一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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084 招待の懸念

僕たちは食べ終わると待っているグループを横目にお店を出た。座っていたから少しだけ脚は楽になっていたが、家まで歩くとまた痛みが出るのだろうなと思っている。

 

「角野さんってこのあとヒマ?」

 

そう聞く陽香の唇は少しだけ光沢がある。ラーメンの油なのはわかる。拭きそびれたのかな。なんていうかどことなく目を惹かれてしまう。すぐにそらせるけど。

 

「午後の予定はないよ」

 

「桂介は?」

 

「……空いてるよ」

 

どこに行くかの候補は頭の中にいくつかあるが、逃げられそうにないなと思う。別に無理に行く必要もないし陽香も断られた所で少し寂しい顔をするだろうけどそれぐらいだし。

 

「……桂介の家、行ってもいい?」

 

陽香が言ってくる。深呼吸。疲れている。そのせいで冷静な判断ができなくなる可能性は十分にある。でもいい機会じゃないかとも思う。両親に面倒な説明をしなくてすむのは悪くない。

 

別に家に招いたからといって特に問題は起きないけどさ。陽香は僕の両親に信頼されているし、角野さんについてもなんとかなるだろう。場合によっては息子と似た趣味の友達扱いされるかもしれない。なんか悔しいし角野さんに失礼な気もするが間違ってなさそうなのが困る。

 

「いいよ」

 

ここまで答えるのに、僕の頭の中ではそんなに時間がかかっていない。実際にどうかは知らないけど。

 

「ところで、桂介くんの家ってどこなの?」

 

僕が説明しようとする前に陽香がスマートフォンを出して地図アプリを開いた。手際が良い。

 

「ここ」

 

「ああ、あっち側なのね」

 

角野さんが陽香の見せたスマートフォンを覗き込んで言う。ちょっとだけ嫌な気分になる。なぜだろう。

 

落ち着こう。ご飯食べて少しずつ眠気が来た。帰って寝たかったのに友人と幼馴染がいる前で寝れる気がしない。多様な意味で。

 

陽香が先導して僕たちは歩いていく。知らない道を歩いているといきなり馴染みのある通りに出るのはいつものことだけどやはり不思議だ。非日常から日常に戻っている感じ。

 

「あ、ここやめるんだ」

 

名前は知っていたケーキ屋さんというか洋菓子店の扉に閉店の張り紙がしてあった。とはいえ今年いっぱいか。

 

「桂介、ここ知ってるの?」

 

そう陽香に聞かれたが、僕は首を振る。前を通ったことはあるけど、味とかはぜんぜん知らない。そっか、知ってる道も普通に変わっていくんだものな。

 

「お店もどんどん少なくなってきているからね」

 

角野さんが言う。

 

「駅前の商店街もかなり閉じているし、私が小学校の頃に通っていた本屋さんももうなくなってしまった。駅ビルの中のほうが品ぞろえがいいから仕方がないのかもしれないけどね」

 

「いま本って買うの?」

 

陽香が角野さんに聞くと、角野さんはすこし驚いたような顔をした。そっか今どきは漫画とか読むとしてもアプリでやるものな。売っている場所もどんどん減っているし。

 

「あるよ、いっぱい。通販のほうが早いことも多いけど、私は立ち読み代として本を買ったり取り寄せたりするようにしている」

 

「そんな事考えるんだ……」

 

僕はわからなくはない、といったぐらいかな。たまに気になった本を買うことがあるけど、インターネットの知り合いに熱烈に推薦されたとかそのくらいでないと買わない。

 

面白かったライトノベルとSF小説はあるけど、電子書籍でも良かったんじゃないかと思う。とはいえ、あまり考えすぎても意味がないことなのでほどほどにしよう。

 

家につく。鍵を取り出す。周囲を確認する。いや、なんていうか誰かを家に招くとなるとちょっと警戒心が高まるんですよ。

 

「……あまり面白いものはないから」

 

そう言って、陽香と角野さんを部屋に招く。外の気温に比べて少しだけ冷たい部屋と床。なんとか掃除して綺麗にしたけどかなりの時間をここで過ごしていたから染み込んでいるだろうなにか。僕はこの場所に慣れているからなにかがあるのか感じられないけど。

 

「綺麗になってる」

 

「二人が来るからね」

 

ただ、以前掃除したときよりは少しだけものが散らかっている。授業のプリントとか充電用のケーブルとかを適当にまとめながら、僕はちょっとリビングの方に行って椅子を二つ持ってきた。

 

「……はい、どうぞ」

 

そう言って椅子を勧める。ここに誰かが来ることを想定していないんだよ。前に行った陽香の家はまだ床に座れたけど。

 

「失礼、します……」

 

陽香はなんていうかかなり緊張している。仕方がないことだとは思う。僕だって、心がざわつかないかと言えば嘘になる。角野さんがいてくれてよかった。

 

深呼吸。やっぱり他の人がいると部屋の空気が変わるな。

 

「それで、何をする?」

 

僕は座った二人に向かうように、いつも使っている椅子を回して聞く。一応、色々とできるものはある。机の奥の方にトランプはあるだろうし、ステラ・コルセア以外にもゲームはパソコンに入っている。でもそうか、ボードゲームとかあってもよかったな。買ってもやる友達がいないからそこまで興味がなかったけど、三人が集まるならできるものも増えるだろう。実際にはあと一人ぐらい、陽香の友達でも呼んでもらうか?

 

でもそうすると僕と一緒にその人が遊ぶことになるんだよな、あまり良くない気がする。かと言って僕の方の少ない知り合いを誘うのはあまりいい気がしない。陽香や角野さんと調子が合うとは思えないし。

 

「……あたしは、二人の好きなやつでいいよ」

 

陽香が遠慮がちに言う。

 

「陽香さん。そういうことを言うと私たちは特に会話をすることなくそれぞれ勝手にゲームとかするようになるから。陽香さんがいるからコミュニケーションが発生するの」

 

「あたしがそんな大役を……」

 

角野さんにツッコミを入れたかったがたぶんその通りなので黙っておこう。

 

「冗談だから」

 

僕と陽香の空気を見て、すぐに角野さんは言った。よかった。なら自虐ネタなのはいいけど僕を巻き込むのってどうなんだろう。一番余裕がない陽香を重要視するべきと言われたらそう。

 

「で、何をする?」

 

角野さんが僕を見て言う。お菓子を食べながら喋ったり、ステラ・コルセアを三人でやったり、そういうことはもうやった。それ以外を、それ以上をしなくちゃいけない。

 

「なにしよっか……」

 

仕方がないので、何をするかの議論でまずはしばらくお茶を濁すとするとしよう。何かいいアイデアが思いつくかもしれないし。

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