一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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068 帰路の岐路

だらだらと、かなり無意味な時間を過ごしている。ちょっとお菓子の食べ過ぎで晩御飯入るかわからなくなっているが、たまにのちょっとしたわいわいぐらいは許されるだろう。

 

「……つまりね、角野さんはかなり綺麗なの」

 

陽香は角野さんとなんか化粧の話をしている。さっきまでの張り詰めた空気は何だったんだ。僕はちょっと辛いので距離を取っている。ただ、角野さんが嫌な感じを出しているわけではないんだよな。

 

このあたりはなんていうか、女性同士ってものがあるんだなと思ってしまう。いや僕だってインターネット上の繋がりでは男性同士の会話みたいなものがありますよ、同級生ではそういうものはないけど。難しい。

 

上体を倒す。天井を見る。背中に絨毯のふかふかとした感覚が当たる。

 

「あ、桂介?疲れてるの?」

 

「ちょっとね……」

 

嘘ではない。色々と、考えたり心が動かされたりしたことがあって、精神的になんか重いって言えばいいのだろうか。このあたりはどうしてもいい言葉を知らない。小説とか読むといいのかな。でも僕みたいな考えすぎるようなキャラクターが出てくる作品はあるのだろうか。

 

「そろそろ、帰る?」

 

「そうだね、角野さんも疲れたっぽいし。……ごめんね」

 

「構わない……じゃないな、私も楽しかった。毎日は困るけど、またたまに遊びに来てほしいし、今度は私がそちらに遊びに行っていい?」

 

角野さんの言葉に、陽香は思いっきり頷いた。わかりやすいぐらいの笑顔で。

 

いや、だからいいんだろうな。僕や角野さんはどうしても一瞬表情が遅れるとかそういうので陽香から見れば演技っぽくなってしまうのかもしれない。それに比べて陽香の喜びはたぶん神経反射みたいなものになっている。

 

それがいいところでもあるし、悪いところでもある。僕はなんだろう、好きだし嫌いだな。なんか素直に受け止められない。いや、別に好き嫌いで考えなくてもいいのか。そういうものだと思っている。

 

「じゃあ、あたしは帰るね。……桂介はどうする?」

 

「……一緒に帰るよ」

 

別にこの街の治安が悪いわけでは無いし、陽香は普段普通に一人で帰っているのだが、それはそれとして送ってやるべきだろうみたいな社会倫理みたいなものが僕を縛っている。

 

それ自体がなんか良くないというか、うまく言えないけど陽香を下に見ている気もするのだけど、それはそれとして一緒に帰ったほうが僕にとっても陽香にとってもいいのはわかる。

 

みたいな言い訳を口を開いてから考えました。陽香の見せる表情は遠慮、かな。わからない。

 

「……ありがと」

 

「いいよ」

 

「桂介くんは、もう大丈夫になった?」

 

何が、とは言わなくてもわかる。そういえば僕はあの時のことを考える時にどうしても限界があるな。いや、恥ずかしいとかそういうのもあるけど。でも前よりずっと良くなったな、出てくる感情が恥ずかしい、になるんだ。

 

「うん、ある程度は」

 

「……無理、しないでよ」

 

僕の言葉に、陽香が返した。

 

「わかった」

 

そう言って、僕と陽香は鞄を持って角野さんの部屋を出る。

 

「扉はオートロックだから」

 

そう言って角野さんは部屋にいた。見送ってくれてもいいじゃないかと思うが別に見送られたからって何だって話だよな。

 

物音がしたのでちょっとそちらの方を見ると、中学生ぐらいの男の子がさっきまで僕たちがいた部屋の一つ奥の扉からちらりとこちらを気まずそうに見ていた。角野さんと似た面影がどことなくある。

 

ぺこりと僕は頭を下げて、階段を下る。そういえば弟がいるって言っていたよな。陽香は気がついていないようで、僕は少し急いで追いかける形になる。

 

扉を丁寧に閉じて、鍵がかかっていることを確認。外の空気は少しだけ涼しくなっていた。

 

「……桂介、帰り道はわかる?」

 

「なんとか」

 

頭の中でこの辺りの地図を思い浮かべる。角野さんの家は普段の行動圏のちょっと外だ。家と高校と駅を結んだ歪な三角形が事実上僕の行動圏で、ショッピングモールとかに細い線が伸びていたりはするけどその程度。一応土地勘がある範囲はもう少し広いけどさ。

 

角野さんの家は僕と陽香の家の垂直二等分線上にある感じで、たぶんあのコンビニが両側にある交差点で分かれることになるな、と思う。いや、そういう場所があるんですよ。普通に見える範囲に別のコンビニがあるの。とはいえ交差点を越えるのが面倒だから棲み分けはできているのだろうか。

 

あまり、陽香とは話すことなく歩いていく。別にどちらも合わせるつもりがないのに歩幅とテンポは同じになって、やっぱり長年の付き合いみたいなものがあるんだなと嫌でも感じさせる。嫌じゃないけど。

 

「……陽香はさ」

 

僕のほうから、珍しく声をかけた。

 

「なに」

 

「まださ、僕のこと……手首掴みたいとか、思うわけ?」

 

具体的なことが言えなかった。別に言ったって構わない関係のはずなのに。

 

「手首……」

 

陽香はそう言って、自分の掌を見る。街灯とかに照らされて、ぼんやりと白く見える手のひら。手は僕よりも少しだけ小さいかな、わからない。

 

「握りたいって、思う。手は。でも、それは……嫌だ」

 

「嫌、なんだ」

 

陽香が言葉をうまく言えないのはわかる。嫌だって言っているけど、僕のことを嫌っているわけじゃないのも声色でわかる。

 

「……あたしは、また、桂介の手を握りたい」

 

「……うん」

 

握られることを想像して、背筋がぞわりとなる。呼吸をゆっくりとして、なんとなく体中に走っているむず痒い感じを落ち着ける。

 

いや、ちょっとうまく行かないな。無視しようと意識して空回りしている感じ。良くない。こういうのは時によってうまくいく手法が変わる。

 

「……やっぱり、桂介は、嫌?」

 

「……まだ、難しいかも」

 

身体の反応に嘘はつかないほうがいい。無理をする必要もない。辛くなったら逃げたっていい。陽香は別に、追ってはこないんだから。

 

「……そっか。言ってくれて、ありがと」

 

陽香が足を止めた。前を見ると、赤い信号があった。あれ、これって僕は曲がったほうがいいやつだよな、と思って横を見るとちょうど歩行者用の青信号が点滅しているところだった。今からは間に合わないだろう。

 

「……じゃあ、僕はこっちだから」

 

「うん……じゃあ、また、明日」

 

信号が切り替わって、陽香は歩いていった。その信号がまた赤になるまで、僕はずっと陽香の後ろ姿を見ていた。

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