一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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092 納得の理由

少しだけ、寒い日も増えてきた。制服も冬服にして、落ち葉もたまにだけど見るようにもなった。でも正直カレンダーは信用できないんですよね。残暑とかがずっと残るような気もする。

 

「だからさ、ここが綺麗に打ち消しあって最初の項と最後の項しか残らないわけ」

 

昼休みに僕が陽香に教えるのは整数問題。数Bがそろそろ終わり、年明けからは数Cの基礎をやる。つまり高校三年生の間、まるまる一年間を共通テストレベルの勉強に費やせるという算段らしい。無茶だと思うよ。でもそこまでやっても落ちる人は落ちるのだ。怖い。

 

「……なんで見てわかるの?」

 

陽香は僕の変形を手品でも見るかのような顔で観察していた。

 

「なんでだろう……」

 

「ほら、言葉にしてよ」

 

「なんていうか……そういう形の式をしているから……」

 

諦めた僕は角野さんの方に視線を向けるが読書中のようだ。何読んでいるんだろう。ちょっと近づくとなんか縦長の英語の本だった。ペーパーバックって言うんだっけ。

 

「……角野さん?」

 

とはいえ助けてほしいので席を立って驚かさない程度に丁寧に声をかける。

 

「なに?」

 

視線が上がって僕を見る。たぶん不機嫌ではない、はず。

 

「ちょっと数学で陽香に教えられないことがあって」

 

「桂介くんが無理なら私にはもっと無理だと思うけど……」

 

そう言ってちょっと渋る角野さんを連れてきた。

 

「……なるほど、たぶん桂介くんはこれを感覚で理解しているのか」

 

「どういうこと?」

 

少し目つきの変わった角野さんに、陽香が相変わらず不満そうに言う。

 

「この種の数列の和は公式があるものとないものがあって、公式がないにもかかわらず問題になっているってことはなにかトリックがあるんだろうな、と考える」

 

そう言って、角野さんはシグマの中にある対数部分をとんとんと僕のシャープペンシルで叩いた。

 

「愚直にやるなら……私なら1とか2とか3で試すのもいいかな、実際に出てくる時に誘導なしなら単純だろうし、誘導がついているならそこから逆算すればいいし」

 

「……そういうのって、いいの?」

 

陽香が言う。角野さんがこっちを見た。通訳しろってことかな。なんて言えばいいんだろう。

 

「どういうこと?」

 

「ほら、それってなんていうか……解いているのが問題じゃなくならない?」

 

「裏読みをするような解き方が本当に数学なのか、って意味でいい?」

 

「そんな感じ」

 

僕と陽香のやり取りで、角野さんも納得したようだ。

 

「実際の数学……とまではいかないけど、問題を解く時でもそれが解けるのを前提で挑むっていうのは別に悪い方法じゃないと私は思うよ。誰かが途中まで問題を解いていることだってあるし。もちろん、それがきちんと求める答えと同じ方向にあるかどうかはわからないけど」

 

角野さんの言葉でも、まだ陽香は納得できないようだ。具体例とかあったほうがいいのかな。でもなにかいいものがあるだろうか。陽香の言い分もわからないわけじゃない。勉強のための勉強がしたくないってことだろうし、それを認めるような解き方をしたくないのもあるのだろう。

 

そのあたりの意地は、なんとなくわかる。ただ、別に納得しないってだけで陽香は問題を解くことは普通にできるだろう。僕のほうがそこのあたりに引っかかりそうだ。でもそうすると、陽香のほうが嘘つきじゃないのか?

 

「……実際の試験とかでさ、解けるの前提でやって、ダメだったら角野さんはどうする?」

 

「純粋に戦術的失敗ってだけじゃない?」

 

「……なんかさ、そう簡単にあたしは割り切れなくて。角野さんみたいに考えたほうが楽だっていうのはわかるけど」

 

「別に楽をする必要もないし、楽をしたことで見えなくなることもあるだろうから。勉強をすることが勉強の目的じゃないし、色々試したり考えたりっていうのが重要だと思うよ」

 

今日の角野さんはなんかきれいな角野さんになっている。少し前は汚い角野さんだった。ダーティーな手段とかのほうの汚い。自分をコントロールするのに慣れてきたのだろうか。単純に押しつぶすより難しいけど、やっていけば案外できるのかもしれない。

 

「ただ、納得したいのはよくわかる。私もそうだったから」

 

「角野さんとか、すぐ納得できそうなものだけど」

 

「今は自分と折り合いがつけられるようになったからね。もっと意地を張っていたころは、嫌なものはどうしても嫌だったよ」

 

ああそうか、角野さんはたぶんそういうところに悪いこだわりを持ってしまう人だな。だから翻訳のクオリティとかが信頼できるんだけど。

 

「……今回の話って、結局あたしが練習不足ってことでいい?」

 

「本来はそうだね、確かに問題を見て解き方を予想するのは邪道ではあるけど、色々なパターンを覚えておくことは重要だから。単語もちゃんと辞書を見たり用例を確認したほうがいいけど、暗記で済ませることができるならいい」

 

「角野さんって、暗記力が強いわけじゃないの?」

 

「どうなんだろう……」

 

角野さんが悩ましげに言う。正直このあたりは僕もよくわからない。例えば僕はステラ・コルセアに出てくるいろいろな兵器とかのデータをかなり覚えているが、記憶力が高いつもりはない。知らないうちに覚えているからだ。

 

だから陽香は暗記力って言ったのかな。あるいは角野さんの言い方に引っ張られたか。

 

「……納得できなくたって、やらなくちゃいけないものはあるか」

 

陽香はそう言って、問題集を見る。というかこういうのをデジタル化すればいいのに。教科書をデジタル化されても例えばどの場所に書いてあったかなと探したりするのはちょっと不便な気がする。ただ重い鞄を持って毎日登校するよりマシかも知れないと思うと悩ましい。

 

「納得、ねぇ」

 

角野さんはそう言って、息を吐いた。

 

「まだ納得ができてないの?」

 

「いや、納得とか生きていくぶんにはけっこうどうでもいいんだなと思っただけだよ、でも納得しない人生はつまらなさそうだなとも」

 

「難しいこと考えるね……」

 

「思春期だよ?そういう無駄になるかもしれないことをじっくり悩める貴重な時期なのに」

 

「それをわかっていたら悩みじゃないような……」

 

「桂介!これわかんない」

 

角野さんとのしんみりした時間は陽香が邪魔してくれた。いいよ、次はどこで引っかかったのか見せてもらおうか。

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