一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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053 成長の実感

良く考えてみれば、授業というのは同じものが一つとしてないんだよな。常に学び続けることが求められているから。

 

それはそうと楽しくないというのはある。退屈というのも正しくは違うのだろうけど。クーラーの効いた場所じゃなかったらそもそものやる気すら出なかっただろう。いや今の時期でも普通に熱中症で倒れるとかありそうだ。

 

「……一つぐらいは、真面目にやろうかな」

 

そんなことを呟きながら配られたプリントの問題を解く。新しい単元に入ったので今までの内容の確認テストとのこと。この先生はけっこうこういう事をしてくるんだよな。

 

これ自体は点数には入らないが、逆に言えばこの程度のことはきちんとわかっていて当然、さもなくば復習してこいという無言の意思表明なわけだ。いやちょっと言い回しに勝手に悪意を込めてしまったかも。

 

やっているのは数学。並んでいる数列の規則性を考えて、式を作ろうというもの。こういうのは詳しいのだ。つまりこれは周期が7で1、2、4、8、16、32、64を繰り返すから7で割った余り……だとずれるから適当に調整したものを2の右上に置けばいい。いやそれやるならそもそも7で割る必要もないな。

 

別に、これがやりたいのは今後出てくる数列にはこういうのがあるよ、みたいなことだろう。あとはルールに従って数列を作るものも。計算は言われたとおりにすればいいのでそう難しい訳では無いが、じゃあこれを式にしてみろって言われたらどういう形になるか見当もつかない。

 

わかったら嬉しいだろうな、というのはある。一応は陽香や角野さんに比べて僕は数学が得意なほうだという自覚があるのだが、特に角野さん相手の場合には根本的な勉強と練習の量が足りなくて勝つとか負けるとかの話に到達できていない。

 

テストが終わって、先生が授業を始めているのをちらちらと確認しながら数学の教科書をカンニングしておく。へえ、こういう式になるんだ。少しずつ戻りながら見ていくと気がついたら簡単なそりゃそうだろみたいな式になっていて、じゃあどこが境目なんだろうと最初に開いていたところに戻って、あるいはページを進めていくとわからなくなっている。

 

当然と言えば当然か。恋愛小説を読み飛ばしていたらいつの間にか二人がいい感じの関係になっていたぞみたいなので、それがどうしてかと聞かれても読み飛ばしたからだよとしか言えないよな。

 

先生の話はまだわかるので、落ち着いて教科書の流れを読んでいこう。えっこの変形正しいのかよと思って頭の中で展開してみるが、良さそうだ。でもこれってたまたまこうなっただけじゃないのか、と思ってページをめくったらそれがどんなときでもこの式に入れれば出てくるよと言われた。

 

納得できて、章末問題のそのあたりに相当するところを試しに解いてみて後ろの模範解答と照らし合わせたらあっていたので少しだけいい気分になる。

 

そうして授業終わりのチャイム。いい気分になったのは一瞬だけ。これを継続してずっと、数日じゃなくて数ヶ月でも足りない、年単位でやっていってはじめてその教科のいろいろな問題が解けるようになるわけで。そんな事できる気がしないな。

 

「……角野さん、質問」

 

そういうわけで、隣の人に声をかける。

 

「なに?」

 

「陽香ってなんで勉強できるんだろうね」

 

「真面目で体力があるから」

 

「なるほど」

 

ここまで簡潔で何の参考にならないものを返されると僕は両手をあげて降参するしかない。

 

「さすがにこれは単純化しすぎだけど、成功体験がしっかりあったことは陽香さんにとって大きかったでしょうね」

 

微妙な過去形の使い方。もし勘の良い誰かが聞いていたとしても言い回しがちょっと変だなと思うぐらいだろう。せいぜい陽香が僕に振られたなんて噂が増えるくらいか?まあこれを噂で聞いた人が聞き間違えだろうなと考える気がする。

 

「成功体験?」

 

「走ったらタイムが短くなった。真面目にやったらテストでいい点が取れた。たぶん言語化はされていないし、だからこそ認知が偏っているところはあるけど、それでもすぐに動くっていう陽香さんの特徴はそれがうまく行ったからっていう経験の上にあるものだと私は思う」

 

「……なるほど」

 

少しだけ過去の陽香を思い出してみる。いや昔からあんなんだった気もするな?

 

「質問していい?」

 

「どれでもいいよ」

 

そういえば何をとは聞いていなかったな。向こうには想像しているものがいくつかあるらしいがそういう言い回しをされると変化球を投げたくなる。相手に獲ってもらうキャッチボールの時にそういうことをするな、と自制。

 

「陽香って、いつごろからそういう体験を積んだんだと思う?」

 

「記憶にない?」

 

「……うん」

 

「一つは家庭かな、失敗しても怒らないとか、うまく行った時にいっぱい褒めるとか」

 

「ああ、してそう」

 

陽香の両親は、できのいい妹を褒めていた。姉の方も別にできが悪いわけではなかったし、年相応には褒めてもらっていたのかもしれないけど年齢が離れているからな。僕たちが小学生中学年の頃の中学生なんてもう大人だよ。

 

「……逆に言えば、褒めてもらえないとそういうのって身につかない?」

 

「非常に雑に言えば、そういう傾向はあるよ。私の親は褒めるっていうか淡々と評価するような感じだったからひねくれた娘が育った」

 

「そんな捻くれているかな」

 

言ってから考えるが、確かに真っ直ぐではない気がする。いや、傾いているけど真っ直ぐ?確かに悪いことも考えられるだろうけどそれは頭の回転が早いからそういう選択肢を考慮できるのであって、僕みたいな面倒だからって一番安泰で平凡で面白くなくて何も起こらない選択肢を進むのとは違うと思う。ゲームならやり直せるから試せるんだけどさ。

 

「……冗談ということにしておいてもらえると話が進めやすくて助かる」

 

「はい」

 

「とはいえ、桂介くんも陽香さんには褒められているし、その点は自分を評価できるならしておいたほうがいいよ」

 

「……わかってはいるよ」

 

「なら、第一歩は踏み出せているね」

 

陽香に認められたいとまでは思わないけど、陽香に認めてもらえたらちょっと嬉しいぐらいの気持ちはあるし、それを直視できている。少し前までは陽香関連のことを考えられなかったし、それよりもっと前は陽香から認めてもらえているとかそういう発想すらなかったからな。色々と考えられる余裕が出たと昔を思い出すとなる。

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