だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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発見

自力で出られないからと言われて除けた本棚の裏に設けられた空間。

そこから這い出てきたのは、四人の少女だった。

 

 

「いや~、助かったよマジで」

 

 

危うく餓死するところだったと、背伸びをしながら感謝するのは金髪碧眼の少女。

ジャクリーヌと名乗ったジョーゼットやヴィルヘルミナと同年代と思わしき少女。色白の肌に切れ目の瞳。

その容姿は、少女ながら整っていた。磨けば十中八九誰しもが、振り返る素質を持っていると誰しも思う事だろう。

 

そう、容姿だけは。

 

性分なのか、男らしい口調に態度。

ボサボサの髪に人目を気にせず腋下を掻いてあくびをする姿は何とも残念としか言いようがない。居並ぶ面々を落胆させるには十分であった。

 

 

「で、こっちはシトーさんちの三つ子。ほら、軍人さんにあいさつしな」

「「「トナンヌ!!!」」」

「いやいっぺんに言うなし」

「トロネだよん!!」「セナンクざます!!」「カンヌでございます!!」

「なんだ、その、元気だな」

 

 

ジャクリーヌより一層幼い茶髪の三つ子の娘は妙に元気で、デ・ヤンス大尉らは些か戸惑う。

 

 

「君たちはどうして此処に隠れていたんだ?」

「あのね、悪い奴らが来たの」「お父さんたちが此処に隠れてろって言ったの」「お父さんたちが悪い奴ら倒している間、かくれんぼしなさいって言われたの」

「まぁ、そういうことだ」

「………なるほど」

 

 

つまり、この村はネウロイの襲撃を受けて、四人はここに隠されていたと。

ジャクリーヌの肯定に、デ・ヤンス大尉はそう理解した。

彼女たちの元気は、無知ゆえの元気。

 

 

「ねぇねぇおじさん、鬼ごっこ!!」「私もう一回かくれんぼ!!」「おままごとしよー!!」

 

 

狭い空間で抑圧されていた鬱憤か、勝手に走り回って思い思いにはしゃぐ三つ子。

そんな三つ子に振り回されるデ・ヤンス大尉らをよそに、ヴィルヘルミナは知らぬ顔で立ち去ろうとする。

デ・ヤンス大尉は彼女を呼び止めるも。

 

 

「その子らの処遇は勝手にされるがよろしいでしょう。私はこれにて」

 

 

と、冷たくあしらって、ヴィルヘルミナは足早に去っていった。

その時、もちろんジョーゼットも当然続こうとするも。

 

 

「なぁなぁ。あんた名前なんて言うの?」

「へ?」

「「「おねーちゃんあそぼー」」」

「えええ!?」

 

 

三つ子とジャクリーヌに歳の近い故に絡まれて、ジョーゼットは結局ヴィルヘルミナを追いかけられずにデ・ヤンス大尉ら同様四人につかまる。

ヴィルヘルミナはヴィルヘルミナで、ジョーゼットを置いてきたことに気付かない。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

ろくでもない会談を終えて教会を出た私は、ちょうどこちらに向かっていたルクレール中尉と鉢合わせになった。

私の姿を認めた彼は、約束を違えた事を気にしたのか、申し訳なさそうに謝罪した。

 

 

「すまない、ルドルファー中尉。間に合わなかったか」

「いや、ルクレール中尉は来なくて正解だった」

「結果は?」

 

 

会談の結果を語る。ルクレール中尉は散々だったなと肩を竦めた。

 

 

「結果として私とジョーゼット。少女だけで挑んだからこそ、士官らは侮ったのだろう」

 

 

だからこそ、早々に腹の内を明かしてくれたのだ。

彼らには感謝する。時間の節約になったと。

デ・ヤンス大尉が主犯で無かったのは少し意外であったが。

 

………少し気になったことを聴く。

 

 

「ルクレール中尉、デ・ヤンス大尉の実家は名家かなにかか?」

「確か、どこぞの子爵の縁戚とは聞いている。それがどうした?」

「いや」

 

 

デ・ヤンス大尉にも、傀儡にならざるを得ないなんらかのしがらみがあるのだろう。

もはや、私には関係のない話だが。

 

 

「それでだ」

 

 

さて、本題。

ルクレール中尉に任せていた件の話を聴く。

 

 

「良い報せと悪い報せ、とても悪い報せ。それからルドルファー中尉にとって最悪な報せ。どれから聞きたい」

 

 

正直どれでもいいと答えると、なら良い報せからとルクレール中尉は宣った。

確かにどれでもいいとは言ったが、その選択はなかなか意地が悪い。

 

 

「武器弾薬の補給が叶ったぞ」

「本当か? それはありがたい」

「ああ、新品同然のMAS36小銃27丁に7.5x54mm弾が約800発。手榴弾が30個」

 

 

わーい、やったー。

 

………と、喜べれば良かったものの。

ああ、読めたぞ。

デ・ヤンス大尉の部隊からの融通ではないな。

それはそれは、ヤバいモノだ。

 

 

「悪い報せはなんだ」

「それら武器弾薬が、この村の民家の悉くに隠されていた事だ」

「アッハッハッハッ、………笑えんな」

 

 

民間に払い下げられた小銃ならまだしも、新品同然のMAS36? 未だガリア本国でも一部の歩兵にしか配備されていない最新小銃が、なぜ30丁近くも?

冗談じゃない。

 

 

「で、だ。とても悪い報せは何だ?」

「中尉。こっちだ」

 

 

吹雪の中を少し進み、ルクレール中尉に案内されたのは民家の一つ。

入り口の歩哨と礼を交わして中に入れば、鼻につくのは血の臭い。そして目につくのは床に転がる二つの遺体。

そのうちの一人は、見覚えのある中年男性医師だった。

 

 

「惨いな」

 

 

ドモゼー領で私に酒瓶と包帯を融通してくれた医師は、その身体にいくつもの銃創をつくってこと切れていた。

表情は、彼の驚愕と無念を十分に教えてくれる。

これがとても悪い報せか。

 

 

「もうひとりの遺体は?」

「おそらくここの住人ものだな。少なくとも避難民の中で見た顔と格好じゃない」

 

 

田舎じみた格好をした男性の遺体は見事に顔がはじけ飛んでいた。

腕には小銃。抱えているのは真新しいMAS36。

 

 

「ほかにも遺体が?」

「ああ。発見できた遺体は全て、雪に埋もれていた。探せばもっとあるだろう。そして、発見している遺体はどれも、死因のほとんどが銃殺か刺殺」

「つまり、殺り合って死んだのか? 人と?」

「間違いなく」

 

 

見つかっている遺体の中には、司令部に属していたはずの佐官クラスの将校のモノすらあったという。

民間医師だけでなく将校すら討たれたとなると、軍団は随分と中枢部を、この村の住人に不意討たれたことが分かる。

 

これだけの血の臭い、カルラが憑依している私が何故気づけなかったと悔やむ。

己の血の臭いで気づけなかったか?

 

 

「中隊は動けるか?」

「即時行動できる状態で待機してある」

「素晴らしい。すぐにこの村から離脱するとしよう」

 

 

見つけた怪しい三つ子が言ったことを正しく捉えれば、この村の住人にとっての「悪い奴ら」は、ガリア軍だということになる。

何故そう定義し、争ったかは分からない、知りたくもない。これ以上の面倒事は御免だから。

しかしこれだけは言える。

ここはセーフゾーンではない。

 

 

「ところでルクレール中尉。私にとっての悪い報せとはなんだ」

 

 

私がそう聴くと、ルクレール中尉は私に無言でふたつ、投げてきた。

受け取ったひとつは、私が拾って彼に託していた空薬莢。底には『45AUTO R・H』の刻印。

もうひとつは、拉げた弾丸。それは朱く、濡れていた。

 

 

「弾丸はそこの住人の遺体から見つかったものだ」

「そうか」

 

 

リベリオンならばともかく、ここはガリアだ。欧州では需要のない45口径なんぞ、民間で見かける機会なんて滅多にない。

またガリア軍の将校らが持つ拳銃はMle1935A、口径は7.65mm×20 Loungeだ。該当しない。

ならばこれを撃ったのは誰か?

私はただ一人、45口径拳銃を持つ人を知っている。

 

 

「撃ったのか、ジャンヌ」

 

 

渡した拳銃で人を殺めさせてしまったことへの罪悪感と、渡した拳銃で身を護れただろうかと心配する思いが入り混じって、何とも言えない感情になる。

無事であって欲しいと願っている事は確かだった。

 

 

「ご苦労だったルクレール中尉、手間を掛けさせた」

「気にするな。ああ、ところで」

 

 

ジョーゼットは何処だ?

ルクレール中尉に尋ねられて、今更気づく。

振り返っても、私の後ろにジョーゼットがいない。

ついて来ていなかった。

 

………嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「なんかごめんな、子ども達に付き合わせてしまって」

「ううんジャクリーヌ………リーネちゃん気にしないで。私も久しぶりに遊べて、楽しかったから」

 

 

シトー三姉妹とリーネちゃんに捕まって、しばらく遊んでしまっていた私の心は、ヴィルヘルミナさんを忘れて離れてしまっていたことへの罪悪感を思い出していました。

はやくヴィルヘルミナさんのところに戻らないと。

そう思って教会から出て見たけれど、外は吹雪で何も見えませんでした。もちろん、ヴィルヘルミナさんの姿も。

 

探さなきゃ。

でも下手に歩いたら、遭難するかも。

そう不安に思っていた私を察してか、リーネちゃんが同行を申し出てくれました。

 

リーネちゃんは不思議な人でした。

最初にリーネちゃんを見た時、女の子らしくないリーネちゃんの振る舞いと口調にびっくりしたけれど、話してみたらちゃんと女の子で。

すぐ仲良くなれたのも、リーネちゃんが私の調子に合わせてくれたからだと思います。

そして今、こうしてさりげなく私に同行してくれる気遣いもそう。

見た目以上に成熟した人を相手にしているような違和感を、覚えてしまいます。

まるで、ヴィルヘルミナさんを相手にしているような。

 

 

「それにしてもネウロイかぁ。大変だな、ジョゼは」

「そんなことないよ。私なんか………」

 

 

言葉尻がしぼんでいく。

同情は嬉しいけれど、私がやっている事なんか、大した事はない。

ヴィルヘルミナさんに、比べたら―――

 

 

「そんな事、言うなよ」

 

 

そんな事を考えていたら、私は不意に、リーネちゃんに腕を捕まえられていました。

つよく、強く。

 

 

「私なんかって、自分を卑下するなよ、ジョゼ」

「リーネちゃん?」

「………ごめん、なんでもない」

 

 

すぐに手を放して取り繕うように笑うリーネちゃんが、一瞬だけ見せた表情は、怒っているのか、悲しんでいるのか、驚きのあまり良く分かりませんでした。

 

 

「ええっと、ヴィルヘルミナってあの銀髪で目のキツイやつだったよな?」

 

 

こんな風にと、リーネちゃんは指で目じりを吊り上げる。

その時わざと変顔をつくった彼女に、思わず私は笑ってしまう。

 

 

「友達少なそうだよな、あいつ」

「あはは」

 

 

ちょっと否定できないのは、ヴィルヘルミナさんのことを知らないだけではないと思う。

 

 

「そう言えば、ジョゼとヴィルヘルミナってなんなの? 友達?」

「ヴィルヘルミナさんは、恩人です」

「ふ~ん………好きなのか?」

「すっ!?」

 

 

にやにやとして指摘するリーネちゃんの言葉は、からかいだと分かっていても、どうしても顔が熱くなってしまうのが分かります。

好き、という感情は、まだ良く分かりません。

でも、私はヴィルヘルミナさんのことを気になっているとは思います。

少しでも支えたいと、烏滸がましくも思ってしまうほどに。

 

 

「いいんじゃね、別に」

 

 

そんな私の思いを、言葉はぶっきらぼうですけれども笑わずに、リーネちゃんは肯定してくれました。

 

 

「人ってやつは気づかなくても互いに知らないうちに支え合っているもんだ。許可なんているものか。綺麗じゃなくてもいいさ。エゴで勝手に支えてやればいい」

「うん」

「でも、自分を蔑ろにはするなよ。お前だって、人なんだから」

「………」

 

 

リーネちゃんは、よく人を見る事の出来る人でした。

その上で、私の拙いところに気付いてくれて、気遣ってくれて、心配してくれて。

 

 

「リーネちゃんは、優しいんだね」

 

 

だから私は、彼女は根がとても優しい人なんだと思ったのです。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

違う。

 

私は、優しくなんてない。

 

ただ、『狡い』だけなんだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「なあジョゼ。褒められたくないか?」

 

 

一向に見つからないヴィルヘルミナを探すジョーゼットは、ジャクリーヌにそう持ちかけられた。

ジャクリーヌの話によると、村の倉庫の地下には、天然の食料貯蔵庫があるという。

地下の温度は土地柄か、低く、夏場に生物を置いておくには最適らしい。

 

 

「うちの村は、食べ物は村の共有物って考えだから、個人では持たないでそこに集めるんだ。可笑しな風習だろ?」

「そんなことは」

 

 

否定はするが、時代錯誤とは思うジョーゼット。

田舎に残る風習に関心を示しながらジャクリーヌに案内されて倉庫の地下へと続く階段を下りる。

 

 

「いいのかな?」

「なにが?」

「食べ物を勝手に取っていって」

「アッハッハッハ、気にすんなって。もう気にする奴らもいないしさ」

「………ごめんなさい」

「あ、いや、マジ気にすんなって」

 

 

三つ子の話を思い出して、ジョーゼットはジャクリーヌに詫びた。

明るく振る舞っている彼女だが、彼女もまた家族を亡くしているかもしれない。

それでも気丈な彼女は凄いと、ジョーゼットは改めて思う。

 

そうこうしているうちに、二人は階段の終わりに着く。

 

 

「そら、ご対面だ」

「………ふぁああああ」

 

 

歓声。

扉の向こう側を見た彼女の口から漏れたのは、歓声であった。

 

 

「ふわふわのパンに、まぁるいチーズ!! ソーセージおっきい!! ベーコン!! やったあぁ!! ハムもある!!」

 

 

食べ盛りなジョーゼットにとって、この一か月は地獄と言っても過言ではなかった。そんなひもじい思いをしてきたジョーゼットにとって、目の前の食料の山は、黄金の様に思えた。

 

 

「えっへっへ。じゅるり」

 

 

食料の山に目を輝かせ、後のご飯にいろんな夢を馳せるジョーゼット。

ホント、ひもじい思いをしたんだなと哀れに思って、ジャクリーヌはジョーゼットの背後に立つ。

 

 

 

 

 

手には、いつの間にか、大きな軍用ナイフ。

 

 

 

 

 

「………ごめんな、ジョゼ」

 

 

ポツリ、ジョーゼットに謝る彼女の声は、悲し気なはずなのに。

不思議な事にその顔は、先ほどまでの彼女が嘘の様に、いずれの色も浮かべておらず。

ただ、無表情で、無感動に。

彼女は手に持つナイフをためらうことなく、ジョーゼットの背に向かって振り下ろした。

 


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