だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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とある+αの ・エピローグ

ルドルファー中尉が空の注意を引き付けている間。

ルクレール中尉隷下戦車隊は当初の作戦通り速やかに時計塔前広場に、はぐれネウロイと交戦しつつも移動を開始。

安全の確保が取れた後、陣を構築する。

ルクレールは格納庫内から持ち出し、そしてジャンヌ・フランソワ・ドモゼーが魔力を込めた爆薬を、時計塔前広場入り口に集めた車両。

それから別にもう一か所にセットすることを指示。

また各戦車は、広場を囲む建造物内に隠蔽。

各々の射線は広場入り口に集中するよう、扇状の配置となっていた。

陣の構築を完了したのち、彼は信号弾の発砲と、その場からの撤収を時計塔に昇らせた部下に指示する。

指示し、上げさせた色は、緑。

 

後はグローン伍長の分隊を、息ひそめ、待つばかりとなっていた彼らだったが。

しかし戦車に乗り込み、沈黙するルクレールの心中は、決して穏やかであるとは言えなかった。

作戦に不安?――否。

分隊が心配?――否。

彼の不安、心配は現時点において、決して対ネウロイに関する事ではなかった。

 

目下、彼にとっての第一番の問題はシャルロット・フランソワ・ドモゼーの失踪であった。

部下が目を離した隙に、いずこかに消えてしまった彼女。

今もまだ、見つかったとの知らせを、彼は聴かない。

彼が恐れていることは、この件がルドルファー中尉の信用に対する裏切りにあたることにある。

ルドルファー中尉の一騎当千の戦闘力に、ジャンヌの魔法力の提供。

その見返りとしての共同戦線であり、またシャルロットの護衛であったはずなのに、この失態である。

シャルロット嬢が何故姿を消したか?

それは定かではないが。

たとえそれが何事かに巻き込まれた故であったとしても。

たとえそれが己の意志で姿を消した事であったとしても。

しかし注意を怠り、事態を許したのはルクレールの部下であり。

そして結果的に注意を怠った責任は、上官たる彼にある。

 

ルクレールにとってルドルファー中尉との関係悪化は、なんとしても避けねばならないことであった。

この街からの、脱出。

戦いはそれだけで終わる訳ではなく、寧ろその後の撤退戦こそ苦しい戦いになるだろうことは想像するに易く。

となれば、ルドルファー中尉らの協力は、彼らにとっては絶対に必要なモノであって。

離別―――とまではいかずとも。

ルドルファー中尉らとの関係の悪化の弊害はいずれ、肩を並べて戦うにあたって出てくるに違いなかった。

それを思い想う、だからこそ。

ルクレールはなんともはや頭痛いと、頭を抱えた。

 

 

「中尉、来ました」

「ああ、分かっている」

 

 

暫くし。

揺れる大地は、ネウロイの接近を。

そして広場入り口に待機するルクレールの部下もまた手旗信号を振って、潜む彼らに報せる。

だが信号は、それだけでは終わらない。

部下は、慌てた様子で繰り返すのだ。

『前』『前』『前』、と。

何度も、何度も。

そんなに必死に知らせる事は何か?

 

 

「おいおい……」

 

 

その理由は、すぐ明らかになる。

コマンダーズ・キュポラー―――戦車長が車外を見るための展望塔―――から双眼鏡越しに覗いた彼は、見たのだ。

追いかけてくる二体のネウロイ。

……ではなく。

 

 

「なんでそこにいるんだ」

 

 

追いかけられている、グローン伍長と。

それからどういうことか、シャルロット嬢を。

紅の光線が嫌にまぶしい中でも、何度見ようとそれは見間違いではなかった。

 

 

「……爆破用意」

 

 

それでもルクレールは戦車の近くに控え、起爆用のハンドルを持つ部下に指示する。

 

 

「し、しかしながら中尉」

「なんだ」

「伍長らとネウロイの距離が近く、伍長らが爆発に巻き込まれる危険性が……」

 

 

勿論そんな事など、ルクレールは承知していた。

それでもなお、ルクレールが部下に指示したのは、部下の心配を聴くまでもなく。

彼が、その上で爆破を決めたからに他ならないからであった。

伍長を巻き込む。

シャルロット嬢を巻き込む。

その危険があっても、彼の頭に浮かぶ天秤の傾きが変わる事はない。

 

 

「爆破用意」

「………A vos ordres(了解)

 

 

もう一度。

彼は、今度は言葉強めに指示を出す。

続いて、ジャンヌに砲弾の指示。

弾種は、徹甲弾。

 

 

「いたの?」

「……何がだ?」

 

 

ふと。

ジャンヌの問い。

 

 

「シャルロット」

 

 

彼女はシャルロットが抜け出していることを、ルクレール自身から聴かされていた。

故の、問いだったのだがルクレールはその問いに答えず。

無言を、その問いに対する肯定とした。

 

戦車隊のこれからと、町の住人のこれから。

安全圏までの逃走。

それが十全に行われる為には大型ネウロイの排除、つまりこのアンブッシュに。

彼の指示一つに掛かっていた。

今更作戦の変更はできなかった。

ふたりの、女の子と部下の命と。

その他大勢の命。

天秤に幾らかの要素―――ルドルファー中尉らとのこれ以上の関係の悪化―――を考慮しても。

双方の、その絶対的な傾きが変わる事はない。

 

 

「爆破しろ」

 

 

だからルクレール中尉は、一人の軍人として。

己が果たすべき職務を全うするのだ。

「せめて、死んでくれるな」

そう願い、彼は令した。

 

 

 

 

 

そして彼らが聴いたのは、この世の音すべてをかき消す爆音と。

 

届く、肌で死を感じきれるほどの圧。

 

それから、目が眩むほどまばゆい蒼の閃光。

 

 

 

 

 

「……………は?」

 

 

目の前の。

ルクレール自身が指示し、創りだした光景。

だが、その爆破威力がルクレールの想像をはるかに上回るモノであった事は、彼の呆けた顔からひと目で分かる。

 

ルクレールらが仕掛けた爆薬の量は、約100kg程度。

それはなんら特別な爆薬でもなく、ガリア陸軍が一般的に配給するモノで。

威力も、彼らは親の顔よりもよく熟知し、見慣れたものであった。

だから、彼は断じる。

威力を保つために極力集中して仕掛けていたとはいえ、燃料の入った車に誘爆と部品の炸裂を狙って仕掛けていたとはいえ。

あんな爆発威力は起こり得ない、と。

彼が想定していたのは、あくまでネウロイの機動力を奪う程度の威力で。

機動力を奪い、砲撃の的にする為のものでしかなかったのだ。

それが大型ネウロイの巨体を吹き飛ばすほどの威力に、どう考えたとしてもなり得るものではない。

ならば原因は何か?

第一に挙げられ、考えられる事は、直前に込められたジャンヌの魔力。

または彼女の気づかぬ固有魔法の影響。

 

 

「シャル!?」

「まだだ、ドモゼー!!」

 

 

飛び出そうとする、ジャンヌ。

しかしルクレールは、彼女を止めた。

あの爆発に巻き込まれたのだ。

ジャンヌが叫び、車両から飛び出そうとするのは当然の行動である。

爆発に巻き込まれ、吹き飛んだ伍長らの車両は奇跡的にも横転することなく地に着地したようで。

ふたりとも車両から投げ出されていないことを、ルクレールは確認した。

おそらく、二人は無事であるだろうと思うも。

一方で、爆発でネウロイの一体は跡形もなく吹き飛ぶも。

もう一体は、前脚を失えど未だ健在であるのだ。

 

 

「各車奴を撃て、撃てぇ!! 此処で息の根を確実に止めるんだ!!」

 

 

言葉早に、大声で。

唾が飛ぶほどの、号令。

その号令は乾いた空を伝い、伝わって。

それを聴く、潜む三砲は火を噴いた。

 

思い思いに、ネウロイを嬲る。

砲手がその為の狙いを一発と外すことはない。

叩きつける砲火は、抵抗も許されず殺された仲間たちの敵討ちの為。

無慈悲にも殺された、市民の敵討ちの為である故に。

そして。

残るネウロイも、突然の砲撃に為すすべなく撃たれ続け。

悲鳴に似た何かを叫び、遂には砕けて消える。

 

 

「大型ネウロイ、撃破ぁ!!」

「やりましたな、中尉!!」

 

 

部下の喜び。

ルクレールに語り掛けて来る彼らであったが。

しかしこの結果。

そして言葉にし難い呆気なさを、ルクレールは何と言って良いものか分からず。

ただ、「ああ」と返すだけにとどまった。

 

様々な想定外。

しかしそれらは結局、このような形に収束したのは、まさか戦場の神でも微笑んだのだろうか?

そう思ってしまうほど、上手く行きすぎた結果。

果たして信じていいものかと、ルクレールは疑う。

 

 

「シャル!!」

 

 

ジャンヌが、今度こそ飛び出してゆくのを眺めながら、「いや、そんな事もあるものだ」と、彼の中で落ち着く。

 

 

「伍長もシャルロット嬢もケガしているだろう。衛生兵を向かわせてやれ」

「分かりました」

 

 

戦いに勝った、作戦が上手く行った。

ひとまずその安堵感のままに、彼は胸を撫で下ろす。

そして彼はホッと、一息吐くが。

しかし吐いたその息に、白はおらず。

吸い込む空気は、未だむせかえるほどの硝煙の匂い。

だから、気付いたのだろう。

だから彼は、気付けたのだろう。

此処が戦場である事を忘れなかった故に。

砕けたと思っていた筈の。

 

――そして倒したと思っていた筈のネウロイの、再生に。

 

 

「そんな馬鹿な!?」

 

 

彼の叫びは、もはや悲鳴に近い。

確かに、ルクレールらはネウロイを撃破したものの、ネウロイの弱点たるコアの破壊は確認してはいなかった。

また躰の大半を失えど、コアさえあれば幾らでも復活するネウロイの回復力を考えれば、復活が、コアを破壊できなかった為と考えるのが当然であるのだろう。

しかしながら彼らは、ネウロイを跡形もなく。

それこそコアさえ残さないほど叩いた上、撃破確認もその回復力の恐ろしさを知るだけあって怠ってはいない。

それでも躰が完全破壊されたネウロイが、復活しようとするのだ。

 

 

「まさか……」

 

 

思い出すのは、ネウロイの襲撃時の事。

そこから彼は、一つの仮説に至る。

 

 

「撤退………いや、移動するぞ」

「中尉?」

「これ以上、此処で奴らと戦っても無駄だ」

 

 

戦って、倒せる相手であるならいい。

勝てない、倒せない相手であるならば、弾を使うだけ無駄であるのだから、極力戦わずに注意を引く程度の戦闘で十分。

それが最善と考えたルクレールは、すぐさまこの場からの移動と、消極的遅滞戦闘を選んだ。

遮蔽物がなく狙いやすいこの場の広場ではあるが、逃げる為には適さないのだ。

 

 

「ああ、残しておいたとっておきはくれてやれ。置き土産だ」

A vos ordres(了解)!! 総員退避!! 時計塔、爆破用意!!」

 

 

別の個所―――時計塔に仕掛けられた爆薬は、万が一砲撃でネウロイを撃破出来なかった時に、時計塔を倒し、押しつぶす為に仕掛けられたものであった。

 

退避の声を聴き、広場にいたジャンヌらは退避していく。

しかし落下地点にある車、乗ってきた車にグローン伍長は動かず未だそのまま残っている。

はてなと、ルクレールは事に首を傾げ。

 

 

「伍長は?」

 

 

と、治療の為に行かせた、衛生兵に聴くも。

答えのかわりにと差し出されたのは、伍長のドッグタグ。

 

 

「退避確認完了です、中尉」

 

 

部下の、報告。

しかしそれを聴くはずだったルクレールは、伍長のドッグタグを見るばかり。

 

 

「中尉?」

「………爆破しろ」

 

 

急かす部下に、ただ淡々と命令を返し。

ルクレールは、戦車長席に力なく腰を下ろした。

そしてルクレールが無意識にも、感情の限りに握るドッグタグは。

彼と、伍長の血が混ざりにじみ、滴る。

 

湧き出る、言葉と思いはただ一つ。

 

 

「……畜生」

 

 

やはり戦場にいるのは、死神だけであったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネウロイに、街が襲われた時の事。

目の前で大好きだったワッフル屋のおじさんが、ネウロイの紅い閃光に飲まれた時の事を、私は忘れられない。

脳裏から、離れない。

あの時、必死に逃げて転んだおじさんは、私に救いを求めて手を伸ばしていたのに。

迫るネウロイが怖くて、私は後ずさった。

その一歩が、おじさんを死なせ。

私は、助かった。

おじさんを見殺しにした私は、悪い子だ。

 

ネウロイに、気付いた時の事。

マイクさんが私を投げ飛ばして、あの紅い閃光に飲まれた事を、私は忘れられない。

マイクさんには、帰りを待っている人たちがいた、それなのに。

そんな人を、私は死なせた。

それは、私を救うため。

私のわがままだったから。

私に勇気がなかったから。

マイクさんを死なせた。

殺したも、同然の事だ。

 

 

「マイクさん……」

 

 

そんなマイクさんの。

消える瞬間の、あの穏やかな顔。

その意味は、私は未だに分からない。

気になって、仕方がない。

 

 

『生きのびろ』

 

 

そして。

そんな私に、伍長さんが言った言葉は。

 

 

『生きのびろ』

 

 

誰かの為に。

 

 

『生きのびろ』

 

 

誰かの役に、立つ為に。

 

………ああ、そうか。

もう私は、普通の道なんて選べない。

今の私は、誰かの血の上で成り立っているのだから。

もはやお姉ちゃんや、ヴィルヘルミナさんの為ではない。

誰かの為に。

万人の為に。

伍長さんたちのように強く。

そして彼らのように献身でないといけないのだ。

それが誰かを見殺しにして、伍長さんとその仲間の血を啜った私の、罰だ。

 

 

「そうですよね? 伍長さん」

 

 

私を守るように抱きしめている、伍長さん。

頼もしかった、伍長さん。

彼の頬を撫でて、私は問うけれど。

その問いに、虚ろな瞳のままの伍長さんは、答えてくれない。

代わりに。

私にくれるのは、命の源。

突起物の生えた伍長さんの首から勢いよく流れ出るそれは、綺麗に紅くて。

 

 

「さようなら」

 

 

そして私のように、真っ黒だ。

 






伍長すまん、(プロットを見ながら)こんな筈では……


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