だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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梯団

「報告!! 二コラ中隊、欺瞞後退を開始!! 前進するネウロイを右翼フェルナン中隊、エロワ機甲中隊が展開。各個撃破中との事!!」「クレマン中隊、役所を確保!! 現在、大型多脚ネウロイと交戦中!!」「左翼、敵中隊規模の飛行型ネウロイ群と接敵、進行に遅れ!!」

 

 

街の南側の郊外に張られた幕舎、簡易野外指揮所には、有線通信を主とした状況報告がひっきりなしに飛びかう。

ヴィルヘルミナが予想した通り、街の南側で戦っていた彼らは南方司令部より撤退してきた()であった。

その規模、二個大隊ほど。

一見すると大戦力にも思えるそれは、しかし純粋な一軍ではなく陸・空軍の混成梯団で、空軍が基地防衛群を頼りとして撤退中、壊走する他部隊を吸収し結果、梯団を形成した背景があり、指令系統はある程度の統一化を図ってはいるも、陸・空軍、別に指揮権が存在するという、なんとも特殊な梯団であった。

 

 

「戦果は、上々」

 

 

展開する各隊から送られる戦局優勢の報告に、カイゼル髭を蓄えた陸軍士官の一人が破顔し評し、嬉々として机上の地図に乗せられた駒を動かす。

地図上に配された駒の動きは、左翼側は遅れぎみ。

されど、右翼側は順調に進出浸透。

中央から応戦するため突出するネウロイを表す駒は右翼側に展開する駒に半包囲され、背面を取られる形となっている。

元の隊、組織、指揮系統が異なる彼らであったが、しかし駒の動きは、そんな背景など元からなかったかのように、彼らがよく連携し、善戦している事を示していた。

 

現時点において、事実上彼らがガリア南方における最前線の部隊であった。

それはこの梯団もまた逃げ遅れた少なくない民間人を伴って、行軍速度は民間人らの体力を考慮したものにせざるを得なかった為であった。

そのため彼らは撤退中、遅速故に幾度もネウロイに捕捉され、出血を強いられた。

しかしそれ故にと言うべきか、隊、組織が違えども、ここまで共に戦ってきた彼らにはそれらを超えた、心理的団結と言えるもの生まれていたのであった。

 

無論、団結だけで勝てる相手であれば、人類はネウロイに劣勢を強いられる事はない。

彼らがここにきて善戦する理由は、もう一つ。

 

 

「やはり大佐の指示通り、民間からウィッチを徴発したのは正解でしたな」

 

 

壮年の士官の言葉に、地図を囲む陸・空の将校らは同意する。

それは勿論、何の訓練も受けておらず年端もいかない民間のウィッチに銃を握らせ、無理矢理矢面に立たせているわけではない。

徴発した彼女らには、事前に兵士が携行する弾薬に可能な限りの魔力を込めさせていた。

つまるところウィッチの徴発と言うよりも、それは魔力の徴発と言った方が正しい。

 

 

「なに、孫のアイディアが良かっただけだ」

 

 

賛辞に誇ることなく返すのは、「大佐」と呼ばれた白髪交じりの髪を隠すようにベレー帽を被った初老の男。

空軍服の彼は、梯団の事実上の指揮官であった。

それは梯団において、大佐以上の上級階級位の人間がいなかった事もあるが、彼が持つ名声は、()輿()としては十分な価値があったからである。

彼は空軍の人間であるが、元は飛行連隊を預かっていた立場上、陸戦戦術にも理解と見解を示せるだけの知識は持ち合わせていたのでただの神輿という訳ではないのだが、傍から見ればやはりその側面が大きいという指摘は避けられない。

 

 

「しかし、浮かれてばかりではいられませんな」

「戦況は我が方が有利。懸念するところは、いつこちらの弾が尽きるかですな」

 

 

補給班の見立てではこのまま何事もなく事が済むなら弾薬は足りるでしょうがと、将校の一人は希望的観測を述べるも、それがまったくもって甘い考えであることは、この場に列する誰もが理解するところ。

 

 

「我々だけで勝てるのなら、徹底抗戦の構えで前線を支えていたドモゼー将軍から撤退命令なぞあるものか。それ以前に、敵はやつら(ネウロイ)なのだ。人間の常識での推測がかなう相手なら、我々は始めからこのような生き恥など晒してはおらんよ」

「ははは、尤もですな」

 

 

「大佐」の皮肉に、カイゼル髭の陸軍中佐は返す言葉がないと笑う。

梯団が保有する弾薬は士官の一人が懸念するように、これまでの民間人を抱えた遅速の撤退、及びそれに伴って必然的に捕捉されるネウロイとの戦闘によってそのほとんどを使い果していた。

それでもこの街に進入する事を選んだのは、この街に置かれている基地が南部前線の臨時司令部であり、同時にその前線に送られる物資の唯一の物資集積基地として使われた事は周知のことであり、故の進入であった。

巣からのネウロイの侵攻を食い止めていた前線は、高高度強襲型ネウロイの前線を無視した侵攻により、ネウロイ側の包囲戦略を察知したドモゼー准将が残存戦力の無意味な出血と孤立を避ける為、前線を形成していたものを含むほとんどの軍団を急撤退させた為、南部の各前線を維持できるほどの物資、少なくとも暫くはネウロイに対する馳走の振る舞いに困らない程度には残されていると、彼らは踏んでいた。

 

ちなみに、兵站の一点集中は戦略的な面では明らかな愚行ではあるのは言うに及ばずなのだが、しかし南方司令部の早期陥落によって指揮系統を預かる人材が軒並み戦死。

南方でまともに組織として機能する上位指揮系統がドモゼー准将のソレしかなく、准将もまた()()な事に、軍団を分割し、その指揮を許せる能力を持つ部下は、南方司令部の攻防戦において多くが行方不明(MIA)

更には麾下軍団を分割する余力もなく、集中する物資問題への対応は、少なくとも現場では困難であった。

余力のある南方方面軍を除いたガリア各方面軍、正確には中央司令部が然るべき対処を取れば、結果はまた違ったのであろうが、司令部は粘るドモゼー准将の戦局を見てそれで良しとし、兵団を送れど戦略、上位指揮系統を構築できる将軍クラスを送らなかった。

これは中央が南方の戦局とネウロイの存在を未だ楽観視していることの、明らかな証左であった。

 

中央の怠慢と幾重の不運が重なり、結果としてガリア南部の大部分の失陥を許した現状であるが、失陥のタイミングは寧ろ、()()()()と言える。

ガリアは、欧州列強国と比べれば軍属のウィッチを最低数しか抱えていないのだ。

それでも高高度ネウロイによる前線を無視した強襲包囲がなければ、ウィッチを抱えない通常戦力で新種のネウロイ相手に善戦。

しかもまともな援軍の無い中でそれでも持ちこたえたドモゼー准将、彼の知略が本当にこれを為したのであれば、もはやそれは()()の御業と言えるだろう。

 

 

「あちら側との連絡は?」

 

 

未だ抵抗しているこの街の残存部隊の存在は、梯団側もまた確認していた。

その残存部隊との連携が叶えば、戦局はまた梯団側に優位に進み、更に言えば残存部隊側は貴重な軍属のウィッチを抱えていることもまた同様であった。

そのウィッチにより制空権が未だネウロイ側に渡らず、梯団も大いに助けられているのだが、そのウィッチは単身で、小型とは言え百前後のネウロイと交戦しているのだ。

リスクを一人で背負い、間接的にも梯団を助けているウィッチ。

対ネウロイ戦における貴重な戦力という点においても、これを失う事はなんとしても回避したい梯団側にとって、残存部隊との連携を急務とする理由の一つであった。

 

故に「つながった」、と。

通信兵のその返答に、面々は安堵する。

 

 

「指揮官は誰か? そちらとの連携は可能か?」

 

 

通信兵はカイゼル髭の将校の問いに、少しのやり取りをし、答える。

 

 

「街に残存する梯団を指揮するヴィルヘルミナ・フォンク・ルドルファー空軍中尉は現在、飛行型ネウロイと交戦中のため、陸軍のルクレール中尉が代理で応答すると―――」

「―――ッ!?」

 

 

通信兵が答えた時、幕舎内で、声にならない何かが響く。

戦場でありながらも、ただ事とは思えない声らしき音は、幕舎内にいる者の耳によく届くものだから、将校らは皆何事かと音の主を見るのだが。

 

 

「大佐?」

 

 

音の主は「大佐」であった。

意外な主に、幕舎にいた誰もが驚くが、一際驚きを見せたのは「大佐」の麾下で、最古参の者たちであった。

前大戦時には『冷血』『精密機械』とまで言わしめ、どんな危機にも平然としていた「大佐」を、彼らはよく知る。

普段の「大佐」ならその立場から、戦場で感情を見せて、他の者の不安を煽る事を何よりも恥辱としていた事も、彼らはまたよく知るのだ。

そんな「大佐」が今まで見せた事の無いほどの変容だからこそ、彼らは驚の色をその顔に湧かせた。

 

 

「――――ヴィルヘルミナ?」

 

 

この場に列する彼らの前にいたのは、ただ立ち尽くし、外聞も忘れ。

その空軍中尉の名を、ただ茫然と呟く「大佐」。

軍人としての彼はそこにはなく。

そこにいるのは、明らかに、ただひとりの老人。

 




大佐とはだれじゃろ(すっとぼけ)

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