だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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ルネ・ポール・フォンク
欧州史上最も偉大な兵にして、欧州史上最も愚かな将

――――とある戦争評論家――――


第二章/雪中撤退
老人の回顧、あの時


『――――ローヌ撤退戦について――――

 

南部に住まう者は雪と言うモノの存在を知っていても、積雪を見たことがある者は少なかった。

だから夢にまで見たしんしんと降る雪。

純白のウエディングドレスの色に艶やかな地平を初めて見た瞬間には筆舌に尽くしがたいほどの感動を、最初こそ覚えた。

が、その正体が、アルプスから吹き下ろす突風と相まって、地にいるすべての生き物に等しく冷たさを齎す暴力であったことを思い知らされることに、きっと皆、さほど時間は必要ではなかったはずだろう。

厚い雲と猛烈な吹雪は視界と日光を遮り。

昼夜の境界線が分からない程に幽々として世界を閉ざす。

それはまるで、世界の果ての如く。

 

そんな世界に踏み込んだ我々は、愚か者だろう。

しかし我々は愚か者に成り下がる他なかった。

雪原を進むしかなかったのだ。

全ては生存のための逃走の為に。

 

撤退戦は、困難を極めていた。

寒さは、我々の感覚を。

閉ざされた視界は、我々の時間と距離感を。

背後から迫る脅威は、我々の心を脅かし、狂わせた。

我々は皆疲労し、疲弊していた。

耐性のない民間人たちは、猶更であった。

それでも彼らが歩を止めずに進めたのは、希望があったからであろう。

遅速を補うために志願して決死の殿に臨んだ仲間達にも、希望があったからだろう。

リヨンの防空圏に辿りつけば、この地獄から抜け出すことが出来る。

そう信じていたからこそ、我々は進めたのだろう。

 

ようやく辿りついた大都市リヨンは、既にネウロイの手に落ちていた事も知らず。

 

リヨンは我々の南部での敗北の要因となった高高度強襲型ネウロイによる同戦術によって既にネウロイの巣窟となっていたのだ。

軍団はやむをえず迂回しこれを避け、更に北にあるディジョンに一縷の望みを賭けて進むことを決断したが、悪魔のいたずらか、猛烈な吹雪が視界を奪って我が部隊を軍団から分断してしまった。

 

燃料も弾薬も食料も、残りわずか。

視界不良、孤立無援の吹雪の中をそれでも我々は漸進したのだが。

しかし影が背後。

地響きを伴って押し寄せてきた。

ネウロイの大群が、我々のすぐ後ろまで迫っていたのだ。

 

部隊長のヤンス大尉が「とまれ」と命じ、応戦を唱えた。

反対する者は、いなかった。

我々にいかほどの抵抗が叶うだろうか。

それもまた心配する者は、誰もいなかった。

 

我々は、今ここで、肉璧となり、死兵となるのだから。

 

我らは少しでも軍団と、民間人らが北に向かうまでの時間稼ぎをせんと意気込むも、皆分かっていた。

軍団からの連絡はつかず、はぐれて久しい。

軍団は、もはや組織として成り立たないほどに形骸化してしまったか、それとも既に全滅しているかさえ分からない。

もしかしたら我々は軍団最後の生き残りであり、この決戦はただの自殺行為、無駄なのかもしれないと。

 

それでも。

嗚呼どうか。

ディジョンよ、無事であってくれ。

軍団よ、無事に人々をディジョンに届けていてくれ。

私は、祈った。

迫る死の群れを前にして震える私には、祈ることしか出来なかった。

それは正義感から来る、崇高な自己犠牲ではない。

私はただ、来たる私の死の無価値を思いたくなかったのだ。

 

 

――――R・ルドワイヤン著『観測域3マイルのガリア』より――――

 

 

◇◇◇

 

 

西暦1999年と西暦1939年の12月 ジュラ県

 

 

 

 

 

嗚呼、目を閉じれば、また夢に見る戦場。

第二次大戦最初期以前から一兵士としてガリア陸軍に従軍し、撤退戦を生き延び、ガリア戦線をも経験した従軍兵士であった老人は、今日も繰り返される夢を見る。

懐かしの戦場を。

クソッたれな戦場を。

 

肌を焼いた、我が身すれすれを飛び交う閃光。

鼻を劈く、硝煙と生焼けの血肉の匂い。

目の前で、蟻の様に踏みつぶされる戦車、飛び散る同胞。

耳に残る、人の悲鳴、怒号、叫び。

駆けてきたその地獄のような空間を、白髪になり古木の様に皺枯れる歳になってもなお、彼の五感は未だに戦争のことを鮮明に覚えていた。

いや、忘れる事はできなかった。

片時も忘れる事は許されなかった。

 

終戦後も繰り返す夢は悪夢であり、苦痛であった。

終戦してもなお付きまとう戦争は彼に忘れさせる為のあらゆる手段を講じさせた。

医者に掛かり。

酒におぼれ。

暴力に訴え。

快楽を求め。

薬にさえ手を出した。

しかしどれも彼の悪夢を忘却の彼方に追いやる助けとはならず、ついには親戚の者らの手によって精神病院に入れられてしまう。

親戚の者たちは、彼を厄介払いで病院に追いやったのだ。

しかしてどのような思惑であれ、彼は親戚の者たちに感謝していた。

それが彼の転機となったのだから。

 

病院では専門的なカウンセリングを受け。

自身と同様に前戦争の記憶に苦しむ人がまた大勢いることを知り。

教養のある神父の教えに諭されて、また心の支えとなる宗教を得た。

結局彼の悪夢こそ取り除くことは叶わなかったが、精神病院で生まれた心の余裕は、やがて彼の悪夢を己の義務として認識できるまでになる。

 

あの戦争を、生き延びた己の義務。

己はガリアの国と国民の為に戦った同志たちの気高さを、苦しみを、痛みを、風化させてはならないバトン、それが己なのだと。

 

悪夢を義務として了解し、受け入れることが彼にとっての解決となり、そうして義務を認識した彼が退院後、記憶を記憶とする為に進んで筆を執るまでにさほど時間はかからなかった。

 

 

「おじいちゃん!!」

「………おやおや」

 

 

そうして歳月が経ち。

悪夢を受け入れた彼は義務を遂行し、家庭を持ち、新たな生と別れを迎え、あとは己の来るべき時を静かに迎えるばかりとなった。

そんな彼が庭先のチェアでうつらうつらとするのを妨げる様にその腕を無遠慮に引っ張って、意識を引き戻したのは彼の孫娘であった。

 

 

「ご本読んで!!」

「何処を読んでほしい?」

 

 

孫娘はゆっくりと起きた彼に、本を差し出した。

それは彼の書いた、戦争の記憶であった。

 

未だ文字が読めないほどに幼い孫娘。

そんな孫娘が見るには些か生々しい内容であるはずの本を、しかし孫娘は好んでせがむ。

 

 

「『白銀』様のおはなし!!」

 

 

それは、孫娘の名の由来。

ガリアと、人の為にその身を捧げた『彼女』に、憧れる故に。

 

無垢な目と綺麗な手で、硝煙と血に濡れた本を差し出す孫娘。

今は文字が読めないが、いつか真実、その本の内容を知る時が来てしまう恐ろしさ。

そして次代に記憶のバトンを繋げる喜びを密かに同居させながら、今日もまた、孫娘に語る。

 

 

「今日はローヌのお話をしようか」

「わぁい!!」

 

 

彼は、ルドワイヤンは。

彼の義務を果たすため今日もまた、語る。

 

 

◇◆◇

 

 

運命の行方は、決して分かるモノではない。

そんな事を思わせる、彼の生死を分けたひとつ、ローヌ撤退戦のことをもちろん覚えていた。

その当時、ルドワイヤンは軍団の殿を務めるために編成されたC大隊第三中隊のライフル班であった。

ライフル班は前衛を務める機銃小隊が足止めする間にネウロイを確実に仕留めつつ、迫撃砲隊に着弾観測を伝えることが任務であった。

ネウロイの動きは銃弾の雨と寒さでかなり制限されていたことから狙撃による撃破は容易であったが、ネウロイはよくよく列をなして迫り、恐怖と言うモノがない奴らは最後の一体になるまで進むのを止める事無く途絶える事のない砲火を並べるものだから、彼らの、特に足止めを務める前衛隊の被害は甚大。

更に豪雪極寒のローヌは装備、機器の制御を困難にし、故障を誘発させ、熟練兵でさえ疲労困憊で、まともな任務遂行もままならない劣悪な環境下だった。

 

それでも抵抗し、ネウロイを退け、北に漸進していたそんなある日の事だった、よく覚えている。

聞いた事もない地響きを引き連れたネウロイの列。

見た事もないほどの、地平線を覆い隠すほどのネウロイの戦列に対して、C大隊は小高い丘の斜面に陣取って、文字通り決死の抵抗を試みていた。

 

ハッキリと、その時交わした言葉の一語一句さえ、ルドワイヤンは覚えていた。

 

 

「円匙、それは文明の利器。円匙万歳」

「穴、それは人類最古の住処。穴蔵万歳」

 

 

そう言って。

男どもは、砂を掬う。

円匙で以て。

麻袋に砂を積めるのは、土嚢を作る、そのためであった。

その時、彼の所属していたライフル班は自己の判断で丘の中腹に塹壕かタコ壺か判断のつかぬ穴蔵を驚異的な速さで設けつつ、そこより抵抗を試みていた。

 

 

「再装填する、援護してくれ」

「了解した………嗚呼なんてこと。D小隊が呑まれる、可哀想なやっ―――――」

 

 

切れた弾の再装填の為に、塹壕に隠れたその時に。

ヘルメットが突然熱した鉄板のように焼け、ルドワイヤンが慌ててヘルメットを脱いだその隣で、牽制射を放っていた軍曹の言葉が途絶えた。

マネキンの様に直立のまま、後ろに倒れた軍曹の首は、なかった。

行方は知らない。

 

彼と仲間は連続着弾を警戒して頭を下げるが光線はその一発以降、彼らの穴蔵に着弾することはなかった。

幸か不幸か、その一発は流れ弾であったらしい。

 

 

「っ、腕が!? 俺の腕がぁ!!」「衛生兵!!」

 

 

すぐ傍で崩れ落ちる音と、慌てて衛生兵を呼ぶ声。

どうやら誰かが光線の巻き添えを喰らったらしいが、しかし衛生兵はもう来ないことを、彼は知っていた。

ついさっき、隣で死んだ軍曹が、その衛生兵であったのだ。

 

硝煙と焦げたたんぱく質をミキサーにかけて、不格好のまま提供されたような臭いはクソッたれお芋国家お得意のザワークラウトを想起させた。

思わず鼻をつまみたくなる臭いに加えて、横にいた新兵が嘔吐してさらにトッピング。

混沌とするその場から逃れる様に、彼は死んだ軍曹のカバーを引き継ぐ。

 

 

「………K小隊が」

「勇敢な奴らだ。恐れいるよ」

 

 

再び穴から顔を出せば、着弾した光線によって蒸発した雪のその向こうで、眼前までネウロイの迫っているD小隊の後退のカバーに、後方にいたK小隊が駆けつけているのが見えた。

驚愕するべき光景だ。

光線の驟雨が打ち付ける戦場をものともせず、味方の救援に駆けつける命知らずで勇敢なK小隊の面々に、彼は頼もしさを覚えた。

 

 

「迫撃砲隊に連絡、K小隊の支援をするよう伝えろ」

 

 

ライフル班の班長である先任曹長がK小隊に配慮して近くの通信兵にそう命じた時、若い通信兵は突然大声を上げた。

普段は嫌な内容しか伝えてくれない彼らだが、その燥ぎ様は、嗚呼。

まるでクリスマスにプレゼントが届いた子どもの様であったと振り返る。

 

 

「援軍ですっ!! 援軍が来ます!!」

 

 

嬉々としてそう叫んだ通信兵を、彼らは皆ポカンとした顔をして、その通信兵の顔をまじまじと見て。

すぐ近くに着弾した流れ弾の地響きで、ようやく彼らは我に返ってその通信兵を憐れんだ。

嗚呼、シェルショックを起こして白昼夢を見たのかと。

通信兵から有線通信の受話器をひったくった班長は、少しばかり受話器を耳に当てた後、呆れた様子でコードをつまんで受話器をプラプラと揺らしてみせた。

受話器からは、ノイズ。

先ほどの流れ弾で、何処かでコードが切れてしまったらしい。

 

 

「あー諸君、聴け。聞いての通り、どうやら援軍が来るそうだ」

「来ますかね? そんな物好き」

「さぁな。来るとしたら、相当のマゾ野郎だよ」

「ハッハッハッ、ですな!!」

 

 

冗談めかして訓示を通達する班長に、ライフル班の面々はドッと笑った。

久方ぶりの緊張の弛緩に、彼もまた心の落ち着きを取り戻す。

 

 

「俺だって、欲しい。援軍が欲しい今すぐに」

 

 

ひとしきり笑った後、班長の零した一言は、皆の総意であった。

しかし援軍なんて夢物語であることは、戦場を知る彼らは誰よりも知っていた。

 

 

「しかしだ、さて、来るか分からぬ騎兵隊の到着を待つよりも、我々よりも騎兵隊の到来を待つ者が眼下目の前にいるわけだ」

「行くのか?」

 

 

彼が問うと、班長は大きくうなずき答えた。

 

 

「使っていない軽機関銃があっただろうルドワイヤン、それを持ってついて来い」

「因みに訊いておくが、拒否権は?」

「ない。あとそこの2名、手榴弾を持てるだけ持ってついてこい。残りは残って後退するD小隊の援護だ」

「A vos ordres」

 

 

味方の危機。

ならば騎兵隊の様に颯爽と駆けつけよう。

そう、まさにK小隊に倣わんと、勇んで飛び出した彼であったが、一時の勇気と余裕はそこまでであった。

丘の斜面を駆ける彼らは平地で応戦する前線部隊よりも目につく存在だったのか、D小隊を攻撃していた筈のネウロイらは見渡す限りその全てが彼らを標的とした。

もはや面にさえ見える弾幕の嵐。

たまらず彼らは頭を伏せ、ほぼ匍匐のような状態で駆けて、近くの岩陰に飛び込んだ。

 

そこで「あっ」と、ルドワイヤンは思わず声を漏らした。

 

振り返る形となった彼の視線の先。

当然、それはもと来た道に向けられていたのだが、そこでたまたま目に入ったのは、光線の一発が、彼らのもといた穴蔵に直撃したところであった。

 

すると「ひぃ」と、短い悲鳴。

 

それは彼の隠れる岩陰に共に隠れていた、先ほど嘔吐していた新兵のものであった。

可哀想に。

彼もまた仲間がいたはずの穴に光線が直撃したところを見ていたのだろうと同情する。

 

 

「ルドワイヤン見ろ!! 奴ら、寄ってたかって俺たちを歓迎しやがる!!」

「人気者だぞ、良かったな!! 嬉しいか!!」

「嬉しくて涙が止まらん!! しかし奴らばかり馳走の大盤振る舞いさせる訳にはいかないな!!」

 

 

近くの岩陰に隠れる班長が苦笑いで、光線の轟音に負けじと叫ぶ叫びに彼もまた応える。

不意に班員を流れ弾で失ってショックを受けた彼と違って、笑みを絶やさずジョークを忘れない班長を頼もしく思いかけたルドワイヤンだが、班長の様子を見て、すぐにそれが勘違いであったことに気づく。

班長は、ただ、見ていなかっただけ。

 

地響きが迫る。

ネウロイの戦列が徐々に迫るのを、岩陰越しに彼は感じる。

逃げ出したい、だが逃げない。

ルドワイヤンが圧倒的戦力差を前に逃げ出さなかったのは、兵士としての崇高な使命うんぬんなんて大層なモノではなく、己よりも情けなくガタガタ震えて失禁している新兵が傍にいたからなのだろうと、振り返って思う。

 

 

「鉛玉と手榴弾を喰らわせろ!! ルドワイヤン!! どっちが多くネウロイを倒せるか勝負だ!!」

「正気か!? D小隊とK小隊が巻き添えになるぞ!?」

「心配ない、見ろ!! あいつら既にうまく逃げているぞ!!」

 

 

まさかっ、と驚愕して岩陰から覗けば、確かに彼らがネウロイの戦列から逃れ、無事に後退しているのが見えた。

 

救助には、成功した。

しかし、これでは………

 

ふと、ルドワイヤンは撤退している小隊のひとりと目が合った。

申し訳なさそうにこちらを見ていた彼を見て、ルドワイヤンは察する。

彼らは思ったに違いない、と。

我々を逃す為に彼らは挺身したのだと。

きっと彼らには、まさにルドワイヤンらが騎兵隊に見えたに違いない。

 

 

「違う、そうじゃない」

 

 

呟いた、泣いた。

しかし、だから助けて、とは言えず。

言ったとしても、聞く者は最早なし。

孤立無援の状況に立たされたルドワイヤンは言葉の体をなさぬ怒号らしき雄叫びを上げて、手に持つ軽機関銃の引き金をネウロイに向けて引いた。

 

打ち出す銃弾は、志願したウィッチらによって事前に魔力が付与されたもの。

そして手榴弾にいたっては、とあるウィッチの固有魔法が付与されたものであった。

それらがあったから、魔力を持たない彼らでも、ネウロイと戦えた。

 

 

「喰らえっ!! くたばれっ!! 死ね消えろっ!!」

 

 

放つ銃弾が壊す朱黒と。

投げる手榴弾の蒼が、鮮やかな朱黒蒼の花火を造る。

特に炸裂する蒼は、威力はもとより魔力が込められているためか、小型であれば一撃で仕留められるほどの代物となっていた。

支給され、幾度も襲撃を退ける援けとなった、ソレ。

心強く思っていた。

しかし、今は無意味。

ほんの数体吹き飛ばしたところで、迫るネウロイは数えきれない。

 

もはや奇跡が起きなければ助からない。

眼前の死を覚悟した。

しかし恐怖を通り越して少し冷めた彼の思考は、ふとはてなと、おかしな疑問を抱かせる。

 

それは何故あのネウロイ群が、すぐそばで撤退するD小隊とK小隊を無視して、目立っていたとはいえ遠くの自分らに目標を変えたのかという疑問。

 

 

「おいルドワイヤン、何体殺った!? こっちは、………おい新兵っ、何ぼさっとしているんだ!?」

 

 

すっかり忘れていたルドワイヤンの傍に居る新兵に、班長が「戦え」と怒鳴る。

ああしまった。

ネウロイに気を取られて新兵が未だに震えていた事に気付かなかったと、ルドワイヤンは新兵をフォローしようと振り返れば。

ルドワイヤンが見たのは、新兵が慌てて落とす、ピンの抜けた手榴弾。

 

 

「ちょっ!?」

 

 

彼は慌てて手榴弾を蹴飛ばして。

新兵を庇い伏せたら衝撃。

彼らと、班長のいる岩の中間で、手榴弾は爆発する。

 

 

「なにを『――――――――――――――ッ!?!!?』

 

 

ルドワイヤンは、彼らは固まる。

そして彼らの背筋がサッと凍るのは「何やってるんだ」と、新兵に怒鳴る。

その声をかき消すほどの壮大な悲鳴が、彼らのすぐ傍から聞こえたから。

この世のものとは思えない奇怪な悲鳴は、確かに地面の、手榴弾が炸裂したすぐ下から聞こえたから。

直後、身の底を揺らすほどの揺れが起こり、突如地面が盛り上がる。

盛り上がった地面は遂には割れ、そこから現れたのは朱黒い突起物。

 

 

「マジかよ………マジかよ…………」

 

 

絶句して見上げるソレは、上半身にあたる黒い突起物はドリルに似た形状をしていて。

地面から現れた下半身は細長い四脚。

四脚で立てば、実に十メートル程の高さにもなるそいつはアンバランスで、不格好なそいつの名を、ルドワイヤンは誰に教えられるまでもなく、知っていた。

 

ネウロイ。

人類の敵。

 

 

「くそっ、くそっ、ふざけるなっ!! ふざけるなこの化けも―――――」

 

 

叫んだ班長が、軽機関銃を撃つも悉く弾かれて、くしゃっ。

四脚のひとつを班長に向けたネウロイは、無感動に脚を踏み下ろす。

飛び散る臓物が、雪原に咲く真っ赤な華を彩る。

 

 

「うわっ、うそっ、やめぇ―――――」

 

 

残ったもうひとりが、横薙ぎに放たれた光線の向こうへと消えていったのを見送って、ルドワイヤンは「嗚呼、次は俺たちの番か」と他人事のように思いながら、新兵が持っていた手榴弾を奪ってピンを抜く。

 

 

「ふざけやがって………俺たちがいったい何したっていうんだよ」

 

 

ネウロイが、ゆっくりと振り返る。

下からはネウロイ群がまた迫っているのを、ルドワイヤンは地響きで感じる。

どうせ、助からない。

どうせ助からない、ならば。

 

 

「折角此処まで逃げてたっていうのに、みんな殺しやがって………野郎ぶっ殺してや―――――!?」

 

 

道連れにしてやると。

ルドワイヤンが特攻しようとしたその瞬間。

ネウロイが、突如ブレた。

横から来た閃光に、弾かれ倒れた。

 

その閃光は、綺麗な蒼色をしていた。

 

 

「退け、曹長」

「………えっ?」

 

 

空から声が降ってきたかと思えば、ひらり。

上から少女が降ってきた。

 

ボロボロになった空軍の士官服を身に纏い。

身の丈に合わぬ対戦車ライフルを抱えて。

ネウロイの上に降り立った少女。

彼女を遠くから望んだことはあった。

だが、近くで見たのは初めてだった。

 

 

 

『――――――――――――!!?』

「煩い」

 

 

叫ぶネウロイに一発、二発、三発と。

容赦なくとどめを刺した少女は、鮮やかな白銀の髪をかき上げる。

露わになるその顔は息を呑むほど美しく。

しかし左眼をはじめとした至る所に巻かれた包帯は血をにじませて。

それでも戦う彼女の名は、『白銀』。

ヴィルヘルミナ・フォンク・ルドルファー。

 

 

「ああそうだ。私だ曹長」

 

 

正面に立った彼女は頑張ったなと微笑んで。

よく耐えたと彼らを労う。

 

 

「此処は引き受けた。君たちは下がれ」

「しかし、中尉」

「私なら大丈夫だ、心配するな」

 

 

実力は知っていても、姿は未だ幼い少女。

彼女にひとり任せて後退するのは気が引けた。

 

そんなルドワイヤンの思いを察してか、彼の持っていた手榴弾をそっと取った彼女はそのままの体勢で、視線すらそのままで、ネウロイ群に向かって横薙ぎに投げる。

投げた手榴弾は振られた腕からは想像もつかないような速度でネウロイ群の中心へと飛んで、炸裂。

たったひとつの動作でも、彼女の力量を証明するには十分であった。

 

だから、だからこそ。

ルドワイヤンは彼女に任せて後退した。

 

後退した丘の上では、歓声を上げて彼女を称える声。

そこまで来て振り返って、見た彼女の戦いぶりは、まさに英雄と呼ばれるに相応しい戦いぶりで。

無数のネウロイ群をたった一人で蹂躙している姿は、胸のすく思いで、ルドワイヤンもまた彼らに混じって彼女を称えた。

 

 

 

 

 

………ただ。

 

 

◇◆◇

 

 

「………おじいちゃん?」

 

 

孫娘にそこまで読んだルドワイヤンは、ふと思う。

あの時の記憶はハッキリとして、覚えている。

それでも、未だに分からないことが、彼にはあった。

 

 

『ああそうだ二等兵』

 

 

撤退する直前。

包帯の巻かれた左眼を気にするように撫でたルドルファー中尉は、まるで悪戯を思いついた子どもの様に新兵を指さして、「持ってる手榴弾は残さず全部置いていけよ」と言った。

その時はなんの疑問に思わなかったが、おかしな話だ。

何故彼女は、新兵が手榴弾を持っている事を知っていたのだろうか?

しかも、多く持っていることもまた知っているかのような、口ぶりで。

 

そして何よりも分からないのはその後の。

手榴弾を受け取った後に呟いた、彼女の言葉。

 

 

『教えてくれてありがとう、曹長』

 

 

虚空に躊躇なく向けられた言葉は。

きっと自身に向けられたものではない。

生きている曹長は、自身しかいなかった。

 

それ以外には誰もいなかったはず。

強いて言うなら死んだ班長の残骸しかない筈なのに、それなのに。

しかしそちらに確かに向けられた言葉。

ならば。

彼女は、まさか…………

 




みんな。
ツッコまないでくれ。
絶対にツッコまないでくれよ、頼むから。

分かってる。
「ルドワイヤンたちが隠れた岩堅すぎだろ」とか。
「迫るネウロイ遅すぎだろ」とか。
「そもそも投稿遅すぎだろ」とか。
だからツッコまないでくれ、絶対に。
分かってるから、うん。
それじゃあ


















みんな、今です。
さあツッコめ(真顔)

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