一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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087 動機の言葉

クリアはできなかった。その数歩手前で船は爆散した。

 

陽香はあきらかに飽きたというかつまらなさそうに椅子に座り、角野さんは少しだけ背筋を伸ばしていた。時計はもうそろそろ夕方みたいな時刻になろうとしている。ゲームをすると時間が文字通りに溶けるんだよな。

 

「……ねえ、陽香」

 

「なぁに」

 

面倒そうに陽香が言う。この空間でよくまあここまでリラックスできるな。ここに来たときのあの緊張感はどうした。いや別にずっとこわばっていて欲しいわけではないけどさ。無駄な精神的負荷を感じるぐらいなら無礼なぐらいに気楽にして欲しい。ただそれはそれとしていらつくのは仕方がないだろう。

 

「陽香ってさ、前に自分が嫌いだったって言ってたよね」

 

「……その話?」

 

「うん」

 

陽香は僕の言葉に小さく息を吐いて、椅子に座り直した。隣の角野さんは一瞬だけこちらに視線を向けて頷く。何を納得したんだろうか。まあ止められていないなら話を続けるか。

 

「……今もさ、嫌い?」

 

「……あのさ、あたしってそういうの、言葉にしたくなくって」

 

「でも、しないと僕にはわからないよ」

 

「わかってよ……」

 

陽香の言葉は、絞り出すようなものだった。ええ、わかりたいですよ僕だって。でも以心伝心ってわけじゃないし、そんな綺麗に相手の考えていることを読めたらそもそもこんな関係にはならなかったわけで。特に僕は、言葉を大切にするわけで。

 

「あたしはさ、桂介みたいに人の話聞けないし、角野さんみたいにきちんと考えられたりしないからさ、あたしは自分がそれをしたんだって、ずっと考えるしかないの」

 

さっきまでの態度とは変わっていた。思い出したのだろう。嫌なことを。僕だって陽香がそういうことを思い出さないで普通に過ごせることが悪いとは思わない。でも、それは僕にとって嫌なことだ。

 

僕のわがままと言えばそうだ。僕が我慢すれば陽香は気にしなくていいってことはわかる。あくまでこれは二人の問題でしかないから。

 

でもさ、それではいそうですかって譲れるほど僕は陽香のことを信じてもいないし、好きでもない。たかだか幼馴染相手に、すべてを許すようなことはできっこない。

 

「考えて、それで行動を変えられる?」

 

「……我慢できてる、から」

 

「我慢しても、どこかで別の破綻が起きるよ」

 

「……そっか、桂介はそれ、知ってるんだもんね」

 

恋心を隠していても、よく自分のことを知っている相手には見抜かれる。でも、その相手は僕の恐怖を理解してはくれなかった。傷を僕の心と身体につけた上で、それから逃げようとしている。卑怯だとも思うし、そんなものだろとも思う。

 

逃げるのはいい。僕だって一旦は逃げた。角野さんに言われてほどよい立ち向かい方をした。忘れるか思いっきり受け止めるかどっちかになりそうなところを、いい具合に留めてくれた角野さんにはいくら感謝してもし足りない。

 

「……角野さん、僕の言葉って、責めるようになってる?」

 

「まだ大丈夫だけど危ないかな、私は今の時点では陽香さんの味方をするよ」

 

「わかった」

 

こういうときに角野さんは良くも悪くも中立だ。被害者を優先して守るって言うときに、その被害者が変わることを前提にしている。たぶん誰かに傷つけられてきたし、傷つけてきたことが色々残っているんだろうな。

 

「……あたしは、嘘が言いたくない。もしここで何を言っても、あたしは嘘を言うってわかる?」

 

「具体的に、説明できる?」

 

「……やだけど、するよ」

 

陽香には余裕がまだあるように思える。それはいいことかもしれない。別に今すぐ帰っても僕は責めないけど、陽香が自分を責めるだろうな。

 

こういう話を僕にとって有利な場所で始めてしまったのはどこまで良かったのだろうと思うこともある。角野さんだっているし。

 

「あたしは桂介を傷つけたかった。あたしのことを見てほしかった。……でも、それだけじゃない。全部がそうってわけじゃない」

 

「……うん」

 

「……桂介ってさ、あたしに傷をつけることになったよね」

 

「……結果的に、ね」

 

この話を角野さんの前でしていいものかは少しだけ引っかかったが、別にそれをことさら大きく扱ったりするような人じゃないだろうと信じることにする。そもそも理解できているかもわかららないけど。この手の感情とか行為とかについて、一般常識以上のものを持ち合わせていないのかもしれない。

 

「なんていうか、あのときのあたしは……桂介に、傷つけられたかった、じゃない」

 

陽香はどうにかして言葉を出そうとしていた。それがうまく行かないのは明らかだった。

 

でも、僕は黙って、じっと陽香を見ていた。

 

「……桂介に、あたしを傷つけていいんだよって、見せたかった、のかな、わかんない」

 

「……少しだけ、わかった」

 

ある種の励ましとか、肯定とかかな。普段の僕にまともに話しかけたらどうせ自己否定するだろうから、ここまであたしはできるんだって見せたかったとか、そういうあたりだろう。

 

そこまでされたら嫌でもわかるだろうってことだし、それで僕が持つような罪悪感も使いたかったのかもしれない。詳しいことは、たぶん陽香もわかっていないだろうからあえて僕が口にして決めるまでもない。

 

「でも、あたしは……だめだった。でも、どうしたら良かったのかわかんない。ああするしかなかったって言いたい」

 

「……それでも、僕は嫌だったし、傷ついたし、陽香のことが嫌いになったよ」

 

あくまで過去形。今でも嫌なところはある。傷は残っている。嫌いな部分が、なくなったわけじゃない。

 

「だから、あたしが桂介のこと好きになったらさ、結局こうなるんだから……桂介みたいに、隠しとけばよかったんじゃないかって、嘘ついたほうがよかったんじゃないかって、思う」

 

でも、陽香は嘘をつきたくない。だから矛盾が起きる。というかこれどうやって解決すればいいんだ。僕だってわからない。

 

あそこで僕は受け入れるだけの余裕はなかった。運動をしっかりしている相手が体重をかけてきたら、反抗するのはどうしても難しい。

 

角野さんの方を見る。真面目な表情をしていた。でも、口は閉じていた。きれいな結末を用意してくれるなんてことはなくて、結局はこれは僕と陽香の問題で、僕と陽香がどうにかしなくちゃいけないわけだ。

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