一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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063 言葉の因果

角野さんは美味しそうにカフェモカを飲んでいた。

 

「それで、話を聞かせて」

 

なんていうか、角野さんは楽しんでいる気がする。いや、別に重苦しい雰囲気にしたいわけじゃないけどさ。

 

「……僕も完全に言葉にできているわけじゃないから」

 

「わかっているよ。ゆっくりでもいいし、伝えきれなくてもいい。少なくとも、今の時点で私が陽香さんのことを何か食い違った形で理解している可能性があることは、伝わっているから」

 

「そうなんだけどさ……」

 

これを言っていいのかは、少し悩んでいる。

 

「まず、陽香は自分の今までのやり方と、角野さん流の方法とが噛み合わないことにかなり悩んでいる」

 

「ふむ」

 

「ええと、角野さんは陽香に言葉にするようにとか、考えるようにとかたぶん言ったと思う」

 

「言ったよ」

 

「でもさ、陽香は考えて行動しているわけじゃない」

 

「ここでの考えるというのは、言語化して、と言う意味だと思っていいかい?」

 

「……うん」

 

そうか、考えてはいるんだよな。角野さんと話していると言葉にしないと伝えられないし、言葉にしていないものは考えていないみたいに思ってしまいがちだけど、僕も陽香とやり取りしている時は正直そんなに考えている気がしない。

 

「だから、陽香は自分の考えていることを言葉にした時に、後付の言い訳のように感じている」

 

「……なるほど、私は言語ベースで基本的に考えているから想像しにくいけれども、直感的に正しい行動を取れる人にとってはそうなるのか」

 

「それに、陽香は別に言葉を使うのが苦手ってわけじゃない」

 

「言語文化と英語コミュニケーションの成績を見ればわかるよ、君ほどではないにせよ、彼女はきちんと優秀だ」

 

「僕は言語文化も英語コミュニケーションも陽香より悪かったんだけど」

 

「純粋に君が授業を聞いていなかっただけだと思うよ……と言うのは、酷か」

 

「いや全くその通りです」

 

別に陽香とのいろいろがなかったとしても普通に授業中ぼんやりしていただろうし、言い逃れができる余地はない。いや、効率が悪くなっていたり集中力が落ちていたのはあるからその点では角野さんの配慮はありがたいけどさ。

 

「……一旦その話は置いておくとして、陽香さんは慣れない方法での思考を、自分の思考だと思えていないのかな」

 

「そうかもしれない。言葉にわざわざして自分のしたことを説明するのって、たぶん言い訳とかのときだけだと思うから、そういうのもあるかも」

 

「理解はできる。だけど、共感みたいなものはできないな」

 

「角野さん、言葉に依存しない考えとかほとんどなさそうだしね」

 

「いや、結構あるよ。そういう意味では、私は普通に言い訳をする人間だ。陽香さんが嫌うのもわかるよ」

 

「……どういうこと?」

 

陽香が角野さんの中に嫌いな部分があるのは間違いない。僕だって角野さんに嫌いな部分がないかと言われれば少し悩むし、陽香にもそういうのはある。

 

「きっと、私は自分がどんな行動をとっても、それを正当化する理由をつけることができる。それも、その理由を完全に信じ込んだ上で」

 

「……言いすぎじゃない?」

 

「いや、無意識にならできると思う。例えば今日の私がもし君の誘いに乗らなかったとしても、その理由はきちんと説明できて、私はそれを自分の思考だと飲み込むだろう。でも、ここにいる私は、別の言葉で自分がここに来た理由を説明できるし、それを自分の思考だと思う」

 

「なんとなく、わかってきた」

 

角野さんにとって、言葉を弄ることは簡単で、慣れていることだ。言葉で動いている角野さんにとってそれは自分の行動原理とか意思とかを弄れるということになる。

 

だから、角野さんはいつでも嘘がつけるのだ。嘘って言い方でいいのだろうか。自分の感情みたいなものが都合が悪くなれば、別の感情に沿った話を作って、それを飲み込めばいい。

 

「……ただ、これは私がかなり特殊な経験を積んでいることを前提にしている。桂介くんは、そこまで上手くできないと思う」

 

「僕がやると、たぶんどこかで無理が出る気がする」

 

何度も自分が信じ込むまであることを唱え続ける、みたいなやつだろう。あるいは、意図的に何かを思い出さないようにするような。

 

「逆に、陽香さんが受け入れるのは相当難しいと思う。私に直感的に行動しろ、って言うようなもの」

 

直感か。日頃意識的に直感的に動くとかないし、そもそも直感って意識しないものだからな。

 

「……角野さんはさ」

 

「ん?」

 

「ステラ・コルセアって、どうやってプレイしている?」

 

少し気になった。僕はけっこう何も考えずにプレイしていたなとあとから思うことがある。集中していたのだろうけど、何を考えていたか覚えていないからきっと直感で動いていたのだろう、みたいな。

 

「……質問の意図を確認するよ。私がステラ・コルセアをやってる中で、直感的に動いている時があるんじゃないかってことでいい?」

 

「そう。あってもなくてもいいんだけれども、どう思っているか知りたくて」

 

「結構言葉を使っている気がする。実況みたいな」

 

「角野さんってそういうことできるんだ」

 

ゲームをしながら話すというのは特別なスキルだ、と聞いたことがある。そうでなければ上手なゲーム実況者がもっといるはず、みたいな。後から合成音声をつけるような動画を僕はよく見るけど。

 

「ただ、動画にしても面白くないと思うよ?かなり早口だし、正直言葉になっていない部分もあるから。ああ、そういう意味では直感みたいなものは出るね」

 

「でも陽香のとは違いそう。なんていうか、角野さんの場合だと思考が早すぎて言葉が追いつかなくて結局直感ぽくなる、みたいな気がして」

 

「陽香さんも同じだと思うよ」

 

そう言って、角野さんは一口カフェモカを飲んだ。

 

「私から見た感想だけど、陽香さんは言葉を使うのが苦手で、それ以上にいろいろなものを無意識のうちにまとめるのが上手だから、言葉が遅れてくるんだと思っている」

 

「……で、別に言葉を選ぶのが下手なわけじゃないから、角野さんみたいに正当化することができている、と」

 

「むしろ陽香さんの場合は言葉を読み取るのが上手だから、自分があとから付けた言葉がどうにも引っかかるとかの方かもしれない。陽香さんがそこまで理解できているかは別だけどね」

 

「下手に言うと、僕たちの言葉で思考が固定してしまいそうだし」

 

「しばらく様子を見るしかないのかもしれないね、とはいえ現状維持はそれはそれでコストがあるわけで……」

 

僕と角野さんは、二人で合わせたように息を吐いた。

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