だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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共同研究者の逃走により一人で卒論の楽しいたのしいデスマーチ。
死ぬ思いをしましたが、なんとか四月から社会人です。
しかし三か月は就職先のアカデミーに研修に逝かなければなりません。
その間は投稿が切れることかと思いますが、なにとぞご容赦ください。

毎話投稿時、誤字報告をしてくださる皆さま、ありがとうございます。
毎度お付き合いいただいている皆さま、ありがとうございます。
初投稿から三年ちょっと、でも話はまったく進んではいませんが(汗)
これからも「だから彼女は空を飛ぶ」、ヴィッラとお付き合いいただければ幸いです。


謳う/だから彼女は帰還する

戦場にいる限り、聴こえる絶叫と、喘鳴。

奴らが殺した人たちの、死に際の断末魔。

奴らはそれらを連れてくのです、そして纏っているのです。

耳を塞いでも、目を閉じても。

執拗に、脳にねじ込まれるように聞こえるのです。見えるのです。

 

誰か私を助けてください。

 

誰か私と代わってください。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

ジョーゼットを探す為、飛び出た私の右眼が突如として痛みを訴えた。

右眼が焼き切れてしまうのではないかとすら錯覚するほどの痛みには、思わず蹲り、奥歯を噛みしめる。

それでもと、目を見開いて立ち上がり、進もうとする。

そんな私を待っていたのは、かつて見た光景と、かつて聞こえた音だった。

それは懐かしの風景だ

それは懐かしの声だ。

また私のもとへと還ってきたのだ。

勝手に。

勝手に。

 

軋む右眼に見えるのは、見渡す限りの人の影。

ゆらめき、ひしめく。

決して生者が踏み入ってよい世界ではない。

おそれて、おののく。

だって私はここにいる。

望んでいなかったけれど此処にいる。

儘ならない勝手には、悪態だってつきたくなる。

 

見える影はいずれのモノも、形はまったく正しくないのは、影が孕むものが醜いものだからか。

生者をソチラヘ引きずり込もうと、影は彷徨う。

人であったことすら忘れて。

 

おぞましい。

その有様には吐き気すら覚える。

おそろしい。

心の内から我が身は恐怖に蝕まれていく。

見る事を強要された地獄と、聞くことを強要された怨嗟。

強要された「死」を見せられて、かつての私が至った終着点を、頭を振っても振っても思い出す。

今更「死」など、私は恐れない。

ならば何故怖れるか?

 

怖れているのは、『ヴィルヘルミナ』か?

 

そうなのだろう。

怖れているのは今の私ではなく、かつての私。

目の前に伸ばしてきた「助けて」を救えず、見えて聴こえる「助けて」に答えられず。

耳を塞いで蹲って、目を瞑って孤独に籠っていた弱い私。

トラウマだ。

 

 

 

 

 

けれど。

かつての私は、かつての私だ。

 

 

 

 

 

そう言い聞かせるように、己を叱咤するように、胸を何度も叩く。

無力に嘆いて諦めて、自己の生存戦略だけを図ろうとしていたかつてのヴィルヘルミナは死んだ。

しかし久瀬でもあった私は、もはやかつてのヴィルヘルミナではない。

二人の生を踏破して、今の私が此処にいるのだ。

 

トラウマを抱えていても、足らない強さは補って行け。

かつてのヴィルヘルミナのトラウマが私の足に枷を着けても、久瀬の強さで枷を壊せ。

俯かず。

竦まず。

怖れず。

怯えずに。

立ち止まることなく前に進めと後押す。

 

義務感もある。

戦わないといけない私と違う。

戦わなければならない兵士と違う。

それでも自ら死地を歩くことを志願してくれたジョーゼットを、決して死なせてはならないという義務感。

 

 

「ジョーゼットォ!!」

 

 

人影の合間を縫うように、駆け抜けながらジョーゼットを探す。

彼女の名を呼びながら、探し、走る、前へ、前へ。

吹雪に負けないように精一杯、何度も何度も彼女の名を呼ぶ。

けれど、私の耳に返ってくるのは。

 

 

 

 

 

――――しね

 

 

 

 

 

すれ違うモノがボソリと漏らした声。

 

 

 

 

 

――――シネ

 

 

 

 

 

抉れたモノが私を指さして恨む声。

 

 

 

 

 

――――死ネ

 

 

 

 

 

地で蠢く半分のモノが手を伸ばしながら呪う声。

 

殺到する人影の、単純な悪意、敵意、殺意。

捕まればただでは済まない。

しかし私が思わず立ち止まってしまうのは、もはや人影の合間を縫って走るにも、少々無理を感じられるほどに囲まれたからだった。

それだけ囲まれてしまえば、単純だった思念も、形が見えてくる。

それは集落の存在理由。

この集落の住人の生存理由、その末路。

 

 

「狂ってる」

 

 

吐き捨てる。

 

迫る人影に、ゾンビに囲まれた生者の気持ちを知る。

殺到する人影から逃れるためには、固有魔法で空に向かって飛ぶしかない。

この吹雪の中で飛べば、何処に飛んでいってしまうのか、正直分かったものでは無い。

だが致し方ないと覚悟していると。

 

 

 

 

 

――――こっちだよ

 

 

 

 

 

誘う声。

不意に目の前の人影の壁が掻き消えて、道が開く。

蒼の光道が、割れた人影の間を照らし、その先には私を囲う人影よりも一回り小さな人影が、こちらに手招き。

 

 

 

 

 

――――こっちだよ

 

 

 

 

 

光が照らす導に従って、人影の手招きする方へと駆けて近づけば、消える。

 

 

 

 

 

――――こっちだよ

 

 

 

 

 

別の人影が遠くに。

ソレは、とある方向を指さしている。

彼らの導きを信じて従う。

それは虐げられていた彼らの無念が、聞こえるから。

 

 

 

 

 

――――こっちだよ

 

 

 

 

 

導きの先には倉庫があった。

木張りの床は、歩くたびに軋む。

 

 

 

 

 

――――救ってあげて

 

 

 

 

 

私はその声に応える様に右手を掲げ。

ありったけの魔法力を込めて、床を割る。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

ジャクリーヌをジョーゼットから引き離したヴィルヘルミナは、ジョーゼットを背で護るようにして立つ。

右手にMle1935A拳銃、左手にはナイフを抜くヴィルヘルミナ。

対するジャクリーヌは両手に大型ナイフ。夜戦用か、刃が黒く着色されていた。

 

 

「………なんだ、お前は」

 

 

ジャクリーヌの姿を正面に認めたヴィルヘルミナは、初見とは異なり全くの無表情を貫く彼女に眉間に皺を寄せて、尋ねる。ジャクリーヌは答えない。

ヴィルヘルミナは左手でごしっと軽く右眼を擦って、ますます眉間に皺を寄せた。

 

 

「ジョーゼット、怪我は?」

 

 

ジョーゼットは首を横に振る。

 

 

「立てるか?」

 

 

聞かれたジョーゼットは立ち上がろうと試みるも、腰が抜けたのか、立てない。

 

 

「そうか………っ、動くな!!」

 

 

ヴィルヘルミナがジョーゼットの状態を確認したところで、ジャクリーヌが二人に向かって歩きだす。

ヴィルヘルミナは拳銃を向けて警告するも、ジャクリーヌは聴こえぬといわんばかりに歩みを止めない。

だから、発砲。

 

 

「………やはりウィッチか」

 

 

発砲したヴィルヘルミナの三発の銃弾は、ジャクリーヌの発生させたシールドによって止められる。

舌打ちはするも、ヴィルヘルミナはそのことについて特に驚きもせず、淡々とリロードを行う。

 

 

「ジョーゼット、後ろに下がってシールドで身を護っているんだ」

「は、はい」

 

 

撃たれた銃弾に眉ひとつ動かさない。

まったく、幼女のくせに大した奴だと、ヴィルヘルミナはジャクリーヌへの警戒を強めて――――ジャクリーヌに向かって駆ける。

 

発砲。

シールドで身を護るジャクリーヌに迫り、左手のナイフで切りかかる。それをジャクリーヌは右手のナイフで塞ぐ。その間にヴィルヘルミナは銃口をジャクリーヌの懐に向けようとするもジャクリーヌの左手のナイフで弾かれ虚空に発砲。

外れた拳銃を返し、ヴィルヘルミナはグリップエンドでジャクリーヌの右手を叩く。フリーになった左手のナイフで右肩を狙うもジャクリーヌは敢えて身体をヴィルヘルミナに近づけ、右肩でヴィルヘルミナの胸を弾いた。

弾かれたヴィルヘルミナは後ろへ仰け反って、ジャクリーヌがそこに追い打ちをかけようと迫る。右手のナイフは、ヴィルヘルミナの胸へと直線を描く。

胸を目指すナイフは、それを弾こうとするヴィルヘルミナのナイフと交差した。

火花、散る。

 

 

「ッ!?」

 

 

軌道が逸れたナイフはヴィルヘルミナに当たらず、刺突は免れた。

しかしヴィルヘルミナのナイフはバキリっと音を立て、砕け散る。

 

弾く瞬間に、ナイフを反対側――――破壊峰(ソードブレイカー)に返して捻った!?

 

器用な!!

驚愕しながらも、活路を開く為に向ける銃口。しかしそれよりも早く、投擲されたナイフがヴィルヘルミナの眉間へと飛来する。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

咄嗟に頭を避けたヴィルヘルミナだが、左の米神に焼ける様な痛みを感じ、ただらを踏む。

左眼を覆っていた包帯が、切れて緩むのを感じる。

 

 

「………馬鹿にしているの?」

 

 

追撃はなく、ジャクリーヌは右手のナイフを弄ぶ。

相変わらず彼女の表情は変わらないが、声色は若干怒りを孕んでいた。

 

本気でかかってこい。

ジャクリーヌの瞳は、表情以上にものを言う。

 

 

「ちっ」

 

 

目論見が容易に悟られてしまったヴィルヘルミナは舌打ちをする。

確かに、先程の交錯でヴィルヘルミナが狙ったのは、足や腕などの致命傷にならない部位だった。

所詮は幼女。取るに足らない。

何処かでそんな侮りがあったことをヴィルヘルミナは認める。

殺さずの制圧は難しいだろう。

ヴィルヘルミナは更にジャクリーヌに対する脅威評価をあげた。

 

殺しても、やむなしか。

いや、手負いでパフォーマンスの落ちている自身ではもしかしたら――――勝てない。

 

いや、負けられない。

後ろで怯えるジョーゼットをちらりと見て、右眼を擦ったヴィルヘルミナは大きく息を吐いた。

重心を落とし、改めて銃口をジャクリーヌに向ける。

 

発砲。

 

マズルフラッシュは五回。しかし発砲の瞬間にジグザグに走りだしたジャクリーヌには当たらない。Mle1935Aがホールドオープン(弾切れ)する。

ジャクリーヌの刺突が迫る。弾の切れた拳銃を捨て、身体を捻ったヴィルヘルミナは、脇を過ぎていくジャクリーヌの右手を腕で挟んで掴まえて、捻る事でナイフを奪おうとする。

しかし、

 

………右手が軽い?

 

武器を奪ったと言うより、諦めたからこその軽さであることを気付いたのは、ヴィルヘルミナはジャクリーヌが左袖から取り出した本命のナイフを視認しながらのことであった。

使えない左眼の死角から振るわれた白刃、既に眼前に迫っているそれを、ヴィルヘルミナは掴んでいたジャクリーヌの右手を引っ張ることで彼女の重心をずらし、避けた。

左頬を過ぎ行くナイフは、緩んでいた包帯を巻きこむ。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

近づきざまに受ける、ヴィルヘルミナの鳩尾へのジャクリーヌの膝蹴り。

呼吸を殺され一瞬酸欠を起こすヴィルヘルミナはそれでもと、前かがみになった身体を慌てて起こす。次の攻撃を対処せんと構えるも――――目の前には誰もいない。

 

 

「消えたっ!?」

 

 

誰もいなくなった虚空。

目の前にいた筈のジャクリーヌは忽然と姿を消していて――――風切り音。

 

突如迫ってきたその風切り音と、眼前にある敵意を頼りに、ヴィルヘルミナは奪ったナイフを縦に構えた。それは直感的な判断だったが、正しかった。

虚空に向けたナイフは、「何か」を弾く。

しかしヴィルヘルミナの身体は見えぬ「何か」に押し負けた。

 

 

「かはっ!?」

 

 

ヴィルヘルミナの華奢な身体は宙を舞い、そのまま壁に叩きつけられる。

 

 

「ヴィルヘルミナさん!?」

 

 

ズルリズルリと床へと落ちるヴィルヘルミナ。

チカチカとして朦朧とする意識の片隅で、ヴィルヘルミナはジョーゼットの悲痛な声を聞く。

落ちかける意識。

それを酸欠の喘ぎと開く傷口の痛みと苦しみでなんとか意識を繋ぐヴィルヘルミナは、ふらふらと立ち上がろうとして――――膝が折れる。

 

 

「調子はどう、ヴィルヘルミナ。つらそうだね、ヴィルヘルミナ。そのボロボロの身体では、もとから戦うことなど無理だったかな?」

 

 

そんな無様なヴィルヘルミナの姿へ、姿の見えないジャクリーヌの嘲る声が響く。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、………ステルス、か…………」

「ご名答」

 

 

空間が僅かに揺らめき、ジャクリーヌが姿を現す。

一歩一歩ゆっくりと、トドメを刺そうとヴィルヘルミナへと迫る。

 

手を着く地に、ぽたりぽたりと血が滴る。

 

 

「本当に、そんな身体でよく戦ったよ。だから」

 

 

くるりと回したナイフの切っ先をヴィルヘルミナに向ける。

 

 

「安心して眠りなよ『ヴィルヘルミナ・フォンク』。後は全て、私に任せてさ」

 

 

ヴィルヘルミナが見上げる右眼には、ブレた姿のジャクリーヌ。

膝をついたままヴィルヘルミナは奪ったナイフをかろうじて構えるが、頼りない。

 

 

「お休み」

 

 

振り上げたナイフ。

その切っ先がヴィルヘルミナに振り下ろされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな所で。

また護れず死ぬのか、私は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィルヘルミナの脳裏によぎるのは、ドモゼー領での死の記憶。

あの時の、無力を晒した悔しさを思い出す。

死ねない、まだ!!

奥歯を噛みしめ力を振り絞る。

それでも、迫る白刃を止めきれず、

 

 

「うっ!?」

 

 

しかしナイフがヴィルヘルミナに届くことはなく、銃声と共に弾かれた。

 

 

「………ジョー、ゼット?」

 

 

ジャクリーヌの向こうに、ジョーゼットを見る。

彼女の手にはMle1935A。

ジャクリーヌに向けられた銃口からは、煙が上がる。

構えた拳銃は、僅かに震えて。

目には涙を溜めている。

それでも、

 

 

「ヴィルヘルミナさんは死なせない!! 死なせないもん!!」

 

 

ジョーゼットの瞳は強い意志を持って、拳銃をジャクリーヌに向けていた。

 

 

「お前………いや、なんで……………」

 

 

振り下ろされるナイフにピンポイントで当てた技術。

それほどの銃の扱いに、いつの間に慣れていたのかと驚くヴィルヘルミナ。

だが何故か、ヴィルヘルミナよりも驚愕の表情を見せたのは、ジャクリーヌの方であった。

 

 

「なんで………ジョゼが…………」

 

 

無表情の仮面が僅かに剥がれて譫言の様に呟くジャクリーヌだが、すぐに元の無表情へと戻る。

 

 

「そんなに先に死にたいの?」

「………ッ!!」

 

 

ドスの利いた声で、ジョーゼットを脅す。

右袖より新たなナイフを取り出し握ったジャクリーヌは、ヴィルヘルミナよりもジョーゼットの方が脅威と思ったのか、ふらつくヴィルヘルミナを放置して、ジョーゼットへと歩く。

意を決したジョーゼットは引き金を引くも、やはり人を撃つことには抵抗があるのか、銃弾はジャクリーヌの傍を抜けて当たらない。

 

やめろ。

 

立てないヴィルヘルミナは、手を伸ばす。

ジョーゼットは、発砲する。抵抗を止めない。

そんな彼女に、助けに来たのに助けられたヴィルヘルミナの無力が、今度はジョーゼットを殺そうとしている。

そんな現実を止めようと、ヴィルヘルミナは、やめろやめろと手を伸ばす。

無駄な行為であると、知っていてもなお。

 

 

――――ならば、なすべきことだけを為しなさい

 

 

「ッ!?」

 

 

――――寝ている暇などないでしょ? さぁ起きなさい

 

 

声が、響く。

声に驚く。

それは、ヴィルヘルミナが『久瀬』であった時、死ぬほど憎悪していた『女狐』の声。

 

 

――――貴方は誰?

 

 

彼女は答える。

私は、ヴィルヘルミナ・フォンク・ルドルファー。

マリー・フォンクとレオナルド・ルドルファーの娘。

 

 

――――違うでしょ

 

 

呆れる声に、「なにが」と問う。

 

 

――――思い出しなさい

 

 

諭す声に、「なにを」と問う。

 

 

――――君は、いつから人となった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は幸せの下で、人と成った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ならば、それ以前の私がナニモノであったのか?

 

気付いたヴィルヘルミナは嗚呼と、笑う。

思い出す。

彼女に生まれる前の、己が『何者』であるかを。

久瀬であった時、己が『何モノ』であったかを。

幸せに溺れていた己が忘れていた、『何物』であったかを。

 

 

――――さあ、謳え

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――私は道具」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下された命令(オーダー)に、ヴィルヘルミナは先ほどまで立てなかったことが嘘の様に、不気味に立ち上がる。

みしりみしりと彼女の身体が悲鳴をあげようとも、全く気にするそぶりもなく。

痛みを、置いてきぼりにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――私は自らを柄すらない刃にして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦争の果てに、『彼』は人の身を踏破した。

そんな彼女の『嘗て』に成り下がる。

過去の『彼』に帰還する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――自らを、振るう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は謳う。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

ジョーゼットは銃を構える。

ヴィルヘルミナに頼らない為に、彼女の負担にならないために、ルクレールに頼み己の身は自分で守るために手ほどきを受けて何度も繰り返してきた動作。

 

けれど当たらない。当たらない。

ジョーゼットの弾は、当たらない。

ヴィルヘルミナを救うために銃をジャクリーヌに向ける覚悟を決めたジョーゼット。しかし彼女のやさしさが、足かせとなって当たらない。

だから救えない。救えない。

ジョーゼットでは、救えない。

自分で人を殺してまで、誰かを救う事の出来ない彼女のやさしさが、足かせとなって救えない。

 

 

「ほら。やはり君に人が撃てるものか」

 

 

ジャクリーヌの指摘はその通りだ。

ジョーゼットは認める。

 

それでも、と。

彼女は抵抗した。

ジョーゼットは、抵抗するのだ。

ヴィルヘルミナが立ち上がる一瞬を作るため、救うため。

命を賭してでも、彼女は最後までジャクリーヌに抵抗を止めないのだ。

 

そして、弾が切れる。

 

 

「………あっ」

 

 

ジャクリーヌは、もはやジョーゼットの眼前。

迫った彼女の気迫に気圧されて、ジョーゼットはへたり込む。

 

 

「銃を捨てれば、助けてあげようか?」

「えっ」

 

 

へたり込むジョーゼットを見下ろすジャクリーヌ。

彼女はそんな提案を、ジョーゼットに持ちかける。

 

不意に生まれた生存という選択肢。

ジョーゼットの手の内にある『抵抗』を捨てれば、助けると。

甘美な誘惑だ。

ジョーゼットは、ジャクリーヌを見た。そして自分の持つ弾の切れた拳銃を見た。

 

選ぶものは、決まっている。

 

ジョーゼットは涙を目に溜めたまま堂々と、ジャクリーヌの目の前でマガジンの再装填を行う。

手が震え、マガジンが何度もうまく填まらずに、カチャカチャと音を立ててでも。

それが、彼女の意思だと言わんばかりに。

 

 

「そう、生きたくないのか」

 

 

やっとマガジンがうまく填まり、チャンバーに弾を送るジョーゼット。

だが彼女が構えるよりもはやく、ジャクリーヌのナイフはジョーゼットに迫る。

 

 

「君も、彼女に毒されている」

 

 

嗚呼、やっぱり駄目だ………

ナイフの痛みを覚悟して、ギュっと彼女は目を瞑る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………?」

 

 

覚悟していた痛みは、いつまでも来なかった。

目を開いたジョーゼット。

目の前でジャクリーヌと鍔迫り合うのは、ヴィルヘルミナ。

 

 

「なに…………その目………………」

 

 

左眼を覆っていた包帯が解け、露わになった左眼。

それを目撃するジャクリーヌの無表情の仮面は、今度こそ剥がれた。

 

 

「何を驚いている? いや貴様、一体何を知っている? いやいやそんなことはどうでもいいさ」

 

 

 

 

 

覚悟しろ。彼女は言った。

 

 

 

 

 

嘗てが来たぞ。彼女は言った。

 

 

 

 

 

還ってきたぞ。彼女は言った。

 

 

 

 

 

それを証明するかのように、右眼を瞑る。

 

 

 

 

 

そして彼女は黒曜に変色した左眼で、ジャクリーヌを見据える。

 




ヴィッラ「剣○閃!!」
菅野「!!?」





ヴィッラ、覚醒

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