一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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095 三人の歩幅

夜の街の通りには街灯がないところもある。なのでカラオケからの帰りは基本は大通りを抜けて、それぞれの家までの一部だけは細い道を行く、というような形になる。

 

「……桂介くんも、かなり良くなったね」

 

そう安心したように言うのは角野さん。そう言ってもらえるのは嬉しいが、それが本心なのかはどうしても疑ってしまうようになってしまった。いや、ちゃんと相手の言葉を鵜呑みにせずに自分で考えていると言えばそれらしいのかもしれないが。

 

「ああ、陽香との反応?」

 

「うん、今なら触れられたりしても大丈夫なんじゃないかな?」

 

「……触って、いい?」

 

僕が返事をする前に、間髪入れずに陽香が言った。

 

「ちょっと待って」

 

僕が足を止めると、残り二人も足を止めてくれた。

 

「……ごめん、あたしが軽率だった」

 

「そうじゃない、たぶん陽香の思っているやつと違うから……」

 

怖くないのが意外だった。いや、今更ではあるんだけどさ。たしかにいきなりはびっくりするけど、さっき陽香に触られることを想像した時に背筋がぞわりとしたのは恐怖よりは緊張だし、たぶんもっと適切な表現があるものだと思う。知らないけど。

 

心臓が鳴っているのが聞こえたけど、ゆっくりとしていた。顔のあたりがかぁっと熱くなるような気がした。どうせ錯覚だ、と深呼吸して落ちつくまでには数秒かかったけど、ずっと陽香が見ていたから大体の雰囲気は察されてしまっただろう。

 

「……ごめん、あたしが軽率だった」

 

さっきまでの申し訳無さそうな言い方とは違って、少しだけ呆れが混じっていた。うん、このぐらいの距離感を取ってもらえると僕としても楽だな。なんていうか今更陽香を相手に初々しい行動をするのは恥ずかしいし。

 

「……どういうこと?」

 

角野さんは理解していないのかなこれ。というか僕と陽香の間で言葉なしに色々とやりすぎなのかもしれない。でもこれを言葉にするのってやっていいのだろうか。下手に言葉にしたら陽香のことをもう許したみたいになってしまいそうだし、そうではないし。

 

「角野さんには難しいこと」

 

「そう。ならすぐに理解するのはやめておく」

 

「うん」

 

角野さんに陽香がそう言った。角野さんも素直に引き下がるあたり、やっぱりわからないものをほうっておくという諦めに慣れたのだろうか。あまり慣れてほしくはないと思ってしまうところもあるが、角野さんの納得が最優先だろう。そうして、僕達は歩き出す。

 

「……桂介はさ、それでいいの?」

 

陽香が聞いてくる。頷くのも首を振るのも違うよな。

 

「……僕は、陽香が後悔しないようにすればいいと思うよ、嫌じゃないってちゃんと言うから」

 

「……そっか」

 

ちょっとすたすたと先を歩く角野さんの後ろで、僕と陽香は微妙に違うタイミングの歩幅でついていく。なんていうか僕は陽香に対して本当に隠し事ができないな。

 

たぶん陽香のことが嫌いじゃないことは、陽香はわかっていた。だから、ああいうことしても許されるだろうって考えたのだろう。そこで僕が動けなくなるぐらいのショックを受けて、それがトラウマになってしまって、こんな苦しむことになるとは思っていなかったと。事故じゃないか、と言われればそうかもしれない。

 

でもさ、もう少しなんかあっただろと思う。もっと時間をかけるとか、話をしてみるとか。いきなり押し倒して噛みついてみたいなことすれば受け入れるって思うのは少し独りよがりが過ぎないだろうか。でもそれをされたら覚悟を決めるだろうなって理解できてしまう僕もいるんだよ。

 

結局は陽香が色々知らなかったのが悪いし、無知を罪だとしないなら不幸な事故ってことになって、陽香は僕のために色々と助けをしてくれたのでこれで帳消しにならないだろうか。そう簡単にはいかないか。このあたりを僕が納得してしまったら、陽香は無自覚に誰かをまた傷つけそうな気がする。

 

「桂介くんは、陽香さんの強い執着に耐えれそう?」

 

角野さんは、歩くペースを変えずに聞いてくる。なんていうかそういうのを簡単に言わないでくださいよ。

 

「わからないから、無理そうだったら角野さんに頼る」

 

「……まあ、いいよ」

 

角野さんの口調は明らかに面倒くさそうだった。ごめんね。

 

「……桂介のかける迷惑、お詫びはするから」

 

「陽香さんにも迷惑かけられそうだけど、その分は桂介くんに頼めばいいかな?」

 

「あたしそんな重かったり面倒だったりする?」

 

陽香が言うが、角野さんは黙ったままだ。僕もわざわざ追加で何かを言って陽香に追い討ちをかけるほどではない。というかどう考えても重いだろ。僕だって恋愛感情についての扱いがまともだとは思わないが、初めて自覚したそういう感情を思いっきり最初からぶつけるのはどうにかならないものかね。

 

相談できるほど信用できる相手がいなかったのかもしれないし、当時の頼れそうな人は僕だけだったのかもしれないけど。頼れる人を好きになったときの苦しみはわかるけど。けどさ。

 

「……まあ、そういう陽香でも、そこが嫌いなわけじゃないから」

 

僕は一応、フォローのつもりでそう言っておいた。嘘ではない。

 

「……いいの?」

 

「今更?」

 

陽香に付き合うことは、別に構わない。もちろん振り回されれば疲れるし、負荷をかけてくるのに無自覚だと腹が立つが、考えてみれば僕だって陽香に同じようなことをしているし、陽香は余りそういうのを言葉にしない。ちゃんと言葉にするならもう少し対等というか続けやすい関係にもなるのかもしれない。

 

「ただ、僕は陽香のこと信用しているわけじゃないから、たぶん定期的に角野さんに確認してもらうと思うけど」

 

「角野さんならいいよ。というか角野さんってこう言うときになんか茶化してこないの、ほんとうにいいよね……」

 

「わかる……」

 

僕と陽香は顔を見合わせて頷きあう。こういうところで気持ちを共有できるのっていいな。たぶん何かが違うと思うけど、そもそも僕たちの関係の比較対象となりうるものなんてないからいいか。

 

「私としては普通に接しているだけなんだけど」

 

「角野さんのそれがすごいんだよ!」

 

陽香が少し大きめの声を出して、僕が睨んでいたのに気がついて一瞬だけ僕に向けた視線をそらした。夜中ってほどじゃないし寝ている人がそんなにいるような時間ではないけど、うるさくしていいほどではありませんからね。

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