だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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とある歩兵分隊+αの戦い・前編

――後ろの石道が吹き飛んだ

 

 

背に猛烈な爆風を感じ、車体はその重さが無かったかのように。

一瞬車体はふわりと浮いて、そしてがしゃんと派手に、道に落ちる。

 

 

「あぅ!?」

「口閉じてねぇと、舌噛むぞ!!」

 

 

助手席の、小娘の悲鳴。

キーンと、耳鳴りがする中でも、そいつの悲鳴は確かだ。

ちらりと見たが、幸いにも大事はない。

 

だから付いてくるなと言ったんだ。

と、いくら愚痴を漏らしたところで仕方ないのだが。

要人なんだから、警護組はちゃんと見とけよと。

警護を言い付けられた同僚たちの顔を思い出して、吐き捨てた。

 

サイドミラーで後ろを見る。

大型陸戦ネウロイが二体、まだ俺たちの後ろを追いかけているのをしっかりと確認する。

此処は街の大通り。

街の中心を割るのは立派な石道。

しかし追いかけてくる奴らにとってはその道さえも、窮屈で。

一体ずつ、並んでくるしかないようだ。

 

前方を走るネウロイが、サイドミラー越しで発光。

それは分かりやすくも、奴らの必殺の兆候。

 

 

「ビーム警戒、歯ぁ喰いしばれぇえええ!!」

「きゃぁあああああ!?」

 

 

ステアを切って、ブレーキ踏んで。

アクセル踏んで、道を曲がる。

瞬間、爆音と閃光だけが、俺らの世界を支配する。

振り返るまでも無く。

きっと元来た道は吹き飛んで、後に残るはデコボコ道。

 

 

「あ、あの、伍長さん!! 時計塔から緑の信号弾がうみゃあ!?」

「舌噛むって言っただろ!!」

 

 

小娘の言った通り、時計塔から緑の信号弾がよく見えた。

あれは間違いなく中尉達の準備が調った合図。

ならあと少し。

あと少しの辛抱だと、小娘を安心させるように言い聞かせ。

時計塔を目指し、俺はアクセルを吹かす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

基地出立前、フィリップ中尉の招集を受け、俺を含めた分隊四名は中尉の戦車前に集まっていた。

真っ直ぐな目で、俺たちを見る中尉。

彼の腹を決めた雰囲気から察するに、何かしらの算段がついたらしい。

 

 

「ルドルファー中尉が空を抑えている間、我々のするべきことは言うまでもなく、友軍が市民の避難と物資の確保を安全に行う為の脅威の引き付け、または排除にある」

「中尉。言わん事は分かりますが、どうするので?」

「グローン伍長、我々はルドルファー中尉のようには戦えない。いつもの通り、泥臭い戦いしかあるまい」

「まぁ、それしかねぇですよね」

 

 

自慢の――娘には不評だが――髭を撫でながら、俺は中尉に同意する。

陸上での大型ネウロイとの戦闘において、現場の兵士が取れる対抗手段は爆薬や、もしくは戦車等の大火力に頼ることが精々だ。

しかし戦車の速力ではとてもではないが大型ネウロイ相手に正面戦闘など行える訳がなく、寡兵の俺たちが取れる手段はただ一つ。

アンブッシュによる必殺だ。

 

 

「グローン伍長の分隊には大型ネウロイをアンブッシュポイントまで、誘導してもらいたい」

 

 

一切の澱み無く命令を伝えるフィリップ中尉だが、やはり彼はこの短時間にずいぶん成長したように思えてならない。

以前は大層な作戦を立てられはしても、部下の命を命令一つで殺してしまうことや、立場の重圧にビビッてしまって、発言の歯切れが悪くなったり、遠慮があったりしていたものである。

戦場での迷いは命取り。

だからこそ中尉は参謀の立場に甘んじていたが、それさえなければ中尉は部隊を率いる素質は十分に持っている事は、俺たちも、死んだ大隊長も含めた部隊の誰もが認めていた。

しかし、そんな中尉がこの土壇場で成長できたのは、気に喰わないが、やはりルドルファー中尉のお蔭か。

 

 

「アンブッシュポイントは、此処だ」

「時計塔、ですか……」

 

 

この街の地図を広げた中尉が指し示したのは、街の中心よりもやや北側にある時計塔前広場。

そこは街の大通りの終着点となる場所で、見通しが良く、広場の入り口もその大通りに限られている。

また街中から確認できる目印として十分な高さを持つ時計塔の周りは、地図で見る限りは建造物が広場を囲むように密集して建っている為、建物内に戦車を潜ませるには絶好と場所と言える。

 

 

「時計塔近くに、戦車は付近の建物の内や死角に配置。また時計塔などにはトラップも仕掛ける予定だ」

「時間がかかりますかね?」

「もちろんだ伍長。こちらの準備が完了したら、時計塔より緑の信号弾を放つ。各員、他に質問は?」

 

 

俺たちは無言でもって、中尉に答える。

失敗すれば、戦車は身動きの取れない状態で、全滅は必至。

黒色のネウロイは、以前見た銀色の奴らよりも装甲が厚い。

それが大型ともなれば猶更で。

生半可な攻撃が通用しないからこそ念を入れ、確実に仕留めなければならない。

確実に仕留めるためには、俺たちの動きは成功の為の絶対条件になるだろう。

 

 

「此処が正念場だ。この街を脱出して、皆で生きて帰るぞ」

「「「「A vos ordres(了解)」」」」

 

 

失敗が許されない作戦を任されたのは、中尉が誰よりも俺たちの分隊を信頼しての事だろう。

分隊員たちもそれを理解したのか、応える声には熱意を感じる。

無論、それは俺も同様で。

死んだ、そして残された部下のため、仲間たちの為に、生きて帰るには失敗はできないのだと、俺は一層気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敬礼を交わした男たちは、各々の覚悟を決める。

その後、ルドルファー中尉が基地を包囲していたネウロイを引きつけに成功したとの報告を受け、グローン伍長の分隊は先行するが。

しかしそんな彼らの後ろに。

彼らを密かに追いかける、小さな影が一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一次世界大戦時には歩兵の輸送に自動車を本格的に導入するなど、欧州の中でもっとも近代的な軍隊と称されたガリア軍。

しかし戦後、ガリア軍はむしろ先祖帰りとも言える迷走を始める。

例えば、折角導入していた自動車に変わり、馬匹(ばひつ)が歩兵輸送の手段となり。

戦車についてもカールスラント等の各国が、戦車を求められる任務の大半をこなせる主力戦車に集約・転換しはじめていた頃に、未だ戦車を塹壕戦突破などが主目的であった第一次大戦時の頃と同様に歩兵の支援兵器と位置づけ、戦車を各歩兵隊に分散配置する始末。

また傑作戦車として名高く、第一次世界大戦時代に活躍した軽戦車FT-17の後継数的主力戦車として開発された、ルノーR35軽戦車。

この戦車に用いられていた主砲が、歩兵と機関銃陣地に対する使用を主目的とした、対戦車能力の低いモノであった事からもそれはうかがえる。

陸軍だけ見ても、迷走ぶりは十分に分かり得る事だろう。

 

何故ガリア軍全体において、このような迷走が起こってしまったのか?

その理由の一つとして、マジノ要塞線建設が挙げられる。

第一次大戦時、カールスラントとの戦いにおいてガリアは、生身の人間の貧弱な防御力と近代化によって産み出された兵器の絶大な攻撃力のあまりの違いによって生じた甚大な物的、人的損害を被り、国内では厭戦感が蔓延していた。

ネウロイの登場にカールスラント政府の混乱、フリードリヒ四世の政権奪還などによって大戦自体が有耶無耶に終わってしまった第一次大戦だが、ネウロイの脅威が去った欧州で、カールスラントの軍事的脅威が去ったと捉える国は少なく、ガリアでもカールスラントに対する軍事的劣勢の解消が喫緊(きっきん)の課題とされていた。

そんな中で挙がったのが、以前より構想として存在していた、カールスラント国境に要塞線建設する案であった。

先の大戦後に起こった深刻な少子化、人口減少、戦闘員不足問題。

その経験から消耗戦を恐れ、防衛重視の戦略に傾倒したガリア軍が、嬉々として建設案を推し進めるには十分理由になった。

 

1936年、マジノ要塞線がカールスラントとの国境近くに竣工する。

しかしこの時のマジノ要塞線建設に総工費約160億フラン。

維持費・補強費として更に約140億フランが投じられており、この膨大な総工費や維持費が軍事予算を圧迫して、新型の戦車や戦闘機などの調達に資金を充てる事が困難になり、結果として兵器が旧式化し、またマジノ要塞線の存在がガリア軍に「これだけお金を掛けたから大丈夫だろう」という過信を産むことになったのである。

 

そんなガリア軍の状況下で、死亡した、フィリップらを率いていた大隊長などの一部将校らは、長くカールスラントの様な戦車を集中配備した機甲師団の創設を唱えていた。

機甲部隊という戦車を主力とし、歩兵をその支援にまわすことで機動力と打撃力を得るという部隊運用の考え方は、軍の方針と相反する事、またマジノ要塞線建設の件もあり、機甲師団の創設は当然中々受け入れられるものではなかった。

作られたとしても少数、または規模の小さな大隊規模のもので。

特に規模の小さな部隊は腫物のように、行く先々では「金食い虫」、「戦争屋」と言われぞんざいに扱われることが多く、フィリップらの機甲大隊もまた例外ではなかった。

しかしぞんざいに扱われ、多くの理不尽な作戦を経験してきた彼らだからこそ、その練度はガリア軍、ひいては欧州の機甲隊の中でも戦車を用いた戦闘においては十分高い水準に磨かれており、フィリップらの部隊においてはその伴随歩兵もまた同様であった。

 

 

「分隊長」

 

 

とある酒場。

基地を先行して飛び出し、直後、ヴィルヘルミナ中尉が誘導したのとは別の群れであろう小型飛行ネウロイの襲撃を受けたグローン伍長たちは、基地に潜むフィリップ中尉らの本隊を悟らせないよう基地からの引き離しを行い、逃れ、今はその酒場で息をひそめていた。

出鼻を挫かれる形となったグローンの分隊だが、基地内のような閉鎖空間での戦闘とは異なり、開けた、更には遮蔽物の多い市街地戦闘である以上、また彼らは無理な戦闘をする必要が無かった為、分隊に特筆した被害はなかった。

 

 

「マテオか、どうだった?」

 

 

カウンターの奥より息を殺してグローン伍長たちの許に戻ってきたのは、二十代後半にさしかかったマテオ上等兵だった。

伍長に任され上の階より確認してきた彼は、少し言葉早に周囲の状況を伝える。

 

 

「周囲に敵影はなし。上手く奴らを撒けたようです」

「目標は?」

「分隊長が向いている方向が丁度南になりますから、分隊長から見て十二時方向、橋の向こう側に二体。十一時方向、橋近くに一体。後は七時の方向、此方からから約500メートルに一体確認できました」

「……あと二体は如何した?」

 

 

ヴィルヘルミナ中尉の情報が正しければ、この街にいる大型は六体の筈だとグローンは問うが、しかし高さが十分ではない此処からでは残り二体の居場所を確認できなかったと、マテオは首を横に振って答えた。

 

 

「……それから」

「なんだ?」

「つい先ほど、橋の向こう側のネウロイが何者かと戦闘を開始したようです。戦車の砲撃音が数発、橋の向こう側より確認できました」

 

 

未だ橋の向こう側で、戦える友軍が存在していた。

マテオが嬉々として伝えた情報に、しかしグローンの表情に変化はない。

自分達以外の友軍の存在は朗報ではないのかと、マテオはグローンの反応を疑問に思う。

 

 

「『確認した』のは、砲撃音だけか?」

 

 

ハッと、グローンの言いたい事に気づいたマテオは、自分の愚かさに気づく。

無いモノと思っていた友軍の出現に、自身の心の何処かで助かったのだと錯覚を起こしていたのだと。

 

 

「申し訳ありません、分隊長」

「マテオ。友軍の存在を喜ぶ気持ちは分かる。分かるが、その友軍の規模が分からない以上、不明な戦力に期待を持つな」

 

 

しかし大型ネウロイと正面戦闘を行えるほどの戦力となると、その友軍の規模は決して小さなものでないだろう事は十分に予想でき。

そして今更南方より現れた少なくない戦力となると、それは元々この街にいた戦力ではなく、もしかしたら戦線より撤退してきた戦力ではないかと、グローンは思う。

もしその戦力が大隊以上の規模のものなら、四の五の言わずに連携を図りたいところではあるが、グローンがマテオに言った通り、不明な戦力に期待することはあまり得策とは言えず。

更に、フィリップらにこれ以上人員を割く余力がない為、伝令が送れない以上こちらから連携を図るなどできない。

どの道、グローンらは目の前の事に集中する他ないのである。

ただ、その友軍のおかげで橋の向こう側のネウロイの注意はそちらに向いている事は、十分グローンたちの助けとなっており。

理想で贅沢を語るならば、友軍とこちらでネウロイを挟撃する形をとれるなら上出来だと考える。

 

そう。

『理想は』、である。

フィリップ中尉とヴィルヘルミナ中尉が決めた方針が市民の救助と街からの脱出である以上、これからの為に戦力の消耗は避けるべきで。

フィリップ中尉もまた不明な戦力と連携することよりも、初志貫徹の方針を取るであろう事をグローンは中尉との長い付き合いから理解していた。

 

 

「よし、これから時計塔に近い方を引き付ける。各員、雑魚に見つからない今のうちに――」

 

 

そこまでグローンが言葉にした瞬間、不意に透き通った鈴の音が鳴る。

その鈴の音は、酒場の入り口のドアに取り付けられていた物で。

つまり入り口のドアが、何者かによって開かれたのである。

彼らの抱える銃、銃口は一斉に入り口に向けられる。

突然の出来事に、それでも慌てる事無く臨戦態勢に入った彼ら。

しかし彼らが向けた銃口の先にいた、予想外のモノに、多くの戦場を駆けた百戦錬磨の彼らであっても流石に驚きを隠せなかった。

 

 

「おい、冗談だろ」

 

 

彼らが向けた銃口の先にいたのは、涙目のシャルロット。

ヴィルヘルミナ中尉に任され、フィリップたちが守っている筈の、守られなければならない筈の彼女は、何故かそこにいた。

 




――その頃、シャルロットがいなくなった格納庫では――


「おい二等兵、中尉に任されていたドモゼー嬢は何処だ?」
「は!!尿意を催したとのことで、今は御手洗いに……」
「おい、貴様まさか、彼女一人でトイレに行かせたのか!?」
「ひ、一人で行きたいとの事で「馬鹿野郎!!ネウロイがトイレに出てきたらどうするんだ!!今すぐトイレに行って見張ってろ!!」し、しかし……」
「なんだ!?」
「少女がトイレしている所に、行くのでありますか?」
「……」
「……」

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