だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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だから彼女は訴える

――果たして、目の前を飛びつづけていた奴は人間だったのか?

 

 

大きな爆音と共に粉々になって落ちていく()()()鋼鉄の塊は、空に地獄の釜を開いたかのような。

そんな大げさな表現が、しかししっくりくるほど。

鉄塊が――嘗ては大空を羽ばたいた鳥が、その身に破滅の炎を纏い堕ちていくさまを、我々はただただ無言で見送る。

無言で見送る事しか出来なかった。

 

 

「誰か、(キョウ)上尉が脱出するところを見たか?」

 

 

カラカラに乾いてしまった喉の奥から、漸く絞り出した私の質問に答える者は誰一人としていなかった。

残された十九名、誰一人。

それが、彼らの答えだった。

 

 

 

 

 

米日両国にとっての主要防衛拠点の一つ、サセボ、イワクニ基地への強行爆撃作戦。

強行する爆撃機の直掩機として日本に向かうことが、今回我々に与えられた任務だった。

正直命令を受けた時、私は馬鹿げた任務だと思った。

私が率いる部隊は人民解放軍の――今はクーデター軍だが――中でも国内外からエース部隊だと評されるだけの実力を有していると言われ続けてきた。

またクーデターに参加して以来、私が率いる部隊が数々の戦果を挙げていたことからますます己らがエース部隊であるという意識も高まってきていた。

しかしだからと言って軍備の進んでおらず、練度の低い軍しか持たない国への強行作戦ならまだしも、兵器も機器も練度さえ少なからず世界上位である日本を横断、爆撃して太平洋上に航行する商船偽造改造空母に着陸して逃げるなんて誰もがとんでもない自殺行為だと口をそろえていうだろう。

本格的に日本への攻撃を考えるなら、人的損害が被る危険性のある直接爆撃よりも、巡航ミサイルなどで攻撃を加えた方がより安全であり、まるで第二次世界大戦中、アメリカが行った東京空襲の再現のようである事を考えれば、この作戦は我々の士気を上げるための完全なパフォーマンスである。

確かに作戦が成功すれば、我が軍の士気は大いに高まるであろう。

実行する我々にとっては迷惑以外の何物でもないのだが。

 

しかし、上の連中は何を考えてこの作戦を立てたのであろうか?

作戦の再現と言うが、当時のアメリカの置かれていた状況と今の我々の置かれている状況は全く異なっている。

そもそも日本は、我々と直接戦争を行っている訳ではないのだ。

確かに日本と我が国は因縁の中にあり、アメリカにいたっては我々ではなく重慶に逃げた旧中国政府を支持する姿勢を見せ、日本を経由して中国国内に軍を派兵する動きもまた知っている。

しかしながら日本の国民は過去の戦争を思い、平和を謳い、大半の者達が戦争を嫌う傾向にある。

世論は日本政府に、アメリカによる我が国と、同様にクーデターを起こしているロシアへの派兵を援助する行いを断固として反対している。

民主主義である限り、いや日本の民主主義だからこそ、日本政府は世論を無視する事は出来ず、批難はしてくるだろうが、大々的に我々の国に対する干渉はできないだろう。

それは我々にとっては都合の良い話である筈。

だが今回の任務は態々平和ボケした眠れる獅子を態々叩き起こしに行くようなモノだ。

ヘタな刺激はA.S.E.A.N.等の周辺諸国の反感を生むだろう。

必要以上に敵を作るべきではないこの戦いで、一体上は何を考えているのか?

この作戦が終わり次第、一度上の動向を調べる必要があるだろうと、出撃前の私は呑気な事に、頭の中では既に作戦後の事を考えていた。

日本を――自衛隊を舐めていた訳ではなかった。

クーデターに参加して以来、目に見えて数々の功績を挙げてきた故に。

我々がエースだという事に対する自負を持ち始めていたのと同時に、我々には驕りが芽生え始めていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

作戦には私が率いる一個飛行大隊の直掩組に加え、爆撃隊が二個中隊加わる。

それをサセボ方面とイワクニ方面、二手に分ける事で実質は二個中隊強の戦力だけで爆撃作戦を決行する事になる。

日本の内側にあり、より難易度の高いと思われるイワクニ方面。

私はイワクニ方面の爆撃隊の直掩指揮に回る事を選んだが、はたして数多のレーダー網を掻い潜り、察知される事無く日本国内深くに侵攻し爆撃を加える事は可能かとブリーフィング時に何度も何度も疑問に思った。

そんな疑問を、航空自衛隊内情に最も詳しいと言われ、今作戦のアドバイザーとして派遣されてきた、日系人らしき若い女は私の内心を察してか、「万事OK、大丈夫だって」と少し鈍りの入った中国語でへらへらと笑いながら言っていたが。

 

 

「何が、大丈夫だ!!」

 

 

我々イワクニ爆撃班は予定通りのルートで日本領海に侵入、レーダー網に注意しながら進行していた。

しかし我々が細心の注意を払って飛んでいたにも拘らず、我々は航空自衛隊所属のF-15四機、F-35一機編成の飛行小隊と接敵、戦闘に入る。

 

 

『ミサイル!!……駄目だ、当たらない!!』

『な!? あいつ、我々に囲まれているこの状況でも平然とこちらをロックしてきやがった!? 各機ブレイク、ブレイク!!』

 

 

もしや自衛隊側に情報が漏れていたのか?

そんな考えが私の頭の中をよぎるが、それにしては敵機の数が少なすぎる。

ならば彼らは恐らく領空警戒の為にこの空域を飛んでいたと考えるのが自然なのだろうが、しかしおかしなことだ。

あのアドバイザーの女がブリーフィング時に告げた、この日の自衛隊における現空域の巡回タイミングが予定と大幅にずれているのだ。

 

 

『グッ、至近弾!? 直掩何やってるんだ!! 二度と俺たち(爆撃隊)に奴を近づけさせるな!!』

『言われなくてもやっている!! くそ、我々はエースだぞ!! たかがF-35一機、速やかに排除できんのか!?』

『掠ってはいます!!』

 

 

我々の存在がばれた事で自衛隊はすぐさま此方に戦力を向けてくるであろうが、我々は既に目標空域まで目と鼻の先まで迫っていた。

それにたかが五機編成、一個小隊。

ならば物量と練度でもって速やかに敵機を撃墜したのち、コースに復帰すればよい。

そんな楽観的な提案した部下の意見を受け入れたその時の私を、今すぐぶん殴ってやりたい。

F-15四機は確かにすぐに落とす事ができた。

しかし残ったF-35のパイロットはたった一機にも拘らず、奴はそれでも我々に食い下がる。

たった一機で大多数の敵機に追われているにも拘らず、奴はそれでも、先行しようと背中を見せた味方爆撃機を二機、私の部下一人を容赦なく海に叩き落としている。

ミサイルを避け、致命打を許さず、しかし機体が少なからずボロボロになっているにも拘らず、奴はそれでも国を護る為に飛び続けている。

私が当事者でさえなければF-35のパイロットのその不屈の精神、並外れた戦闘技術に、たとえ日本人であったとしても高い敬意を払って賛辞を送りたいところだ。

F-35のパイロットは、まぎれもなく我々を超えたエースであると。

だからこそ。

 

 

「我らが大義の為に、我が国の為に、障害になる貴様は此処で死ね!!」

 

 

F-35の後方頭上を抑えた私は、迷うことなく機銃を発砲。

パイロットにとって死角となり、更には太陽と重なるように位置取りした上での、完璧な攻撃のつもりだったのだが、それさえ奴は避けてしまう。

しかしそれを避ける事は、既に読んでいた。

私の攻撃の意図を汲んで既に位置についていた姜上尉の小隊が全方向からF-35に向かって一斉射、F-35に幾重の火線を描く。

互いに射線に重なる事無く行う、三次元完全包囲射撃。

流石のF-35のパイロットも火線の全て避けきること敵わず、その身に幾重の風穴を広げ、F-35からは煙が上がる。

 

 

『ヒット!! ヒット!!』

『もう一度だ、今度は仕留める』

『いい加減、落ちやがれぇ!!』

 

 

姜上尉の小隊が再び包囲を固め、F-35に牙を立てようと迫る様を眺め、最早奴は此処までだと私は早くも安堵する。

しかし。

 

 

『――トラエタ』

 

 

私は確かに声を聴く。

その声は大きな喜びを孕み、溢れる狂気に歪んでいた。

 

 

「駄目だ、姜上尉!! そいつは――」

 

 

叫ぶ言葉を遮るように、瞬間、異常な爆発がこの身を揺らす。

F-35は姜上尉の機体に迫り。

 

 

「じ、自爆……」

 

 

姜上尉を巻き込んで、奴はあろうことか自爆してみせたのだった。

恐らく、F-35のパイロットは積んでいたミサイルを用いたのだろう。

でなければF-35が突然、それも周囲を巻き込むほどの大きな爆発を起こす事などありえない。

 

 

「なんて奴だ……」

 

 

唖然とし、顎を閉じる事も忘れ。

私はただ茫然と、嘗ては大空を羽ばたいた鳥が、その身に破滅の炎を纏い堕ちて行くさまを見送る。

その中で、F-35の尾翼部らしき残骸を見る。

その尾翼に描かれているエンブレムは『狐に喰らいつく白い狼』。

自衛隊のエンブレムの大体は把握している私だが、それは知らないエンブレムだった。

 

 

「誰か、姜上尉が脱出するところを見たか?」

 

 

答えは誰からも、返ってこない。

それが彼らの答えだった。

 

 

「……撤退するぞ」

『隊長?』

「敵増援だ」

 

 

私のレーダーに映る斑点は、二個飛行大隊規模を示している。

一機相手とはいえ、燃料弾薬を大いに消耗してしまった我々には、此処を突破した上イワクニを爆撃し、追っ手を振り切って太平洋上に逃走する余力はない。

残念ながら、我々は作戦を中止せざるを得なかった。

 

『狐に喰らいつく白い狼』

そのエンブレムを抱えたF-35。

作戦後、我々は正式に日本と開戦した際、奴は再び我々の前に現れる。

そして我々の前に何度も立ちはだかり、戦争が続く限り、奴と我々は幾度も矛を交え、争うことになる。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

無謀にも思えた作戦は、意外にも順調に進んでいるようである。

私が飛行型のネウロイ達の注意を引き、空を逃げる間にも、ルクレール中尉の部隊が大型ネウロイを仕留めている様が、遠くでもよく見えた。

戦車に乗り込み、有効打になる手段(ジャンヌ)を彼らが得たとはいえ、少数部隊で大型ネウロイを倒すその奮闘ぶりはまるで水を得た魚。

以前にネウロイとの戦闘経験があったとは聴いていたが、いやはや流石と言うべきだろう。

また、メッセンジャーとして走らせた軍曹らも基地内の残存勢力に上手く指示を届けられたのか、基地内から続々とガリア兵が東に向かって走り出しているのも、上空から確認した。

此処までの、彼らの動きは上々と言えるだろう。

それでも戦況は未だ此方が不利である事には変わりない。

戦える戦力が、ルクレール中尉の部隊もしくは私に大きく依存している為、どちらかが倒れてしまえば均衡は一気にネウロイ側に傾くことは免れず、気を一瞬たりとも抜くことは許されないのが現状だ。

 

ただ正直に言ってしまえば、私を囲むネウロイたちに、私は歯ごたえの無さを感じていた。

ネウロイたちの狙いはフェイントもなく正直で、動きも単調、殺気は分かりやすく向けてくるので察知するのも容易い。

数はいても自分勝手に動いているから、数の利を活かしきれてもいない。

寧ろ私が群の中で動き回るとフレンドリーファイヤーが頻発する事がざらだ。

屋上で見せた狡猾さが、まるで嘘のようで。

それは指揮官の指示が無く、私相手にどう対応すればよいか分からずオロオロしているかのようにも見えた。

ただネウロイの生態がまったく分かっている訳ではないので、慢心はしない。

それに敵の戦力評価が大きく下方修正されても、私もそれ程余裕がある訳では無い。

固有魔法――外部加速は元々魔力消費の激しい魔法である。

幾らネウロイたちの攻撃が避けやすいものでも、それは固有魔法あってのもの。

魔力が無くなってしまえば私は翼を失って、地を這うことになる私は瞬く間にハチの巣にされてしまうだろう。

魔力量には自信がある私だが、そんな私でも魔力残量はあと三割といったところである。

これ以上戦闘を望むのなら、シールドのような魔力消費の激しい魔法の使用を控え、余計な消費を抑えなければならないだろう。

また、弾薬の消費も顕著である。

FM mle1924/29軽機関銃は1マガジン25発。

そんな弾数では引き金を引いて数秒もかからないうちに撃ち尽くしてしまう為、マガジンの減りが思ったよりも早い。

また交戦距離が必然的に近くになる基地内で戦っている時には気づかなかったが、私の機関銃の命中精度もそこまで褒められたものではなかった。

弾の収束を高める為、また弾薬消費を抑える為に数発撃っては引き金を上げるなどして工夫はしているが、それでもネウロイの数を中々減らせずにいた。

前々から猟銃を扱っていたとはいえ、連続的に弾を放つ機関銃とではどうも勝手が違う。

逆に対戦車ライフルの命中精度は思ったよりもいいのは救いだが、持ってきているライフルの弾の数は少ないので多用は出来ないし、もとよりこれは大型ネウロイ用だ。

泣き言ではないが、生前に使っていたMG34のドラムマガジンが、今更ながらとても恋しく思う。

 

 

『主、左手に敵の群れ』

 

 

カルラの報告を受け、ネウロイの攻撃を避けつつ左を向くと、確かに小型飛行ネウロイの(ぐん)がいた。

距離は300m程、数は20体程度の規模である。

 

 

「私も確認した」

『主、悲鳴も聴こえる』

 

 

カルラの報告を受けて、グッと心臓の辺りが潰されたような錯覚を覚える。

人の命を見捨てる事は、やはり気が進むものではない。

しかし私の魔力の残量が少ない現状、襲われている人々を助けに行くことにはたして利があるのか?

そのように人命さえ量りに掛けて、結果を求めてしまうのは戦争慣れしてしまった私の悪癖か。

 

 

「ん?」

 

 

そんな時、私の視界の端、街の路地裏に動くものを見た。

人々の救出に走っていた基地の残存部隊である。

彼らの進む先には襲われている人々、そしてネウロイの群れ。

残存部隊は路地裏を進んでいる為か、ネウロイの群れには気づいている様子はないが、そのまま進めば鉢合わせしてしまう。

ネウロイと彼ら、まったくの遭遇戦となってしまえば部隊は間違いなく壊滅するだろう。

しかし彼らはネウロイに対して決定的な対抗手段を持たないとはいえ、きちんとした部隊運用、指揮下に置けば、私にとって貴重な戦力である事には変わりない。

ルクレール中尉の部隊が良い例である。

 

 

「助けるぞ」

『ん』

 

 

折角掻き集めた戦力をこんな所でみすみす失う事は看過できるものではなく、故に私は助けに向かう。

それは結果的には襲われている人々を助ける事にもつながるが、それは決して感情に絆されたモノではない限り、問題は一切ない。

 

ネウロイに追いかけられている現状。

しかし別にこの現状から離脱する事ができないという訳ではない。

寧ろネウロイたちの注意を常に引く為に敢えて加速のスピードを落として戦闘を行っていた為、本来の加速を以てすればネウロイたちを引き離す事は容易なのである。

ただ離脱したのち、あのネウロイの群れの注意を引き、素早くその場から離脱しなければ、今度は後ろに迫っているネウロイたちが残存部隊や逃げる人々に追いついてしまい、最悪多大な被害が出てしまうことは想像するまでもない。

私の責任で人々に被害が出る。

とてもではないが、それは許される事ではない。

 

意思の決まった私は、ネウロイの包囲を越え、火線を越えて。

私は外部加速を命一杯吹かせ、残存部隊に向けて一気に飛ぶ。

放物線を描きながら、私は部隊の先頭に転がりながらも着地する。

部隊の先頭へ突如降り立つ私に彼らは一瞬警戒を見せるが。

 

 

「空軍のウィッチ………ルドルファー中尉か!!」

 

 

指揮官らしき先頭の男が私の名を呼ぶ。

如何やらメッセンジャーの軍曹が上手く話を通してくれていたらしい。

時間が惜しい今、私の身分を説明する手間が省けた事は大いに私を助け、必要な分の情報のみだけ彼らに伝える事が出来る事はありがたい。

 

 

「この先の道にネウロイに襲われている人々がいる。私がネウロイを引き受ける。その間に救助しろ」

「りょ、了解した!!」

 

 

指揮官らしき男の返事に覇気はあれど、些か声が震えている。

周りの者達も同様、ネウロイの名を聞いて身をわずかに震わせているようだ。

やはり彼らがネウロイ相手に立ち向かうことは、まだ難しいだろうか?

私は追ってきているだろう、ネウロイらを見上げる。

ここまで一気に駆け抜けてきた為、奴らが此方に追いつくまでほんの少しばかり時間があるようだ。

 

私がネウロイを引きつける事は出来ても、人々を救助するのは彼らに掛かっている。

どんなネウロイに恐怖を抱いていようが、彼らには頑張ってもらわないとならない。

 

 

「諸君。私は今、大変失望している」

 

 

声を、後ろに続く兵たちにも聞こえるように張り上げる。

 

 

「何故なら、貴様らがあの(ネウロイ)どもに怯え、今の今まで引きこもっていたからだ」

 

 

私は彼らを指差し、罵倒する。

私の罵倒の言葉に、兵たちの脚は止まり、注目は一気に私に傾く。

掴みはOK。

人間耳あたりのいい言葉より、悪口の方がより耳に入りやすいものだ。

 

 

「諸君。私は今、大変悲しい――護るべき、愛すべき隣人である筈のガリア国民が、無残にもあの鬼畜(ネウロイ)どもに殺される様を眺める事など、私は耐えられない。嗚呼……だというのに、いの一番に身を挺するべき者達は一体何をしていたというのか? 民衆の救いを求める声が上がる中、軍の者達は一体何をしているというのか?」

 

 

私は空を仰ぎ、大げさに嘆き、捲し立てる。

反論、異論は許さぬ速さで、しかし聞き取りやすく捲し立てる。

私に罵倒されてムッとなった彼らだが、その言葉で私が何を言いたかったのか分かったのか、ほとんどの者達は顔を私から背ける。

 

 

「諸君。私は今、深く同情している――ネウロイは確かに強いだろう。諸君らはそれを身をもって知っている事かとは思う。各々、奴らには泥汁を吸わされる思いをしただろう。しかし我々は軍人だ、一人でも多くの隣人を救うため、勝てぬ相手でもそれでも前に進まねば、我々に一切の価値はなし。何のための軍人であるか? 諸君、今一度考えよ。諸君らは如何あるべきかと。怖ければ、周りに構うことは無い。今すぐ尻尾を巻いて逃げるがいい。しかし諸君らが未だに軍人でありたいのであれば、此処が絶好の名誉挽回の場だ。今この場では命などもはや無いモノと思い、これよりは隣人の為に喜んで死ぬ覚悟で進め。諸君、私に続くのであれば心得よ。軍人である諸君らの死地は、今日、此処であると」

 

 

――怖いのか? それを理解できない訳ではない。

――だが人が目の前で死んでいる間に、何もできなかったお前たちはそれでも男か?

――こんな幼女に此処まで言われて悔しくないのか?

 

綺麗な言葉で着飾ってはいるが、私の言いたいことを纏めるならこうだ。

月並みの発破掛けではあるが、私みたいな見た目が明らかに幼女である者に、ここまで言われて悔しいと思わなければ彼らは本当の玉無しだ。

私に怒りを覚えてもらっても構わない。

一瞬でもネウロイに対する恐怖が、私に罵倒されたことに対する怒りに上書きされたなら、彼らもまた恐怖に支配される事もなく動きやすいだろう。

 

 

「諸君。己が軍人であると言うならば、今すぐ救いを求める隣人に手を差し伸べよ。しかし諸君らだけを進ませる事はしない。忘れるな、私が身は常に諸君らの先陣に在りて、諸君らの道を切り開こう」

 

 

言い終わると同時に、私は空に飛ぶ。

些か彼らに時間を掛けてしまったのか。

撒いたネウロイの群が、もうすぐそこまで迫っていたのだ。

 

追いつかんとするネウロイたちはもはや致し方ないので、そのまま引き連れて、私は人々を襲うもう一つのネウロイの群に向かう。

幸い追いかけてきたネウロイたちのヘイトは未だ私に集まっているようで、一体も残存部隊に見向きもせずに、漏れる事無く私の後ろを追いかけてきていた。

 

部隊から離れてすぐ、私は群衆を襲うネウロイらを射程に捉える。

その内の一体がまだ幼い少女を撃たんとしているのを見、私はすぐに、今日何度目かになるか分からない、機関銃のトリガーを引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も、誰もが嘆いていた。

皆、突如に襲い掛かってきたあの黒い悪魔に怯えていた。

周囲は酷いありさまだった。

男は勿論、女、子どもも。

家族、親せき、友だちも。

ひとかけらの慈悲もなく、あの悪魔たちに殺されたのだろう。

住み慣れた家、よく出かけた店、思い出の場所。

容赦なく、あの悪魔たちに粉々に壊されたのだろう。

 

人々は走り、逃げる。

怒りは叶わないから捨て、逃げる。

私もそうして逃げてきた。

ずっと遠くより逃げてきた。

しかし私はもう、逃げる事も叶わないらしい。

なぜなら私は瓦礫に躓き、転び、酷く足を挫いてしまったから。

 

膝の外側から感じる痛みが、じくじくと私を苦しめた。

足首の内側から感じる痛みが、私が立ち上がることを妨げた。

 

見上げた空には、空を覆い隠すほどの悪魔たち。

奴らは此方を、見下ろして。

動けない私に淡々と、死の鎌を振り抜かんとする。

嗚呼、私も此処までなのだろうか。

折角此処まで逃げてきたのに。

そんな事を思いながら、私は静かな覚悟を決める。

 

そんな時にか?

私が救済の音を聴いたのは。

 

空から乾いた音が鳴り、閃光の雨が突如降る。

私の目の前にいた悪魔は、雨に撃たれて弾けて消えた。

絶えず三拍子のリズムを取るその音は、手拍子のように軽やか。

時折響く、鈍く、大きな音も鳴り、それは三拍子を忘れた頃に。

それは我々が捨てる事しか出来なかった激しい激情、怒りを代弁し、悪魔たちに叩きつけるみたいに、響く。

 

二つ音。

ただそれだけで行われる音楽会。

しかし聴衆を飽きさせず、皆を引きつけてやまない。

聴衆(男達)はその姿に歓喜し、吠え。

聴衆(女達)は彼女に救われたと、咽び泣き。

聴衆(悪魔達)は苛立ち罵声を上げれども、最後は奏者によって壇上から叩き落されるのみ。

 

 

「ハッ!!」

 

 

音の奏者は空を舞う。

楽器(武器)を従え、音を奏で。

白い翼を、蒼くも小さなその身に纏い。

白銀糸の髪は太陽に映え。

幾重の火線を越えて、魔を払う。

その姿は、まるで悪魔に苦しむ我々の声を聴き届け、救済の為に地上に舞い降りた天使様のようで。

そんな風にしか言い表せないその神秘的な姿は、見上げる私たちをとらえてやまない。

彼女は舞う。

私に救いの福音を告げるために。

私たちの、あの青き空を取り戻すために。

 

 

戦乙女(ヴァルキリー)……」

 

 

彼女を追いかけて、悪魔たちが去っていったあと。

余韻に浸るかのように、誰かがその名を口にする。

『戦乙女』と口にする。

絶望と死が支配していたこの戦場で。

目の前で助けられた、おとぎ話のような奇跡に。

その名、その姿は、私の、皆の希望になる。

私は、そんな彼女に憧れを抱く。

 

 

 

「おいそこの子、大丈夫か!?」

「……え?」

 

 

男の人が、転んだままの私に駆け寄りながら、呼んでいる。

その人は軍人さんで、気づけば周りにも軍人さんがいっぱい来ていて。

軍人さんたちは何故か興奮気味であるのがちょっと気になるが、軍人さんたちが私たちを助けに来た事には間違いない。

周りの皆は、明らかな安堵の色を見せていた。

だけど私に呼びかけ、こっちに駆けてきた軍人さんだけ、私を見て少し驚いた顔をしていた。

 

 

「あの……」

「あ……いや済まない。それよりも、大丈夫か? 何処か怪我をしているのか?」

「は、はい。足を………あれ?」

 

 

挫いた足は先ほどまで、痛みのあまり立つことを拒んでいた。

だけども今は、感じない。

痛みが嘘だったかのように、何も。

膝などにもあった擦り傷もまた、無くなっていた。

まるでさっき転んでしまったことが無かった事であるかのように。

 

 

「まさか………君、名前は?」

 

 

軍人さんは、私に聞く。

知らない人に聞かれても言わないようにと、お父さんから教わってきたけれど。

けれど、軍人さんならきっと大丈夫だと私は思い、告げる。

私の。

お父さんたちが付けてくれた、私の愛すべき名前を。

 

「……ジョーゼット」

 

 

――私は、ジョーゼット・ルマールと言います

 




――久瀬さんの話、おまけ――




自分という人間を振り返ってみると、随分と遠くまで来てしまったものだと偶に思う。
そして人生や運と言うものは、とことん、ひたすら自分を悪い方向へと流したがるものらしい。

『一度目』から数年が経って、事件のせいで『二度目』のたった一人になってしまった俺に、上から下った指令は、なんてことはない通常の哨戒任務だった。
それまでいた部隊のせいで非常識な任務ばかり受けていた俺は久々のまともな、自衛隊らしい任務にぬか喜びし、F-15一個小隊に同行してみれば、ばったりと見つける、堂々と越境する二個飛行中隊強の中国国籍の爆撃部隊。
中国国籍と言えど、今は中国国内において大規模なクーデターが起こっている為、正規軍とクーデター軍のどちらの所属かは分からないが、少なくとも開戦の通告もなしに日本に攻め込んで来るなんて誰が予想しようか?
更に言えば、どうしてよりにもよって自身が哨戒任務中に来るものか?
まったくもって迷惑甚だしい話である。

しかも本国に緊急連絡を入れてみれば、返って来たのは『友軍飛行大隊がスクランブル発進している為、その場に留まり、遅滞戦闘へ移行せよ』である。
それも十分、十分間もである。
因みに、連絡を入れ、その返答を受けるまでに、既に伴っていたF-15小隊は撃墜されている。
詰り、二個強もの部隊の遅滞戦闘を一人で努めろと?
いや、死ぬ。
絶対に死ぬ。
一人の力なんて高が知れている事など、言うまでも無いだろうに。
どうせそう言うなら、いっそ『お国の為に死ね』と、はっきりと言って欲しいものである。
アメリカ人ほどの愛国心は、残念ながら無いが。
しかしここで敵前逃亡して、民間人に被害が出ようものなら俺は今度こそ社会的に抹殺されるに違いない。
嗚呼、どれもこれも全てあの『女狐』が裏切ったせいだと叫びたい気持ちで一杯になる。
……大の大人が責任転嫁など、見苦しいだけなのだが。







結果だけ言うと、遅滞戦闘は成功した……が、本当に生きた心地はしなかった。
今までの、蛆虫の様に無様に這って戦ってきた経験が無ければ、本当に死にかねなかった瞬間が何度あったか、それを数えるだけでもぞっとする。
残り少なかった、燃料。
あれ以上戦っても、燃料切れで墜落は免れなかっただろう。
そんな中で、敵機を巻き込んで自爆し、パラシュートで脱出できたことは幸運である。
しかし不運な事に、俺は今、出血多量で死にかけていたりする。
あの部隊が最後に見せた、同時包囲による機銃斉射。
その内の一つがコックピットの窓を割って、大きめのガラス片が頭をかすめ、また左腕を中心に、幾らかそれが深く刺さってしまっているのだ。


「ぐ………ぅ……」


意識は朦朧としている中、友軍が到着したのを見、敵の遅滞成功したことに胸をなで下ろす。
今回の敵の目的はどうやら岩国の爆撃を狙っての事だったのだろうが、レーダーなどはさておき、岩国は些か中国からは遠方すぎるのではないだろうかと、ふと思う。
自分が狙うとしたら、米軍も駐在している沖縄か、佐世保辺りになるだろう。

しかし敵が岩国を選んでくれて、本当に助かった。
今、妹が学校の修学旅行に行っているのだが、本日の日程に佐世保の海上自衛隊の基地見学なんてものがあったはずだ。
もしも敵が佐世保を爆撃する事を選んで、スクランブルが間に合わないなんてことになってしまったら……


「考えたく………ない、な……」


兎に角、自身に任された役目は果たした。
後は救助を待つばかり。
ならば後の事は友軍に任せ、今は気長に待とうかと、俺はゆっくりと目を閉じた。

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