一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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070 理解の遅延

── 少し桂介くんと陽香さんの面倒を見られなくなる

 

── 本当にすまない

 

家に帰ってスマホを見ると、三人で使っているグループに角野さんがメッセージを送っていた。

 

── 角野さんに何があったか知ってる?

 

陽香からもメッセージが来ていた。さて、僕はたぶん、わかっている。

 

角野さんには了解のスタンプを送って、陽香の方にはメッセージを書いていく。とはいえ、角野さんの理解に追いつけるとは思わない。

 

── めんどくさいから通話していい?

 

めんどくさいってなんだよ。僕が結構苦労してスワイプ入力しているのに。キーボード使ってパソコンでやるには起動するの面倒だったんだよ。

 

── いいよ

 

そう送ると、すぐさまスマートフォンに着信が来る。受信をタップしてスピーカーフォンモードに。

 

「でさ、結局角野さんが自分が嘘つきだって認めた感じ?」

 

「色々と違うけど、基本的な方針はそう」

 

「……あたしはさ、たぶん角野さんのことわかんない。桂介だって、自分だってわからないし」

 

「……そう、だね」

 

陽香を否定はできない。もちろん、陽香は僕のことを良くわかっている。でも、僕以上にわかっているかはわかりようがない。そして僕は、自分のことを良くわかってない。

 

「あのさ、角野さんって心理学とかそういうの詳しいはずだよね」

 

「たぶん、それなり以上には知識があると思うよ」

 

「だよね。それでもさ、わからないものなのかな……」

 

確かに、角野さんの気がついたようなことは保健体育の教科書にも書いてあるようなやつだ。なんだっけ、ストレスの処理みたいな。抑圧とか昇華とかあったよね。

 

「……陽香ってさ、早く走る人のビデオとか見る?」

 

「たまに」

 

「それでさ、こう走っているから早いんだって思うことある?」

 

「あー……足の動かし方とか体重とか?あんましわかんないけど」

 

「そういうのをさ、もし理解できたとしても身体は動かないでしょ?」

 

「そういうものなの?考えるのって違うと思ってた」

 

「もしそうなら教科書一回読んだら数学の問題全部解けることにならない?」

 

「たしかに」

 

だから、角野さんにとってその納得みたいなものは自然だったのだろう。僕だって昔のことを思い出してああ、あれがそうだったんだみたいになる時はある。最近だと陽香に一緒に帰ろうって誘われたときのあれとか。

 

うう、嫌な気持ちになってきた。ベッドに寝転がって同じような姿勢になって、それで嫌な気持ち程度で済んでいるのはかなり回復してきたってことだけど。

 

「……角野さんはさ、僕や陽香から色々影響を受けたと思うんだよ」

 

「そうかも、しれないけど」

 

「だから、それが自分を壊しそうだっていうのに直面して難しい状態にあるんだと思う」

 

「難しい……けど、わかる」

 

「よかった」

 

「でもさ、それってなんていうか……正直になることではあるんだよね」

 

「でも、正直でいたら他人と自分を傷つけるんだよ?」

 

嘘をつくことがいいと言うつもりはないが、嘘をつかないことを免罪符にするのは違うと思う。このあたりは僕も正直あまり言えたわけじゃないけど。

 

「……でもさ、それでも言うべき時ってあると思う。あたしは」

 

「そう」

 

「もちろん、相手を傷つけるようなことはしたくないけどさ」

 

「まあ、そのあたりは角野さんもわかっていると思うよ。ここだけの話、角野さんに傷つけられてるって感じ、する?」

 

「……痛いんだけど、傷つけるようなものじゃないと思う。傷を洗うときの痛み、みたいな感じ」

 

「ああ、すでに傷があるのか……」

 

それはそうだ。陽香は傷を負っている。それは事実だ。僕につけられた大きな傷は、別に陽香の小さな傷をなくしたりはしない。なくなってくれたらよかったのに。

 

「……桂介は、痛くなかった?」

 

「……たぶん、陽香よりは」

 

陽香にとっては、自分が何をしてきたかをイメージじゃなくて少なくとも頭の中では言葉で考える必要があるというのはかなり辛いだろう。ただ、それについては仕方がないと思っている。正直辛くあってくれとも思うし。思いたくないけど。

 

「……そっか、あたしみたいになってるんだ、角野さん」

 

「陽香が嘘をついているって思う以上に、角野さんは自分を好きになれないと思うよ。だって、角野さんにとっては本当に嘘をついていたんだから」

 

「あの、違くて、あたしが言ってた嘘っていうのはそういうのじゃなくて」

 

「……角野さんにとっては、同じなんだよ」

 

「……どういうこと?」

 

深呼吸。僕の想像ではあるけど、大きく外れてはいないだろう。

 

「陽香はさ、本当の気持ちがあって、それを言葉で表現できないことを嘘って言ってるんだよね」

 

「……うん、言葉が、良くないかもしれないけど」

 

「角野さんにとってはさ、言葉が気持ちなんだよ。逆に言えば、本当の気持ちなんてものがあっても、言葉にしていなければそれはないの」

 

「ない、の?」

 

「考えていないことは、存在しないから」

 

「……無理でしょ、そんなこと。だってあるじゃん」

 

「あるってことに気がつかないようにしていたら?全部を言葉で説明できたって思い込んでいたら?」

 

「……なんで、そんなこと」

 

「本当の気持ちなんてものがあったら、他人を傷つけるようなそれを隠す努力をしなくちゃいけないから。なら、最初からないほうがいい」

 

角野さんはそれができる。僕だって、部分的になら気持ちをなかったことにできる。そうすれば、その人の記憶すらなくなっていく。

 

じゃあ、感情みたいなものをなかったことにするとしたら?そのためにどれぐらいの時間と、どれぐらいの嘘が必要なんだろうか。それはもう、角野さんには思い出せないかもしれない。

 

「……角野さんってさ、桂介以上の大嘘つきだったって、こと?」

 

「そう」

 

だから、僕と似ていたのかもしれない。言葉にできてしまうからこそ、言葉でどうにか塗りつぶしてしまうような。別に、それで慣れる事ができればよかったのかもしれない。でも、そうでない場所がある。昔より小さく、大人しくなっていたとしても。

 

「……じゃあ、なんであたしたちに構ったのさ、嘘つけばいいのに」

 

「いや、角野さんにとっては関わらないほうが嘘になるんだよ。だって、角野さんが目指していたような人は、きっとここまで傷ついている人を放って置くとなにか嫌だろうから」

 

「その何かっていうのが、気持ちじゃないの?」

 

「……どうなんだろ」

 

僕も正直わからなくなっていた。そもそも、僕の分析が正しいのかも正直わからないのだ。角野さんが落ち着いたら、少し聞いてみたい。

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