だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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だから彼女の闘争は・前編

硝煙と灰で穢れてしまった空を翔ける。

そんな私の目の前に広がる光景は、圧巻の一言に尽きる。

 

制空権保持、及び遅滞戦闘を始めてしばらく経つが。

彼我の戦力差は、もはや数えるのも億劫になるほど、絶望的なまでに広がっていた。

視界には、景色全てが真っ黒になるほど数多のネウロイが埋め尽くし。

そして視界が眩しくなるほどの数多の紅光線が四方八方より、私一人を目指し、降り注ぎ、殺到する。

幼気な、ただ一人の幼女には過ぎた歓迎であることは言うまでもないが、しかし此処までのもてなしをしてくれる彼らは、なんと紳士的なのであろうか?

感動のあまりに、涙が止まらない。

 

 

「おあいにくだが、のーせんきゅーだ!!」

 

 

迫る、歓迎の火線を最小動作で躱し。

囲まれるようであれば、そうならないように立ち回り。

そして隙あらば応射して敵の動きを限定、こちらに利のある状況を作る。

 

戦闘は終始、その繰り返し。

言葉にすれば、感動してしまうほど簡単な作業にも思えてくるが。

一挙一動その全てを、全身全霊でもってあたる。

喩えるなら、今私がやっている事は、命綱のない綱渡りに等しい。

あれだって見た目、ただ歩を進めるだけの行為である。

だがこれはストライカーユニットを履いたとしても、大抵のウィッチ………

いや、熟練の航空ウィッチでさえも、ヘタをすれば十秒も持たずに撃墜されるかもしれない。

そんな、綱渡りだ。

 

しかしこの綱渡り自体は、私にとってさほど難しいものではないと確信している。

慢心ではない。

確信するに足る技術と固有魔法を、己が持っているのは事実である。

圧倒的数的不利の中、数多の火線を越えては超えて。

今もこうして生きているのはソレらがあるからで、普通のウィッチと私の違いがあるとすれば、そこだ。

一度目のヴィルヘルミナが、カールスラント軍人として戦争初期からダイナモ作戦終盤に仲間を庇って戦死するまで、明日も分からぬ撤退戦を死に物狂いで戦ってきた二年近くのウィッチとしての戦闘経験。

自衛官として、久瀬が現代戦闘を十年もの歳月を常に数的不利、対多数状況下戦闘を強いられ、なお生き延び培われた様々な空戦技術。

その二つの貴重な前世における経験と、疑似的飛行を可能とする固有魔法を有する私だからこその、確信である。

もしも何方か片方でも欠けていたのなら、確信など持てず。

今この瞬間まで、遅滞戦闘を続けていることなど出来なかっただろう。

 

ではこの綱渡りを、私が完遂できるかと断言できるか問われれば、答えは残念ながらNOである。

 

大きなアドバンテージを持って、大群相手に単独であたるなどという、我ながら化け物じみた遅滞戦闘を続ける私だが、流石に人を止めた覚えはない。

戦闘機が燃料なしでは飛べないように。

私の魔力残量、そして体力は、限界が近い事を自覚していた。

そして弾薬も、同様。

FM mle1924/29軽機関銃は既に弾が切れ、放棄。

残る武装は、弾数が心もとないボーイズ対戦車ライフル一丁のみとなっていた。

その上敵は、撃墜した傍から逆再生の如く回復し、即時復帰してくるのである。

それは狡く、それは卑怯。まさにチート。

思いつく限りの罵詈を彼らの前に並べられる時間が許されるというのであれば、幾らでも吐き出せる自信があるのだが、彼らはそれさえ許してはくれない。

ともあれ、ネウロイに撃墜されずともこのまま戦闘を継続すれば、魔力枯渇か体力的限界で墜落するだろうことは火を見るよりも明らかである。

なるほど、これもまた南方の戦線や都市が早々に突破され、陥落した要因の一つであろう。

そしてウィッチを配備しないとはいえ仮にも、そう仮にもである。

欧州屈指の軍事力を持っていた筈のガリア軍が、短期間に此処まで押し込まれるのも道理だと納得し、理解できる。

 

分離した数多のネウロイの中に一を隠されては、倒せるものも倒せる訳がない。

 

その一を見つけなければ、半永久的に敵を減らすことが出来ない状況。

民間人の避難が終わる合図があるまで、撤退の許されない私がとれる選択肢は二つ。

遅滞戦闘を諦め尻尾を巻いて逃げるか、ヴァルハラかである。

しかし前者は、ない。

無論、私の固有魔法の速力をもってすれば、即時離脱は出来ないことはない。

しかしドモゼー姉妹をルクレール中尉に任せている事もあるが、大勢の人々の命もまた私の双肩にかかっているのだ。

それを知っていてなお逃げ出す事など、良心の呵責に耐えられない。

それにこれは、私が志願してやっている事だ。

しかも、敵をロクに知らずに、である。

ルクレールらに大口を叩いておいて、敵を知らず。

故に一人勝手に負けて、逃げる無能っぷり。

そんな私を、人はどう見るか?

私なら、浅慮な判断で己が役目を完遂できなかった法螺吹きと、記憶するだろう。

それは私のプライドが、許さない。

であるからに、選択肢は二つに見えて残念ながら後者しかないのだ。

 

ここで私は死ぬかもしれないのだろう。

しかしそれにしても、私はよくやった方だと自負できる。

長時間、大軍を私一人に釘付けにし。

別動隊――――ルクレールらや、その他の残存部隊―――への浸透包囲を単独で阻止。

生き残れば、正規の仕官であったなら、受勲も確かと言える程の武功だ。

………いやそれよりも。

私一人の()()で、大勢の人々が助かる。

一人と、数多。

天秤がどちらに重しと表すかなど、考えるまでもない。

 

()()()()()()()()である。

 

嗚呼本当に、大変に喜ばしい事である。

これほど喜ばしい事など、気分が良い事など、今人生で初めての事かもしれないと、確信。

死ぬかもしれない? 断言する、結構であると。

我が身一つで数多の命が助かる結果となった今この瞬間、別に我が身はかわいくない。

十分な戦果に、助かる数多の命。

果たしてこれ以上のモノを求める事があろうか、いやないと。

そう私は断言して――――

 

 

 

 

 

――――はて? 喜ばしい? 献身?

 

 

 

 

 

………いや待て。まて。

これは一体全体、どういうことか?

 

 

「く、はっ!!」

 

 

自問し、抱いたおもいを思うと、嗤ってしまう。

そして嗤いは、ますます止まらない。

傍から見れば、狂ったようにも見えるだろうか?

自暴自棄、躍起になったかにも見えるだろうか?

勿論、これ以上の遅滞戦闘を続ければ確実に死ぬ。

そんな自殺に等しいことを理解しながらも、分かった上で踏みとどまる。

そんなことなど、もはや嗤っていないとやっていられないという思いも、ある。

もちろん長時間の戦闘で、脳内麻薬がこれでもかと分泌されている為に、自身の気分が高揚していることも自覚している。

しかし、いやはや我ながら可笑しなもので。

これを嗤わずにはいられない。

 

 

「はぁ? よろこばしい? けんしん?」

 

 

あまりにも、馬鹿ばかしい事である。

いつから私はそのような高尚な人間になったのだろうか?

些か、「生きる」事を望み「生きて」と願われた私とは、ソレ、行動はあまりに大きく矛盾している。

 

 

「ほんとうに、なんとあほうな」

 

 

その矛盾行動を想うと、穴があったら入りたいなどという、優しいレベルの話では済まされない。

思考と理性の放棄は、人間の尊厳の放棄。

そしてこの場では自殺行為だと知っていてもなお、できるものなら今すぐ実行したいと願う。

これはそれ程の、羞恥である。

しかしそれは戦いが長引けば長引くほどに、嫌なくらいにクリアになって。

思考と理性は私の矛盾行動を、より鮮明にさせてくださるのだ。

律儀にも、ありがたい事で。

お礼に、今すぐ敵前で舞でも舞って、仕舞には己の脳天に鉛玉をキスさせてやりたい気分である。

残念ながら、小心者の私にはそんな度胸も、それどころか今は時間的余裕さえも何処にもないが。

 

 

「みずからせんじょうにむかうようなぐこう!!」

 

 

これはさて、どういうことか? と、己を疑う。

可笑しな話ではあるが、自己の在り方は羞恥するほどに、どうにも得心のいかないものがある。

生き延びたいと望みつつも、死地に飛び込む愚行。

それ以前の、ジャンヌの救助の件もそうであった。

私が此処で戦っているのは何故か?

献身的前進? それは私が軍人であったからか?

いや少なくともそのような意識は、今は兎も角、はじめはなかったはずであった。

救助の決心? それは私が立てなかったから?

いや、そも、私はそこまで弱い人間であっただろうか?

己が思いつく限りの現実的行動理由は、どれも決め手に欠けていた。

 

………これは突拍子もない、暴論に近いものであるが。

一番に考えられるのは、私の根本的な問題。

ヴィルヘルミナと久瀬、その二つ前世のアイデンティティーの違いである。

一度目の人生であると認識している久瀬の記憶を、二度目の人生である一度目のヴィルヘルミナは、覚えている限りでは気付いていなかった。

その為に二人のアイデンティティーは独立した、全くの別人のものとして確立している。

久瀬は人並み当然の利己主義を、ヴィルヘルミナは依存的利他主義を。

私のアイデンティティーは、記憶がはっきり残っている久瀬をベースとしているが、無意識にも奥底に眠るヴィルヘルミナの思考が混じってしまえば、知らず知らずのうちに矛盾するのは当然の結果とも言える。

勿論これは憶測の話でしかない。

しかし最悪の場合、アイデンティティークライシスなんて事もあり得る。

それは嗤えない結末だ。

どの道、今後の為に私の意識と二つの前世の意識の違いをはっきりとし、レーゾンデートルを確固たるものとして持っておかなければならないのだろう。

まあそれも、生きて此処を出られたらの話ではあるのだが。

 

ひとまず、フラストレーションは目の前のネウロイへ。

撃っては壊し、撃っては壊す。

何度壊しても無くならない的は、それはそれでよいものだが。

無くならない、倒れてくれない敵は、それもまたフラストレーションでしかない。

つまるところ、逆効果であった。

まとわりつくように、私の視界をうねり動く黒は、煩わしい。

 

 

「ええい、ルクレール!! 奴は死んでも一発殴る」

 

 

今度はルクレール中尉にも矛先を向ける。

そも、私がネウロイの引き付けていたというのに、彼に任せたはずのシャルロットが何故あの場にいたのか?

その点に関して、少なからず思うところが無い訳ではない。

シャルロット(子ども)のやる事だ。

そして基地での言動を思い返せば、彼女が勝手な行動をしたと十分に推測はできるが、しかしそれでもである。

彼には、任されたベビーシッターくらい、果たしてほしかった。

 

さて、問題はルクレールら、そして戦局の動向である。

彼らが起こしたと思しき、時計塔方面からの二度の大規模爆破―――果たしてどれほどの爆薬をつぎ込んだのだろうかと問い詰めたくなるほどの爆発であった―――の後、彼らが戦闘を行っている様子がない。

撤退したのか? 全滅したのか?

ハッキリ言えば、不安である。

そしてその代わりというように、南側より激しさをます砲撃音。

私たちとは別の、不明の部隊が南にいるのだ。

その部隊は驚くべきことに、徐々にこちらに進出しているようで。

それはこの街の残存部隊か? はたまた此処より南方から撤退してきた部隊がただ遭遇戦を繰り広げているのか?

おそらくは後者であると、私は考えていた。

空のネウロイは私が引き付けているとはいえそれは全てではない。

またその部隊がいると思われる近くには大型ネウロイの姿も二体見られ、発光が絶えない。

大型のネウロイとあたり、それでも押し込める程の部隊となると相当の精鋭部隊か大規模、大隊以上の部隊となるだろう。

 

気になる。

一体戦局は、どうなっているのか?

分からないこと程、不愉快な事はない。

それは現代戦、無線があって当然の恵まれた環境を知っている故の恋しさで、苛立ち。

 

 

「ちっ」

 

 

と、ここでライフルの弾切れ。

手早く弾倉を入れたはずのポケットを探るも、なく。

見ればポケットの底が、抜けていた。

ビームをかすったときにでも、落ちてしまったのか?

たった一門でも、抑えていたネウロイの動きは手早くリロードが行えなかった分だけ自由になって、待っていましたとばかりに激しくなる。

堪らず、仕切り直しの為にも一度離脱を図る。

しかし離脱、その先で着地した屋根の上で。

私の膝は不意に、カクンと落ちる。

 

―――体力の、限界

 

脚に幾ら力を込めても。

対戦車ライフルを杖にしたとしても、力の入らなくなった足ではすぐには立ち上がれず。

立ち上がれない私を素直に待ってくれるネウロイである筈もない。

たちまち、包囲されてしまう。

 

 

「呆気ない結末だ」

 

 

此処で死ぬ? いや、認めたくはない。

だが、打開策がない私には、それが現実。

「此処で終わりなのか?」という、呆気なさ。

もう少し、あと少し。

私はやれると思っていた、それだけに、思うのだ。

 

子どもである、我が身を呪う。

これからと言うときに、子どもの、己の体力の無さ。

ほとほと呆れるも、しかし文句一つも口に出せないのは、ひどく、荒い呼吸を繰り返す故。

 

 

「………カルラ」

『なに?』

 

 

見上げる空には、数多のネウロイ。

彼らは無力な私を嘲笑うかのように、すぐにトドメを刺そうとはせず。

ただ私の上を、フワフワと浮遊し、廻る。

 

 

「すまない」

 

 

カルラだけでも逃がしたい思いはあれど、しかし隙無く包囲されている状態ではとても望める事ではないと、判断。

息も絶え絶えながらも、故に謝罪。

私にとって死は、自衛官として。

そして軍人として仕事(戦争)をしていた以上、いつでも覚悟していたことである。

いや、覚悟せざるを得なかったと言うのが正しいのだろうが、しかしカルラは違う。

カルラは、私に巻き込まれただけでしかなく。

彼女を私の道連れにしてしまうと考えてしまうと、心苦しくて仕方がないのだが。

 

 

『いい』

「カルラ?」

『ついていく。主の行くところが、私のいき先』

 

 

カルラの答えは、半ば予想していたものであった。

しかし思いは、違った。

 

『置いていかないで』

病院で、私が彼女を置いていこうとしたときの言葉。

しかしその言葉の意味を、どうやらはき違えていたようだ。

カルラの思いは、彼女とつながって、馴染んできて。

そして本当の意味で、伝わるのだ。

今の彼女には、恐怖も、怒りも、寂しさも、悲しみもなく。

ただ彼女の奥底にある思いは。

私と『共にありたい』と願う、とても純粋で、眩しいほど綺麗な思い。

 

 

「ばか」

 

 

彼女の思いは些か、私には眩しすぎた。

だから、多少の憎まれ口は許してほしい。

 

私は、ここで死ぬのだろう。

しかしただ黙ってヤられるつもりはない。

たとえここで死ぬとしても、無駄だとしても。

抵抗だけはヤめるつもりはない。

だから私はライフルを杖に、生まれたての小鹿のように震える己の脚を叱咤して。

今度こそ、立ち上がる。

そして見上げ、ライフルをゆっくりと構える。

その先にあるはずの空は、硝煙と灰で穢れて、灰いろ。

そして、ネウロイに埋め尽くされて、黒いろ。

私たちの蒼空は、もはや誰も見上げる事は叶わないのだろうか?

 

私がその先を知ることはないのだろう。

しかし思うのだ。

もう一度、あの空を。

叶うなら、望みたかった、飛びたかったと。

それだけが、心残り。

 

ライフルのトリガーに、指を掛ける。

最期の足掻きをせんが為に。

そして。

私を見下ろすネウロイ達は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――私を無視して、去っていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………………………………は?」

 

 

ネウロイは、去っていく。

南へ。

ライフルの先には、何もいなくなって空しい。

構えた先が、空だけに。

いや、なんの冗談だ。

 

 

「………は?」

 

 

今一度、疑問。

ネウロイの、突拍子もない行動。

そのおかげで、私は助かったが。

本当に助かったのか? これは夢ではないか? と。

その疑いが、ぐるぐる巡ってなかなか晴れない。

 

 

『主』

「なんだ?」

『主は、生きてる』

「そう、なのか………っと」

 

 

カルラに事実だと教えられ、ようやく生きている事を自覚できた安堵からか。

腰が抜け、その場にへたり込む。

内股で座る私は安堵に加えて体力的にも、そして死の緊張から不意に解放されたこともあって、しばらくは立てそうにない。

遠くに去る、ネウロイを見送る。

突然私を無視して去っていった奴らだが、そこに理由は無い筈がない。

その理由を探す為に、奴らの動きを注視する。

 

分裂したネウロイ、南の不明部隊の攻勢、私という脅威を無視しての撤退。

 

予想の域はでないものであるが、理由は、案外すぐに思い至る。

数多に隠された一が、あそこにあるのだ。

と、ここで北の方角より二発の信号弾。

色は、緑。

ルクレールより漸く、撤退の合図である。

 

 

「やっとか」

 

 

とはいえしばらく動けそうにないがと、肩を落とす。

私はそのまま脱力し、今は体力の回復に努めた。

 


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