一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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061 寝入の恋慕

家に帰って、お風呂に入って、ご飯を食べて、ベッドに横になる。

 

陽香がどういう相手、か。

 

あの時の陽香のようなものが、脳裏によぎる。でも、別にそれは恐れるものじゃないと理性ではわかっている。

 

陽香のほうにも、根本的に問題だったところはある。角野さんが以前説明してくれたようなのだけど、人間というのは恐怖すると硬直してしまう。それを、受け入れたのだと思ったのがあるらしい。

 

ふざけるなよ、と言いたくなる。固まってなかったら、もう少し話ができたかもしれないのに。嫌だってわけじゃないし、ちゃんと言葉で伝えられたら、と考えたところでいろいろな感情が湧いてくる。

 

言葉で伝えられないものだったんじゃないのか、というのが一つ。陽香はそもそもそういうのが苦手だし、きっと僕ならわかるとか考えたのだろう。もっとゆっくりだったら、あるいは落ち着いていたらわかったかもしれないよ。でも、あんな無理やりにされたら無理だって。

 

それに、僕が思い出しているのは幻覚みたいなものだ。何回も何回も再生されて、歪んでしまったもの。ビデオテープってそういうふうになるんだっけ。生まれてからずっとデジタルに生活を囲まれていたのでそういう物をじつは知らない。レコードとか一回聴いてみたくはあるけど。

 

深呼吸。大丈夫。本当の陽香は、かなり面倒くさいやつだ。許してほしいのに自分が加害者だって思っているから言えなくて、それを僕が察することができるなんてことにも気が付けないぐらいに思い詰めているくせに、僕が一言言ったら意味をちゃんと理解するんだから。

 

ええ、かわいいと思いますよ。好きですよ。なんですか悪いですか。僕にとって角野さんも陽香も大切な人で、好きって意味では一緒で、でもどうやって好きかは違うって話なだけです。

 

ここまで考えると僕の中の理性という名前の劣等感とか臆病さみたいなものが色々と言ってくる。贅沢だぞとか。ああ、そういえば言われていたな。誰からかは忘れたけど。覚えていたくもないけど。

 

別にさ、いいじゃないですか。誰かを好きになることぐらい。それがいい悪いって言えるのは僕だけで、外に出さなければどう思ったっていいじゃないですか。それはそうと僕はそういうの嫌なんだけど。だって、思ったことを外に出さないなんて無理じゃないですか。

 

たぶん、陽香は僕が陽香のことを嫌いじゃないって意味で好きなのはわかっているはず。角野さんは正直全然わかっていそうじゃない。いや、ちゃんと言ったよね?言ったはず。聞き逃したのかな。あるいは、覚えていたくもなかったか。

 

それは、まあ、わからなくはない。僕は告白なんてされたことないけど、いや陽香を除いてだけど、それでも興味がない、そういう関係になることを考えてなかった相手から好きとか言われたら勘違いだよとか大変だなとか、そういう感情が浮かぶことはわかる。

 

角野さんは、もっと色々と考えて何も言わないのかもしれないけど。このあたりは、角野さんを信じるしかない。それに今更聞くのって恥ずかしいどころじゃないし失礼かもしれないから。心が辛い。

 

懐かしい感覚だな、と思う。昔はちゃんと恋心と向き合おうとしていた時期があった。一晩中、好きな相手のことを想像して、気がついたら眠っていたようなこともあった。その相手が誰だったか、覚えてはいないけど。

 

高望みなのはわかっている。やらなくちゃいけないことから逃げて、面倒な傷までついている僕のことを、ちゃんと受け止めようってする人はそんなにいない。そしてそうしてくれそうな角野さんも陽香も、僕と違ってちゃんとしている人だ。

 

嫌とは言わないと思う、ってところまでなんとなく想像できるから、僕は何も言えない。配慮してくれそうだから。陽香はきっと罪悪感をかくしながら頷くし、角野さんは流すように頷くから。いやなんか普通に腹が立ってきたな。人の気持ちを弄びやがって。

 

そうやって、息を吐いて、小さく笑う。僕はけっこう、一人だけのベッドの中だったら感情豊かなんじゃないだろうか。角野さんはこういう想い、ちゃんとあるんだろうか。

 

角野さんが会話の中の微笑み以上に笑ったのはたぶん見たことない。悲しみとか怒りとかは、もっとない。高校生で、翻訳とかもやっている以上、そういう感情自体を完全に理解できないわけじゃないとは思う。

 

でも、知っていることと行動できることは別の話だ。そんなことは僕は良く知っているはずじゃないか。わかっている問題が解けないなんて日常茶飯事だし、恋の苦しみなんて告白っていう簡単に終わらせる方法があるのに今まで取ってこなかったわけだし。本当に終わるのかなんて考えてしまうが、試してないのにわかるわけ無いだろ。

 

でも、個人的には角野さんにそういう感情を持ってほしくはない。なんか超然っていうか、そういうのとは切り離されていてほしい。これが、相当ひどい事を言っているというのは理解している。

 

相手にこうあってほしいって願うのは、すごい傲慢で、暴力的なことだ。例えば僕が陽香に反省してほしいって思ったとしよう。それは行動に出るし、きっと陽香は読み取ってしまう。そうしたときに、陽香に反省しないなんて選択肢はない。

 

僕だって、たぶんそうやって陽香に動かされているところがある。陽香は許されたがっているけど、同じぐらいに安易に許される自分を認められないから、そういうのもあって僕は陽香との距離を掴みそこねているのかも。

 

角野さんとは、どうだろ。角野さんは僕にこうあってほしいって言ったことがない。せいぜい、ステラ・コルセアの話をしようって言うぐらいだ。でも僕がもしWikiの編集から引退するって言っても止めそうにない気がする。理由は聞くけど、それは止めるためじゃなくて純粋な理解と引き継ぎのため、みたいな。

 

そういう意味では、誰かに影響を与えるような関係っていうのは特別なんだな、と思う。角野さんは、ある意味で意図的に僕との関係を特別にしないように頑張っている。頑張っているかどうかはともかく、そういう意図はある。

 

いや、もしかしたら単純にあまり人と関わるのが面倒くさいとか、僕との関係を崩したくないとかかもしれない。後者だと嬉しいけど、角野さんがそう言ってくれることはないのだろうな。

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