休日に掃除機を部屋に持ち込むと、家にいた両親から心配された。確かに僕はほとんど部屋の掃除とかしませんけどさ。本棚の上とかには一ミリメートルぐらいあるんじゃないかという埃が積もっていましたし。
というわけであらゆる方法を使うことになりました。近所のコインランドリーで布団を洗ったり壁を雑巾で拭いたり。年末に大掃除とかをする風習が我が家にはないので、本当に数年ぶりの掃除かもしれない。
窓を開けて少し寒くなった風が吹き込むのを感じながら、久しぶりにシャットダウンしたパソコンの配線を全部抜く。うわ、コンセントのまわりとかこれだけ汚れているとなると火災が起きていなくて本当に良かったな。
そうやって綺麗にした部屋はもとのように戻しても、どこか違う気がした。いや、この行為が別に何かの別れとか整理の儀式だったとか言うつもりはありませんよ。でもそういう側面があることは否定できないんだよな。
暖房を入れるほどではないが、靴下は履いてもいいかもしれないなぐらいの温度の部屋を改めて見回す。誰かを呼んでもまあ許容される範囲だろうな、と思う。本棚には昔買っていた小説とか参考書とか、あとは子供の頃に読んでいた図鑑がある。
掃除の時にこういうものにあまり興味を持たなくなったのは、自分の感受性が下がったからか、あるいはそもそも読む気力がないのとどちらだろうな、と考えてしまう。小学校のころは図書室から色々と本を借りていたような気もするが、それもいつの間にか止まってしまった。どうにも思い出せないあたり、もしかすると面倒な記憶が図書室関連であったのかもしれない。
ありそうだな、とは思う。図書館の先生を好きになるとか、中学生の僕なら結構やりそうだ。そういうふうに自分の感情を落ち着いて見られるようになったのは、たぶん成長と言っていいだろう。
好きといえば、陽香のことだ。あれさえなければ、僕は陽香をもう少し簡単に受け入れられただろう。もちろんその頃には角野さんへの好意もあったわけだけどそれはしばらくしたらなくなったわけですし。
でも陽香がそういう関係にも嫉妬するのは、理解しなくはない。陽香は特別な相手を求めたがるタイプだ。その上、他人とそういうふうになるのが嫌なタイプだ。なに矛盾していることを言っているんだろうかと僕も思う。陽香は気がついていなさそうだけど。そもそもこれ自体が僕の勘違いの可能性もあるけどさ。
陽香は友達付き合いが上手だ。クラス替えがあっても新しい人と率先して話すし、クラスの隅の子にだってゲームを紹介する。でも、それは親友がいないことの裏返しだ。少なくとも僕は、そう思う。
というわけで洗濯かごを持って、少し歩いたところにあるコインランドリーへ向かう。そろそろ乾燥が終わった頃だろう。時計を見ると思った以上に時間がかかっていたわけではなかった。一日あれば終わる程度である。
ふかふかになったまだ熱を持った布団というのは柔らかくて素晴らしい。夏の間もなんとかこれでしのいでいたが、潰れて保温性が下がっていたので使えたのかもしれない。全体として生活の中の丁寧さというものが欠けている。
ええとあとは、と布団を敷いた部屋を見渡す。本来ならあった机の上に雑多に積み上げられた本とプリントと手紙のタワーは解体されて、いらないプリントはまとめて古紙に送ることになった。いや、小学校時代の押印と提出が必要な書類が見つかった時は何も見なかったことにしましたよ。つまり四年間は放置されていたわけだ。
必要なものをきちんと分類すると、案外ものは少なくなってしまう。あえて見返そうとしないと昔のものを手に取ることはないし、もし捨ててしまっても困ることはないのだろう。だって中学校時代に落書きした紙なんてほぼ無意味ですよね。
でも、僕はそれを捨てられるような性格ではない。未練と言えばそう。溜め込み癖があるとか、片付ける気力がないとか、そういうことでもあるんだけどさ。
なんとなく、スマートフォンを取り出して、カメラを起動する。シャッターを押す。
そこにあるのは、綺麗な部屋だった。ああそうか、何か違和感があると思ったら椅子がないのか。まあ必要があればリビングから持ってくればいいか、と頭を切り替える。机とかはないけど。床に敷かれたきれいな絨毯とかもないけど。微妙に冷たい木の板です。
ここで眠ると身体が痛むし寝相が悪いと変な感じになるのでやめたほうがいいと思います。経験したのでよくわかります。
ぽすっと柔らかい音を立ててベッドに座る。陽香にされたことを思い出す。
思い出すっていうのが正しいのかどうかはわからないな。勝手な想像とか恐怖とかが混じっていて、正確な光景が思い出せるわけでもない。しかし、されたことはゆっくりとだけど言葉にできる。
手首を掴まれて、ベッドに押し付けられるようにされた。このときにはもう、身体が恐怖で固まっていた。
噛まれた。服を脱がされた。陽香も服を脱いでいた。このあたりはちょっと記憶が怪しいな。でもその後も動かない僕に陽香は……。
思考が止まる。いや別に、そういう行為自体を考えることが恥ずかしいみたいな思春期みたいなものじゃないですよ。いや思春期だけど。恥ずかしいけど。そうじゃなくて。
正直、こういうあたりの知識も経験も僕にはない。読んだものや見たものは原則フィクションだと思っている。格闘漫画で格闘技を学ぶ人はいないでしょう、そういうやつです。
だから、あのときに陽香についた傷と、あの血の匂いと、そういったものを考えると、それが単なる痛みとか以上のものを陽香に与えたんだろうな、とは思う。幼馴染としてはなんでいきなりやるんだろ準備とかあるだろとか叱ってやりたくなる。
なんていうか、そう考えると陽香って手間のかかる面倒なやつだよな。それでいて表面上はうまく他人との交流をこなしてしまう。さらにもう一歩踏み出すのには臆病なくせに。そういうことするから勘違いされるのではないでしょうか?
いや、この理論だと僕が陽香を勘違いさせたことになってしまうな。別に僕に責任が全く無いわけじゃないけど、陽香のしたことは普通に陽香が反省するべきことだ。そして僕の問題は、僕がちゃんと向き合うべきものだ。