一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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066 直接の質問

さて、何かわからないことがあったらわかる可能性のある人に聞くのが一番である。

 

「……失礼、します」

 

「桂介、緊張しすぎ」

 

「特に私の家に面白いものはないから、期待はしないでね」

 

落ち着こうと深呼吸をすると知らない匂いが鼻に入ってくる。なんだろうか。柔軟剤とかアロマとかそういうものだろうか。

 

角野さんの家は、このあたりによくある一戸建てだった。角野さんの部屋が二階。いや、ここに住んでいるのは全員角野さんなんだけどさ。

 

「……ここに来たの、前に角野さんに呼ばれて以来」

 

陽香が言う。ええと、なんかそういう話があったな。陽香が僕の部屋に来たときから何日か経って、精神的にぼろぼろになっていた陽香に角野さんが話を聞いたやつ。

 

「前の時は、たぶんかなり不適切なこともした。わかっていなかったっていうのは、言い訳にはならないと思うけど、申し訳なく思っている」

 

「いいよ、角野さんにそういうこと言われてもあたし……」

 

「……続けて?」

 

「いいの?」

 

「私は、知りたいな」

 

二人の会話を聞きながら、案内された場所に座る。ふわふわの絨毯と、小さな床置きの机。パソコンの方は光りそうなところを見るにそこそこしっかりしたゲーミング用のやつだろう。

 

「……あたしは、角野さんの言葉がどうしても本心からじゃないように感じる。そうじゃないのはわかってる。角野さんはちゃんと責任を感じてるし、謝ろうとしているのはわかる。けど」

 

陽香の声に、角野さんは静かに頷いた。

 

「できるだけ、行動でも示すようにするよ」

 

「そうじゃなくて、なんていうか……」

 

陽香は何かが言いたくて、それが口からでなくて困っているようだ。まあ、僕には察しはつくよ。

 

角野さんの言葉が演技みたいだって言いたいんでしょう。棒読みとかってわけじゃないけど、わざとらしさがあるというか。僕にはわからないけど。

 

「陽香はさ、角野さんはともかくなんで僕の場合には嘘ついているってわかるの?」

 

いきなり聞かれて、陽香はすこし驚いていた。

 

「えっと……なんとなく。ちょっと待って。なんか素直じゃない気がする時、桂介ってたいてい変なこと言ってる気がする」

 

「そういうことね」

 

僕が言う。角野さんは完全に納得できていないようだったが、それでも引いてくれた。

 

「それで、私とどこか遊びに行きたいという話だったよね」

 

角野さんが言う。そう、今日ここにわざわざ僕と陽香が遊びに来たのはそういう議論をするためだ。ちなみにお菓子と飲み物も用意しております。家ではあまりこういうジュースとか飲まないようにって言われていたので特別な気分だ。油っぽいものじゃなくてクッキーとかで手も汚れにくいようにとかちゃんと考えていますよ。

 

小さな机の上にお菓子とペットボトルを並べて、ゆったりできるような雰囲気にする。いやどうだろう、角野さんが緊張を崩してないな。なんていうか、僕とステラ・コルセア関連の話をする時はもう少し自然体というか、気が抜けている気がする。

 

「そう。角野さんって、どこか一緒に行きたい所ある?」

 

「……それは、私への支援として、言っているの?」

 

角野さんは、落ち着いていた。異常に落ち着いているようにも見えた。

 

「うん」

 

陽香はためらいなく言った。

 

「……そうね、私はたぶん二人から誘われたらけっこう気軽に色々出かけると思うけど」

 

「そうじゃなくて、なんていうか……楽しくなったりするとか、ない?」

 

「あまり。そういうのは苦手だって、言ってるよね?」

 

「知ってる。それでも……」

 

「……わかってるから、それぐらい」

 

角野さんの声に、怒りのようなものが混じった。

 

「えっ」

 

僕が疑問の声を漏らすと、角野さんは息を吐いて僕と陽香のほうを正面から見た。

 

「ずっとこのままだと、限界があるのなんてわかってる。多少は感情を出すことに慣れなくちゃいけないのも、それへの恐怖に向き合わなくちゃいけないのも」

 

「だから、あたしたちが」

 

「……本当に、あなたたちが頼りになる?私が五年近く、ずっと考えてきたようなことを、たった数ヶ月で、私ではないあなたたちが、解決できると思う?」

 

「思う」

 

僕が止めようとする前に、陽香は言い切った。

 

「だって角野さん、自分のこと全然わかってないでしょ?」

 

「そういう陽香さんはどうなの?自分のこと、わかっているの?」

 

「わかんないってわかってる。角野さんみたいに嘘でごまかして、わかったつもりになんてなってない」

 

「……そう、陽香さんにはそう見えるのね」

 

まだ、角野さんは冷静でいる気がする。心の中がどうなっているかはわからないけど。一方で陽香はそろそろ止めたほうがいいかもしれない。コントロールとかそういうのなしに思っていることをただ言っているだけなので、ブレーキもアクセルもない状態で坂道を転がっているようなものだ。

 

「うん」

 

「……陽香さんは、私を受け止める覚悟とか、そういうものがきちんとできているの?」

 

角野さんは、静かに言った。

 

「あなたを傷つける言葉を言うかもしれない。肉体的な暴力を振るうかもしれない。そうでなくとも、私と付き合うのが嫌になるような思いをするかもしれない」

 

「あたしだって桂介にそういうことしたよ、でも桂介はここにいてくれる。あたしだって角野さんのそばにいれるって」

 

「桂介くんがあなたのそばにいれるのは、私のおかげよ」

 

「そうだよ、知ってる。角野さんがいなかったら、あたしはどうしようもなかった。だからその角野さんが辛いなら、ちょっとぐらいその辛さを投げてよ」

 

「辛くないから、意識しなかったら」

 

「意識したら辛くなるんでしょ?」

 

二人の言い争いを聞きながら、視線を動かしてお菓子とか食べれないかなと思うがさすがにこの空気でそれができるほど僕は図太くない。空気を壊すためにはするべきかもしれないけどさ。

 

「……なんで、陽香さんは私に構うのさ。私が陽香さんに構うのはわかるけど」

 

少しだけ、ゆったりとした、辛そうな声で角野さんが言った。

 

「……友達、だから?」

 

「あなたは他の友達にも、こういうことするの?」

 

「頼まれたらするんじゃないかな、でも角野さんって特別だし」

 

「どういう意味で?」

 

「……桂介をさ、助けてくれたでしょ?」

 

「ああ、そういう……」

 

ちょっと空気が緩んだので、ちょっと大きな音を立てるぐらいのつもりでチョコクッキーの袋を開けた。二人の視線が僕を見て、よこせとばかりに二つの手が伸びた。

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