だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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お待たせ(げっそり)


会談/だから彼女はココロミル

西暦1939年12月1日 リヨン郊外

 

 

ドモゼー領を抜けてから半月あまり。

いよいよリヨンが見えてきたという時、軍団の誰もが安堵していたところ。

やっとネウロイの影におびえる事がなくなるものだと、彼らは誰しも安堵していたところ。

リヨンから飛んできたのは小型飛行ネウロイの群れ。

その奥からは、数多の陸戦ネウロイも波となって押し寄せた。

対空兵装を持たない軍団は制空権を容易に失い、身を隠すところない平地では格好の的となって釣瓶打ちにされる。

ロクな抵抗も、できずに。

 

 

「通信、本隊司令部はまだ呼び出せないか!!」

「やっています中尉。ですが回線が混乱していて………」

 

 

慌てふためくところではないと理解していながら、ヴィルヘルミナは自身が冷静さを欠いている事を自覚する。

この時、ドモゼー領残存部隊を中心に構成されたヴィルヘルミナ隷下増強混成中隊は軍団後方に位置しており、ヴィルヘルミナの右目には奇襲され、混乱する本隊のありさまがよく見えていた。

まさに飛行型ネウロイ群が、ルネのいる司令部に奇襲をかけている様子も。

 

朱光が地を嬲り、煙が昇り。

悲鳴と爆音が、彼女の耳を劈く中。

人の心は、雑多に業火に焼かれて()せる。

 

………エアカバーに。

 

次々に消される人の心に祖父の姿を彼女の右目は捉えていない。

だがこのままではそれも時間の問題だと覚悟する。軍団の壊滅も同様。

気持ちは、逸る。それでも動かないのは、彼女はもはや個人ではないことを理解していたから。

それ以前に、度重なる出撃による疲労と負傷で、身体は彼女の気持ちに応えられない。

今は、軋み、痛み、立つことすらやっと。

 

 

「司令部、機材トラブル!!」

 

 

混乱する回線の中で情報を拾い上げた通信兵は称賛に値するが、齎した情報は最悪なもの。意味を知る士官らは誰もかれもが顔色も青くした。

 

慌てるな。

今己のやるべきことは………。

 

軍人として、人の命を預かる身として今ここにいる己が動揺を見せるわけにはいかないと、ヴィルヘルミナは私人としての感情を制し、数秒の思案の後に指揮を飛ばす。

 

 

「………至急機材点検!! 異常がないなら広域無線で全軍に繋げ!! ルクレール中尉!!」

「各員点呼!! 装備点検!! 残弾確認!!」

 

 

みなまで指示出すまでもなく、察するルクレール中尉に感謝し、ヴィルヘルミナは戦場の惨状を改めて見渡す。

希望的観測を持たず。

楽観的心構えで。

悲観的に思考する。

私情を切り離したならば、最悪な戦争におかれ、十年来の習慣とも呼べるまでに繰り返したそれは、ヴィルヘルミナにとってはさほど難しい事ではない。

 

程なくして通信兵らは機材が正常であることを報せた。

誰も望まない報告であった。彼女にとっては猶更である。

しかし想定していた以上、一切の動揺もなく指示を、己がやるべきことを彼女は確固として続ける。

 

 

「広域通信にて送れ『全軍即刻後退サレタシ。ワレ、ヴィルヘルミナ中隊。突貫挺身ヲ以テ後退ヲ助ケン』と」

 

 

統制の回復が望めない軍団に、組織的抵抗は期待できない。

相対しているネウロイが、ドモゼー領と同様であるならば、戦闘は猶更無意味である。

 

 

「『ガリア万歳』と、末尾につけさせるか」

 

 

思いついたように、その方が栄えると、ルクレール。

確かに、オールハイルガリア!

それはいい響きだが、だがまだ死ぬつもりはないぞとヴィルヘルミナはくつくつと笑い、ルクレールを小突いた。

 

さも余裕らしく振る舞えば、周りにも余裕が生まれる。

そのことを心得てか、配慮のみならず冗談まで交えたルクレールはなかなか得難い人物だと彼女は評価する。

 

 

「死ぬつもりはないが。仕事だ、ルクレール中尉」

「制空権を奪われた中で、中隊で以て混乱する軍団の撤退支援か。なかなか難しい注文だが、ルドルファー中尉。さてどうする」

「ルクレール中尉は部隊を率いて左翼側面より殴れ。足並みが揃わないあちらが手ごろだ」

 

 

出現したばかりのネウロイを、知り尽くしたベテランの様に語る幼女に、ルクレールはもはや驚かない。毒されているとも言う。

研究者すら知り得ない、ネウロイにも練度ともとれる個体差らしきものがあることを知るのは、生前のヴィルヘルミナの知識と、練度を瞬間に見極められるほどに培われた生前の久瀬の経験則。

 

 

「正面に集中する敵の側面への機動打撃は鉄床戦術。いや、それとは呼べないお粗末なモノだが、これで敵進行を食い止める程の打撃が叶うと?」

「効果の算段はしても、無理とは言わないか」

「信頼と言ってほしい。問題は制空だ」

「私が」

「それが妥当か」

 

 

あまり使いたくはなかったがと、ヴィルヘルミナは懐のアンプルに手を伸ばす。

ドーゼ医師から無理を言って譲ってもらったそれの中毒性は、重々理解していた。

しかし先の日の祖父との会合の約束を気にするあまり、目の前の窮地に最善を尽くさないのは愚か者。鬼が笑うだろうと、ヴィルヘルミナは諦める。

 

 

「だがな、ルドルファー中尉。了解は、できない」

 

 

薬を打ったところで、ルクレールが待ったをかけた。

だから、出撃を止めたいわけではないらしいとヴィルヘルミナは察する。

 

 

「了解はできない、一人ではな」

「確かに、今の私では不十分か。ならばどうする」

「後続、C大隊の砲兵中隊を誘う」

 

 

その意味を考えて、至った答えにヴィルヘルミナは笑う。

 

 

「ハッ、今は地上のレディにすらろくに使い物にならないイチモツを、空に向けるか」

「不憫だ、言ってやるな」

 

 

戦場の神と名高き野砲だが、撤退戦、機動戦ではまったくの無用の長物と認識しているヴィルヘルミナが当然と思って下す酷評に、ルクレールはよろしくないと止める。

確かに砲兵隊は、ドモゼー領では随分と世話になったと思い直してそれ以上は噤んだ。

 

 

「今までろくに撃てなかった分、弾に余裕はあるだろう。野砲の口径ならば、気休めでも君の支援にはなる」

「数撃ちゃ当たると? よろしい。では仕事にとりかかろうか、中尉」

「了解した、中尉」

 

 

薬が廻り、痛みが消えて、さあ空へと上がれば、彼女の眼下には戦場のありさまが見渡せた。

輝きにすら錯覚するほどに皓皓たる彼女の右目の碧眼は、未だ彼女の祖父を見ない。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

西暦1939年12月17日 ジュラ県

 

 

 

 

 

デ・ヤンス大尉麾下のルドワイヤン曹長に導かれ、ヴィルヘルミナらが入る教会の内部は、打ち捨てられたかのように朽ちている外装に似合わず、よくよく手入れが行き届いていた。

 

祭壇に続く紅いカーペット。両脇には長椅子がずらり。

教会内部は本来明かりの役目を果たすはずの、壁に並んで掛かる燭台に明かりが灯っておらず、薄暗い。

しかし教会天井に設けられた天窓に集光された、僅かな外光は薄暗いからこそ、彼女らの歩く紅いカーペットの中央に仄白い光の道をつくる。

静謐で厳粛な雰囲気の中、薄暗い世界に唯一差す光、その意図は――――

 

そこまで思ってヴィルヘルミナは、天に向けていた意識を前に戻した。

並んで歩く数足の軍靴の音が、光を挟んでこちらに迫る。

 

 

「久しぶりですね、ルドルファー中尉………失礼、貴女にとっては『はじめまして』の方が正しいのでしょうが」

 

 

軍靴の群れが、揃い並ぶ。

光の下に現れたのは五名。

従兵を連れて先頭に立ち、進んで彼女に敬礼を向けるのは大尉の階級章を付けた東洋系の男。

 

 

「C大隊第三中隊のヤーベです。中尉、先日は危ういところを助けていただきありがとうございます」

「司令部隷下選抜中隊のヴィルヘルミナであります。大尉、お互い無事で何よりです」

 

 

敬礼を交わす。

東洋の血が色濃く出たであろう黒瞳黒髪に、線の細い童顔と眼鏡の男は、その階級をつりさげるには随分と若い印象を受けた。

五人で唯一陸軍将官用の上級軍用コートを羽織った彼は、どう見積もったところで齢30程度か。

東洋人を見る目が肥えているヴィルヘルミナはそう見た。

 

 

「外は寒いでしょう。立ち話も何ですから」

 

 

デ・ヤンス大尉が案内したのは祭壇左奥にある部屋であった。そこは司祭の部屋らしい。

中は古びた書籍がぎっしりと収められた本棚に、テーブルがポツリ。

奥の小窓が吹雪に吹かれてぎしぎしと悲鳴を上げていた。

ヴィルヘルミナがひょっこひょっこと入室し、ジョーゼットもとてとてと続く。

デ・ヤンス大尉は民間人らしいジョーゼットが当然の様についてくることに何か言いかけるも、緊張している様子と彼女の腕に着けた赤十字の腕章を見て、口を閉じた。

彼もヴィルヘルミナのドモゼー領から此処に至るまでの奮戦を知らないわけではなく、幼女を虐める趣味もない。

 

 

「この度はご足労頂いて申し訳ありませんルドルファー中尉」

「いえこちらこそ、要請にお答えできず申し訳ない」

 

 

二人は対面で着席すると、まずデ・ヤンス大尉が呼び立てた事を詫びた。

ヴィルヘルミナも返す。当然皮肉も含めて。

 

 

「怪我の具合は」

「大尉、私の事を心配してくださるとはありがたい。しかしご安心を」

 

 

ヴィルヘルミナは懐に持つ、ひとつのアンプルを取り出し見せた。

それは戦場に出た事のある兵士ならよく知る鎮痛剤の一種だが、デ・ヤンス大尉は顔をしかめた。

冗談と言うには。

 

 

「ジョークが過ぎるな、中尉」

 

 

おだやかではない、と。

 

ただ、その反応。

至極品行方正で善良な人らしいデ・ヤンス大尉の反応に、ヴィルヘルミナは怪訝そうに首を傾げた。

デ・ヤンス大尉の反応は些か、奇怪。

 

 

「………大尉、時間は有限です。今は現状の確認を優先いたしたく思います」

 

 

さて、うん。

どうやら注意するべきは他にあるようだと心得て、まあ今は結構とヴィルヘルミナは切り替える。

 

机上に地図を広げ、宜しいか?

と、彼女は大尉の無言の了解を求めたら、互いのこれまでの動向の確認を図る。

実のところリヨン陥落を知らずに進んだ梯団が、リヨンを占拠していたネウロイ群に奇襲的打撃を受けて以来の軍団の動きを、ヴィルヘルミナは大まかにしか把握していなかった。

それはヴィルヘルミナら選抜中隊が編成された所以にあたる。

 

 

「デ・ヤンス大尉はご存知の通り、リヨン陥落を知らずに侵入した我々は兵民問わず看過できない損害を被りました。幸いディジョン基地の無事は確認できたためそちらに向かうこととなりましたが最短の撤退路となる北進はリヨン他、周辺数都市の陥落により現軍団の人員規模での通過は困難を極めると判断したため東進、ジュラ山脈の地形を頼りに進むことを余儀なくされました。しかしながらこれにあたるには負傷者の搬送は軍団の能力を超えると首脳部は判断。選抜中隊を編成、小官はこの中隊を以てソーヌ川を用いて負傷者ならびに東進行軍に耐えられぬ人員の輸送にあたることとなりました」

 

 

淡々と語ってはいるものの、まともに動けぬ負傷者と、体力乏しく老い先短い老人をはじめとした民間人を抱えて少数で以てネウロイ勢力圏を突破し、ソーヌ川からの搬送を試みる事など切り捨ても同然。作戦とも呼べぬ。

まともに遂行しようものなら、まず生きては戻れぬだろう。

ならば、目の前にいる彼女は、逃げのびたのだろうと考える。

 

彼らを見捨てて。

 

大を生かす為に、小を捨てる。

国家と国民に忠を誓った軍人として、許されぬ行いだろう。

それでも彼は、ヴィルヘルミナを称賛する。

哀れを、思うのならと。

 

 

「よくやった中尉、君の活躍は―――

 

 

――――称賛に値する」のか?

と、疑問を抱いても。

 

言える事は、年端のいかぬ少女が担ってよい汚れではないこと。

デ・ヤンス大尉は労う一方で、人並みの正義感をもって、命令を下した首脳部に憤慨する。

 

 

「ええ、大尉ありがとうございます。我々も船を十分確保できなかったばかりに、我々だけは東進を余儀なくされましたので大変でありました」

「………今なんと?」

 

 

彼の憤慨が、挫かれるまでは。

 

この子は今、なんと言ったか?

聴こえてはいても意味を理解できずに思わず聞き返すデ・ヤンス大尉に対し、ヴィルヘルミナは説明が明瞭でなかったのかと恥じて、繰り返す。

 

 

「失礼しました大尉。小官以下中隊は、任じられました命令に則りまして敵勢力圏に侵入。ソーヌ川に停泊しておりました民間船舶を利用し民間人ならびに負傷兵の離脱を確認したのちに敵勢力圏を離脱しました」

「なるほど、分かった、結構」

 

 

果たした? 信じがたい。

いや、虚言に違いない。

しかし彼女はドモゼー領での活躍を見れば………

 

ざわりと、並ぶ士官らが驚愕する中でただひとり平然とする大尉も、内心はまた彼らと同様である。動揺していたのである。

ヴィルヘルミナが虚言を呈している様子はない。ならば、彼女の告げたことは事実なのだろうとデ・ヤンス大尉は信じる。

 

一方で、ヴィルヘルミナが受けた作戦が失敗前提のものでないのであれば、疑念が残る。

 

 

「首脳部は、フォンク大佐は、本気でこんな馬鹿げた作戦が成功させるつもりだった、と?」

「何をおっしゃられますか大尉」

 

 

彼女の答えは、それだけ。それ以上の回答はなかった。

しかし妙な是だ。デ・ヤンス大尉は思った。

何を隠している。デ・ヤンス大尉は思った。

だがこれ以上は問い詰めるべきではない。

そう思った大尉は口を噤んだ。

()()()()()()

 

会談は更けていく。

 

互いに各々の人員と備蓄量を諳んじたところで、面々は改めて、互いの燃料弾薬の不足を痛感させられた。武器をはじめとした兵装の類の損耗も同様である。

兵装の整備は、互いによくよく徹底させていた。しかし如何せん寒冷地では故障率が上がる。機関銃のような複雑機構の物なら猶更で、砲兵隊の直掩として小銃よりもこれを多く抱えていたデ・ヤンス大尉にとってはかなりの痛手であった。

一応、リヨンより東進した軍団はイゼール県におかれた山岳旅団の備蓄分を確保していたものの、補給できたのは微々たるものと言わざるを得なかった。

食料は貴重な武器弾薬よりもはるかに補給は容易であった。ネウロイのいない街に辿りつけば、補給は叶う。

しかし輸送専用車両を持たない彼らが回収できる量は限られている。さらに都市部の多かったこれまでとは違い、森林・山岳地帯の多いジュラ県では、補給できる機会も少ない。

 

 

「リヨン陥落がますます悔やまれる」

 

 

士官のひとりの吐露に、同意しない者はいない。

蚊帳の外のジョーゼットと、野砲の数に引っ掛かりを覚えたヴィルヘルミナを除けば。

 

 

「大尉。野砲を未だ随分とお持ちの様ですが、保持する意図をご説明願えますか?」

「? 中尉、質問の意図が見えないのだが」

「此処に至って野砲は無用の長物。何故放棄なされないのです」

 

 

何故だと!? 馬鹿な!?

野砲を放棄しろだと!?

我々に神を手放せというのか!?

 

ヴィルヘルミナの直截な指摘に対して、士官らは散々な反応を見せるもヴィルヘルミナはきょとんとして意を得ない。

 

 

「貴重な火力を手放すという選択は、抵抗手段を思えば、ありえない」

「大尉の認識は私も共有するところであります。が、しかし……」

 

 

野砲は確かに、戦場の神。

しかし機動戦だぞ、撤退戦だぞ!?

いらぬ、無用!! 無用だろうに!?

 

それが何故わからないと、ヴィルヘルミナは理解に苦しむ。

 

 

「大尉、軍団が東進を選択した意図をどうか今一度お考え下さい。それに軍団は既にロン=ル=ソニエは抜けているものと愚考いたします。これ以上の遅滞戦闘の必要はないかと」

「中尉、私は砲兵だ」

 

 

地形と気候を生かして戦闘を回避する意図と軍団の状態をデ・ヤンス大尉に説くも、兵科を告げるデ・ヤンス大尉。そこには自身の兵科に対する絶対的な自信が垣間見えた。

だからこそ彼女は、嗚呼なるほどくそったれ。

目的を忘れる程に手段に固執する。

大尉も。並ぶ士官らも。己が兵科の奴隷かとヴィルヘルミナは気づく。

 

しかし彼女は同時に気付かない。

兵科以外の兵を、統率し運用し指揮する。

ヴィルヘルミナが当たり前の様に為しているそれは、尉官が容易にできるモノではないことに。

それもそのはず彼らは未だ。

未だ彼らは素晴らしきカンプグルッペを知らない。

 

 

「大尉、これ以上は時間の無駄でしょう。彼女は些か常識というものを知らない」

「左様、鶏に人語を解せと言う方が酷というものです」

 

 

認識の違いを常識知らずの露呈と侮って、これ幸いに士官の面々共はヴィルヘルミナを卑下した。

いや、卑下していたのはもとからなのか。

空軍の、それも子どもに過ぎぬと、侮りは目に見えて明らかだった。

 

 

「ルドルファー中尉に部隊運用は早かったのだ。部隊は直ちにこちらに寄越したまえ」

「中尉は戦闘に集中したまえ。難しい事は我々が預かる故」

「そちらのお嬢さんもこちらに預けたまえ。治癒魔法を使えるウィッチは貴重だ」

「武器弾薬食料も、無論渡したまえ。言わずもがな、子どもに管理などできるはずがなかったのだ。大人の我々に全て一切諸々を任せたまえ」

 

 

我が意を得たりと言葉早に勝手を述べる士官ら。それをやめないかと止めるデ・ヤンス大尉。

もとから企てられていた、この会談の目論見の構図はこのままなのだろうとヴィルヘルミナは鑑みながら、立ち上がる。その時、彼女はポツリ一言。

 

 

「冗談じゃない」

 

 

腹は見えた。

もはや、手は結べない。

 

 

「大尉。お時間と情報をいただき感謝いたします。小官はこれにて――――」

「させるとでも?」

 

 

士官のひとりが行く手を阻み、ヴィルヘルミナの細腕を捕らえる。

 

 

「………何の冗談です」

「おとなしくしていだたきたいですな、中尉。できれば、我々がディジョンにつくまで」

「私から軍権を奪おうと?」

「レディには大人しく、エスコートを受けて頂きたい。手荒な真似は我々も本意ではなっ、ぎぃ!?」

 

 

全ては言わせるまでもなく、阻んだ士官の股間をヴィルヘルミナは、問答無用で蹴り上げた。

悶絶して蹲る士官のありさまに士官らが唖然とする中で、ヴィルヘルミナは改めてデ・ヤンス大尉と対峙する。

 

 

「私の軍権を犯そうなどと、これではレイプではないですか。デ・ヤンス大尉!!」

 

 

ヤーベ・デ・ヤンス大尉!!

ヴィルヘルミナは、彼を呼ぶ。

 

 

「これは貴方の意思か?」

 

 

まっすぐに見るヴィルヘルミナに対し、デ・ヤンス大尉は動かなかった。

一見、毅然としているように見える。だが、視線は僅かに泳いでいた。

なにか、言いたげに。

 

 

「なるほど、結構」

 

 

じろりと士官らを睨み、放つのは殺意。

 

 

「子どもならば、意のままにできると思ったか?」

 

 

させるものか。

ヴィルヘルミナは告げる。

 

 

「お前らが私よりもマトモなら、委任も考えたが」

 

 

だが駄目だ。

手切れだ。サヨナラだ。

ヴィルヘルミナの胸の内に去来するのは失望。

大尉は部下を完全には統帥できず、部下はこの期に及んで謀を持ち込んだ。

なにより目的を忘失した継戦の意思があるのがいけない。

 

 

「Auf Wiedersehen. 私の一兵一卒、一丁一発、一両一滴、何一つとして貴様らにくれてやるものか」

 

 

貴様らアマチュアに。

アマチュアに率いられる兵が惨めだから。

 

そう言って、パッと引き抜いた彼女のMle1935A拳銃は、並ぶ士官のひとりに向けられた。

向けられていた殺意に動けずにいたデ・ヤンス大尉らは反応できず、拳銃を一方的に向けられることを許してしまう。

 

 

「………非礼は詫びる、ルドルファー中尉。銃を下ろせ」

「大尉。詫びは結構。そちらに用は、もはやありません」

 

 

デ・ヤンス大尉は気づく。

彼女が向ける銃口の先は、正確には士官らの立つ本棚のその向かう。

 

 

「そこにいるのは誰だ」

「っ、後ろだ!!」

 

 

ヴィルヘルミナの呼びかけに、本棚がガタリと揺れる。

士官らはギョッとして、ようやく抜いた拳銃の先を一斉に本棚に向けたところ。

 

 

「話は終わったか~?」

 

 

本棚の向こう側から気の抜けた声がして。

 

 

「撃つなよ~、人間だぞ~」

 

 

本棚の裏の隙間からにゅっと伸びて、ひらひらと振る手は小さくて、白かった。

 




ヴィッラ「前に撤退、やらいでか」
デ・ヤンス大尉ら「!!?」



お待たせ(土下座)
私事で執筆が遅れております。
お待ちいただいている皆さまには大変ご迷惑をおかけしております。
いや、ほんと、すみません(;´・ω・)


今更ですが、ユーザーネームを変更しました。
大した意味はありませんが、今よりちょっとでも前進出来たらなと思いまして。
………オレンジが怖いんです(ボソッ)

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