一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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056 共有の差異

教室を落ち着いて観察すると、学園祭を実際に回す集団はほんの一握りにすぎない。いや、実際は文化部の人とかは部活のほうでやることがあるのだろうし、間接的に色々やる人となればもう少し増えるのだろうけど。

 

どういう事が言いたいかっていうと、仲良しグループがコアになってやってるってことです。わかりますかね。ほら、休み時間にある程度固まる人たちっているじゃないですか。僕と角野さんはちょっと特殊な関係だけどさ。

 

そういうコミュニティにも色々あって、人が結構入れ替わるのを許容する多めの人数のものと、もう少し人が少ない固定メンバーみたいなところがある。で、僕たちのクラスで学園祭の準備をしているのは男子二人女子一人の固定メンバー三人に追加で女子二人を入れた感じのやつ。陽香は追加された側。

 

で、どういうわけかそこから少し離れた頼れる枠に僕と角野さんが入ったらしい。直接接触するのが難しいから陽香が間に入るふうになるけど。

 

「それにしても直前に最終計画書提出させるのはどうなんだろうね」

 

そう言って角野さんはPDFを手元のタブレットでじっと見ている。学園祭の出し物はまず申請の時に計画書を出して、一発で通らなかったら訂正を加えて、準備を踏まえて最終計画書を出す、みたいな複雑なシステムになっている。これが実務的に必要なのもわかるし、前に角野さんが言っていた教育の機会というのもわかる。

 

「夏休みのうちにやることを理想としているんじゃないの?」

 

僕の方も目を通す。とはいえ誤字脱字とかのレベルだと思う。提出前に確認してほしくて部外者が読んでもわかるかどうかを見てほしい、というわけだ。なんていうか、ちょうどいい扱いを受けていると僕には思える。角野さんにはどうなんだろう。

 

ある意味で、これが欺瞞的なものだってのはわかっている。陽香の二人をなんとかして参加させたいっていう雰囲気を他の人達が読んだ、とか。言いすぎかも。でも小さなグループの中の安心感を保ちつつ、部外者だった人を組み込んでみたいなことを考えるとこうなるか。

 

「あ、この部分全角と半角が混じっている」

 

「本題じゃないでしょ」

 

角野さんに僕は言う。いや、わかるよ?表とか作る時にそのあたりをいい加減にされると全体としてのデザインが狂うし、数字がいっぱい並んでいる時に一つだけ幅が違うものがあるとけっこう目につく。

 

なのでこのあたりは一つ固定のフォーマットを作っておいて、それをもとにしつつ微妙なものはルールを何処かにメモとして共有しておこう、みたいなことをステラ・コルセア日本語版公式Wikiではやっている。おかげで定期定期にメモをまとめる作業が必要になるんだけど。

 

「まあ直しちゃおっか、権限はもらっているわけだし」

 

「一応バックアップは取っておこうね」

 

僕は言う。ローカルに保存するだけだが、もし何かあってクラウドに共有しているやつが消えた時には役に立つ。

 

「確かに」

 

角野さんがそう言って指で画面に触れる。場所からしてダウンロードかな。

 

「二人ともありがとうね」

 

どこかに行っていた陽香はそう言って僕と角野さんにペットボトルに入ったジュースを買ってきてくれた。頭の中で自販機で買った時の値段を割り出してポケットに財布を取り出すべく手を入れたら陽香からため息を吐かれた。わかったよ素直に受け取るよ。

 

でも僕の方から陽香や角野さんに奢るのってたぶんできる気がしないんだよな。どうしてだろう。

 

「それで、見つかった?」

 

「一ページ目のここ、たぶん読点の場所を動かしたほうがいい」

 

「それと、この『必ず』ってどっちにかかってるの?僕はたぶん前だけだと思うから、入れ替えたほうがいいと思う」

 

「あとこのやり方だとおかしいよね、実際に考えてみないとわからないけど」

 

角野さんと僕が言うのを聞いて、陽香は少し満足げに頷いた。

 

「そういうのをできる二人には、本当に助かってる」

 

「……それはいいんだけどさ」

 

僕はそう言って、つけたコメントを保存する。あとで担当の人が読んで書き換えるだろう。

 

「陽香って、今は落ち着いている?」

 

「……落ち着いて、ないと思うよ」

 

僕は、自分が落ち着いたと思っている。陽香と普通に話せる。ベッドで寝るのも怖くなくなってきた。過呼吸もここしばらくは起こしていない。

 

でも、落ち着いただけだ。ついた傷から血が出なくなっただけ。たぶん引っ張ったら赤くにじむかもしれない。骨折の話を使うなら、折れた骨がくっついてギプスが外れてもリハビリをしてもとのように走れるまでにはまだ時間がかかる。

 

「……そっか」

 

「あたしはさ、自分がしたことはやっとわかってきた。でも、どうしてそうしたのかはまだわかんない。それに、このあとどうすればいいのかだって」

 

「……うん」

 

僕だってわからない。陽香をどうしたら許せるのか、全然わからない。今みたいにそれをなあなあで流していくとかが、僕の取れる一番マシで、そしてきっとそこまでいいわけではない選択肢になる。

 

「話していい?」

 

角野さんが手を挙げた。

 

「……どうぞ」

 

僕が言うと、小さく角野さんは頷く。

 

「無理して考える必要はない、ゆっくりでいいっていうのはわかっていると思うけど、それでも変わりたいのはわかる。やっぱり、今後も桂介くんと関わるような形でいたい?」

 

角野さんに聞かれて、陽香は少し考えてから頷いた。

 

「桂介くんは、それについてなにか思うところはある?」

 

「……嫌だなって、少しは思う。でも、たぶんそれ以上に、いいよって思ってる。難しいけど」

 

「なるほど。例えばこれを言質……って言い方でいいのかな。ここで桂介くんがそう言ったからって理由で距離を詰められるのは嫌?」

 

「それはちょっと、なんか……ごめん、嫌だ」

 

陽香の前でそういうことを言うのは、かなり乗り気じゃない。でも言わないといけないのもわかる。僕だけが感情を押し殺すのも良くないし、陽香だけが我慢すればいいってものでもないだろうし。

 

最終的にどちらかが譲歩するにしても、どういう状態なのかを知ってからにしたい。いや正直僕としては譲歩してもいいってかなり思ってますけどさ。

 

「……わかる。桂介って、あたしといるとちょっと顔が固くなるから」

 

「そうなんだ」

 

驚いたのは角野さんだった。

 

「これは、たぶん角野さんにはわかんない。あたしだってなんとなくだし、顔が固くなるのだって本当にそうかわからなくて、そんな気がするっていうか……」

 

角野さんは、それを聞いて小さく頷いていた。

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