業して、かなり疲れるとかそういう感じになるだろう。楽しいには楽しいけど、前に行ったカフェみたいな感じで何かが吸い取られるようなイベントだと思っている。

 

だから、別に少なくとも僕にとっては大きなイベントになることはないだろう。この話は一旦これで終わり。

 

問題は夏休みの課題の方だよ。別に授業よりは忙しくないが、それでもやることは多い。英語の小説を読んで辞書を手に自分なりの翻訳を作ること。古文の単語記憶。配られた課題をオンラインでこなして、数学の問題を解く。

 

ペース自体は少しづつマシになってきていて、今の時点では予定より五日遅れただけで済んでいる。少なくとも、二人に頭を下げて写させてもらうとかそういうことにはならなそうだ。

 

── ところで翻訳の課題って、角野さんなら楽勝なんじゃないの?

 

── 前提条件調べすぎていて手間取っている。

 

そんなことがあるのか。翻訳対象となったのはイギリスの小説で、難しい単語を日本の高校生レベルのものに全部置き換えてある薄っぺらい紙の本だ。タイトルが聞いたことあるようなないような、ってぐらいの知名度。

 

その中の一ページ程度の好きな場所を選んで、自分の好きな文体で翻訳せよというのが課題。ただし、自動翻訳は使ってはならない。そりゃそうだ。

 

── 前提条件って?

 

陽香が聞いていた。そりゃそうだよな。

 

── 当時の時代背景、登場人物の分析、ともかくそういうもの。海外の大学で研究されている例があったし、日本語訳も二つあるから見比べてる。一つは戦前のもので古いけど。

 

── そんな真面目にやらなくてもいいんじゃない?

 

── 私が課題とはいえ翻訳で手を抜くのは、陽香さんがマラソン大会で手を抜くようなもの。

 

── それはマジにならなきゃね。

 

おお、マラソン大会。嫌なものがでてきたな。男女ともに五キロメートルぐらい走らされるやつ。いや学校によってはもっと長い距離を歩かされるとかあるし、体験としてはありなのかもしれないと思う。

 

でも球技とかなら隅でこっそり休める体育の授業が走らないといけなくなるのでその点は嫌い。ああ、夏休み明けって大変なことがいっぱいあるな。今から気が滅入ってきた。

 

── というか陽香って前のマラソン大会でマジになってたっけ?

 

一応上位入賞者みたいなのは出た気がするが、その中に陽香がいたなら記憶に残っていそうなものだ。

 

── あんまり上位になれなかった

 

── そうだったんだ

 

僕はそう送って、追加でなにか言うべきかなと思う。陽香にとって走れなかったというのはあまりいい思い出ではないだろうし、そういう悪いことを思い出させるよりは話を変えたほうがいいかもな。

 

── 中学生の時に、陽香さんは怪我をしたんだっけ?

 

角野さんが送ってきた。ちょっと危ない気がするが、僕が考えすぎているだけかもしれない。もし反応がまずかったら直接角野さんのほうにやめたほうがいいって言えばいいか。

 

── うん。右足を捻っちゃって

 

── 陽香さんの利き足?

 

── そう

 

利き足。僕の場合はどっちだっけな。左だっけ。利き足だったかその逆だったかを走り出す時に前か後ろにするといいとか昔授業でやったことを思い出そうとするが、全然どっちだかわからない。

 

── でも、あたしって走るぐらいしか取り柄なかったから。暇なのは桂介から紹介してもらったゲームでどうにかなったけど

 

── ステラ・コルセアってその時なのね。

 

── そうだよ

 

ああ、たしかそんな感じだったっけ。でもその頃には別に陽香とそう話すわけじゃなかったからな。何やってるのとか聞かれてスマホでゲームプラットフォームのショップの画面見せてこういうやつ、って言ったんだっけ。スマホでもできるけど、僕はPC版がメインだったので直接プレイする様子は見せなかったけど。

 

── やっぱり、それは桂介くんの紹介だからやったの?

 

── そうかも

 

── あのゲーム、かなり難しいものね。紹介されてしばらくは私もうまく行かなかった。

 

高校一年生の時の角野さんにステラ・コルセアを紹介したのが陽香だ。僕の知らないところでゲームの輪が広がっていたのである。まさかその人が公式翻訳やるレベルにまでなるとは僕も陽香も思っていなかったわけだけど。

 

── あれ、あたしってその時から結構桂介と一緒のゲームやりたいとか考えてた?

 

陽香のメッセージが、画面の下から生えてきた。

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