休み時間に、角野さんは珍しくスマートフォンを横に持っていた。指の動きと少しだけ見えた画面からステラ・コルセアだとわかるのは少し嫌だな。
「モバイル版やるんだ」
僕は声を掛ける。角野さんは小さく頷いた。一応声を掛けるタイミングは見計らっていますとも。
「たまにね。前に陽香さんの家でやったやつが楽しかったから」
「……よかった」
陽香の家でのあれは、ちゃんと角野さんは楽しめたらしい。
「あと、改めて考えてみると陽香さんが誘ってくれそうな遊び場所に行くこと自体はそこまで悪くないな、とは思っているよ」
「面倒じゃないの?」
「面倒って思うけど、逆に言えばそれぐらいは今の私でも感じられるから」
「ああ……」
なんていうか、自傷行為みたいなものじゃないだろうなと少し心配になってくる。僕はやろうとしたことがないから何かを言える立場にはないけど、読んだことあるものからすると自傷行為の中には痛みで自分の存在を確認する、みたいなものもあるらしい。
「……心配している?」
「悪い方向に進まないかどうか。何が悪い方向なのかよくわかっていないけど」
「そう。ああ、あと年末に少しだけ面白いイベントがあるけど、君も来る?」
「……なに?」
「ステラ・コルセアの開発チームがこっちにやってくる」
「本当!?」
少し大きな声が出た。ちらりと見える周囲がこちらに視線を向けている。そしてほとんどはなんだいつものかよみたいな目を向けてまたそれぞれのやるべきことに意識を戻していった。
「……君は公式Wikiの編集長だから、たぶん一緒に行きたいといえば連れていけるよ」
「というかどうして?」
「東京の即売会」
「ああ、市場調査」
世の中にはコンテンツを楽しむだけでは飽き足らず、自分から何かを作ろうとする変な人達がいる。いや僕も角野さんも広義では情報の整理とか翻訳とかで何かを作っている側には入るんだけど、もっとわかりやすい方で。
そしてそういうものを本にして売る大きなイベントが年に二回あるわけです。行ったことないけど。そしてステラ・コルセア関連のいわゆる薄い本も出るはずだ。他のもっと有名なゲームのほうがよっぽど人も多いしキャラクターも多様だけどさ。
なおステラ・コルセアは変な熱量を持った野生のイラストレーターがいます。怖いね。公式のイラストを描いたりもしています。もっと怖いね。
「で、通訳に翻訳の一人が出るからそれについていく」
「楽しそうだ」
「実質的に東京観光だけどね」
「オフ会みたいな感じだと思えばいい?」
僕が聞くと、角野さんは頷いた。
「詳しいことはまだ未定で、桂介くんに話したのも事前に雰囲気知っておいたほうが参加するにしろしないにしろ助かるだろうと思って。こっちにスタッフが来ること自体はもうSNSで言われているから秘密ではないけどね」
「よかった」
角野さんはそのあたりの機密とかにはそれなりに気を配っている人だと思っていたので、良かったなと思う。このあたりの雰囲気は今でも変わっていない。
「なに話してるの」
陽香がすっと入ってきた。
「年末、桂介くんと遊びに行こうかと思って」
そう言う角野さんは笑っていた。面白くて笑うのとはまた違う、意地悪とか悪意とかが混じっているようなもの。
「挑発?」
相対する陽香はあくまで余裕を崩さない。これってなにで争っているんでしょね。僕は別にトロフィーではないのですが。いやその独占欲を向けられるのは嫌ではないんですがまだ油断すると背筋が嫌な感じがするんですよ。
「感情を抑えないっていうのはこういうことだよ、私はなんだかんだで邪悪な人だから」
「なんだ、じゃああたしも遠慮しなくていいんだ」
なんか危ない空気が漂っている。でもそういうふうにぶつけ合うことができる関係がきちんとできたというのはいいことなのだろう。僕が巻き込まれることがあってほしくはないが。
「……とはいえ、こうしていると一線を超えたかどうかわからないと思う。もしそうなったら、はっきりと言って。言われないと私は理解できないと思うから」
「……手とか出たらごめん」
「骨が折れなければ大丈夫だよ」
思ったより陽香と角野さんのやり取りが派手だ。とはいえ、別に仲が悪いってわけじゃない。大丈夫。というか陽香がこの手の意地悪なやり取りをちゃんとできるのは意外だったな。
いや、陽香がもし悪意をもって僕をあの時に傷つけて、それをごまかそうと自分も傷ついたふりをしていたとかだと嫌なんですよ。そうなってしまうと僕は本格的に頼れる幼馴染を失うしかなくなってしまう。
でも、陽香が悪意を持たないって考えるのも間違っているんだよな。いろいろな顔があって、同じ相手に向ける顔だって時によって変わる、そんな普通の高校生に過ぎないのだと思いたいがそもそも比較対象にできる高校生が僕と角野さんしかいないからまったくそれが普通なのかわからないぞ。
三人とも普通から離れている可能性は十分にあると言っていいと思う。そもそも普通の高校生は幼馴染に紹介されたからといってローグライトゲームをしない。
「でさ、いつにする?」
陽香が僕に聞いてくる。よく聞いてなかった。
「何が?」
「……今度、桂介の家に行くの」
「いつでもいいよ、掃除は終わっているから」
僕の言葉に陽香は少しびっくりしたように目をぱちぱちとさせて、少しだけ真顔になって、呆れたように息を吐いた。
「……桂介、あたしが言うのもあれだけど、気をつけないとだめだよ」
「何が?」
いや、本当にわからない。掃除してあるから来ていいってぐらいでしょうが。そもそも僕は角野さんや陽香の家にも行ったわけだし、そもそも陽香は僕の部屋に来たことあるでしょうが。
ああいや、わからなくもないなという気分になってきた。招いているってことだよなこれ。そういう意味を読み取ってしまうこと自体は、まあ仕方がないのかもしれない。顔に出すなよとは思うけど限界もあるのだろう。
「……角野さん。陽香が僕になにかしようとしたら、殴ってでも止めて」
「陽香さんの体力、私と桂介くんを合わせたよりも上かな……」
言われると心配になってきた。片手だけであしらわれたりしたらどうしよう。まあ、陽香がそういう失敗をもう一度するとは思いたくないし、たぶんしないと思うからそちら側に賭けてもいいんだけどさ。