だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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だから彼女は今は泣かない

心の整理をしつつ……と言っても、階段から407号室までの距離は然程ある訳では無かった。

ゆっくり向かったとしても、階段から病室に行き着くまでは精々一分程度の距離しかないのだ。

それでも……それでもある程度の事態を、事前に身構える事の出来る心の余裕を作る時間を得ることが出来た事は、私にとってはこの上なくありがたいことであった。

 

 

「……」

 

 

私は既に、目的の407号室の前に立っている。

しかし折角たどり着いた目的の部屋の前で、私はただただ佇むだけ。

病室に入りたくても、入れないのだ。

 

407号室は、瓦礫の中に沈んでいた。

恐らくはネウロイのビームの影響で、病室の天井が崩れてしまったのだろう。

これでは中に居たであろうお婆様や両親は無事では済まない事は考えるまでもない。

勿論両親がこの部屋に本当に居たかどうか、この部屋の瓦礫に埋まっているのかどうかは、この瓦礫を取り除かないと確認する事はできないだろう。

もしかしたらこの部屋に崩壊当時に居らず、無事に逃げ出した可能性も無きにしも非ずだ。

でも……しかし……

ならば、今、病室の瓦礫の隙間から流れ出ているこの血だまりは、誰のだ?

瓦礫の隙間から僅かに見える、この左腕は、誰のだ?

 

それを確認する為に私は、瓦礫に埋まっているその左腕の、左手の薬指にはめられた結婚指輪を恐る恐る引き抜き……その内側に掘られている名を、見た。

 

 

Leonard(レオナルド)Rudorffer(ルドルファー)

 

 

父さんの名……

間違いなく父さんの名前だった。

 

 

「……」

 

 

涙は、不思議と出なかった。

それは既に覚悟して来たからか?

それは彼の死に目にあえなかったからか?

それは目の前にある腕が、未だ父さんのものだと信じられないからか?

……私にとってはどれでもよかった。

父さんは、死んだのだ。

 

 

「なら、泣けよ……」

 

 

悲しい筈なのに、悔しい筈なのに。

何故私は泣かないのだ。

 

 

「ヴゥワン!!」

「カルラ?」

 

 

呆然と佇む私の傍で、瓦礫に向かってカルラは吠える。

何度も、何度も。

もしかして――

 

 

「誰かが中で、生きているのか!?」

 

 

カルラは吠えながら、怪我をしているというのに、その前足で懸命に瓦礫を引っかく。

もしかしたらカルラは、中に居る誰かを助ける為に瓦礫を退けようとしているのかもしれない。

生きているのは誰か?

お婆様か?

それとも母さんか?

 

 

「カルラ、退け!! 私がやる!!」

 

 

抱えていた荷物を、そして銃を投げ捨て、魔力をその身に纏い、入り口を塞ぐ大きな瓦礫を持ち上げ、退かす。

入り口から出せない瓦礫は、拳で砕く。

そんな事をすればたとえ魔法で身体を強化していようと、痛いものは痛かった。

しかしそれがどうしたと構う事無く、私は瓦礫を砕き。退かし続ける。

何度も、何度も瓦礫を殴り続けた私の拳からは、尋常でない程の血が吹き出す。

拳がミシリと、鈍い音を立てる。

だからどうしたと構う事無く、私は瓦礫を退かし続ける。

 

 

「母さん!!」

 

 

やっとの思いで入り口を塞いでいた分だけだが、瓦礫を除く事が出来たそこに、父さんに庇われる形で床に横たわっていたのは母さんだった。

意識は無いが、彼女は間違いなくその胸を上下――呼吸をしていた。

母さんは、生きていた。

 

 

「良かった、無事だ……」

 

 

母さんが助かったのは、父さんが身を挺して母さんを守ってくれたお蔭だ。

母さんの白衣は父さんの血で真っ赤になってしまっているが、服の上から新たに血は流れ出ていないところを見るに、出血はない。

兎も角、母さんだけでも助かってくれてよかったと、私は胸を撫で下ろす。

 

 

「本当に……よかった」

 

 

私はその時、そう思った。

そう思いかけた、そう思いたかった。

 

 

「はぁ……はぁ……」

「……?」

 

 

母さんの呼吸は何故か、荒い。

顔色も悪い――真っ青である。

まるで……まるで今から死に行く者の様な、そんな顔色。

どうして……

原因を確認する為に、私は母さんの服を捲る。

 

 

「……ッ!?」

 

 

母さんは二か所、下腹部と胸の辺りに内出血をおこしていた。

それもかなり危険――今から治癒魔法の行使や専門医に診せても助かる確率の方が低いレベルだ。

信じたくはないが、私の経験則で嫌と言う程分かる。

母さんはもう、助からない。

母さんは……死ぬ。

 

 

「あ……ハハ…………何でさ?……こんなの、ないよ…………酷いよ……」

 

 

――嗚呼、失敗した。

 

 

「私の、私のこの十二年間は何だったんだ……」

 

 

――助けようと、救おうと頑張ったのに、また、何もできずに零れてしまった。

 

 

「私が再び産まれた意味は一体何だったんだ!!」

 

 

――覆水は盆に返らず、割れた卵は元に戻らない。

それらを映像の向こう側を見せられるだけで、()がそれを止める事は許されない。

どんなに()が画面を叩こうと、画面の向こう側に何の変化も起こる筈が無い。

 

 

「また、私は……独りになるのか?」

 

 

――()の行いは、零れた覆水を元に戻そうと、割れた卵を元に戻そうとするようなものだったのだ。

それを無駄だと知らずに。

そう、だから……

 

 

 

 

 

――だから貴方が落ち込む事はないの、久瀬さん

 

 

 

 

 

「……ッ、誰だ!?」

 

 

誰かが私の耳元で囁いた。

間違いなく囁いた。

それなのに、振り返ってもそこには誰もいない。

その声はどこか遠く、そして一番近くに居た筈の、聞き覚えのある声……その筈なのに、その声が誰のものか、私は何故か、全く思い出せなかった。

 

 

「……ィッラ……ゲホッ、ゲホッ!!」

「母さん!?」

 

 

目覚めないと思っていた母さんが、私の腕の中から、私を呼ぶ。

その声を聴き、私は慌てて母さんの方に視線を戻すと母さんは、泣いていた。

 

 

「ヴィッラ……そういう……事、だったの、ね……ゲホッ…………道理で、大人びて……」

「母さん、喋っちゃ駄目だ」

「ごめん……ごめんね、ヴィッラ……()()……貴女、を独りに、させて……ごめん、ね」

「ぁ……」

 

 

まさか……聞かれていたのか。

 

 

「黙っていて……助けられなくて、ごめんね母さん。私は……」

「いいの」

 

 

母さんの手が私の頬を、慈しむ様になぞる。

母さんの手が私の頭を、慈しむ様に撫でる。

ただ私に触れる、いつもは温かかった筈のその手は、今は酷く、冷たい。

母さんに撫でられるのは嬉しい筈だったのに、今はただ、悲しい。

 

 

「こんなに……大きく……ゲホッ!!なっ……て」

「……まだ、私は十二だ。全然大きくないよ」

「そんな顔……しな………いで、笑って……ヴィッラ」

「……泣いている母さんに言われたくないよ」

「そう……ね…………ゴホッ!!」

 

 

震える唇から何度も吐血して。

苦しそうに、喘いで。

それでも母さんは、喋る事を止めない。

それはこれが私との最後の会話だと分かっているからか。

しかしそれも、長くは続かない。

満足に血を吐き出す事すら最早儘ならない母さんは、とても息が苦しい筈だ。

 

 

「私たち、は……いっちゃ……う、けど…………無事に、逃げて……生きて……幸せに……ね…………ヴィッラ」

「母さん!!」

 

 

そんなの、無理だ……

そう言いかけた言葉を、喉に留めて、そして飲み込む。

母さんの焦点は既に私に合っていない。

もう時間が無い。

ならばそんな言葉よりも言うべきことがある筈だ。

伝えないと、私の思いを。

 

 

「私を愛してくれて、ありがとう!!」

「………………………………」

 

 

私の言葉に母さんは何も言わず、最後は泣きながら、笑顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父さんも、死んだ。

母さんも、死んだ。

お婆様は……カルラの反応を見る限り、この瓦礫の中で押しつぶされているのだろう。

お爺様の行方は未だ分かっていないが、生存している確率は絶望的だ。

 

十二年……この時の為に備えてきた、生きてきた。

それなのにそれが全部無駄で、大切だった筈の彼らを失ってしまった今、目的を失ってしまった私は一体どうしたらいい?

何をすればいい?

 

……こんな所で死ぬのは御免だ。

その思いは変わらない。

それに母さんは、私に「生きて」と言った。

それが母さんの願いならば、私は何としてでも生きないといけないのだろう。

しかし「生きて」と言われたのはいいが、そもそも……そもそも、だ。

私は一体何のために生きればいいのだ?

今までの標を失った私はそれを見つけない事には、情けないがそんな簡単には立てないのだ。

何か、何かを。

何でもいい、私に立てる理由はないだろうか?

それがあれば、私はきっと立てる筈である。

何か、私が立てる理由を……

 

 

 

 

 

『お姉ちゃんを、助けて下さい!!』

 

 

 

 

 

「……ぁ」

 

 

あった。

あったじゃないか。

私には、立てる……いや、立たないといけない理由が、まだある。

シャルロットの願い――ジャンヌの救出。

それは今、間違いなく()()()()出来ない事だ。

 

……立てる。

まだ私の脚は少し震えてはいるが、如何やらこれは私が立ち上がる理由に十分なものだったらしい。

 

私がこれから目指すべき目的地は、駐屯地。

その駐屯地には勿論、ネウロイがたくさんいる。

生存を望む私の思いとは反対に、そこは間違いなく死地に違いなく、そこに向かうことは自殺行為に等しいだろう。

……だがそれが何だ?

私には武器が、経験が、固有魔法がある。

何てことはない、ちょっとネウロイの包囲網を掻い潜ってジャンヌを助けて脱出する。

簡単な事だ、私ならやれない事はない。

男……じゃないが、女も度胸だ。

大丈夫、やれるさ、大丈夫、大丈夫……

 

いや……うん、本当は全然大丈夫じゃない。

やはり親の死に目にあった直後だからか、私は全然冷静じゃないようだ。

少し感情が抑え切れていないのは分かっていた。

だから……まずは、落ち着こう。

息を吸って、吐く。

焦らず、落ち着いて、気持ちを切り替えて……まずは持ち物の確認を始める。

持ち物は猟銃と、役立つかは分からないけど木工用ナイフ、後は着替えを敷き詰めたバッグが三つ。

着替えは……持っていっても荷物になるだけだろう。

着替えの入ったバッグは此処に置いていく事にする。

 

 

「あ、いや待て」

 

 

母さんに譲ってもらう為に持ってきた、あの軍服は使える。

寧ろそれは、駐屯地に潜り込む為に必要な物だろう。

そう考えた私は、早速自身の上着を脱ぎ捨てて、母さんの軍服に着替える。

服の丈は欧米人故に身長の伸びが早いおかげか、着た感じは少しぶかぶかだが、パッと見、外見に違和感はないので問題はないだろう。

 

 

「よし」

 

 

気持ちを切り替え、準備も整った。

整ったのなら、私はもう行かないといけない。

……本当は侵入経路とかも考えないといけないだろうが、如何せん基地内部の事について私は何も知らないので考えたところでどうしようもなく無駄で、そもそもネウロイが不特定多数、周囲を囲っている以上その包囲網を掻い潜るにはどうしても行き当たりばったりになってしまい、ルートを決めてもまた無駄であろうからそれについては無用と切り捨てた。

それに何時までもシャルロットを待たせるのも拙いだろう。

 

 

「父さん……母さん……」

 

 

両親たちとはここでお別れ。

そう思い、床に寄り添うように並べた動かぬ彼らに、私は最後の別れを告げようとして――止めた。

それを言ってしまうと、きっと私は泣いてしまう。

そう思ったから。

 

私は、今は泣かない事にした。

それは今泣く事よりも、為すべきことがあるからだ。

彼らを思い、泣いて立ち止まるのはまた後ででもできることだ。

為すべきことをして、安全な所まで逃げて……そこまで行ったら私は漸く、思いっきり泣けるのだろう。

だから今は、別れを告げない。

 

 

「ああ、その前に」

 

 

父さんから取っていた指輪を元に戻しておかないと……

そう思い、返すのを忘れていた指輪を元の指にはめようと、しゃがみ込む私の視線の先にとあるものが目に入る。

それは父さんの襟元から零れているペンダント。

デザインはそんなに派手な物ではなく、そこら辺に生えている様なツタのような草が彫られているだけ。

質素を好む、実に父さんらしいデザインだ。

そんな事を思いつつ、徐にそれを手に取ってみると側面をほぼ一周する形で切れ込みが入っているのに気付く。

どうやらこれはロケットペンダントのようだ。

 

 

「……」

 

 

中に入っていたのは写真だった。

父さんと、母さんと、それから赤子。

赤子はたぶん、私だろう。

私を抱えた父さんと母さんは、幸せそうに笑っている。

 

 

「……父さん」

 

 

父さんの首からそっとペンダントを外し、それを私の首に掛ける。

今まで大切にしてくれた人が居てくれた事を、私は忘れたくなかったから。

 

 

 

「クゥン」

「カルラ……」

 

 

カルラは私を気遣ってくれているのだろう。

彼女はそっと私の身体に、頭を寄せる。

今までずっと私について来てくれた彼女。

だけど……もう……

 

 

「さよならだ、カルラ」

「……」

 

 

私が今から向かうのは、死地。

私は死ぬつもりはないが、手負いの彼女を連れていけば、間違いなく彼女は死ぬ。

だからもう彼女を私の都合につき合わせるつもりは私には無く、彼女には逃げて、生きていてほしかった。

それにもうこれ以上、私は私の知っている誰かが目の前で死んでしまうのは耐えられなかった。

それがカルラを置いていく理由。

それは私のエゴで、私の弱さ故の決断だった。

 

私はカルラに背を向ける。

それはカルラの答えは聞くつもりは無いのだという意思表示であり、そしてカルラからの逃げでもあった。

しかし……

 

 

――トンッ

 

 

「……ぇ?」

 

 

ふいに後ろから、誰かに押された。

……いや、押した犯人は分かっている。

犯人は無論、カルラだ。

しかし押されたこと自体には問題はない。

別に彼女は私に害をなそうと強く押した訳では無く、押された力はとても弱い。

ただ、問題は別にあった。

彼女が触れたのは――私の臀部

 

 

「う……ぁああ!?」

 

 

その意味に気づいた時にはもう遅かった。

何かが私の中に入ってきて、電気が私の中に走ったような衝撃を感じたかと思えば、次の瞬間には何かが私の頭部から、臀部から、生える。

 

 

「何で……どうしてだ…………カルラ!!」

 

 

私に生えたのは、白い狼の耳と尻尾。

 

 

「私はこんなの望んでいなかった!! なのに……お前は……!!」

 

 

カルラは私と使い魔の契約をした。

……何故、カルラはこんな事をしたのか?

分からない。

全く分からない。

カルラは喋れないから。

カルラは人間じゃないから。

これではあの時と全く変わらない。

私にはカルラの気持ちが、分からない。

 

 

『ごめんなさい』

「……ッ!?」

 

 

だからだろうか……

届くことの無かった、思いを伝える声がした。

その声は、私の内から。

 

 

『護れなくて、ごめんなさい』

「カル……ラ?」

 

 

その声は、カルラのものか?

凛とした綺麗な声。

しかし声色は悲しげに。

 

 

『お母さん達を護れなくて、ごめんなさい』

 

 

お母さん達を護る事。

それは私から彼女と別れる際にお願いした事。

しかしそれは、彼女を置いていく為の方便だった。

だから、彼女が気に病む事なんて一つもないのに。

それなのに彼女は謝るのか。

 

 

「カルラ、その事は気にしなくてもいい。それよりもカルラ、お前は早くここから逃げ『主』……」

 

 

カルラは私を『主』と呼ぶ。

そんな関係、私は望んでいなかったのに。

 

 

『私の身は主の許に、私の牙は主の為に、死ぬまで……御身の傍に』

 

 

そんな事を勝手に言う。

私に身を捧げられても、私にはどうしようもないのに。

 

……嗚呼、なんだ。

対等であろうとした私の思いは結局、無駄で、独りよがりで、彼女には全く届いていなかっ――

 

 

『私を置いていかないで』

「……」

 

 

置いて……行かないで?

声は――カルラは、必死に私に訴える。

迷子になった子供のように、必死に。

その様は、まるでさっきまでの私にそっくりで……

 

 

「……ああ、なんだ」

 

 

『主』という言葉も、身を捧げるような発言も、きっと全部方便なんだ。

カルラは偏に、私に置いていってほしくなくて。

独りになりたくなくて。

だからそんな事を私に言うのだ。

 

 

「置いていって……ごめん」

 

 

左腕が痛い。

これはカルラの怪我を、契約したせいで感覚が同調したために感じる痛みなのだろう。

しかしこの怪我は、私が頼み事をしなければ負うことはなかった怪我だ。

 

 

「置いていこうとしてごめんね、カルラ。もうお前を独りで置いていかないよ」

『本当?』

「お前がそれを望むなら、それがお前の意思なら、私はお前を拒む理由はない」

『……ありがとう』

 

 

私の答えに満足してくれたのだろう。

お礼を告げたカルラはそれ以上、私に何かを語り掛けてくる事はなかった。

 

……それにしても、生えたこの耳と尻尾。

何だかムズムズして、こそばゆくて、そして何より恥ずかしい。

まあそこら辺は慣れてしまえばどうってことなくなるのだろうが。

ふと、窓に映った私が視界に入る。

窓に映る、白いケモノ耳と尻尾を生やした私は、やっぱり違和感しか覚えない。

 

 

「ああ、やっぱり慣れないと駄目だな」

「ヴィルヘルミナ、さん?その恰好は一体……」

「え……うわぁ!?」

 

 

何時の間に私の傍に立っていたのだろう。

私を不思議そうに見るのはシャルロットだった。

 

 

「……待っていろと、私は言わなかったか?」

「あの、えっと……ヴィルヘルミナさんの帰りが遅かったので、心配になって……その、ごめんなさい」

「あ、いや、私も待たせて悪かった。それより――」

 

 

――あの入り口を抜けて、よくここまで来れたな

そう言いかけ、彼女の顔色が悪い事に気づいて、言葉を慌てて飲み込んだ。

彼女は相当無理をして、それでも此処まで来たのだな。

 

 

「手……」

「ん?」

「怪我してます」

「ああ、これか」

「診せて下さい」

 

 

未だに血が止まり切っておらず、血が滴り続けている私の拳。

殴っている間は確かに痛かったが、殴り続けたせいか、最早感覚が無くなっている。

確かにこれではこの後の事を考えるとかなり拙いだろう。

私は素直に彼女の治癒魔法を受ける事にした。

 

温かい青い光が、私の両手を照らし、癒す。

ただ……やはり母さんの使っていた治癒魔法と比べて彼女の治癒魔法は、正確さ、速さ、どれをとっても劣っているなと思うことは失礼な事とはいえ、どうしても気になってしまった。

 

 

「その……」

「何だ?」

「そちらの方たちは……知り合い、ですか?」

「……」

 

 

シャルロットは不安げに、動かぬ両親を見ながら私に問う。

そういえば彼女には、此処にいるのは知り合いとしか言っていなかった事を思い出して、私は答えた。

 

 

「赤の、他人だよ」

「……」

「大丈夫。病院を一通り探してみたけれども、如何やら知り合いは先に逃げたらしい。知り合いはきっと無事だろう。だからシャルロット、君が気にする事はないよ」

「……はい」

 

 

今から私と共に死地に向かうまだ幼い彼女に、これ以上余計な負担を掛ける事も無いだろう。

そう判断し、私は彼女に嘘を吐く事にした。

彼女はそれを聞いて、少し怪訝そうに私を見たが、すぐに彼女は魔法に意識を戻した。

 

沈黙が支配する私の世界。

その中で存在する私の希望は、今は目の前の頼りない小さな灯だけだった。




・ヴィッラの父、レオナルドが持っていたペンダントに彫られていたツタの名前はアイビー 
花言葉は「永遠の愛」

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