一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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007 一時の休息

晩ごはんを食べて、お風呂に入って、夜の七時前にはパソコンの前に座ることができた。今の気分は少し落ち着いている。気を抜くと陽香のことを思い出しそうになるけど。

 

パソコンを起動。パスワードを入力。一昨日と昨日は触らなかったけれども、もう五年ぐらい触っているので目をつぶったって打ち間違えることはない。

 

トークアプリに溜まっている通知については、ちょっと無視することにしよう。デスクトップのアイコンから「ステラ・コルセア」を選択。

 

星际私侠(Stella Corsair)の見慣れたロゴとともに、少しのローディングが挟まって開始画面が出る。最近はWiki用のプレイばっかりでランク戦をしていなかったな、と思いつつ通知アイコンから情報を確認。

 

並ぶのは相変わらず元気な公式からの連絡文章だが、これは本来中国語だ。角野さん含めた翻訳チームのおかげでこういうふうに読むことができる。自動翻訳だってあるけど、どうしてもここまではっちゃけたものにならない。それはそうと元の文章ってどういう調子なんだろう。明日聞いてみようかな。

 

「えー……シールド弱くなるのか……」

 

既に行われたアップデートの内容を確認して呟く。戦闘を短くしつつ新しく増える攻撃手段を活かすための調整だろう、とはわかるが好きな戦略が使いにくくなるのは少しさみしいものだ。僕はそれなりに防御を固めるのが好きなんです。

 

そういえば陽香はシールド嫌いだったなと思って脳裏に嫌なものがよぎって一旦深呼吸。落ち着こう。ゲームをやっているときぐらいは思い出さなくたっていいだろ。

 

角野さんからもらったアドバイスのおかげで、少しだけ楽になった気がする。別にゲームを楽しんだっていいし、あの時のことをいつでも思い出さなくたっていいのだ。そうやって、日常に戻っていけばいい。

 

序盤の星系でそこそこ強いが癖がある武装を手に入れることができたので、少しだけ悩んでしまう。グリッド配置を考えるとこの武装を軸にして船を組み立てたほうがいいだろうけど、そうすると今まで獲得してきたものが無意味になってしまう。

 

ステラ・コルセアの面白いところは、この選択の難しさだ。無難な選択をすれば無難になるし、尖った選択をすればハイリスク・ハイリターン。ゲームの中だったら、取り返しのつかない失敗もないので僕も色々なことを試せる。なにより、一周が長くても三十分とかなのでそこまで後腐れもない。

 

というわけで、編成を組み換え。契約企業も変えたから、抽選される武装も相性がいいやつが偏ってでてくれるはず。だいたいこういう確率が絡むものはうまく行かないけど、仕様としては出やすくなっているはずなのだ。

 

このゲームバランスの良さとリプレイ性の高さ、そして巧妙なランダム要素とちらりと見える世界観の奥深さからこのゲームは超人気……というわけでもない。いや、プレイヤーコミュニティは活発だし動画投稿サイトには毎日プレイ動画が出るし、評価も圧倒的に好評で公式のバージョンアップとバグ修正もきちんとあります。

 

でもほら、実はこういったローグライトってあまり普通の人はやらないんですよ。一応家庭用のゲーム機やスマートフォンにも移植されていてクロスプラットフォーム対応とはいえ、あまり聞いたことないゲームと何十年ものブランドがあるゲームとどちらを選ぶか、って言われたら、ね。

 

なので僕にとって陽香がこのゲームにはまったのは、かなり意外だった。慣れるのに時間がかかるって話もあって、解説動画が何本もあるほどだ。そしていろいろな選択肢を選べる中盤まで行けるほどゲームを理解できるようになるまでが短くない。だから、初心者の離脱は珍しいことじゃないし、僕だって話の流れで言っただけだったのに。

 

そんな余計なことをちょっと苦しみながら思い出していた横で、改造したために保証対象外となった高出力採掘レーザーを主軸とした僕の船は敵となったハッキング主体の船にやられました。これで敗北回数が四回になったのでゲームオーバー。リザルト画面を見ながら今後の戦略を考えます。

 

記録MODを入れているおかげで結果の共有はワンクリックでできる。トークアプリのチャンネルを開いて共有アドレスを貼り付けて、他の人の投稿も少し見る。うわ、こんな防御無視のやつでストレート勝ちできるんだ。確認したが攻撃してくるより先に相手を破壊すればいいというものらしい。装備を揃えるための運を考えたらここまで極端にしないほうが安定しそうなのは間違いないが。

 

さて、見たくないけど編集室の連絡を見ようか。

 

翻訳担当のロールがついた角野さんのアカウントが僕が個人的事情によってしばらく出れないことを言っている。確かにオンライン上でも僕と角野さんが知り合いだって話はしてるから問題はない、はず。

 

その後の心配してくれるトークと「結局編集長いなくて困ることある?」「あんまし……」というトークに喜んでいいのか悲しんでいいのかわからなくなる。チームを率いるタイプだった前任者と比べて、僕は正直消去法で選ばれたところがある。

 

それなりに熱心に色々書いてはいたし、初期からの参加者だったから自動的に編集委員になっていたけど、前の編集長の引退の時に指名された時は二回ぐらい本当ですかと確認した。昔からの知り合いも、編集長になった僕を支えてくれている。むしろ他の人は責任負いたくないとかいって積極的に僕に任せてきた。

 

休む前のバージョンアップで追加された埋まってなかった武装のリストとか誤字の修正とか荒らしへの対策とかは、僕以外の編集委員がやってくれた。一通り目を通したが問題ない、はず。

 

トークアプリにそういう感謝とゆるゆる復帰していきます、と書いて終わり。さて、動けなかった分の色々をやってしまおう。

 

思い返せば、こういうことをやっている高校生は少ないんじゃないかと思う。あまり他の編集者の年齢とか背景とか知らないけど、たぶんほとんどの人が僕より年上で、気配りも作業もできる人だ。

 

新しくできた記事にあった誤字を修正。画像の画質が悪かったので画像募集のスレッドを立てておくと、編集委員の一人がすぐに用意してくれたので差し替え。

 

なんか、いつもよりも調子がいい気がする。気持ちを切り替えることができて集中できているのだろうか。

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