一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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058 恋話の誘惑

まだ暑い九月の風。学園祭をやる二日間は少し曇りになるようで良かった、とスマホで天気予報を見て思う。降水確率は高くないから、校庭で唐揚げ屋さんをやる僕たちのクラスには影響ないだろう。

 

雨天の時は場所を動かして、みたいな予備プランもあるけど基本的には使いたくない。というより、フライヤーをあまり建物の中に置きたくないのだ。校庭なら適当に砂とかに紛れてごまかせるけれども、周囲が閉じているとそうはいかない。

 

このあたりはコンビニのバイトで揚げ物をしている人から聞いたあたりを参考にしている。角野さんがそういう人がいないか陽香に聞いたらいたらしい。なんていうか、あの二人が組むと強いのは間違いないよな。

 

それはそれとして、陽香と角野さんが基本的に組む事がないようなタイプだというのもよくわかる。明るくて友だちが多いように見えて、陽香は深く付き合う人を選ぶタイプだ。もし僕と角野さんが仲良くなかったら、きっと陽香にとって角野さんはクラスの隅の、ちょっと話したことはあるけどあまりいい印象がない人になっていただろう。

 

── 荷物運び、終わった?

 

陽香からメッセージが来ていた。

 

── ちょうど今冷凍庫に入れたところ

 

動きたがる陽香を角野さんが教室に引き留めているらしい。前の方であちこち動くより、全体を見たほうがいいとの判断。これについて、僕の評価はちょっと微妙だ。

 

いや、角野さんの言う事の正しさはわかるよ?単純に誰かからあれやってこれやってって言われるなら、ある程度の信頼がある人から言われたほうが後から揉め事が減るのはわかる。そういう点で、陽香は司令塔としてはかなり優秀だと思う。

 

その一方で、陽香は前に出してこそ役立つというのもわかる。なんか戦略ゲームとかそういう感じだな。あまりやらないけど。ステラ・コルセア風に言うなら機体の設計と搭載する戦術AIの設定、みたいなものだろうか。

 

── ありがと

 

── 追加の仕事は?

 

── もうすぐ校庭でテント張るから暇ならそっち行って

 

たぶん教室でスマホを手にメモとか置いて、陽香が参謀の角野さんから色々聞いてやっているんだろうな。楽しそうだ。

 

ただ、陽香の性格からするとどこかに雰囲気で行って、そこで手伝いをしてとかのほうが楽なのもわかる。一言か二言話せばその状況がわかるだろうし、もし人手が必要なくてもさらっと断ることができるだろうし。

 

断る時に辛くない人、というのはけっこう大事な気がする。僕がそもそも相手に失礼なことしていないだろうかとかそういうことを気にするからかもしれないけど。角野さんはたぶんこれ以上の辛さを昔抱えていたんだよな。いや、この話は今はやめておくか。

 

階段を降りて校庭に行くと、見慣れたクラスメイトが準備をしている。組み立てというか、最後に持ち上げる時にある程度の人がいたほうがいいって感じか。それまでは適宜柱になるパイプでも渡す役としてなんかいい感じにその場にいよう。

 

「なぁ、桂介って最近陽香さんと仲いいよな」

 

「……腐れ縁みたいなものだよ」

 

声をかけてきたのはぱっと名前が出てこないけど陽香と同じようなクラスの明るい側の男子。とはいえ頂点ってほどじゃなくて二線級というかなんというか。こういう評価ってしないほうがいいのはわかっているけどそういう表現を使わないと出せないものってあるじゃないですか。語彙と説明力の少なさの言い訳だって?そうかもしれない。反省しよう。

 

「いやさ、角野さんは俺も知ってるから桂介となんとなく気が合うなってのはわかるのよ」

 

「オタクっぽいから?」

 

「わざわざ言わんでやってあげたのに」

 

そう言って彼は笑う。うん、こうやって属性をいじられる事自体は別に嫌じゃないんだよ。もちろんここで嘲笑とか入ってきたら話は別だけど、僕はこうやって相手が加減しながらも笑ってくれるのは大丈夫だと思っている。いや、向こうに無理させているだけかもしれないか。

 

「でもさ、最近陽香さんとも良く話してるの見るから」

 

「そうかな」

 

「ちょっと贅沢だぞ?他の男子に嫉妬されても知らないからな」

 

じゃあお前も苦しんでみろよ、とは口にはでなかった。一瞬だけ思考には入った。

 

「陽香も角野さんも正直面倒な女子だよ?」

 

「そういうやつほどかわいいんじゃないか」

 

「そういうものかもな」

 

あくまで男子同士の話だってのはわかっている。でもさ、こういう会話をするのは正直言って嫌だ。更に嫌なのは、こういう会話を楽しく思ってしまう自分がいることだ。

 

いや、このあたりをどう説明したらいいものか。昔からなんだよな。恋バナみたいなものが嫌いだけど、憧れているところがある。でもこの憧れって、たぶん危ない憧れだとは思う。タバコとかお酒とか、ドラッグもそう。そこにはどうしても暗い誘惑と魅力みたいなものがある。

 

思春期の高校生にとって、そういう感情とか話題が一定割合を占めるのはわかる。それを否定するつもりはない。男子とか女子とかに分けるのは正確じゃないとかそういうのは全部一旦置いとこう。

 

男子も女子も、そういうのは好きだ。好きな子がいないかとか、どの相手が一番付き合って面白そうかとか。そういうのは一歩間違えれば囃し立てて特定の人物をいじっていい相手だとみなすことになるし、それがさらに進むのも時間の問題だったりする。

 

でも、それはある意味で集団の中で居場所をもらえるってことだ。人気者だってその調整のためには色々と考えなくちゃいけないことも多い。僕はもし陽香みたいなコミュニケーション能力を手に入れられたとしても、そこにつまらないように思える友達付き合いが義務として付随してくるなら能力なんていらないと考えるだろう。

 

「よっし、持ち上げるぞ」

 

フレームに手を入れて、持ち上げる。一瞬重く感じたが、他の人と分担されていい感じの力だけが僕の手にかかってくれた。これぐらいなら行ける。

 

テントと言ってもキャンプ用のものではない。運動会の保護者席とか学園祭の屋台とか、なんかそういうところで使われる便利な白い三角形の屋根をしたやつ。書かれている高校名と右下にある卒業生寄贈の文字。ええと、これ何年前だ?下手したら二十年前とかじゃないだろうか。自分の期を知らないからよくわからないけどさ。

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