一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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076 旧懐の触覚

陽香の家に前に行った時のことを、僕は良く覚えていない。いや、今でも目を閉じれば間取りは思い浮かぶよ。でもそこにいる陽香は僕より背が高かったりする。ってことは中学生手前か?

 

陽香に彼氏ができたって聞いた時以降は訪れた記憶がないし、となると四年ぶりとかそのくらいだろうか。

 

「ただいまー」

 

陽香が鍵を開けて、僕と角野さんを招く。

 

「……失礼します」

 

ぺこりと頭を下げる角野さん。

 

「いいっていいって、どうせ誰もいないんだし」

 

そう言って案内されるのは一階の部屋。なんていうか、匂いとかドアノブの手触りとかが知っているっていう気がする。いや実際に五年ぐらい前は来ていたわけなんだけど。

 

「あれ、部屋変わったの?」

 

「ねえさんのいたところ使っている」

 

僕の質問に陽香は言う。そういえばそうか。陽香のお姉さんはあまり記憶にないが、陽香とは違ってもう少し、なんていうか僕や角野さんに近い雰囲気があった気がする。

 

「陽香さんの家族、そういえば聞いたことがなかった」

 

「ねえさんは大学三年生。遠くの大学行っててそっちで暮らしてる」

 

「そうなの」

 

陽香の口調からちょっと不穏な感じを認識したのか、角野さんはすっと話を止めた。いや別に仲が悪いっていうわけじゃないけど、なんていうかちょっと複雑なんですよ。このあたりは僕もちゃんとわかっているわけではないので角野さんには説明できない。知りたくなったら自分から聞くだろう。

 

「で、ステラ・コルセアみんなでやる……っていうけど、あれってみんなでできるの?」

 

「マルチプレイMODはあるけど」

 

僕が言う。改造のできる有志制作のソフトは公式からは推奨はしないよというスタンスでありながら作成のためのマニュアルがきちんと作られているし時々公式のSNSアカウントがMOD作者のアップデート告知を認識している。

 

「みんなで相談してやる、とかなら?」

 

「陽香さんがそれでいいなら」

 

「じゃあそれで」

 

角野さんの言葉に陽香は頷き、椅子に座ってノートパソコンを起動させる。ああそうか、陽香はこれでやってるのか。スマートフォン版もあるし同期もできるけど画面は大きいほうがいいものね。

 

一応協力プレイで不正かもしれないというか陽香はランク上げに自分以外の人の力を使いたくないというタイプの人なのでノーランクモードにする。

 

「じゃあ、始めるよ」

 

「基本的には陽香さんのプレイを尊重するけど、口を挟むのは容赦しないから」

 

「何かあったら言って、角野さんは止めておく」

 

「桂介もあまり気にしないでいいからね」

 

というわけで三人であまり大きい訳では無い画面を覗き込むようにしていく。僕が手を乗せる椅子の背は、僕の知らない手触りだった。お姉さんのものか、成長して買い替えたか。どちらにしても、少しだけ変な気分だ。

 

「だからこっちのほうが今の武装とのシナジー的にいいって」

 

さっそく角野さんがショップ画面を見て言う。

 

「でもあたしはこっちのほうが……なんていうか、色々できる気がする」

 

「というわけですって角野さん。というより今の時点で一点方向に特化した構成にすると中盤以降の転換とかで重くなりすぎるし今の時点で苦手構成に当たる可能性は高まるかと」

 

「桂介、それ。あたしが言いたかったやつ」

 

陽香の方針を角野さんよりすぐ理解できるのは幼馴染だからだと思いたい。Wikiの編集のし過ぎでこの手の戦略を片っ端から分析しているからだとは思いたくない。

 

「……なるほど、逃げないならそちらのほうがいいのか」

 

「実際修復のためのコスト考えたら微妙な気がするけど、陽香ってあまり逃げないでしょ?」

 

「もし逃げた相手がレアドロップするようなやつだったら嫌だから」

 

そんな会話をしながらやっていく。いや、みんなでゲームをやるのはそれはそれで楽しいな。実況者とかが指示を嫌うのもわかるけど、気心知れた相手であれば面白い気がする。

 

「うわこれ逃げたい」

 

陽香がそう言いながらカーソルを回避ボタンの方に動かす。一応ペナルティはあるけど逃げることはできる。報酬は手に入らないし、一定のダメージは受けるけど墜とされるよりマシだ。

 

「いや、待って。相手の構成なら攻撃通るかも」

 

角野さんが相手のリアクターを指しながら言う。

 

「今から指示できる?」

 

「指示可能ユニットは主砲ぐらいじゃないかな」

 

僕は言う。一時停止されている状態だから安心して議論ができる。頭の中に操作可能ユニット一覧が入っていてよかった。

 

「つまりこの場所を狙えば?」

 

角野さんの言葉に頭の中で最近編集した表を思い出す。

 

「貫通確率上がるもの取ってなければ75%が二回判定判定かかって56.3%かな」

 

「何で覚えてるの、こわ」

 

「良く出てくる数字だから」

 

「十六分の一の倍数はさすがに私も覚えてないよ……」

 

僕の弁解は角野さんにも引かれてしまった。いや角野さんにそう言われたら僕には逃げ場がなくなってしまうんですよ。

 

「……つまりだいたい五分五分?」

 

「そうなる」

 

角野さんが陽香に言うと、陽香は頷く。逃げることができるのは対戦開始の数秒間だけだ。それを過ぎたら相手を倒すまで動けなくなる。こちらが倒されても今のモードなら別にゲームが終わりというわけではないのだが、スコアにはペナルティがかかる。

 

ゲームシステム的には転移エンジンの動力を武装に回すか次のワープに回すかというものになっている。このあたりはスペシャル版を買うとついてくるアートワークス集か定期的に公開される開発ログで読めるぞ、日本語訳は角野さんが中心になって作っています。

 

「……行こう、だめだったらその時で」

 

そう言って、攻撃目標を設定した陽香は一時停止を解くべくスペースキーを押した。

 

「まあ、外しても別にすぐ負けってわけじゃないから」

 

「そうかな……」

 

励ますように言う角野さんに、僕は少し疑問を持って呟く。だって相手のAIコアの色からしてこっちの主武装狙ってくるし、相手の装備はクールダウン長めだけど打ち込まれたらこっちの主武装はまず間違いなく破壊される。

 

とかなんとか思っていたら綺麗に貫通。こちらも攻撃を食らったけど、その後の副武装で相手リアクターの誘爆を狙うことができました。あとから考えると最初のショップでの陽香の選択が正しかったんだな。

 

「っしゃあ!」

 

嬉しそうに陽香が角野さんに手のひらを向けた。少しだけ時間があって、意図を理解したらしい角野さんが手のひらを軽い音を立てて叩きつけた。

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