身体が重い。優しく噛み跡がつけられた場所に、まだ少しだけ熱が残っている。ぐったりとしているけど、触れている熱は感じられる。隣りにいる陽香の呼吸が僕の腕の中にある。
部屋の電気は消していた。恥ずかしかったのだろうか。だから手探りになった。見るよりもたぶんそっちのほうが生々しかったと思う。
初めての恥ずかしさみたいなものはもう奪われていたから、互いに知っているなんとなくをゆっくりとやっていった。基本的には陽香がしたいことをする、みたいな形だったけど。
「……桂介さ、やっぱりかわいいよ」
「なんか釈然としない……」
「あたしはそういう桂介の声とか、大好きだよ」
電気がなくてよかった。自分でもどういう表情をしているのかわからないのにこれを陽香に見られたらずっと笑われそうだ。
怖いというのはなかったけど、かなり緊張した。陽香が楽しんでくれるかどうかわからなかったし、一方的な形にならないか心配だった。なんていうか、互いにいろいろなことを感じられたからよかったけど。
「……陽香にそういうこと言われるとさ、なんていうか」
「聞かせて、あたしは桂介の言葉で聞きたい」
調子に乗っているって言っていいのだろうか。あるいはこういう場所とか雰囲気に当てられているのだろうか。どうせ楽しむなら馬鹿になったほうがいいぞと頭のどこかが言っているが、それができたら苦労しないんだよ。
「……陽香ってさ、ずるいよね」
「あたしは、嘘つきだから。あたしのしたいことのために、嘘だってつく」
なんとか、陽香は自分に折り合いをつけている。僕はそれに比べれば、流されるままにここまで来てしまった感じだ。
「……陽香の嘘は、何となく分かるよ?」
「本当?」
「あまり無理しないでね。僕の全部は陽香のものじゃないけど、時間ぐらいは割けるから」
「……ああ、もう!」
陽香はそう言って、僕の上にお腹を合わせて乗るようにした。熱と気化熱と、影と手に触れる熱と。
あの時と、同じような形になっていた。少しだけカーテン越しの光で見える陽香は、綺麗だった。
「桂介はさ、こういう時ぐらいは嘘ついてよ。あたしだって嘘ついて、ここにいるんだから」
「下手なこと言ったら言質取られるし……」
声のする方を直視できなくて、僕は目をそらすしかなかった。
陽香に押さえられていた手首をずらす。お腹の方にかなり体重が乗っているところからすると、そこまで力を入れていなかったんだろう。
少しだけ引くようにして、手のひらを合わせて、指を絡めて。湿っているな。緊張なのだろうか。嫌な気持ちは、思ったよりない。
「……いいのかな、これで」
「何が?」
「いや、なんていうか……言葉にしにくいけどさ、嫌な感じの雰囲気があって」
「えっ、電気つける?」
「そのほうがいいかも」
ひとまず羽織れるものを羽織って、電気をつける。雑な服装の陽香は、なんていうか色気よりもだらしなさが感じられてしまうのでやっぱり長い付き合いっていうのはこういう時に不利なんだなとは思う。
「……あたし、出たほうがいい?」
「そこまでじゃない、なんていうか嫌な思いと繋がるのって良くない……って言えばいいのかな」
行動と記憶というのは結構強くリンクする。何かをする時に何かを思い出すようにすれば、行動と記憶が関係なくともかなり無意識にでも何かを思い出すことができるようになる。過去の恋心みたいなものを消し去るのに使っていた方法は、今から思うとこういう類のものだった。
「ああ、あたしが桂介のこと見て嫌なこと思い出しちゃってたような感じ……」
「そう」
会話をしながら、さっきまではもう少し言葉の間を互いに読み取っていたなと思う。あるいは言葉の表面的なものじゃなくてもっといろいろなものを使ってやり取りをしていたというか。
息を吐く。身体をさっき走っていたぞわりとした気持ちよさを覚えている。陽香に求められるっていうのがとても嬉しかった。でも、同じぐらいに僕は冷めていた。
嫌なわけじゃないよ。ああ、そういうところがやっぱりあるんだな、みたいな。
「……桂介ってさ、どうやったら落ち着くの?」
「うーん、自分の部屋で一人でゲーム……っていうのは落ち着いてるわけじゃないよな」
「あたしもなんか時間あると走ったりするから、あんまし落ち着いて無くて」
「そう言われると、どうするのがいいんだろうね」
「焦っちゃわない?」
「うん……」
別に焦る必要はないっていうのはわかってるけど、辛そうな相手が我慢しているのを見るのってあまりいいものではないんですよ。陽香が苦しめばいいって思うことは少なくなって、今は多少自分を犠牲にしても助けたくなっている。
それが、全体的に見てあまり良くないことなのはちゃんとわかっているつもりだ。でも、行ったり来たりするような過程の中でそういうふうに思うことがある事自体は別におかしくないんじゃないかって。
「ところで、陽香って落ち着いた?」
「……少し。思ったより、普通だった」
「前のが特殊だっただけだから……」
走って転んで骨を折って、でも骨折が治ったらまた走るようになるみたいなものだ。別に一回のトラウマで崩れてもう一生それに縛られるとかそういうものになるほど、僕と陽香の間のトラウマまでの関係も、トラウマからの関係も、薄っぺらいものじゃない。
「……でも、また、したい」
「……はい」
主導権を握られて、一方的に感情をぶつけられるのは、あまり好きじゃない。我慢はできるし、受け入れたいとは思うけど、それはそれとして何かを返したいじゃないですか。受け取ってばっかりは趣味じゃないし。
でも、僕は陽香にぶつけるような強い感情がない。求められたら応えるし、幼馴染だったときの繋がりはあるけど、言ってしまえばそれぐらい。陽香がなんで僕のことにそんな執着しているのかわからないし、今後もわかる気がしない。
それでも、隣りにいることぐらいはできるでしょう。またどっちがが失敗するかもしれないし、陽香が僕に愛想が尽きる日が来るかもしれないけど、その時はその時だ。
「……あたし、そろそろ帰る」
「……そう」
汗とか色々ついていそうな気がするが、流さなくていいのだろうか。あるいは流したくないのだろうか。このあたりの陽香の変なところは、まあ嫌いではない。