一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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064 共通の話題

「陽香、ちょっといい?」

 

お昼休みに、僕は陽香に声をかけた。いや正直かなり嫌だなって思うところはありますよ。嫌っていうか面倒っていうか、逃げたいのは間違いない。

 

でもさ、ここでもし僕が逃げたら陽香の悩みとかを聞ける相手がいないわけですよ。角野さんはたぶん陽香の悩みを本当の意味で理解することはできないと思う。何かで読んだけど、陽香みたいなタイプは悩みを聞いてもらう過程のほうが大事で悩みを解決すること自体が目的ではなかったりするのだ。

 

「……なに?」

 

「色々聞きたいことがあって」

 

「……わかった」

 

ものすごい訝しがられている。仕方がない。とはいえここだと難しいので角野さんに頼んで席を交換してもらう。一つ頷いて角野さんは陽香さんの席を使うらしい。

 

「……桂介のほうから声かけてくるの、珍しいね」

 

「少し角野さんと話して、角野さんが陽香のことわかってなさそうだから聞こうと思って」

 

「……愚痴っていい?」

 

「いいよ」

 

「角野さんさぁ、本当になんていうか見てるとこう、辛い」

 

「辛い?」

 

嫌だとか面倒だとかじゃなくて、辛いって感情が来るのか。なんか想像していたのとは違うな。

 

「だってさ、ずっと自分を隠さなくっちゃいけなかったんでしょ?中学生の頃から、ずっと」

 

「安易にそう言っていいものじゃないと思うけど……」

 

陽香の怒りみたいなものは、わかる。確かに角野さんは、自分を表に出していない。感情を隠して、衝動を抑えて、それで普通のように過ごしている。

 

「……桂介はさ、角野さん見ててなんとも思わないの?」

 

「すごいとは思うよ、でもなんていうか、憐れむみたいなのは違うと思う」

 

「あたしのはそうじゃ……」

 

そこまで言って、陽香は黙り込んでしまう。この隙に僕もお弁当を食べてしまおう。議論に熱中して放課後にちびちびのこったお弁当を食べるのはちょっと物悲しい。あと今の時期はまだ普通に食中毒とか怖いのでお昼のうちに食べきっておきたいのもある。

 

「……桂介はさ、なんか思ってるの?」

 

「すごいなって思う」

 

「……桂介が角野さんのことわかってないのか、あたしのほうがわかってないのか、わかんないや」

 

「わからないなら無理に言葉にしなくてもいいと思うよ、角野さんには伝わらないかもしれないけど」

 

「……ちゃんと伝えないとさ、あたしはそれで失敗したんだから」

 

僕のことだろうか。あれは伝えるという問題だったのだろうか。いや広い意味ではそうなのはわかるけど、確かにあの時陽香のしたかったことは僕には伝わっていた。それに対して返事ができなくて、恐怖が全部を上塗りしてしまってああなったんだけど。

 

「あのさ、角野さんの方を変えるとかできないかな」

 

僕が言うと、陽香はなに言っているんだこいつはみたいな視線を僕に向けた。結構痛い。いや、慣れた痛みだし、その痛みは嫌じゃないんだけれどもね。たぶん陽香にとっての走る時の辛さみたいなものだ。辛いし嫌なものではあるけど、それはそれとして全体で見れば楽しいものだ。

 

なんていうか、話しているって実感がある。たぶん陽香も僕の会話で嫌になるとかあるんだろうなとは思うよ。理屈っぽいとか、面倒なやつだなとか、そういうの。

 

「角野さんって、感情を表に出すのを怖がっているように思う」

 

「うん」

 

「でもさ、怖いのって純粋に経験がないからじゃないかな」

 

「桂介が美容院に行くみたいに?」

 

「そんな怖がってた?」

 

「すごい緊張してた」

 

「そっか……」

 

もう一回行きたいかと言われると微妙な気もするが、でも行ったとしてもそこまで怖くはないだろう。いやでもなんか身体が強張るな。ああ、なんかこれ嫌なやつだな、と理解する。トラウマになっているのだろうか。案外僕の身体はこういうものに弱い。

 

「でも、桂介の言いたいことはわかる。でも、それが角野さんにとっていいことに繋がると思う?」

 

「それがよくわからない。陽香はどう思う?」

 

「角野さんについてはあたしより桂介のほうがわからない?」

 

「そっか……」

 

互いに相手を使えないなって思っていそうだ。仕方がないから自分がやるか、と互いに思いそうである。少なくとも僕はそう思っている。

 

「ともかく、もし桂介がそういうことするならあたしは手伝うからね」

 

「具体的にどうすればいいかわかる?」

 

「怒ったり悲しんだりするのをさせるとか?」

 

「……なにさせる?」

 

「どうすればいいんだろ……」

 

結局うまく行かない。角野さんはもともと感情が読みにくいのはあるかもしれないけど、完全に無理ってわけではない気がするんだよな。理性的に読み取るテクニックを覚えてしまったから、それ以外の方法を使うのが怖い、みたいな。

 

「……桂介とこうやって話すの、久しぶりかも」

 

「そうかも」

 

二人でなにか共通のことを話す、という機会が実は結構少ない。僕と陽香はかなり別の世界を生きている。普通の高校生らしい明るい友だちに囲まれて放課後に部活をちょっと休んで友達と遊びに行っちゃうような陽香と、すぐに帰ってゲームのWiki編集をしているような僕。そう考えると陽香って結構不真面目だよな。

 

「あたしと話すの、どのくらい嫌じゃない?」

 

「比較対象がな……」

 

程度を表現するのってどうすればいいんだろう。何か比較になりそうなぐらい嫌なものとかあるだろうか。予防接種とか。痛いのは一瞬だしどうせそこまで痛くないんだけど微妙に緊張するじゃないですか。試験もそうかも。

 

「……角野さんとあたし、どっちといると楽しい?」

 

「それは別の楽しさだから比較できないし、どっちかより両方のほうがいいかな」

 

「どっちかだけなら?」

 

そう言われて、僕は少しだけ悩む。いやわかってるよ、これが意地悪な質問だって。そしてどう答えたって陽香は不満になるのだ。角野さんって言えばそうなんだってふてくされるし、陽香って言ったらどうせ嘘でしょみたいに言われる。

 

「……答えないってあり?」

 

「あたしも良くない質問した。……今、桂介と話せるだけでもあたしはいいって思わなくちゃいけないのに」

 

思い詰めがちな陽香らしいな、と思った。別にもっと欲張ったっていいのに。酷いことした相手とまた話したいって思うこと自体を、僕は悪いとは思えない。相手が拒むつもりもあまりないし、できるだけ関係を戻したいって考えているならなおさらだ。

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