一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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094 合間の会話

前にボウリングをやったのと同じ施設にカラオケもある。ゲームセンターとかもついていて近隣の高校から様々な制服を着た人たちがこの時間帯には集まる。実際、ドリンクバーから三人分の飲み物持ってきた時に知らない学校の人達とすれ違ったし。

 

角野さんが歌を終える。流れている歌詞の意味はあまりわからなかったが曲というかなんか機械の説明とかそんな感じだったぞ、どういう歌なんだ。

 

「……角野さん、こんなの歌うんだ」

 

そう言う陽香はこの曲を知っているらしかった。

 

「好きな小説とタイアップしたやつでさ、たまに聞いていたんだけど入ったって聞いて」

 

「ああ、だからカラオケの機械の機種聞いていたんだ」

 

カラオケの受付で、角野さんは少し緊張が見えたような気がした。僕が前に陽香と行ったときにはなんかさらっと手続きがされていたので、ちょっと珍しいなと思った。そこになんていうかなんだっけ、いじらしい、だっけ。そういう感情が湧いてしまった。

 

「ほら、次桂介だよ」

 

そう陽香が言って、角野さんが僕にマイクを渡してくる。ひとまず流行りというか聞いたことのある曲は入れてある。少し前のアニメの主題歌にもなったやつ。口ずさめる程度には歌えるが、二番の歌詞をちゃんと覚えているかというとちょっとだけ冷や汗が出るようなやつ。

 

別に僕は歌がうまいほうじゃない。声だって特別だとは思わない。正直平均よりは下だと思う。でもまあ、聞いていて嫌になるってほどではないと信じたい。

 

腹式呼吸だっけ、中学校の合唱でやったような知識を無理やり引っ張り出して背中を伸ばす。歌うと思ったより自分の肺活量がないことがわかる。陽香の声は透き通っていて可愛らしさがあって、角野さんの声は低めで落ち着いている。僕の声はどうなんだろう。録音したのを聞いてもいいが恥ずかしくなって死んでしまいそうだ。

 

間奏になる。音は今のところかなり外している。陽香はそれなりに合わせられていて、角野さんもたまにずれるけど普通に重なっている。僕はよくない。やっぱりこういうところで劣等感って出てしまうよな。今更だけど。

 

とはいえ、歌うのは嫌いじゃない。聞かれるのは仕方がない。まあ、楽しくやるとしよう。

 

しかしカラオケをしていると実は案外話せない。人の歌を聞かないのはちょっと失礼な気もするし。まあ話している陽香と角野さんはそのあたり気にしていないらしいが。

 

というわけで採点をスキップして陽香にマイクを渡す。

 

「で、なんで陽香はあの曲知ってたの?」

 

歌っている最中で集中していて気がついてなかったが、断片的な会話からなんかそんな事を聞いていた。

 

「ほら、動画とかのBGMで使われるから」

 

「ああ、縦長のやつ」

 

ショート動画みたいなやつだ。何もできないほど疲れた時に見ると時間が飛んで疲れはそのままという特に意味のないことが起こるので正直言って嫌いな方に入る。でもこう、なんていうか目は離せないんだよな。

 

「桂介くんは見なさそうだけどね」

 

「……結構見てるよ、見たくないけど」

 

「ああ……」

 

この微妙な距離感を角野さんはわかってくれたらしい。一方の陽香は僕の知らないキラキラしたアップテンポの曲を楽しそうに歌っている。こういうのってどこで聞くんだろう。やっぱり音楽聞くアプリとかで探したりするのかな。

 

「嫌なものでも逃げられないこと、あるよね」

 

「好きって言うのはなんか嫌だけど流れたらそっと見続ける感じの」

 

「うん……」

 

「二人ともなんか楽しそうな話ししてる!」

 

「陽香さんは好きに歌っていて大丈夫だから」

 

「えー、なにそれ」

 

とか言いながら間奏が終わったので陽香はまた歌い始めた。やっぱり慣れなのかな、こういう歌うのって。ある程度経験を積めば大抵のことはうまくなる気がする。

 

もちろん、そこには才能ってやつはどうしても絡んでくる。たぶん僕がこれからいっぱい練習しても陽香より速く走ることもできないし、角野さんより翻訳が上手になることはないだろう。でも、きっと二人が僕よりもステラ・コルセアのWikiの編集長としてうまくやっていけるとは思えない。

 

そう考えると、案外僕にも取り柄はあると思う。取り柄の数とか言い出したらもうどうしようもないけれども。

 

カラオケの時間はあまり長くはない。別に高校生が追い出される時間までいてもいいのだが、別にそこまでずっと歌えるほど僕のレパートリーがないし遅くなりすぎても大変だし。

 

マイクが角野さんに渡る。流れてくるのはさっきと同じような感じの曲だけど今度は英語だ。

 

「角野さんって発音綺麗だよね」

 

「……そう、かな」

 

少し早口で、繋がって潰れているような、それでもなんとなく集中すればリスニングできるかもしれないなというぐらいのもの。少なくとも歌詞の英語の上にあるカタカナをそのまま歌っているという感じじゃない。

 

「やっぱり色々読むとそういうの上手になるのかな……」

 

「どうだろう」

 

このあたりは、正直ぼかすしかない。英語系の実況とか聞いているとわかるけど訛りみたいなものはあって、角野さんは日本語っぽい訛りがちゃんとある。発音とかアクセントとかそういうものになんだろうけど、具体的にどこがどうって言われて説明できるほどではない。

 

「……ところで桂介、これ歌える?」

 

陽香が見せてきた曲は、まあ知っているものだった。有名なやつだし。

 

「できるけど」

 

「二人で歌うところあるんだけどさ、やってくれないかなって」

 

デュエットだっけ、こういうの。

 

「別にいいけど」

 

「やった」

 

小さく嬉しそうに言って、陽香は送信ボタンを押した。歌詞の出ている画面の右上に表示される次の曲。

 

「あと陽香さん、私は基本文字で外国語とか読んでいるから別に発音は上手じゃないと思うよ、正直音読しろって言われたら怪しいし」

 

「えっじゃあ本とか読む時に声とか聞こえないの?」

 

「聞こえないし、そんなだったら読むの遅くならない?」

 

「そっか……」

 

角野さんの文章の処理の仕方は陽香の思っているものとは違うようだ。まあ、人間の内面って人それぞれですからね、わからないことだってあるし、共有したところで納得できないものも多いだろう。ただ、だからといってそうなんですねと割り切れるかというとまた別だったりするのが厄介なところだ。

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