一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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069 改竄の自覚

陽香のことは、嫌いじゃない。どうしても考えるたびにワンクッション置いてしまうよな。

 

「……惚けてるね」

 

左の方から角野さんに言われて、授業が終わっていたことに気がつく。ああまったく、最近集中できていないな。ああ、そういえば最近席替えがありましたがほぼ僕と陽香と角野さんの位置関係は変わっていません。左右反転して窓寄りになった感じ。

 

だから、左を見ると残暑の残る空を窓のフレームで切り取った背景を背に真面目そうにタブレット端末を見る角野さんがいる。絵としては結構映える。綺麗な人だし。

 

「……そんなに集中できていない?」

 

「色々考えることがあるんだろうなとは思うよ、視線の先とかさ」

 

視線の先には、当然ながら陽香がいる。陽香も大変だよな、幼馴染からとはいえ授業中ずっと視線を向けられるとは。良く視線を察知するみたいなものがあるけど、そんなことはないと思う。そうじゃなければ陽香が僕の視線に気がつくはずだし、僕も角野さんに観察されていたことに気がつけただろう。

 

「……うん」

 

「少しだけ嫉妬みたいなものはするけどね」

 

「するんだ」

 

「私以外といるほうが楽しいんだ、みたいに拗ねる子供の振る舞いだよ。気にしないでほしい」

 

「それを言うこと自体が大人げない気がする……」

 

僕も角野さんも、言葉の裏を読める人だ。逆に言えば、読んでしまう人だ。もちろんそれは相手が本当に思っていることと違う可能性のほうが高いわけだけどさ。それでも可能性があるなら思い込んでしまう。

 

「……言い方が悪かった。けどさ、私は嬉しくも思っているよ」

 

「自分のおかげで僕が回復したら?」

 

「言い方が良くないよ」

 

角野さんが返すが、口調は深刻じゃない。よかった、危ないネタだと言ってから思った。

 

「……そう。でもさ、今思うと色々もっとできることがあったなとは思う」

 

「例えば?」

 

「君の気持ちに、もう少し向き合っても良かったんじゃないかな、とか」

 

「十分色々角野さんは聞いてくれたよ、僕が言わなかっただけで」

 

ああ、思い返せば言っていないことはいっぱいあるし、言葉にする前に押しつぶしてしまったものもいっぱいある。別にそれを言うべきだったとは思わないけど、隠してあることがあったとちゃんと伝えておくべきだったかもしれない。

 

「好意以上のものを?」

 

「思春期なので」

 

「大変だね……」

 

憐れまれてしまった。ただ、友人としてならこれぐらいの距離感がいいのだろう。そう考えるともし陽香と恋人みたいな関係やその先のことをしたとしても、幼馴染みたいな距離感は変わらない気がする。

 

定期的に、こういうことを考えるようにしている。そのたびに身体が嫌な感じにはなるけど、それは幻だって自分に言い聞かせて、たぶん良くなっている気がする。

 

「とはいえ相談なら私が聞くから」

 

「相談する相手を選びたい内容だってあるんですよ……」

 

「……そういうものなんだ」

 

「そういうもの」

 

なんていうか、このあたりの細かいところを言葉にせずに伝えるって難しすぎる。陽香ならなんとなくはわかってくれそうだが、角野さんはどうなんだろう。

 

そもそも、人を好きになるとかなさそうだしとかなり偏見じみたことを思ってしまって自分が嫌になる。少なくとも、角野さんは僕や陽香のことが好きだろ。恋愛的な意味ではなく、友愛みたいな意味で。

 

本人がどう思っているかはともかく、その献身は相当なものだ。角野さんは相当勉強したのだろうとは思う。本なのかインターネットなのか、あるいは秘密を守ったまま相談できる第三者を見つけたのかは僕は知らないし、角野さんは教えてくれないだろうけど。

 

「……もし、話したくなったら聞かせて。私は聞いてみたいから」

 

「それは自分が楽しみたいだけでは」

 

「だから話したくなったらって言ったでしょ」

 

「はいはい」

 

なんていうか、今日の角野さんはいつもと違う。緩めというか。そりゃ最近陽香といろいろあったからね。方針転換みたいなものをしたのかもしれない。

 

僕からすればきっと、好きになった人には素直に告白すればいいでしょぐらいのことを言われたような気分なのだろう。それができるなら苦労しないのはよくわかる。でも角野さんは変わっているってことは踏み出したのだろうか。

 

「角野さんってさ、感情を出すのがどういうふうに嫌なのかってわかる?」

 

「うーん……」

 

少しだけ悩んで、角野さんは止まった。

 

「大丈夫?」

 

「考えたくない、って私は思っている」

 

「意図的に思考をそらしている、みたいな?」

 

「そういう形。意識しなければ、私はそういう選択肢があるってことに気がつかないし、抑圧していることを自覚しないから……か」

 

角野さんの口調は、淡々としていた。本を読み上げるような感じ。陽香がやる時はもっと感情を込める気がする。そういえば小学校の頃の音読は上手だった気がする。もうほとんど思い出せないけど。

 

「……角野さん?」

 

「いや、私はけっこう長い期間騙され続けてたなって」

 

「誰に?」

 

「私自身に」

 

そう言う角野さんは、少し楽しそうだった。

 

「……どういうことか、聞いてもいい?」

 

「いや、そんな面白いことじゃないよ。自分がそれを意識しているってことを、うまく忘れられていたなってだけ。いつ忘れたかも覚えてないけど、きっといつかの私が忘れようって思ったんだろうね」

 

「……何かを忘れるのってさ、思い出そうとしないだけでいいって話、聞いたことある?」

 

「少しだけ」

 

「それを、忘れたことに対してもやったのかな」

 

「そういう感じかもしれないね、正確なところは私にも良くわからないけど」

 

でも、自分がそうやって抑えていたって気がついて、そんなに平気でいられるものなのだろうか。僕にとっては今まで押さえつけていた過去の片思いというか正直言葉にしたくないような想いの記憶が引き出されてきたようなものだろう。

 

「……辛く、ない?」

 

「今思うと、当時の私は必死だったなと思える程度には私は成長しているんだよ」

 

「後で陽香と話したほうがいいと思うよ」

 

陽香はこういう微妙なものを理解はできないだろうが、何となく感じるのは上手だ。

 

「えー、やだなぁ」

 

「嫌なんだ」

 

「だってさ、陽香さんにとっては私がずっと隠そうとしていて隠せなかったことをやっと認めたようなものでしょう?」

 

「そうかもしれないけど」

 

「気まずすぎる」

 

「そっか……」

 

僕は角野さんの細かい感情がわかる訳では無いが、少しだけ明るく、それでいてどことなく疲れたような雰囲気が漂っていた。

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