だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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とある歩兵分隊+αの戦い・中編

「あぅ……」

 

 

伍長さんたちの後を追いかけて、伍長さんたちが入っていった建物に入った私は、伍長さんたちに銃を向けられていた。

今は驚いた顔をしている伍長さんたち。

だけど私が建物に入った瞬間に見せた伍長さんたちの表情は、今まで見たこともないほど恐ろしい顔で。

射殺さんとばかりに私を見る八つの目に。

恐怖を覚えていなかったと言えば、嘘になってしまう。

 

 

「おい、小娘」

 

 

伍長さんの低い声は、とても私を歓迎しているものじゃないのは、その一声で分かった。

びくびくと怯え、返事もできない。

そんな私に伍長さんは、どしどしと足音を荒げながら近づいてきて。

 

 

「なんで、お前が、ここに、いるんだ、ぁあ!!」

「ごめんなさっ………いひゃい、いひゃいへふ(痛い、痛いです)!?」

 

 

両頬を思いっきり抓られながら、怒られた。

 

ぐりぐりと、ぐりぐりと、弄繰り回される頬は。

痛みを感じ、そして熱を帯びる。

 

誰かに頬を抓られたことなんて。

誰かに怒られたことなんて、初めてだった。

容赦のない、伍長さんの指。

容赦のない、伍長さんの怒鳴り声。

抓られることが、こんなにも痛いことで。

怒られることが、こんなにも怖いことだったのかと思うと。

そのことを知れた事に、恐怖を覚えていた筈の私は不謹慎にも、心の何処かで嬉しさを覚えた。

ただ。

どうせ抓られるなら、怒られるなら。

初めてはお姉ちゃんか、もしくはヴィルヘルミナさんが良かったなんて、贅沢を思う。

そういえば、ヴィルヘルミナさんもお姉ちゃんを抓っていたけれど。

それはそれは羨ましかったなって、今、ちょっとだけ思う。

 

 

「……何でお前は頬抓られて笑ってるんだ、気持ち悪い」

「へっ?」

 

 

そう言って、伍長さんは大きな溜息を吐いて、抓っていた頬を放してくれた。

私は、笑っていたのだろうか?

本当にそうなら、伍長さんに呆れられるのも当然なのかもしれない。

 

 

「まあまあ分隊長、ここは自分に任せてください。自分、子どもの扱いには慣れますんで」

 

 

入れ替わるようにして私の前に来たのは、格納庫で私を心配して声を掛けてくれたマイクさんだった。

マイクさんは腰を折って、私に視線を合わせてニッコリと笑いかけてくれる。

その笑みは優しいものだけど、私はその笑みの意味を理解する。

私を子どもとしてしか見ていないことを。

 

 

「あのね、シャルロットちゃん」

「はい」

「どうして俺たちに付いてきたのかな。外はお化けがいっぱいいて、危ないことはシャルロットちゃんも分かっていた筈だよね?」

 

 

嗚呼、やっぱり。

優しく話しかけてくれるマイクさん。

気遣ってくれている事は分かるけれど、その口調はそれが無意識であろうと、マイクさんは私を子ども扱いしているのは明らかだ。

 

 

「ヴィルヘルミナさんやお姉ちゃん、マイクさんたちがネウロイと戦っているのに、私だけマイクさんたちに守られるなんて、お荷物になるなんて嫌です」

 

 

マイクさんの言うとおり、外が危険な事は知っていた。

身をもって、よくよく知っていた。

だけどヴィルヘルミナさんも、お姉ちゃんも戦っているというのに、私だけ安全なところで守られているなんて、どうしてもできなかった。

できるはずがなかった。

 

 

「シャルロットちゃん、それは違うよ。ルドルファー中尉が言っていたじゃないか。シャルロットちゃんの役割は、誰かがケガをした時に、その傷を治すことだって」

「ただ後ろで守られて、ケガした人が運ばれてくるのを待つことが、ですか? マイクさんたちに何かあったら、動けないような事があったら、助けられないかもしれないのに?」

 

 

……分かってる。

私がわがままを言っていることを。

私がマイクさんたちを困らせていることを。

 

 

「それはシャルロットちゃんにも言えるんだよ? シャルロットちゃん自身がケガをして、動けなくなってしまったらどうするの?もしもシャルロットちゃんが動けなくなったら、誰が僕たちを治してくれるんだい?」

「そうならないように、頑張ります」

「頑張るって………どうやって?」

 

 

きっと分かっていたのだと思う。

ヴィルヘルミナさんは、私がネウロイに怯えていることを。

ネウロイに、立ち向かえないことを。

だからお姉ちゃんには、前に立つことを求め。

私には名ばかりの衛生員になることを命じたんだ。

 

 

「……戦います」

 

 

だけど分かっていないんだと思う。

お姉ちゃんも、そしてヴィルヘルミナさんも。

二人が私の無事を願うように、私も二人の無事を望んでいることを。

だけど、今の私がそれを望む権利がないこともまた、分かっている。

 

お姉ちゃんは私にとって大切な、残された唯一の肉親だ。

私は私に優しくしてくれるお姉ちゃんを愛しているし、お姉ちゃんもそうだと信じていた。

だけど、いつからだろう。

お姉ちゃんが自分の事を『僕』と言うようになったのは。

お姉ちゃんが私を守るために、いつも何かに抗っていることに気が付いたのは。

いつもどこで怪我をしたのかも分からない傷を隠して、溜め込んで。

それでも私のために、気づかれないように笑ってくれたことに気が付いたのは。

……私は、本当に酷い妹だ。

気付いていたのに、ずっと気づいていないフリをしていた。

今の幸せが壊れるのが怖くて、日常の裏でずっと苦しんでいた筈のお姉ちゃんのことを、蓋をして見ないフリをしていた。

その結果が、お姉ちゃんを探しに来た時に見せた、あの動揺なのかもしれない。

きっと私がお姉ちゃんの力になっていれば、お姉ちゃんは苦しまずにすんだ筈なのに。

唯一の家族なのに。

双子の姉妹なのに、それなのに。

お姉ちゃんを助けなかった私は、本当に、薄情な人間だったと思う。

 

ヴィルヘルミナさんは、私たちにとっての恩人だ。

数度の付き合いはあったけれど、赤の他人と殆ど変わらない筈の私たちを救い、そして今も私たちの為にネウロイと戦ってくれているヴィルヘルミナさん。

そんなヴィルヘルミナさんをまるで、英雄譚に出てくる主人公のようだと錯覚して。

『お父さん』の姿を、勝手に重ねて。

ヴィルヘルミナさんにすべてを任せていれば、ヴィルヘルミナさんの後ろについていけば大丈夫なのだと、自分勝手にも思ってしまっていた。

ヴィルヘルミナさんも、私たちと同じ、子どもであるにもかかわらず。

同じ子どもであることに、目を背けて。

私は都合の良い人間だ。

病院で亡くなっていた誰かの前で膝をつき、愕然とし、茫然としていたヴィルヘルミナさん。

きっとあそこで亡くなっていた誰かは、ヴィルヘルミナさんにとってとても大切な人達で。

そんなヴィルヘルミナさんの姿を見なければ、私はヴィルヘルミナさんが私たちと同じ子どもであることを忘れて、今も頼り切ったままになっていたと思う。

 

私は狡い人間だ。

お姉ちゃんとヴィルヘルミナさんに頼り切って、私だけがいつも安全な所にいる。

そんな私が、二人を心配する権利なんてあるだろうか?

………なんてことさえも、以前の私なら思いもせずに、当然のように二人の影に隠れていたと思う。

だけど今日一日、色々な事があって。

色々な人達の死を見て。

このままの私じゃ駄目なんだって気づいたから。

守られてばかりの弱い私のまま、二人の無事を思うなんて、とても図々しい事だって気づいたから。

ヴィルヘルミナさんに止められた時には、言い返す勇気が足りなかったけれど。

今度こそ変わらなければ、臆病な私は変われることなく。

二人を思うことなんて許されないと思ったから。

だから私はここにいる。

だから私は――

 

 

「私も、戦いま―――がっ!?」

 

 

そこまで言いかけた言葉の続きを、最後まで言うことは叶わなかった。

 

 

「ぶ、分隊長!? あなた、なんてことを!!」

「……マイク、ちっと黙ってろ」

 

 

殴られた。

お腹を殴られた。

それは突然の出来事で。

そのことに気付いたのは、私が宙を舞っていることに気づいてからだった。

 

 

「あ……うぁ………」

 

 

喉の底から、何かが込み上げてくるのを感じる。

それは吐き気。

酷い吐き気。

そんな酷い吐き気がするのは、伍長さんに殴られたからで。

殴られて感じるのは、痛みで。

そしてグルグル、グルグルと。

痛みのせいでまとまらないのは、思考。

 

 

「どう……じで………?」

 

 

それでも、お腹に抱える全て吐き出したくなる、あまりの痛みを抑えながらも。

嗚咽を漏らしながらも、私は聴く。

私を殴った伍長さんに。

私を殴った理由を聴く。

 

 

「どうして、だって?」

 

 

私が見上げる伍長さんは、私を見下す。

その眼に孕むモノは、冷たさにも見え、そして温かさにも見える、矛盾。

 

 

「お前が何を考えて俺たちのもとに来たのか知らねえけどな、ちったぁ周りのことを考えてから行動してくれ。今のお前は俺たちにとって迷惑で、足手まといだ」

 

 

めい、わく?

足手まとい?

私が? どうして?

だって。

私はウィッチなのに。

お姉ちゃんやヴィルヘルミナさんと同じ、ウィッチなのに。

伍長さんたちと違って、ネウロイに対抗できる絶対の力があるのに!!

 

 

「あ、あなたに……言われたく、ない!! ヴィルヘルミナさんがいないと、ろくに戦いもできなかった、伍長さんなんかに!!」

「嗚呼、確かにな。小娘の言う通りだ。だけどな、今のお前ならそう言うと思ってた」

「……ぇ?」

 

 

そう言うと、『思ってた』?

 

 

「俺に殴られて、痛かったか?」

 

 

疑問なんか気にする暇もなく、伍長さんは聴いてくるが。

何を当然のことを言っているのか?

殴られて痛いのは当然のことなのに。

 

 

「殴っといて謝るつもりはない。が、手加減したパンチも避けられないようじゃあ、痛みでそんな様じゃあ、とてもじゃねえけど俺たちと来るには力不足だな」

「手加減……」

 

 

あれで、手加減。

なら伍長さんの本気は、あれよりももっと痛いものなの?

 

お腹は痛い、まだ痛い。

だけど言われてみれば、確かに痛みが引かず、立てなくなってしまうほどの痛みではないように思えた。

よくよく考えてみれば、伍長さんの体格からして、私みたいな子どもが伍長さんのパンチを受けて『痛い』だけですむとはとても思えない。

 

そんな事を考えていると、伍長さんは私に手を差し伸べてきた。

それ見てビクッと、思わず殴られた身体が反応してしまう。

私が伍長さんに殴られたのは何も訳がなくての事じゃないということは、伍長さんの言葉からなんとなく分かったけれど。

それでもどうしても、伍長さんの手を取るのはおっかなびっくりになってしまう。

 

 

「お前さんが俺たちを情けなく思う気持ちは分かる。お前さんの言うとおり、俺たちはルドルファー中尉が来るまでろくな抵抗も出来なかった訳だしな。そう思ってしまうのも当然だろうな」

「ご、ごめんなさい伍長さん。そういうことを言うつもりは……」

 

 

伍長さんに、謝る。

 

伍長さんたちに悪口を言うつもりはなかったのに。

どうして私はそんな酷いことを言ってしまったのだろうか。

たとえ殴られて腹を立てていたとしても。

だからといって、言っていい事と悪い事があるのに。

 

 

「ところで小娘。俺はお前を力不足とは言ったが、俺が言いたいことは分かるか?」

「へ? えっと……」

 

 

伍長さんが私に言った、『力不足』。

それは私がただ邪魔なだけの『役立たず』という意味では言っていない?

 

 

「お前は確かにウィッチで、お前にはネウロイに抗う力があるだろうよ。だけどよ、だからといって今からお前に銃を持たせてお前だけでネウロイと戦えるか? あそこで戦っている、ルドルファー中尉のように戦えるか?」

 

 

窓の外、伍長さんが指さす遠くの先に、ヴィルヘルミナさんは戦っていた。

ただ一人、孤独で。

空で。

多くのネウロイに囲まれて。

 

ヴィルヘルミナさんみたいに戦えるか?

その答えは、答えられない私が答えだ。

だけどそれは、伍長さんたちにも言えること。

 

 

「伍長さんたちはどうなんですか? 伍長さんたちも、ヴィルヘルミナさんみたいに戦えません、よね?」

「……今のは比べる相手が極端すぎたが、たとえば、だ。あるところに化け物がいたとしよう。大の大人をも喰らう、強くて恐ろしい化け物だ。さてそいつを倒しに行くわけだが、魔法の剣を持った、だけど剣など触ったことないようなそこら辺の餓鬼と、ごくごく普通の剣を持った、剣術の使える屈強な兵士。どっちが化け物相手に上手く戦えるか、分かるよな?」

 

 

分かりやすくも、認めたくない。

ウィッチである私だけど、伍長さんのパンチを避けられず、痛みに苦しんだ私は明らかに前者だった。

 

 

「俺たちは軍人だ。もとから国民を守るために戦う覚悟はあるし、そのための技術や経験だって積んでいるが、お前はどうだ小娘? お前にネウロイと戦う技術はあるのか? ネウロイと戦う覚悟は? 意思は?

 

――そもそも、今のお前に、何ができる?」

 

 

ハッとする。

『お前に、何ができる?』

それはヴィルヘルミナさんが、私を連れていく価値を求めた時に聴いた時と同じ言葉。

 

……嗚呼、なんて馬鹿なんだろう。

あの時、ヴィルヘルミナさんに聴かれた時には、自覚していた筈なのに。

覚悟も。

意思も。

力のない私には無意味不必要であったことは、知っていた筈なのに。

そんな私が、どうして?

 

 

「齢の近いルドルファー中尉に憧れるのは分かるが……」

 

 

……憧れ?

そうなのかな?

だけど伍長さんが言ったことを思い、心の何処かで「きっとそうなのかもしれない」と納得する私がいた。

そう。

私を凶行たらせしめたのは、まさに二人に劣るはずの私が、憧れたヴィルヘルミナさんのように二人を救うなんていう烏滸がましい、英雄願望なんかを抱いたからなのかもしれない、と。

 

幼くも雄々しく戦う、ヴィルヘルミナさんを見て。

ならば私にもできると、身の丈も忘れて勘違いした。

お姉ちゃんやヴィルヘルミナさんに頼ってばかりでは駄目だと気づいた、それはいい。

だけど、どうして私みたいな子どもが、伍長さんたちと肩を並べて戦えるなんて思っていたのだろう?

どうして力のない私が、二人の前に立って戦おうなんて思ってしまったのだろう?

 

私の勝手で伍長さんたちに迷惑をかけてしまった。

これは謝ってすむような、問題じゃない。

だけど、俯く私の頭をポン、ポンと、誰かが優しく触れた。

見上げると、私の頭に触れていたのは伍長さんだった。

頭に触れる伍長さんの手は、許されない筈の私を、まるで許すとでも言っているかのように。

 

 

「お前は子どもだろうが。できることだって、そりゃあ限られてんのは当然だろうが」

「でも……」

「そんなに落ち込むな小娘。今てめぇにできることを見極めて、そいつを一生懸命にやりゃあいいんだ」

「……」

 

 

結局。

私はどうしたら良かったのだろうか?

今、伍長さんが言った通り、いつ来るか分からない怪我人を待っていればよかったのだろうか?

それでは二人の為に役に立てないというのに。

最初と何も変わらないというのに。

 

もう私には、分からない。

分からない。

私は。

どうしたらよかったの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁあああ……」

「おっきい溜息ですね」

 

 

自然と出たにしては、我ながらまるで身体の中身全てを吐き出さんと試みるような大きな溜息を、マイクは俺に聴こえるか聴こえないかくらいの小さな声で、ボソッと評した。

その言葉の裏には、「自分のせいだろ」とか聴こえてきそうだ。

 

俺たちは酒場を離れ、マテオが時計塔に一番近くにいたと確認した大型ネウロイを目指している。

ここらは建造物が多く、なかなか大型ネウロイの姿を確認することができずにいるが、奴はその図体故に歩くたび大きな振動が響くことから、大体のいる方角を目指すことは易かった。

 

 

「……殴っちまった」

 

 

手加減したとはいえ自分が子どもに手を上げてしまったことは、自分がしでかしたこととはいえ少なからずショックだった。

どうして俺は、手を上げてしまったのだろうか?

……いや、理由は分かっている。

 

ふと、小娘がちゃんと俺たちについてきているかと心配になって振り返るが、小娘は俯きがちだがしっかりとついてきていた。

 

俺たちに同行させることは危険なことだということは、言うまでもない。

とはいえ、流石に何処にネウロイがいるかも分からないこの状況下で「一人で帰れ」なんて言える訳がなく、しかし小娘を置いていく訳にもいかず、結果、小娘を隊に同行させざるを得なかった。

 

 

「はぁ……」

 

 

 

小娘――シャルロットは、元々の育ちが良いおかげか、子どもにしたら十分に聡明ではあると言える分類に入るのだろう。

シャルロットが今も俯いているのは、己のしでかしたことの重大さに気づき、悔いているからだろうが、それは彼女の齢から考えてみれば、赤の他人から指摘されたことを素直に反省することは中々できることでない。

俺たちのところに来たことも、ただ何も考えなしに来たのではなく、何かしらの決意や事情あってのことだということも、彼女の眼や言動を見れば十分に分かった。

だが。

彼女がいくら自身がウィッチとはいえ自分の力量を考えもせず、どうして俺たちの方に来るという最悪としか言いようのない選択をしたのか?

どうしても力になりたいのであれば、ルドルファー中尉が彼女の姉をそうしたように、戦車隊の方に行くことが、より利口な判断であることは、彼女であれば気づくことはできたはずだろうに。

どうしてわざわざ前へ出て、戦うことだけが絶対唯一の選択肢と考えてしまったのか?

 

いや、分かっている。

おそらく彼女を狂わせたのは、ルドルファー中尉だと。

何度思い出しても俄かに信じがたいことだが、中尉はシャルロットと同年代でありながら、その齢にして既に戦歴の兵士の風格を思わせ、そして風格に違わぬ活躍を、単機でありながらやってのけ。

同時に指揮官としての器、機転、更に言えば兵士が指揮官に「この人ならば」と思わせるカリスマ的なものを持ち合わせていた。

伊達にあの齢で中尉という立場を拝している訳ではないのだろう。

信じられないが、本当に信じられないことだが。

ルドルファー中尉の軍人としての格は、俺は言わずもがな、フィリップ中尉をも超えていると断言せざるを得ないだろう。

これはフィリップ中尉を庇った際に、彼女の前に立った俺だから分かる事だ。

たった少しの間でも、理解できた。

間違いなく、疑うことなく、この人は幼女の皮を被った軍人であると。

誰よりも、なによりも、この人は徹頭徹尾、正しく軍人であると。

 

……正しく軍人? あの齢で?

あまりに早熟すぎるとかぶりを振りたいが、それが現実だった。

ガリアではあまり認められていないとはいえ、カールスラントなどの軍隊では二十歳前後でほとんどの魔法力を失ってしまうウィッチ故に、早くは幼年学校生程の齢で前線に配置されるのは知っている。

しかし世界広しといえど、ウィッチで既に正しい軍人として完成している人間など、中尉ぐらいのものだろう。

もしも世界中のウィッチが皆、中尉のようなら……

考えることすら、そら恐ろしいにも程がある。

 

しかしその本質を知らず、表面だけなら英雄らしいルドルファー中尉を、純粋な眼で見たならば憧れるのも。

齢の近いルドルファー中尉に彼女が引き付けられるのも、無理のない話だ。

ましてや、一番近くで守られ、その勇姿を見てきたのなら猶更で。

結果、直接的ではないとはいえ、彼女に影響を与えてしまったのだろう。

 

……いや、あれは影響なんて可愛らしい類のものなんかじゃない。

勿論シャルロットに言った、『憧れ』なんていう可愛らしいものでもない。

思考をすることもなく、前に出て戦うことが絶対唯一の選択肢だと信じて疑っていなかったあれは、最早妄信、狂信と呼べるものだ。

 

シャルロットとマイクとのやり取りの中で、彼女は自身の行動がどれ程周りに迷惑を与えるかを気づいている様子はなく。

明らかに妄信し、周りのことが見えていなかったであろう彼女をそのまま連れていけば、何をしでかすか分かったものではなかった。

だから彼女を手加減したとはいえ殴ってしまったのは、俺にはもう、妄信から彼女の眼を覚まさせるには強烈なショック、つまり暴力に訴えた手段しか思いつかなかったからだった。

 

 

「恐ろしい人だ」

「分隊長?」

「……なんでもない」

 

 

それほどの妄信を与えたルドルファー中尉が、もしも部隊指揮するようになってしまえばどうなってしまうのか。

そもそもいくら能力が高かろうと、まだ幼年学校を卒業したくらいの幼女に、部隊を任せること自体が考えただけでも末恐ろしいことなのだが、それよりよ。

そんな彼女が作るのは、まさに軍とはかくあれと言わんばかりの軍団――狂信集団が出来上がるに違いない。

そのことの方が、なお恐ろしいことだ。

友軍としては頼もしいだろう。

指揮官としても、十分頼りになるのだろう。

だがまっとうな人間としては、正しい軍人――軍機構が理想と求める、国への忠誠を十全に果たせる献身的資源――と、皆かくあれと高らかに謳いながら喜び勇んで戦場に飛び込む英雄に続くような、考えなしの狂人の仲間入りするのは御免だ。

 

 

「はぁ……」

 

 

己の気苦労を吐き出すための、三度目の溜息は、小さく。

そろそろ意識を切り替えて、意識は前を向く。

 

吐いた息の、少しばかり白い靄は、何度もなんども置き去りにする。

しかし何度目かわからない置き去りを、しようとして、止めた。

 

 

「近いな」

 

 

地に伝わる振動が、はっきりと感じる距離になっていた。

おそらく大型ネウロイとの距離は、だいたい百メートルも切っただろう。

大型ネウロイの姿は、未だ見えない。

だが振動から察するに、ネウロイは俺たちのいる道から一本、立ち並ぶ建物の向こう側にいるのは確かだろう。

 

時計塔を臨む。

ここから時計塔までの距離は、だいぶ近づいたとはいえ決して徒歩ですぐ向かえるような距離ではない。

そもそも、徒歩で大型と相対すること自体、自殺行為に等しい。

 

 

「マテオ」

「なんでしょう?」

「トムを連れて、向こうに放置されている物の中で動かせる()を探せ。急な襲撃だったんだ、一台くらい鍵のついたままの物があるだろう」

A vos ordres(了解)

「マイクは小娘を守れ。俺はこっちを探す」

 

 

散開し、足を探す。

ネウロイの襲撃を受けた時、街の住人たちは避難を行っていた。

車を使っていたものもいるが、襲撃の際、道は混雑していた筈だから、逃げる為にやむなく乗り捨てられた、キーのついた動かせる車が一台くらいは必ずあるはずなのだ。

 

使える車を探していると、風が吹きつけ始める。

冬だというのにどこか生暖かい風は、モノや生き物が焦げた臭いがした。

嫌な風だ。

 

 

「……お姉ちゃんとヴィルヘルミナさんの、力になりたかったんです」

 

 

小娘の声がした。

俺と彼女たちとの距離は離れているが、声が聴こえたのは風のせいか?

 

 

「でも力のない私じゃ足手まといで………私はどうしたら良かったんでしょうか?」

「シャルロットちゃん……」

 

 

彼女たちの会話をBGM程度に聴き流しながら、動かせる車を探す。

一台、キーのついたままのトラックを見つける。

だが荷台には多くの家財が積まれていて、速力を期待できそうにない。

そのトラックは保留にし、別のを探す。

 

 

「大切な人の役に立ちたい、守りたいと思うシャルロットちゃんの気持ちは、よく分かるよ。俺も、昔はシャルロットちゃんとおんなじだったから」

「昔は?」

「ああ、ごめん。今も、だけどね」

「そうですか」

「そうそう昔と言えば、俺の家は昔から貧乏でね。いつも家族全員が満足いく量のご飯は出せずに、服はめったに買えないからボロボロなお古とかが殆どだったんだ」

「そんな………大変、だったんですね」

「いや、そうでもなかったよ。何故なら俺たちはどんなに貧乏でも、それでも俺の家はとても暖かかったんだ。家族は皆とても優しくて、どんなに貧乏でも笑いだけは絶えなかった、そんな家族が大好きだったんだ」

 

 

……マイクは孤児院出身で、軍に入隊したのは収入の乏しいその孤児院に、お金を入れる為だったと聞いている。

貧しいながらも孤児院のスタッフはみな優しく、マイクの下には弟妹同然の子が大勢いて、兄貴分としてよく慕わられていたらしい。

 

 

「子どもの頃、俺は家族に黙って夜中にバイトを始めたんだ。子どもを雇うようなところだ、労働環境は最悪で、賃金も安かった。だけどお金があれば、俺が働けば、家族に今よりも多くのご飯を食わせられると、親たちにらくをさせられると、その時の俺は思ったんだ………すぐに、親にバレてしまったけれど」

「怒られましたか?」

「……泣かせてしまったよ」

「え?」

「『ひもじい思いをさせてごめんなさい』『働かせてしまってごめんなさい』って、何度もなんども謝られたよ。今思えば、親には本当に酷い事をしたと思う」

「……働いて養う大人の役目を、子どもであるマイクさんがやってしまったからですか?」

「そうだよ、シャルロットちゃん。その通りだ――」

 

 

マイクなら、上手く小娘を説得できるだろう。

安心した俺は、もう少し離れたところへ足を延ばす。

 

流石に二人の会話が小さく聞こえなくなった距離。

ようやく使えそうな足を見つける。

ドライエ・135。

国産の高級レーシングカーとして名高いこれならば、足としては申し分ないどころか最高の足である。

さっそく乗り込んで、エンジンをかけてみる。

するとエンジンは素直にかかり、エンジンの細かくも大きな振動が、腹に心地よく響いた。

 

 

「おーい、マイク!!」

 

 

ドライエをマイクたちの方にゆっくりと転がしながら、マイクを呼ぶ。

しかしマイクたちは俺の呼びかけに気付いた様子はなく、二人して何かを見上げ、話している。

何を見ているのか?

と、俺もそちらを見上げようとした、その時。

 

 

「シャルロットちゃ――!!」

 

 

突然叫びだした、マイク。

しかしその声を遮るように。

世界は。

俺の目の前は。

真っ赤な閃光と、爆音に埋め尽くされた。

 




・シャルロット「私も戦います!!」
伍長ら「「「「帰ってくれ!!」」」」

子どもである故に、見えている視野の狭さも影響していたり。


・シャルロット「子ども扱いしないで!!」
マイク「よーし、よし」

孤児院で子どもたちに接していたように、シャルロットに接していたマイクさんだけれども、お年頃のシャルロットには不評の様です。


・伍長「ルドルファー中尉、なんて恐ろしい子……」

伍長さんには、ヴィッラ嬢が第三帝国のちょび髭の人の如く見えているようです。

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