だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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幕間 少女よ、クリスマスを唄え

クリスマス。

それはキリスト誕生を祝福する年に一度の恒例行事。

毎年カールスラントでもクリスマスに近づくにつれ、各々の家々ではクリスマスの準備を始める。

それはヴィルヘルミナが暮らす街でも同様で。

寧ろ、キリスト教圏内であるカールスラントであるからこそ。

クリスマスは、より盛大に行われるものであった。

 

 

「……クリスマス」

「ミーナ?」

 

 

ヴィルヘルミナとハルトマン姉妹の関係が、ただの知り合いでなくなって、暫く経つ。

いつものように集まり、いつも通りの日々を過ごす彼女たち。

その日、彼女らは街に出てぶらぶらと色々な店を廻っていたが。

しかし、その日のヴィルヘルミナの様子は少しばかり、おかしかった。

時々、ふと立ち止まっては道行く人達に目が行くヴィルヘルミナ。

目が行くのは、仲のよさそうな親子ばかり。

そのことにエーリカが気付き、ウルスラが疑問に思い始めたころ。

ヴィルヘルミナはポツリと、切り出した。

 

 

「両親に何かプレゼントを贈りたいのだが――」

 

 

街は、迫るクリスマスを謳い、色めくも。

ヴィルヘルミナの表情は、晴れやかではない。

 

 

「どうしたらいい?」

「どうしたらいいって……」

 

 

この頃のヴィルヘルミナは、カールスラント政府より帝室士官学校編入の推薦を受けていた。

 

カールスラント帝室士官学校とはカールスラント皇帝が直々に管理する、幼年教育と士官育成を目的としたウィッチ養成機関であった―――士官教育を目的としているが、カールスラント軍が保持する士官候補生学校とは混同されがちだが、異なる。

入学を求める者は、やはり連年多い。

が、しかし入学の為に求められるハードルは名だたる有名学校でさえ比ではなく、あまりにも高いものがあった。

入学時に求められるのは、まず第一に貴族階級の子女であることで。

第二に、歴史的にウィッチの家系であると、カールスラント政府に公認されている家の子女であること。

あともう一つの条件として、ウィッチとしての能力と学力から鑑みての、カールスラント政府の推薦といったものがあった。

挙げた前者二つの条件――後者の条件において殆どの家系が貴族階級にあたる為、条件は事実一つしかないのだが――にあてはまる者はカールスラント国内を見渡せど少ない事は言わずもがな。

しかしそれでも入学者数の99パーセント以上が、貴族階級の子女が占めていた。

そこを見ればエリートウィッチ養成を謳い、設立された当初の目的を忘れ、貴族階級の道具(おもちゃ)に成り下がったと疑われるだろう。

だが士官の養成機関としての教育の程度は極めて高い事には疑いなく、卒業した者の悉くは軍団指揮、運用、政治能力をはじめとして総じて高いレベルを保持した状態で卒業する為、ウィッチとしての飛行適性年齢を超えたとしても高級士官、官僚としても期待できる彼女たちは引く手数多である。

だからこそ箔としても能力としても、なんとしても己が娘にと。

貴族らは少ない枠を競って、時には金にモノを言わせて手に入れようとする結果が、庶民の付け入るスキのない状態を産んでいるのであった。

 

そんな庶民の立ち入るスキのない、入学すれば勝ち組間違いなしのその士官学校からの推薦。

しかも入学ではなく、編入の、である。

これがどれほどの事であるかは、知らせを受けたヴィルヘルミナの母のマリー・F・ルドルファーがあまりの事に気絶し、父のレオナルドもまた絶句して顎が外れかけんとしたと言えば、だいたい察する事ができるか?

 

ヴィルヘルミナは確かに優秀であった。

平均的なウィッチの二倍以上の魔法力を持ち、また学力も、前世からの持ち越しで非常に高いレベルである。

しかし()()()()、国内を見渡せば、必ずヴィルヘルミナ以上の素質を持つ者は少なからずいるものである。

では何故ヴィルヘルミナが、カールスラント政府からの編入を推薦されたか?

 

この頃、マリーの祖母は病魔に侵され。

その知らせを聴いたマリーとレオナルドは病院をたたみ、ガリアへの移住を決めていたが。

それを知り、よく思わなかったのがカールスラント政府であった。

カールスラント政府としては、マリー―――というよりも、その子であるヴィルヘルミナにはカールスラントに残ってほしいという願望があった。

彼らが欲したのは、ヴィルヘルミナの祖父、先の大戦の英雄フォンクの名。

先の大戦時において、カールスラント空軍パイロットを脅かし、男ながらもネウロイを多く撃ち落としたガリアの英雄は、今もなお有名で。

その名を今度はカールスラント軍の、言わば広告塔にと政府と軍部は欲していたのである。

 

既にウィッチとして魔法力を発露しているヴィルヘルミナは、順当にカールスラントで暮らし、年を重ねれば求めずともウィッチとして士官候補生学校に通う義務が生まれ、何もせずとも政府と軍部の手に転がり込んでくるはずであった。

だが、ガリアにヴィルヘルミナを連れていかれては、折角の有力な広告塔候補をみすみす失ってしまう。

ヴィルヘルミナへの帝室士官学校の編入推薦は、そういった政府と軍部の焦りから切られたカードであった。

たかが一人の為に、そこまでするかと思えど。

しかしそれだけ、フォンクのネームを持っていたヴィルヘルミナには、そこまでして引き止めんとする価値があったという事であった。

無論、ヴィルヘルミナらには、彼らの思いなど知る由もない。

 

ヴィルヘルミナは、推薦を伝えに来た役人の目の前で断りを告げた。

 

それは帝室士官学校の推薦を受ける事の価値を、ヴィルヘルミナが知らなかった故にではない。

寧ろ前世においてカールスラント軍にいたヴィルヘルミナは、それがどれほどの価値があることかは重々承知していた。

しかしヴィルヘルミナは、いずれ両親がガリアに行くことを前世の記憶をもとに知っており、共に往く事をずっと前より決めており。

一瞬の迷いは生まれど、思いは強く、故に推薦の辞退をその場で告げたのであった。

 

これに憤慨したのが、マリーであった。

ヴィルヘルミナにしてみれば、両親と共にいたいと願い断ったことも。

マリーらにしてみれば、宝くじ一等に相当するほどの、出世の叶う折角の大チャンスをヴィルヘルミナが何も考えずに断ったように見えたのだ。

子の思いを、親は知らぬように。

親の思いもまた、子は知らず。

そしてそのすれ違いが結果的に、ヴィルヘルミナとマリーの関係は険悪。

と、まではいかずとも、疎遠になっているのは確かであった。

 

 

「それは、ミーナさんがよくよくご存じではないのでしょうか? 少なくとも私よりも、そして姉さまよりも、ずっと………」

 

 

少し棘のある、突き放した言い方。

そんな言い方になってしまうことをウルスラ自身、そのような言い方を望んだのではないが。

その口ぶりは、ウルスラの性格をよくよく表していた。

ウルスラは。

エーリカもだが、ヴィルヘルミナとマリーの関係の悪化を知らない訳ではなく、故もまた知っていた。

ただウルスラにしてみれば、やはり他者の家の事で。

関係が密なヴィルヘルミナの事であれど。

望まねど、他者と一線を引きたがるウルスラにはそのような言い方しかできなかった。

 

ヴィルヘルミナはウルスラの意見を聴き「確かに」と頷くも、表情は晴れず。

親友と言える彼女の力になれなかったことに歯がゆさを覚えながら、ウルスラは己とは対照的な姉に、助けを求めて視線を向ける。

 

 

「う~ん………ぶっちゃけ真心込めたプレゼントを贈れば、私ならなんでも嬉しいんだけどなぁ」

「姉さま………」

 

 

エーリカにしてみれば、一生懸命に考えて発した言葉かもしれないが。

やはりエーリカの言ったことも、ヴィルヘルミナへの放り投げであった。

もうちょっとましなアドバイスはなかったのかと、姉妹共々の残念さをウルスラは嘆くも。

 

 

「真心、か………」

 

 

意外な事に、ヴィルヘルミナには何かが琴線に触れたらしい。

 

 

「そうだな………真心を込めて、気持ちを伝えなきゃ。相手に思いなんて伝わらないな」

「何か思いついた?」

「ああ、ありがとうエーリカ。それからウルスラも、たいしたカウンセラーだ」

「いえ、私は別に………って、何処に行くんですかミーナさん!?」

「ちょっと待ってよミーナ!?」

 

 

「それじゃ」と告げて、駆けださんとしていたヴィルヘルミナを二人は呼び止める。

 

 

「なんだ?」

「何処に行くのさ?」

「………クリスマスは目前。準備は、急がねば」

「いや、ミーナ一人でやることないと思うけど?」

「私たちも、手伝いますよ?」

 

 

ぱちくりと。

目を見開き、驚くヴィルヘルミナ。

我が事である。

ヴィルヘルミナは何故二人が手伝いを申し出るのか、分からないといった顔である。

二人はそれを察して、苦笑した。

 

 

「私たちは、友達でしょ?」

「マリーさんたちとの仲直り、私にも手伝わせてください」

「エーリカ、ウルスラ………」

 

 

ヴィルヘルミナは、迷い。

やがて「ありがとう」を、二人に送って協力を頼む。

人にものを頼る。

それは以前のヴィルヘルミナでは到底ありえなかった事ではあったが。

ハルトマン姉妹を、友だと。

ヴィルヘルミナが二人に信頼を、寄せてはじめていた証でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、クリスマス当日。

避け続けてきたものの、日ごろ我が子は目にいれても痛くはないと公言するマリーにしてみれば、ここ数日ヴィルヘルミナと会話がなくなっていたことは、苦痛でしかなかった。

子を思って怒ったことも、今では言いすぎたと思い、後悔でしかない。

 

ヴィルヘルミナが賢い子であることを、マリー自身がよく知っていた。

そんな我が子が何も考えず、断るはずがないと。

なのにヴィルヘルミナの為と、帝室士官学校の推薦を押し付けた私は果たして許されるものか、と。

 

 

「大丈夫だよ、マリー」

「レオ……」

「そうじゃなければ、君にこれが届いたりしないだろう?」

 

 

レオナルドが手に持つのは、シンプルなメッセージカード。

「午後7時―――学校にて、待つ」

差し出し人は、ヴィルヘルミナであった。

 

 

「ほら、もう学校だ。いい加減顔をあげて、暗い顔はやめた方がいいだろう」

「レオ、それはどういう?」

 

 

レオナルドに引かれるままに、俯いて此処まで歩いてきていたマリーだったが、彼に言われた通り顔をあげた。

 

 

「何かの、イベント?」

 

 

学校には続々と人が、集まっている。

イベントが、あるのか?

しかしマリーは知らない。

今日という日に、学校で何かしらのイベントがあるなんて。

 

 

「おお、ルドルファー。よく来たな」

 

 

声を掛けてきたのは、ハルトマン夫妻であった。

学校から出てきた彼らは何を知るか?

 

 

「聞かされてないので?」

「何を?」

「何を、って………お宅のヴィルヘルミナだよ」

 

 

どうも人々が集まるのは、ヴィルヘルミナの仕業らしい。

 

 

「知らないなら、今は知らない方がいい。お楽しみは、取っておくことこそ楽しめるものだ。先に知っていては、意味がない」

「はぁ………」

「ささ、行った行った」

 

 

ハルトマン夫妻に促され、進むレオナルドとマリー。

彼らが人々の流れに身を任せ行きついた先は、講堂であった。

しかしいつもの講堂とは雰囲気が違う。

内装は、手作りの飾りでクリスマス色に彩られ。

講堂に置かれていた筈の長椅子は取り払われ、代わりに円卓と、その上にあるクリスマス料理のよい匂いで講堂を占めていた。

 

 

「これは、一体?」

 

 

レオが疑問を呟く刹那。

講堂が、暗転。

そしてパッと、壇上に集まるのは、光。

皆の目がそこに集まり、無論ルドルファー夫妻の意識もそこに向くも。

二人は「あっ」、と声をあげる。

 

光のもとにいたのは、ヴィルヘルミナ。

彼女は二人が今朝見かけた普段着ではなく、群青色のイブニングドレスを身に纏う。

 

 

「綺麗」

 

 

誰かが、口にする。

 

ヴィルヘルミナは、未だ齢10にも届かぬ子どもである。

しかしドレスを身に纏う彼女に、何ら違和感などなく。

寧ろ、集まった彼らは魅せられていた。

光に映える、そのドレスに。

その白銀色の、髪に。

その真っ白な、肌に。

そして淡く飾られた(化粧された)、その美しい微笑みに。

 

ルドルファー夫妻はそこにいたヴィルヘルミナを、二人の知る子として見る事はできず。

ヴィルヘルミナを、一人の女としてしか見ることができない。

遠い、誰かとしか見ることが、できない。

 

 

『Attention, please』

 

 

マイク越しに、注意を促すも。

もとより誰も、喋ってはいない。

 

 

『まずは集まってくださいました父兄の皆さまに、感謝を』

「父兄?」

 

 

そういえば、と。

レオナルドが周りを見渡せば。

此処にいるのはこの学校に子を通わせている親ばかりである。

 

 

『今日はクリスマス。本来なら家族で集まって、お祝いするのが常でしょう………ですが今宵は私たちの、わがままを』

 

 

壇上の、閉じていた幕が上がる。

そこに並ぶは、子。

子ども達である。

 

 

『どうか私たちのプレゼントを、お楽しみください。私たちの思いを、お楽しみください。私たちが父兄に贈る、日ごろの感謝―――クリスマスプレゼントを、心ゆくまでお楽しみください』

 

 

ヴィルヘルミナが言い終わるのと、同時に。

壇上の中心に、元気よく飛び出すのはエーリカ。

サンタ姿の彼女は、言う―――私たちが謳うは、クリスマス

恥ずかしげに飛び出し、隣に立つのはウルスラ。

トナカイ姿の彼女は、問う―――プレゼントを贈るのは、親ばかりか?

否である―――思い思いのクリスマスの姿を着た、子らは元気よく答える。

 

そして始まるのは、余興。

謳われるのは、聖歌。

行われるのは、劇。

子どものやる事だ。

拙いところは多々見られるが。

彼ら、親には関係のない事であった。

我が子の一生懸命を、彼らは見て、楽しんで。

そして、喜んだ。

まさか、子からこんな素敵な贈り物を貰えるとはと。

これ以上ない、プレゼントだと。

 

 

「レオ」

 

 

そんな中、浮かない表情をし、隅に寄る者がいた。

マリーである。

 

 

「私は本当にあの子の、ヴィッラの親を…………十分、やれているかな?」

「マリー………」

「私は本当に――」

 

 

――あの子に、必要なのかな?

 

この企画を立てたのはヴィルヘルミナだと聴かされた以上、彼女が何を望んでいるのかは察することは難しい事ではない。

しかし彼女たちには壇上で見たヴィルヘルミナが、遠くに見えたが。

やはり今、よりその思いが強くなっている。

それはレオナルドも同じで。

そんな彼には、マリーの問いに対する答えは持たない。

しかし二人の近くに。

答えを知る者が、二人。

 

 

「大丈夫だよおじさん、おばさん」

 

 

掛けられた声。

二人が見る、声の主はエーリカで。

そしてその隣に立つのは、ウルスラ。

 

 

「エーリカちゃん、でも………」

「大丈夫。おばさんたちとミーナの今は、ただの言葉足らずのすれ違いだよ」

「すれ、違い?」

「だから、聞いてあげてください。ミーナさんの思いを」

 

 

二人が指し示す、壇上にはヴィルヘルミナ。

今まで上がっていた子らは、いない。

彼女一人である。

暗転し、スポットライト浴びた彼女が座るのは、グランドピアノ。

彼女は一呼吸し、そして弾き出し、唄う。

 

 

 

 

 

私の背がどんなに成長しようと

私の思いは変わらない

「知って」

私は贅沢を言う

どんなに思えど

どんなに好きでも

言わなければ、伝わらない

ならば此処で言おう

「愛してる」

言おう、ただそれだけを

 

私の心がどんなに成長しようと

私の気持ちは変わらない

「知って」

本当の私の気持ち、伝えるから

私は変わらないよ

どんなに背が伸びようと

私は変わらない

私は此処にいる

此処にいて、唄いたい

「愛してる」

まだ私は、此処にいたい

 

私はいつか、大空を飛ぶ鳥となるだろう

しかし今は巣で貴方を待つ、雛である

それを「知って」欲しい

今は貴方の愛が欲しい

こんなことを言うのは、贅沢かな?

でも、お願い

私をまだ見ていて欲しい

そして私を愛して欲しい

「愛してる」

 

 

 

 

 

「………っ」

 

 

やさしいバラード。

短い曲の、歌詞の中いっぱいに込められた、ヴィルヘルミナの思い。

それを精一杯に唄う彼女を見るマリーは、十分だった。

もう、十分だった。

だが――

 

 

『母さん、父さん』

 

 

曲が終わり。

そこで仕舞かと思っていた二人だったが。

ヴィルヘルミナが壇上から二人を、呼び。

 

 

『私はまだ、貴方達の子でありたい………そう望む事は駄目、かな?』

 

 

告げる。

それが、あの時の推薦を断った理由。

それを知った二人の思いは、遂に身体から溢れ、零れだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成功だね~」

「お疲れさまでしたミーナさん」

「どうしてこうなった………」

 

 

終わらないパーティーなど、この世にはなく。

楽しかったパーティーの幕は、つい先ほど降りた。

無事にパーティーが成功したことを祝い、声を掛けるエーリカ達だったが。

しかし前準備からパーティーの司会進行などのほぼすべてを取り仕切っていたヴィルヘルミナは、疲労困憊であった。

 

 

「元々は、私たちだけでやるつもりだったのに……」

 

 

そうである。

ヴィルヘルミナが語るように、元々の計画はささやかな料理を作って、両親に曲を贈る。

それだけに終わるはずのことであった。

にもかかわらず、学校におかれたピアノの使用許可を先生方に頼みに来たところから、いつの間にかこんな形になってしまったのだ。

先生方が協力し、授業時間の一部を使ってまで準備を進める事を許してくれたのは救いだったが。

それでもヴィルヘルミナは数日の準備、特に生徒らの取りまとめに苦労させられる。

ヴィルヘルミナの、化粧を落とした目の下に浮かぶ隈が、その証拠だった。

 

 

「ミーナさん、実はもがっ!?」

「……どうした?」

「たはは、なんでもないよ~」

 

 

実は姉さまが犯人なのです。

そう言おうとしたウルスラの口は、エーリカによって遮られる。

普段のヴィルヘルミナであるならば遮ったエーリカを不審に思うところではあるが、ヴィルヘルミナは疲れていた為か、それ以上の追及はなかった。

 

 

「全く、先生方め………人が疲れているからって、私にドレスを着せたり化粧して、楽しむとは………全く」

 

 

文句に、いつもの覇気がない。

目的を達成した安堵もあるのだろうが、やはり疲労が第一にくるのだろう。

 

 

「ミーナ」

「なんだ?」

「あ、あのね………これ」

 

 

エーリカにしては、珍しく。

もじもじしながらも、ヴィルヘルミナに差し出されるのは、パン。

パンである。

 

 

「クリームパン!! パン屋のおじさんに教えてもらって………それで……その………」

「頑張ったミーナさんに、私たちからのクリスマスプレゼントです。二人で、一生懸命作りました」

「ほう……」

 

 

差し出されたクリームパンを、ヴィルヘルミナは受け取る。

形は、少し不格好に見えれど、そこに二人の一生懸命さと努力がうかがえた。

 

 

「ありがとう、ふたりとも。いただくよ」

「う、うん」

「ど、どうぞ」

 

 

エーリカ、そしてウルスラも。

ヴィルヘルミナの反応を気にしてか、緊張していた。

そんな二人に苦笑しながら、ヴィルヘルミナは、クリームパンを一口。

口に、含んだ。

 

 

「――――――――――――――ッ!!?」

 

 

ヴィルヘルミナは、見た。

 

宇宙を。

 

壮大な、宇宙を。

 

彼女は、地球を見た。

 

太陽を見た、月を見た。

 

そこから、どんどん離れていく。

 

離れていった彼女は太陽系を見た、銀河系を見た。

 

そして、全てを見た。

 

そこまで行って、その宇宙のすべてが彼女に吸い込まれてゆく。

 

一気に。

 

一気にだ。

 

全ての事が濃縮していく。

 

全ての宇宙が彼女に集まる。

 

その壮大な宇宙の濃密さに、彼女は―――

 

 

「―――――――ゴフッ!?」

「ミーナ!?」

「ミーナさん!?」

 

 

むせて、果てた。

彼女の舌がそのクリームパンに追いつくのは。

いや。

人類がその味に追いつくのは、きっとまだ早すぎたのだろう。

 




Q:結局、何がやりたかったの?

A:ハルトマン姉妹がくれる、最後のご褒美を書きたかった(真顔)






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