グループの会話画面を開くが、陽香のメッセージはあそこで止まっていた。追加でなにかを言うのもあれだろう。
というわけで、残り少ない時間を使って完璧なプランを立てました。睡眠時間を削り、適宜角野さんと陽香からフィードバックをもらうことすら加味した宿題を終わらせるタイムスケジュールです。
二十分の作業と十分の休憩を繰り返して、集中力を維持。課題の提出時間を考えないで夏休みの日付いっぱいまで頑張ることで意識外にバックアップ時間も用意。うん、何も問題はないな。
── あと七十二時間ぐらい余裕があればもっと良かったかもね。
ちなみに監修をしてもらった角野さんはこんな事を言っていた。いやでもほら、過ぎたことを悔やんでも仕方がないですよ。始める前から後悔なんてするべきじゃない。えっちゃんと振り返りをしないから自己評価が歪んで常にギリギリで物事を終わらせたという成功体験だけ無駄に重ねることになってずっと苦しむって?よくわかりますね。黙れ。
机を片付けて、紙のテキストを置く。眼を英語にすべらせていく。幸い、僕は英語を見て本能的に目をそらすほどじゃない。ステラ・コルセアは英語版で最初は遊んでいたし、自動翻訳があってもアイテム名とかキャラ名とかは結構難しいし、元ネタを調べるためには自動翻訳では足りないものも多い。今では角野さんにも頼れるけどさ。
辞書はちゃんとスマートフォンに入っているしっかりしたやつを使います。カメラを向けて単語を押さえるだけですぐに言葉の意味が出てきてなんと便利なんだろう。嬉しい。
文法も難しいものじゃない。最悪、単語だけを読んでいってもなんとかなるレベルだ。あとは慣れだろうか。ステラ・コルセアを英語版で遊んでいた頃には英語の点数がマシだったんだよな。高校入って暗記した単語の下積みがないから陽香にさくっと抜かれたけど。
そうして悩んでいるとタイマーが鳴った。よしやっと休憩だ。進んだページはほんのわずか。調べた単語はいっぱい。とはいえまだ序盤だし、いくらでも取り戻せるだろう。
というわけで十分間、ステラ・コルセアの海外実況動画を見る。いや日本語字幕出してますけどちゃんと英語のやつですし、これはあれです、リスニングで脳を慣らす役割もあるんですね。再生時間が十一分ですけどこれは誤差の範囲ってことで。
そうやって二時間ぐらいやって、午前中の進捗を終える。なんと今日は朝ご飯をちゃんと食べるために早起きとかまでしたので完璧な体調なんですね。少しだけ眠いのは気のせいだと思いたい。
お昼ごはんを食べたら眠くなってしまうという誘惑をこらえながら、午後に入る。冷静に考えると進捗があまり良くない可能性があるが、なんでわざわざタイムスケジュールを作ったのかを考えよう。眼の前のことにだけ集中すれば良くするためだ。
ちなみにこういうアドバイスは角野さんにもらいました。本当に角野さんのアドバイスはためになる。ある意味では僕よりもこういうのが苦手だったのに、それを努力というか工夫の積み重ねで突破したことがある人だもんな。
とはいえ、僕が返せるものはない。化学とかは得意かもしれないけど教えられるほどじゃないし、角野さんならどうして自分が間違えたのかを少し調べればわかるだろう。このあたりは単純にインプット量の違いみたいなものだ。むしろ全教科をまんべんなくやりつつ他の言語もやった上であれだけの高い成績を維持できるのなんでだよ。授業聞いて出された課題やればできるならなんで僕はできないんですかね。
とはいえ、そう思っても課題をやらなくていい理由にはならない。別にいい成績を取る必要がそこまであるわけではないが、かといって宿題を出していなくて教科の先生から呆れとか心配の目線を向けられるのは嫌なのだ。そこのあたりにまだ僕はプライドを持てているというしょうもないプライドがある。
ただ、少しづつ脳が勉強に向いてきた気がする。二十分あたりの予定進捗はかなりいいペースでこなせるようになっていて、たまに意識する全体の進捗も悪くない感じになっている。でもこうしているとすぐに一日が終わってしまうんだよな。
両親には夏休みの課題が危ないからといって夕食後すぐ部屋に戻ることを許容してもらっている。いやお皿とか洗ったほうがいいのはわかるんだけど正直面倒くさいし本当に時間が微妙なんです。一応なんとかなるとは思う。思うだけ。
教科ごとの課題が終わっていくものがある。数学の問題については採点用の正解のファイルが陽香から送られてきている。といっても写真撮ってそういうアプリにかけただけだけど。微積分もさくっとやってくれるの本当にいい時代になりましたよね。
もちろん、僕も陽香もこれを写したりとかするようなタイプじゃない。それがバレるだろうからみたいな恐怖がないわけじゃないけど、なんとなく卑怯とか、悪い気がするみたいな感覚。たぶんいい人ってやつなのだろうし、場合によってはこういうところにつけ込まれるのだろう。
そういう意味では、僕は陽香のいい人らしさにひどくつけ込まれている。陽香のことを悪い人だとは思えないし、嫌うことも恨むことも完全にはできないでいる。怖がることすら、いけないことだと考えてしまっている。あまりこういうふうに色々頭の中にありすぎると混乱して矛盾から面倒なことになるらしい。自縄自縛、だっけな。
でも、なんていうか長い付き合いのある人との関係ってそう簡単に割り切れないじゃないですか。それが人間としてとてもいい人だった場合は特に。別に陽香が完璧だって言いたいわけじゃないですよ、興味ないことは結構ばっさり切るし、友達だってなんていうか一線を越えさせないみたいなところがあるらしいし。それを越えているのは僕と角野さんだけだと考えると、角野さんにちょっと嫉妬みたいなものが湧いてくるな。
いや、わかるよ。角野さんがいなかったら僕と陽香の仲はたぶん酷いことになっていた。下手したら、僕は自分があの時に辛くて嫌だって思っていたけど言えなかったことを隠して、陽香が違和感を感じながらも責任というか自責を感じながら、みたいなことがあったかもしれない。
角野さんがいたのは本当に幸運だった。幸運と言えば、時期もそうだったな。夏休みがすぐ来たから、余計なことを考えないで三人だけで話せた。もしそうじゃなかったら、僕はまだ陽香とメッセージのやり取りもできなかったかも。
でも、その夏休みも終わる。また退屈かもしれないけど、変化の続く日常がやってくる。