航空機用のガソリンエンジンを唸らせ、五式中戦車チリが進む。相変わらず随所に
その左隣へやってきたのは二式軽戦車ケトだ。フラットな砲塔から顔を出した亀子が、チリ車へ向けて手を振る。
「今日も快調だぜ、師範代サマ!」
「止せっての」
一ノ瀬千鶴は頰を掻いた。彼女は先日、一弾流の最年少師範代となったのだ。合格の報せを聞いた後、亀子は即座に彼女に入門した。そのため今も『芙蓉に一文字』徽章を胸に着け、ケト車にも同じマーキングを描いている。弟子入りするなら千鶴のみだと、以前から決めていたのだ。
「いい加減、あたしの言うことしか聞かない性格を直せ」
「てめェに躾けられたんだよ。こうなりゃ一生付きまとってやるから覚悟しろィ」
砲塔上に腰掛け、カラカラと笑う亀子。内股に座っているあたり、なんだかんだと言ってもやはり女の子だ。
若き師範代はやれやれと苦笑する。やがて四式中戦車チトや砲戦車隊も集結し、一列横隊を組んで停車する。そしてチリ車の右隣には、一ノ瀬以呂波の44Mタシュ重戦車が停まっていた。
「千鶴姉、結局お兄ちゃんの話には乗らなかったんだね」
「ああ。新しい流派を作るのも楽しそうだけど、あたしはやっぱり一弾流が好きだからな」
以呂波もまた、兄から新流派設立の話を聞いていた。実現は先のことになるだろうが、八戸社はそれに向けて動き始めた。近々一般に公表することになるだろう。守保は虹蛇女子学園、アガニョーク学院高校、ドナウ高校へも正式に手紙を送った。特にカリンカが意欲を見せているため、彼女が中心となる可能性が高い。
あのドS女が頭で本当に大丈夫だろうか。自分のことを棚に上げ、千鶴は少し心配していた。もっともベジマイトやトラビも一緒にやるようだから、何とかなるだろう。ラーストチュカもカリンカに付き従うつもりでおり、カイリーはトラビと同様、故郷の狩猟文化を戦車道の中に残すべく参加するようだ。矢車マリはまだ一年生なので、協力するにしても先のことになるだろう。
「それにしても……」
千鶴は妹の戦車の向こう側……千種学園の生徒会長・河合美祐の戦車を見やった。決勝で使ったカヴェナンターは改造が完全に終わるまで、再び車庫へ下げられたのだ。
代わって彼女の愛車となったのは、学園艦から新たに発掘された戦車だった。車体はオリーブドラブの傾斜装甲を多用した、やや縦長の車体。M4中戦車シャーマンとほぼ同じ物を流用している。外見で分かる違いは、正面にドーザーブレードを装備していることだ。
しかしてその車体上には異形の砲塔が鎮座していた。T-35のように砲塔自体が多いのではない。一つの砲塔から三つの砲身が突き出ているのだ。ただし中央に据えられた105mm榴弾砲はダミー砲身である。本命は砲塔の両側面にある、耳のような膨らみから突き出した、180mmロケット砲だ。
「T31破壊戦車だっけ? お前の学校は変な戦車が集まる呪いでもかかってるのか?」
「私もたまにそう思う。でも意外と使えそうだし、北森先輩たちの仕事も楽になるし」
苦笑しながら、以呂波もその工兵戦車を見やった。車内では河合が、ロケット砲の自動装填装置の点検に追われていることだろう。終戦間際に試作されたこの車両は
さらにドーザーブレードを装備できるため、戦車壕を多様する一弾流なら使い道はあった。T-35の乗員数に物を言わせた人海戦術に加え、このT31で工作力は格段にアップした。相変わらず、回転砲塔と火力を両立させた戦車は少ないが。
「見た目のインパクトだけなら千種学園に勝るチームはねーな。断言できるぜ」
「乗ってる人の変人ぶりなら、決号の方が上でしょ」
「おっと、言葉に気をつけろよ。あたしはお前が小五のときのオネショ写真、今でも持ってるんだぜ」
「さ、最低! だったら私だって、千鶴姉がお兄ちゃん宛に書いたポエムなラブレター、全部コピー取って保管してるよ!」
「なっ、こ、この腐れ外道……!」
「コラァ! 姉妹で黒歴史抉り合ってる場合か!」
亀子の怒号によって、二人の会話は中断された。試合開始の時刻が近づいていたのだ。一ノ瀬姉妹はそれぞれ、戦車内に身を収める。
「みんな、準備はいい?」
点検を行なっていた仲間に向け、以呂波は問いかける。
「……砲塔旋回、照準器正常……砲手、準備良し」
「エンジン出力、変速機正常。油温計異常なし。操縦手、準備良し」
「閉鎖器動作確認! 弾薬格納、糧食、異常なし! 装填手準備良し!」
「車外通話、車内通話、感度良好。通信手準備良ーし」
澪、結衣、美佐子、晴の順で滑らかに返事が返ってくる。他の車両からも『準備完了』の報告が来た。やや心配していたT31も、無事に点検を終えた。
結衣が操縦席から以呂波を見上げ、笑いかける。
「相手はかの逸見エリカさんと西絹代さん。エキシビジョンとはいっても激戦になるわね」
「……大丈夫」
照準器を撫でながら、澪も微笑んだ。
「私の撃つ弾……ティーガーでも、きっと、倒す」
「うん、きっと勝てるよ! こっちはイロハちゃんたち姉妹が揃ってるんだから!」
美佐子の大声はいつも通りだ。彼女のシンプルな思考と底抜けの明るさには、思えば随分助けられた。
「そうさね、西住姉妹に並ぶ最強コンビだ。ギャグのセンスが無い所も同じだね」
「ほっといてください!」
余計なことを言う晴にツッコミを入れ、以呂波は試合に思いを巡らせた。
黒森峰が知波単をお荷物扱いするようなら、そこが付け入る隙となる。だがおそらく、そう都合よくはならないだろう。黒森峰も去年から多くのことを学んでいる。知波単の突撃病は相変わらずだが、ただ玉砕して観客を笑わせるだけではなくなった。現に『士魂杯』の前から、夜戦でアガニョークを破る活躍を見せている。
結衣の言う通り、激戦になるだろう。例え姉の部隊が一緒でも、一筋縄ではいかない相手だ。しかし同時に楽しみでもあった。
この場にいる隊長格全員に共通していること、それは西住みほから何らかの影響を受けていることだ。彼女は来年卒業だが、同じ高校生でいる内にまた戦う機会もあるだろう。その日に備えて、またその先にある未来のために牙を磨き、精進を続ける。
義足のソケットを軽く叩き、以呂波は立ち上がる。あの事故で体は不自由になった。だが自分はこの脚で、どこまでも歩いていける。一人では動かせない戦車のように、二人三脚で進めばいい。
キューポラから顔を出し、姉に向けて親指を立てる。千鶴も頷いた。
甲高い音と共に打ち上げられた花火が、白煙となって爆ぜる。以呂波は高らかに叫んだ。
「
ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道
完
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
夏季の多忙もあり、三年以上にもなった連載の末、ようやく完結できました。
思えば「公式媒体では出てこないであろう珍兵器だらけのガルパンを書きたい」という思いから始まり、「戦車道にも現実の義足ランナーのような選手がいてもいいかな。戦闘機乗りなら義足のパイロットもいたし」「私の母校で戦車道をやっていたらどんなチームになっただろう」「廃校になった学園艦の生徒たちはその後どんな道を歩むのだろう」などといった考えが重なり、生まれたのがこの「鉄脚少女の戦車道」でした。
執筆中は試行錯誤を繰り返しましたが、本当に楽しかったです。
最後まで好きなように書き、それを大勢の方に「面白い」と言っていただけました。
読者の方にイラストを描いていただいたばかりか、登場する戦車の模型まで作っていただきました。
【挿絵表示】
(アルさんが作ってくださった、ドナウ高校仕様のE-100超重戦車“白鯨”です。下地の塗装が透けて見え、後から白く塗った感じがよく再現されています!)
決勝戦の結末は人によっては拍子抜けだったかもしれません。
私としては
・みほの凄さを書きつつ、彼女の『甘さ』も肯定したい。
・以呂波たちオリキャラは大洗に勝てないまでも、主人公である以上は善戦させたい。
という二点を念頭に書いていました。
だから千種学園が偽情報を流し、試合前から自軍有利な状況を作っていくという流れとなりました。
みほも以呂波を撃破する機会を得ても、救助の猶予を与えてくれた返礼として空砲を撃ち、読者の納得のいく形で善戦させられるように書きました。
なお、まだ書きかけの外伝作品ですが、少しお休みをいただいた後で書いていくつもりです。
別の短編を書く可能性もあります。
そのときはまた読んでいただけると幸いです。
話は変わりますが、最終章第一話は公開日の翌日に観て来ました。
ネタバレは避けますが、めっちゃ面白かった……そしてあの区切りで第二話まで待つのは辛いですね……。
本作は劇場版に合わせて途中で修正を行いましたが、さすがに最終章に合わせて改変するのは無理なので、そのまま突っ走ることにしました。
私は以前にtwitterで「ガルパン スターウォーズ化論」なんてことを呟いたことがありますが、『漫画版のアンチョビ』『リボンの武者におけるBC自由高校』『やだな西住!』など、公式媒体でさえ既にスターウォーズと同様『
だから拙作は元より非公式の、一介のファンが書いた二次創作なのですから、これもパラレルということで楽しんでいただければと思います。
最後に、応援してくださった読者の皆様、話を作ってくれた登場人物たちにお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。
そしてガールズ&パンツァーというコンテンツを世に送り出した製作委員会の皆様にも感謝すると同時に、最終章の成功をお祈りいたします。
ガルパンはいいぞ。
2017/12/26 流水郎