一度で二歩は進めない   作:小沼高希

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096 変化の実感

「陽香さんと、何があったの?」

 

休み時間にスマホを起動してステラ・コルセアの開発ログを見つつ今後の更新予定を確認していると、角野さんが声をかけてきた。

 

「何かって……」

 

「なんていうかな、変わった気がして。私もそれを言語化できるほど観察しているわけでも理解しているわけでもないけど」

 

「一旦落ち着いた、ってこと?」

 

「違いそうなんだよね、下手すると今まで以上に危ない関係になっている気もするし……」

 

角野さんがこうやって何を言うべきか悩むのは珍しい気がする。そもそも言葉にしない限りは理解にならないという理念があった人だ。それなのにたぶん感覚的な要素の多い違和感を見出して、それになんとか説明をつけようとしている。

 

「……まあ、今までより面倒にはなったよ」

 

陽香と二人で時間を過ごすことが増えた。もちろん、警戒は抜けない。これは互いにだ。たとえ幼馴染だといっても、無条件で信頼できるような関係は崩れてしまっている。そしてたぶん、陽香は自分のことも僕のことも警戒している。

 

「陽香さんも微妙な緊張があってね、負荷がかかりすぎるようなら距離を取ったほうがいいと思う」

 

「……バランスを取るのが難しくて。今までそういうものを考えてこなかった間柄なのもあるし」

 

「そこを言葉にするべき……っていうのは、私のやり方に偏り過ぎか」

 

「そうなんだよね」

 

言葉はいいものだ。考えをまとめて、微妙なものを形にして、相手にきちんと示すことができる。守ったとか破ったとかの話もしやすい。顔を合わせての会話だけじゃなくてメッセージの上の文字でもやり取りできる。

 

でも、やっぱりそれはそれで利点も弱点もあるのだ。万能の方法ではない。もちろん、その方法が使えるに越したことはないけど。

 

「感情的なやり方は少しだけ戻ってきた気がするけど、あまりこれに頼りすぎると良くないね。喜怒哀楽が動きすぎる」

 

「そういうふうには見えないけど……」

 

角野さんの落ち着きはやっぱり維持されているように見える。いや、その裏でなにかいろいろなものがあって表に出ないだけかもしれないけど。でも、それをするためにはかなり苦労しているのかもしれない。言われないとそれはわからない。言葉にしないっていうのは隠すためにはいいのかもしれない。全部を公開してもいいことばかりではないし。

 

「……そう言ってもらえるぐらいには、私がコントロールをできているんだと思うことにするよ」

 

「そのつもりで言ったことにして」

 

「わかってるから」

 

それに、言葉では嘘もつける。あとから意味を変えたり、足りなかった言葉を補ったり。これは自分にも相手にも使える。でも、陽香との間では使いにくい。

 

「角野さんは、ストレスの発散とかするの?」

 

「基本的に溜め込まないように動いているつもりだし、発散もあまりいい方法を知らなくて。強いて言うなら、いつもどおりに過ごすことかな」

 

「……無視することと無くすことは違うからね」

 

「わかっているって言いたいところだけど、わかっていなかったからな……」

 

やっぱり、角野さんがかつて持っていた僕の好きだったところの一部は無くなっている気がする。それはそれとして、なんていうか鋭さみたいなものは変わっていないけど。いや、別に変わるのを他人がどうこう言うのはよくないし、きっと角野さんにとっては悪いことではないのだろうけど。

 

「……ただ、陽香さんと一緒にいる桂介くんは大変そうに見えるよ」

 

「人間と付き合うってそういうことでしょ」

 

「ちゃんと私を人間扱いしてる?」

 

「してるって」

 

楽しいことをしても大変なことをしても疲れるのだ。もちろん疲れないに越したことはないが、疲れるからと言って辞める理由にはならない。

 

「それと、陽香さんとの関係って私が聞いていいの?」

 

「別に聞きたかったら……できる範囲で話すけど」

 

「それはどっちの意味で?」

 

「どっちの、って?」

 

「ええとcanかdoか、って言えばいいかな。制限になるのが桂介くんの言語化能力なのか、それとも言いたくないって感情なのか」

 

「……どっちだろうね」

 

僕でも、そのあたりはわからない気がする。言葉にしないことと言葉にできないことの差異って、ちゃんと区別できるのだろうか。頭の中で言葉にできていればまだしも、その前で止めてしまったらわからないし。

 

「あまりこの手の話を聞かないからさ、特に桂介くんみたいなきちんと言葉にできる人からは」

 

「……他人のそういうところに踏み込む時に躊躇とかないの?」

 

「さっき桂介くんが私の方に踏み込んできたんだよ?」

 

言ったね、そういうこと。反論はできない。でもまあ、角野さんになら踏み込まれてもいいか。

 

「……色々、相談するとは思う。こういう感情にちゃんと向き合うのは初めてだし、僕は陽香のことはわかっても自分のことはわからないかもしれないから」

 

「私だって他人を観察するのが陽香さんより得意とは言えないけど、それでもいいなら」

 

「ありがとう……」

 

「あとそうだ、追加で質問」

 

「なに?」

 

話し終わって少し気を抜いた僕に、角野さんが聞いてくる。

 

「前に私のこと好きって言っていたけど、それってどう変化したの?」

 

誰かに聞かれないように、小さな声で、僕の耳に口を近づけて。いやその配慮はわかるけどすっと流れるように一歩近づかれてやるとびっくりするんですよ。

 

「……言わなくちゃいけない?」

 

「恥ずかしいという感情が含まれるのかもしれないなとは思うけど、私はこのあたりの感覚がないから、できれば直接確認したいなと」

 

「……はい、がんばります」

 

「私は君からそういう話を聞くのを、かなり楽しみにしているから」

 

「そういう時は、もっと楽しそうな顔してもいいと思うよ」

 

「うーん……」

 

そう唸って、角野さんは少し表情を変えていく。なんかいい感じに決まらないな。

 

「慣れない?」

 

「相手の話に興味を持っているとか、警戒を解くとかは重点的にやったけどこういう表情はあまりやったことないから、帰ったら画像検索して鏡を見てやってみる」

 

「……そういうやり方なんだ」

 

「言葉以外で伝えるには、そういう練習をするしかないから。私は桂介くんや角野さんと違って、そういうものは苦手だからね」

 

そう言って少し悲しそうに笑うときの表情は、僕にはかなり自然に見えた。

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