だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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今回話は、ちょっと休憩しましょう。
そして久々にハルトマン姉妹をどうぞ(ハルトマン欠乏症)


愛ゆえに張っ倒すし、ウルスラスープレックスすら辞さない by,ウルスラ

雄鶏が鳴いて、朝日が昇る。

今日も変わらぬ朝がきた。

太陽の陽にそよ風が交差して、気温の塩梅が心地よい野道。その上を鼻歌交じりに意気揚々と進むのはウルスラ・ハルトマン。

彼女は両親からの頼まれごと序でにルドルファー邸へと向かっていた。

 

ウルスラが暮らす町から少し外れたところ。

野原の真ん中にしゃんと建つのがルドルファー邸である。

 

 

「あれ?」

 

 

そのルドルファー邸の、見えてきた軒先。

彼女は、そこで吊るされているなにかに気づく。

その正体が分かるまでに、対して時間はかからなかった。

それは姉のエーリカだった。

 

 

「あっ、ウーシュ」

 

 

簀巻きで吊るされている彼女は風に煽られてぷらんぶらん。

右に左に揺れていた。

しかしそんなエーリカの傍を、ウルスラは助けるでもなく声をかけるでもなく、てくてくさくさく気づかないふりして通り過ぎていこうとする。

 

 

「まってまってまってよウーシュ!!?」

「………なんですか」

 

 

渋々振り返るウルスラは。

 

 

「助けてよ」

「嫌ですよ」

「えぇ………」

 

 

レシプロ戦闘機よりも()く拒否。

 

 

「どうせまたロクでもないことしでかしたのでしょ、姉さま」

「そ、そんなわけないじゃん」

「じゃあなんで吊るされているんですか?」

 

 

オオカミ少年のジレンマよろしく。

目をそらすエーリカにウルスラの眼差しは冷たい。

 

 

「うぅ、ウーシュ聞いておくれよ、事の顛末を」

「あ、やっぱりいいです」

「聞いてよ!!?」

 

 

料理を手伝ったら。

簀巻きにされて吊るされた。

 

………ちょっと自分の姉が何を言っているのか理解できなかった。

とりあえず考えてはいけないのだろうとウルスラは思った。

 

 

「そうはならないでしょ」

「なっとる、でしょうがい!!」

 

 

ぴしゃり。

ウルスラは今度こそ戸口を閉めた。

 

 

 

 

 

ウルスラが進むルドルファー邸は、勝手知ったる他人の家。その足取りに遠慮はない。ずんずん進んでどんどんと進む。

すると彼女はキッチンで、鍋の前にしてうんうんと頭を抱えるヴィルヘルミナを見つけた。

 

 

「おはようございますミーナさん」

「ウルスラ?」

 

 

気づいたヴィルヘルミナに、ウルスラはぺこり挨拶。

 

 

「こんな朝から何の用だ」

「ご飯せびりにきました」

「おい、言い方」

 

 

曇りなく、実にキラキラとした(まなこ)でサムズアップするウルスラ。

彼女がこんな朝早くから、わざわざルドルファー邸を訪れる理由はそれに尽きた。

 

姉妹揃って逞しいなと呆れ半分、苦笑い半分を浮かべるヴィルヘルミナは、けれどと、首振る。

 

 

「すまないウルスラ、今日の朝ごはんは無いんだ」

「………今、なんと?」

「無いんだ」

 

 

ピシリ。

ウルスラの表情が凍てつく。

 

 

 

「マジですか」

「マジです」

「そんな………」

 

 

ぺたんとヘタリ込むウルスラは真っ青で、まるでこの世の終わりを嘆くかのように天を仰いだ。

ちなみに今日はまったくの快晴。

 

 

「ご飯が食べられない私は今日、いったい何を生きがいに生きればいいのですか?」

「知らん。そもそもウルスラは私の料理にいったい何を求めているんだ」

「人生?」

「重いわ!!」

 

 

ウルスラの即答に思わずツッコミを入れるヴィルヘルミナだが、ふとウルスラの話はあながち冗談ではないのかもと思い直す。

 

彼女は知っているのだ。

ウルスラの母親が、プロの飯マズラーとして近隣の奥様方から恐れられていることを。

ハルトマン家の女性が先祖代々、祟られているんじゃないかと疑われるほど飯マズの家系として恐れられていることを。

 

 

「………ちょっと待ってろ」

 

 

流石にこのまま追い返すのもかわいそうだから、パンとソーセージくらい出してやろうと冷蔵庫を漁るヴィルヘルミナ。

 

その待つ間。

ふとウルスラはコンロに置かれた鍋に目が向く。

蓋をされた鍋は見たところ、何かが入っている様子。

ウルスラは手持ち無沙汰に鍋の蓋に手を伸ばす。

 

 

「あ、ばか!! それを開けたら――――」

 

 

ヴィルヘルミナの制止。しかし間に合わず。

ウルスラは鍋の蓋を開けてしまう。

 

 

「!?!!??!?!??!!???」

 

 

すぐに閉めた。

 

開いた途端に落ちかけた意識に、こみ上げる吐き気。開いた鍋の中身をウルスラは既に思い出せない。

彼女がかろうじて覚えているのは、暗緑色の「ナニカ」と、脳天貫く激臭。

 

 

「なんですか、この暗黒物質(ダークマター)

「コーンポタージュ」

「………冗談ですよね?」

「私が冗談を言うように見えるか?」

 

 

見えない。

 

 

「ならこのコーンポタージュもどきは一体なんなのですか?」

「私が知るか………けほっ」

 

 

あまりの異臭故にか。

ヴィルヘルミナも咳き込んだ。

 

 

「ありのまま起こったことを話せば『私が数分鍋から目を離した隙に、エーリカが鍋の中身を暗黒物質に変えていた』」

 

 

それは催眠術とか超スピードとかそんなチャチなものじゃない、人知を超えた恐ろしいものの片鱗を味わったと言わんばかりの理不尽。

たった数分で? 暗黒物質を錬成?

冗談じゃない。できる訳がない。おとぎ話じゃあるまいし。

 

ならば、目の前にあるコレはいったいなんだ?

 

壊滅的であんまりなエーリカの料理スキルに、ヴィルヘルミナはまた頭を抱えた。せっかく作っていた朝ごはんを台無しにされてしまった彼女は完全に被害者だ。

しかしそんなヴィルヘルミナよりも、怒りに燃えている人が、彼女の隣にはいた。

 

 

「ああ、ああ………だから姉さまは軒先に吊るされていたのですね………ふふふっ」

「ウ、ウルスラ?」

 

 

ウルスラはゆっくりと、ゆらりふらりと立ち上がり、ガシリと抱えたのは暗黒物質が入っている鍋。

 

 

「待てウルスラ」

「なんですか」

 

 

ダークマターが入った鍋は、もはや人を殺せる次元にあった。一種の化学兵器と言っても過言ではない。

無闇矢鱈に持ち出せば、ヘタをすれば街が大惨事となりかねない代物。持ち出すことは、ヴィルヘルミナとしては見過ごせなかった。

 

だからヴィルヘルミナはウルスラを止めようと、彼女の肩を掴んだ。

しかし。

 

 

「大丈夫ですよ、ミーナさん」

「ッ!?」

 

 

振り返るウルスラの、恐ろしいくらいに満面の笑みに気圧されて、ヴィルヘルミナは思わずウルスラの肩から手を離してしまう。

 

 

「これはちゃんと『処分』してきますから」

「おっ、おう」

 

 

そこには確かに般若がいた。

 

般若は鍋を持ち去った。

しかし、一介の人間であるヴィルヘルミナが、どうして般若を止めることができようか?

触らぬ神に祟りなしとはよく言うもので。

止めるためにあげた手は、去り行くモノを見送って、役目を果たせず宙を泳ぐ。

そして、程なくして。

 

 

 

 

 

ア゛ーッ!!

 

 

 

 

 

悲鳴。

 

 

「………南無」

 

 

ウルスラには許せなかったのだろうか?ごはん(生きがい)を台無しにされたことが。

 

食べ物の恨み、怖い。

ヴィルヘルミナは亡きエーリカを偲んで合掌した。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

しばらくするとウルスラが、げっそりとしたエーリカを引き連れて戻ってきた。

かと思えば、ウルスラはヴィルヘルミナに頭を下げて、開口一番にこう語った。

 

 

「ということでミーナさん、今から姉さまに料理を教えていただけませんか?」

「いやいやいや、まてまてまて」

 

 

事情が全く把握できない。

なーにが「ということで」、か?

 

唐突なウルスラのお願いに、ヴィルヘルミナはさすがに困惑を隠せない。

 

 

「で?」

「?」

「なんで私がエーリカに料理を教えないといけないんだ」

「姉さまはちょっと料理がしてみたかったのだそうです」

 

 

淡々と語るウルスラだか、普通、ちょっとの気持ちで暗黒物質を生成できるものだろうか?

そんなツッコミたい気持ちを、ヴィルヘルミナはなんとか飲み込む。

 

 

「鍋台無しにしたやつに、教えろと?」

「ミーナさん、姉さまに悪気はなかったのでどうか許してくれませんか?」

「………え?」

 

 

沈黙。

 

 

「な、い、で、す、よ、ね?」

「あっ、はい」

 

ふむとヴィルヘルミナは口元に手を当て、ウルスラの後ろに隠れるエーリカを見やる。

エーリカの反省の色こそ、そこそこ。

だけれども、料理をしてみたいという気持ちは本物なのか、目があったエーリカからはヴィルヘルミナに対する期待の色が見て取れた。

 

だが。

 

確かにエーリカはヴィルヘルミナにとって友人である。

彼女にとって、エーリカに教えを請われることは別に苦ではない。

しかしエーリカに、料理だけは教える自信は、彼女にはなかった。

なんせエーリカは暗黒物質を平然と召喚するような化け物である。学校の家庭科の授業では何人もの教師が匙を投げたのを、ヴィルヘルミナは彼女の側で見てきた。

なにより家の器具や食材は彼女自身のものではないのだ。朝一番鍋をダメにしてしまった手前、エーリカを自宅のキッチンに立たせるわけにはいかなかった。

 

2人には悪いが………

ヴィルヘルミナはウルスラのお願いを断ろうとする。

しかし。

 

 

「あら、いいんじゃないのヴィッラ」

「ちょ、母さん!?」

 

 

しかしヴィルヘルミナが断る前に、意外な人から許可が下りる。

ヴィルヘルミナの母のマリーである。

 

 

「(朝あんなことがあったのに、エーリカをキッチンに立たせるなんて、母さんはお人好しが過ぎるのではないですか!?)」

 

 

あっさり許可したマリーに、ヴィルヘルミナは小声でそれでいいのかと詰め寄る。少し青ざめているマリーもまた、今朝のエーリカの暗黒物質の被害者なのである。

それなのに許可すると言うのだから、ヴィルヘルミナとしてはマリーがとても正気とは思えなかった。

 

 

「(ヴィッラ、あなたは難しく考えすぎなのよ。それともエーリカのことをちゃんと導ける自信、ないのかしら)」

「うぐっ………」

 

 

言葉に詰まるヴィルヘルミナ。図星である。

物事の分別のつき過ぎるくらいに精神を持つヴィルヘルミナだからこその判断である。彼女だって好きで頼みを断ろうとしているわけではない。

 

 

「エーリカ、ちょっといらっしゃい」

 

 

そんなヴィルヘルミナの様子を見て何を思ったのか。

エーリカを手招きして呼んだマリーは、ヴィルヘルミナから少し離れてエーリカの耳に何事かを吹き込んだ。

どうせロクでもないことだろうとヴィルヘルミナが思っていると、エーリカが、今度はヴィルヘルミナのもとへと近づいた。

 

 

「ミーナ」

「な、なんだ」

 

 

エーリカはヴィルヘルミナの両手を取って、下から覗き込んで。

そして甘える子犬のような声色で、エーリカは言った。

 

 

「お願いミーナ、料理を私に教えてよ。私もミーナの隣に立ちたいんだ」

「よっしゃ私に任せろ」

 

 

ザ、即答。

直前までの理性はどこに行ったか。

 

 

「(ミーナさんって……)」

「(あの子、ああ見えて案外チョロいわよ)」

 

 

悪戯が成功した子供の様に、マリーはチロリと舌を出した。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

エプロンを巻いたエーリカたち3人はキッチンに立つ。

ちなみにマリーは患者の診察があるからと外出している。

 

 

「エーリカにはかぼちゃのスープを作ってもらおうと思います」

「えー」

 

 

もっと難易度の高いものを期待していたのか、エーリカは残念そうに頬を膨らます。

しかし、ならばやめるかとヴィルヘルミナが挑発気味に返してみれば、エーリカはハッとしてかぶりを振った。

 

 

「ううん、やるよ」

 

 

エーリカは力強くそう言った。

エーリカは真剣らしい、珍しく。

そう、珍しく。

 

何か悪いものでも食べたか。例えば、さっきの暗黒物質とか。それとも明日は槍が降ってくるのではないだろうか?

訝しむヴィルヘルミナは窓から外を覗く。しかし、やはり外は清々しいくらいに快晴。

ただ、寒気を覚えた彼女はすぐに窓を閉じた。

 

 

「さて。まずはエーリカがどれだけ家庭科の授業を真剣に聞いていたか、テストしようじゃないか」

 

 

そう言ってヴィルヘルミナは、まな板の上に下処理の済んだ半球のリンゴと玉ねぎ、それからかぼちゃを乗せた。

 

 

「では包丁の使い方からだ。こいつを適当にきざんでくれ」

「りょ、了解」

「わかっているとは思うが右手で包丁を持って左手は猫の手だぞ」

 

 

コクリと頷いて包丁を受け取ったエーリカ。

彼女はヴィルヘルミナの教えの通り右手で包丁を持ち、左手は確かに猫の手の構え。

しかし左手の猫の手は食材を押さえず構えるだけで、包丁はなぜか逆手。

 

 

「小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋のスミでガタガタふるえて命乞いをする心の準備はOK?」

「構えが思いっきり違うのだけどぉ!?」

 

 

確かに言われた通りに構えているけれど何する気だ待てと、ヴィルヘルミナはエーリカを取り押さえようとするが間に合わない。

 

 

「とりやぁああああああ!!」

「まてまてまてま……ってぇええええええ!!?」

 

 

スパパパーンと振るわれた包丁は、ヴィルヘルミナの服だけを無残に切り裂いた。

ヴィルヘルミナ、すっぽんぽん。

 

 

「ごめんミーナ、手が滑った」

「逆に凄いな!? ほんと、どうしてくれるんだこれ!?」

「せっかくだから女体盛りに――――」

「だ、れ、が、するかぁああああああああああ!!」

 

 

ぜえぜえと肩で息をするヴィルヘルミナは叫びすぎたのか、何度か苦しげに咳き込んだ。

 

 

「はぁはぁ………ちょっと、着替えて来る。ウルスラ、手本を見せてやれ」

「はい」

「?」

 

 

なんでそこでウルスラの名が?

ポカンとするエーリカの手から包丁をスルリと預かるウルスラは、まな板の前に着いたらポケットから棒状のものを取り出して、まな板に添えた。

定規だ。

 

 

「姉さま、いいですか? 左手は猫の手で切る食材を押さえて、右手の包丁の腹を左の指になぞらせて――――0.1mmです」

 

 

トントン聴き心地の良い音を残してドンドン出来ていく食材は、実にウルスラらしいと言うべきか、我こそが基準と言わんばかりに皆0.1mmの大きさに切りそろえられていた。

切り終えたウルスラはちょっとドヤ顔。

対するエーリカは不満顔。

 

 

「………ウーシュ」

「なんですか、姉さま」

「なんでウーシュが包丁扱えるのさ」

 

 

ウルスラの手本は、エーリカの頭にちっとも入っては来なかった。

エーリカの頭には、ウルスラが一体全体誰にその包丁捌きを習ったのか?

エーリカにとって重要なのは、そこであり。

ある程度予想がつくからこそ、エーリカの頭は働かないのであった。

 

 

「それは私がいつもウルスラに教えているからだ」

 

 

戻ってきたヴィルヘルミナが答えを教える。

 

 

「それが何か問題が?」

「いや別に」

 

 

けれどもエーリカは、文句ありげに頬を膨らませ、嗚呼やっぱりと思っていた。

 

 

「ウーシュ、包丁返して」

「はい、姉さま」

 

 

ウルスラから包丁を取り返したエーリカは、さっさとまな板の前に着いた。

 

一見怒っている様にも見える。いや事実、彼女は怒っているのだろう。

なにに対して怒っているのかは、ヴィルヘルミナには決して測れない。

けれど。

 

 

「ミーナ」

 

 

………何と言えばいいのだろう。

ヴィルヘルミナは戸惑った。

怒っているのかと思えば何度も深呼吸をして。

彼女の名を呼ぶエーリカは、明らかにいつもとは違った。

 

 

「ごめんミーナ、もう一度教えて」

 

 

やはり眼差しは、変わらず真剣。

 

そんなエーリカの様子を見て、フッと口元を緩めたヴィルヘルミナは、目頭を押さえながら、思う。

思ったことを、心の中で叫ぶのだ。

 

 

 

 

 

さっきの構えは真剣にやってたことなんですかぁああああああああああああああ!!?

 

 

 

 

 

 

真剣なのか、刃物だけにと、本当にくだらない洒落をついて。

こんな調子で本当に大丈夫かなぁと、不安と頭痛しかもてないヴィルヘルミナは、けれど今更教えることをやめる気にはなれなかった。

なんでだろう? ヴィルヘルミナは思った。

友達だからだろう。ヴィルヘルミナは思った。

 

ハルトマン姉妹と関わってから、くだらないことの連続だ。

だかそんな毎日を嫌なことだと、ヴィルヘルミナが感じたことは一度もなかった。

三度目の人生の二度目の出会い。

そんなエーリカに、ヴィルヘルミナに思うところがなかったと言えば嘘になる。

固有魔法のせいで、軍の中で弾きモノにされていた生前のヴィルヘルミナをただ1人救ってくれたのはエーリカなのだから。

しかし、彼女はその恩義を今も抱えている訳ではなかった。恩義を感じているから、エーリカを助ける訳ではないし、その延長でウルスラと付き合っている訳ではなかった。

 

ならば恩義を以て付き合っているのでないならば、何を以て付き合っているのか?

そんなことを聞かれたならば、ヴィルヘルミナは小難しい事は考えずにポツリ、こう答えるだろう。

 

ただ、友達だから。

 

 

「厳しめに教えるからな、エーリカ。あとウルスラも。ちゃんとついてこいよ」

「えー、厳しいのはちょっとやだなー」

「いえ。姉さまは筋金入りの飯マズですから、ビシビシとやっちゃってください」

「ひどい!!」

 

 

そうして3人は、また料理に取り掛かった。

 

ヴィルヘルミナが課題に選んだかぼちゃのスープは、とても簡単な料理であった。しかしエーリカにまともなモノを作らせるのは、大変な苦労であった。

しかしヴィルヘルミナは諦めず、ウルスラも手伝って、根気強くエーリカに教え続けた。

 

火加減を間違えて、鍋から火が噴き出てたこともあった。逆に鍋の中身を水没させたこともあった。

調味料の蓋が外れて鍋の中にぶちまけたこともあった。調味料と洗剤を間違えて、鍋に入れたこともあった。

 

 

 

 

 

それでも、何度も、もう一度と。

 

 

 

 

 

 

 

ヴィルヘルミナはエーリカに教え続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウルスラもまた、一緒になって付き合って頑張って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてエーリカは、遂に完成させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無臭の暗黒物質を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど゛う゛し゛て゛な゛ん゛だ゛よ゛お゛お゛ぉ゛お゛!゛!゛!゛ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛」

 

 

ヴィルヘルミナ、絶叫。

 

ボコボコと煮立っている、鮮やかな緑色のスープ。

何度も何度も挑戦したその果ての、しかし眼前に置かれた残酷な結果に、遂にヴィルヘルミナは面目すらかなぐり捨てて、頭痛に頭を抱えて叫んでしまう。

 

最後の最後まで、普通のスープを作っていた。その筈だったのに………

恐るべし、ハルトマン家の飯マズの遺伝。本当に呪われているのではなかろうか。

 

 

「なんでこんなことに………」

 

 

信じられないと言いたげに、ウルスラは恐る恐るおたまをスープの中に入れて、かき混ぜて、掬ってみた。

掬い上げたおたまは、浸かっていた先から一切が溶けてなくなってしまった。

 

 

「………姉さま」

「なにも言わないで」

 

 

ウルスラはかけるべき言葉が見つからないし、流石のエーリカもショックを隠せなかった。

己が作り出した暗黒物質にただ呆然とする。

 

 

「………もう、いい」

 

 

茫然として、呆然として。

そしてようやくエーリカの口から出てきた言葉がソレであった。

 

 

「もういいよ」

 

 

子どものエーリカでも、ヴィルヘルミナにちょっとやそっとではないほど迷惑をかけてしまったことくらいは分かっていた。

だから、もうこれ以上は迷惑をかけられない。

そう思ったエーリカは、ヴィルヘルミナに背を向けた。

 

今すぐここから逃げ出したい。

できるならば、消えてしまいたい。

エーリカの頭はそんな思いでいっぱいで。

込み上げる感情はその小さな身体に収まり切れず、溢れ出す様に震えていた。

 

 

「待ってくれ、エーリカ」

 

 

しかし背を向けたエーリカの、肩を掴んで止めるのはヴィルヘルミナ。

 

 

「離してミーナ」

「エーリカ。お前、諦めるのか?」

「………諦める? 諦める!?」

 

 

諦めたくもなるよ!!

 

図星な指摘にエーリカの感情は一気に振り切れて。

振り返って叫ぶエーリカの目は真っ赤になって、目元には大粒の涙。

 

 

「だって、できないじゃん!! みんなできるのに!! ウーシュだってできるのに!! 私だけ!! 何で!? ねぇ、なんで!!?」

 

 

それは、感情の暴露。

今までは笑いごとにして誤魔化してきた。

けれど誤魔化すたびに、エーリカだって傷付いてきた。

どんなに真剣にやっても、何度頑張っても、ちゃんと作れない。

まるで神さまが、エーリカはそうあれかしと言っているかのような理不尽だ。

誰も悪くない。

誰の所為でもないから、どうしようもない。

やり場のない怒りだ。

 

もうどうしたらいいのか分からずに、だから何度も何度もエーリカは下を向いて地団駄を踏む。

 

 

「ただ、ミーナと一緒にご飯作りたいだけなのに!!」

 

 

わっかんない!!

わかんないわかんないわかんない!!

 

そう言ってやけになる、エーリカのその言葉を聞いて、彼女のこれまでの行動にヴィルヘルミナは得心した。

彼女は本当に、それだけを望んでいたのだと。

本気で望んでいたからこそ、こんなにも感情を爆発させてしまっているのだと。

 

でも。

 

諦めないでほしかった。なおさら諦めないでほしかった。

ヴィルヘルミナが知るエーリカは、そんな奴じゃない――――そう思う事は、押し付けだ。

人にそうあれかしと有様を押し付ける。それは酷く横暴なことだけれど。

それでもヴィルヘルミナは、エーリカに折れてほしくはなかった。

 

折れてしまう気持ちはよく分かる。

けれど折れてほしくはない。

一見難しい問題だ。

しかしヴィルヘルミナはこんな時、どうすればいいのかをよくよく分かっていた。

 

折れそうならば、支える誰かが必要だ。

誰かが彼女を支えてやればいいのだ。

たったそれだけでも、人は、思う以上に十分なのである。

ヴィルヘルミナはそうやって、生前エーリカに救われたのだから。

 

 

「エーリカ。大丈夫だ」

 

 

だからヴィルヘルミナはエーリカの手を握り、彼女をまっすぐに見て。

心の底から願うのだ。

 

 

「もう一度やろう、エーリカ」

「でも」

「でもじゃない」

「だって」

「だってでもない」

 

 

最初こそ兵器クラスの代物が、少なくとも臭いは改善したのである。

たとえそれが漸進だとしても、前進していない訳ではない。

ならばいつかはエーリカだって、諦めなければまともなモノが作れる日が来る。

 

 

「練習しよう、何度でも」

 

 

希望的観測でも、ヴィルヘルミナはそう信じていたかった。

信じるための努力を、止めてほしくはなかった。

 

 

「材料も器具も、ミーナの洋服も、いっぱい駄目にしちゃったよ。それでもいいの? また、ミーナに迷惑かけちゃうよ?」

「構うものか」

 

 

もともとヴィルヘルミナの中にあった家族への遠慮はマリーの許可で失せている。

許可を出したのだから、ちょっとの被害ぐらいは許容してほしい。

 

それは普段のヴィルヘルミナからは考えられない程、子どもらしいわがまま。

 

 

「どうして?」

 

 

どうしてそこまで言ってくれるのか?

ハッキリと言えばヴィルヘルミナらしくない。

しかしヴィルヘルミナを、らしくなくしてしまったのは、エーリカ自身なのだ。

 

 

「友達、だからな………けほっ」

 

 

握られたヴィルヘルミナの手は、いつぞやとは違って燃える様に熱く。

それは彼女がようやく取り戻した、人並み以上の暖かさ。

 

 

「エーリカ。友達には、迷惑をかけても、いいんだ……」

「ミーナ?」

「だから、もう一度やろう……諦めるなんて、言う…な………」

 

 

あっ、まずい、限界だ。

そう自覚するころにはもはや遅く。

バランスを崩しふらりふらふらとたたらを踏んむヴィルヘルミナは、エーリカの方へと倒れてしまう。

 

 

「ミーナ!?」

「ミーナさん!?」

 

 

意識を失って。苦しそうに呼吸を乱す。

エーリカが支える彼女の身体は、異様な熱を発していた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「風邪ね」

 

 

ウルスラに呼ばれて戻ってきたマリーの診断に、ヴィルヘルミナが自室のベッドの上で悔しげに唸ったのは、大事なところで倒れてしまった不甲斐なさ故か。

顔を真っ赤にしているのも、ただ発熱しているせい。それだけでないのだろう。

 

 

「エーリカが作ったあのスープは、人の免疫に害をもたらすわ。貴女が風邪をひいたのもそのせいでしょうね」

「母さん、適当言わないでください」

 

 

ヴィルヘルミナはムッとしてマリーを睨む。

 

 

「ちゃんとした専門機関に持ってった結果よ。はいこれ調査結果の報告書」

「………マジですか?」

「大マジよ」

 

 

それでは本物の化学兵器ではないかまったくと、ヴィルヘルミナは大きくため息を吐いた。

ほんと、エーリカには、驚かされてばかりである。

 

 

「………ハルトマンたちには」

「大丈夫、もちろん言わないわ」

「なら、いいです」

「しかし珍しいわよね、貴女が風邪をひくなんてね」

「ハハッ、風邪ひくなんてきっと生まれて初めてじゃないですか?」

「そうね」

 

 

それは、ヴィルヘルミナの今まですべてを含めた皮肉。

彼女だってきっと、三度の人生の何処かで風邪をひいたことくらいはあっただろう。

けれど(久瀬)には、彼女(ヴィルヘルミナ)には、自覚出来る程の余裕がなかったから、今まで気づくことがなかっただけ。

 

 

「………風邪って、こんなにも辛いのですね」

 

 

そう言って咳き込むヴィルヘルミナに何をも問う事なく、マリーは目を細めて彼女の頭を撫でた。

 

 

「今は休みなさい、ヴィッラ」

 

 

コクリと頷き大人しくマリーの言葉に従って、ヴィルヘルミナは瞳を閉じた。

そして真っ暗な瞳の中で、彼女は優しい唄を聴く。

子守唄を聴く。

 

 

 

 

 

私の良い子おやすみよ

寝付くまで傍で、胸を叩くわ

そして空を見上げ私は唄うの

貴方に似て、月が綺麗ね

 

私とパパとの大切な子よ

寝付くまで頬を、撫でているわ

星の明かりを頼りにしてね

貴方に似て、星が綺麗ね

 

いつかは貴方も大人になって

私の手から離れてしまうでしょう

でも今この夜だけは口遊むわ

 

貴方もいつか、唄ってあげてね

貴方の大切な、我が子の為に

おやすみの前に、子守唄を

子守唄のメロディーを

 

 

 

 

 

子守唄に誘われて、彼女の意識が落ちるまでにさほど時間は必要なかった。

ヴィルヘルミナの穏やかで規則正しい呼吸音だけが、部屋に響く。

 

 

「おやすみなさい、私たちのヴィッラ」

 

 

ヴィルヘルミナが眠った後で振り返るドアの向こう。

忍び足で去りゆく二つの足音を、マリーは静かに見送った。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

既に夜。

星の光だけが道を照らしてくれる中で、エーリカとウルスラの足は帰路に在った。

2人の間の空気は重く、なにも語ることなくずるずると進んでいた。

 

 

「姉さま」

「……………………なに、ウーシュ」

 

 

ウルスラの呼びかけにいつもより反応が遅いエーリカは、意気消沈していた。

当然だろう。

マリーとヴィルヘルミナが話していた時に、2人は部屋の前にいたのだから。

 

ヴィルヘルミナが体調を崩した原因が、自分自身にあった。

エーリカにとって、それはトドメとしては十分なであった。

 

 

「このままで、いいんですか?」

 

 

けれどウルスラは、エーリカがいつまでも落ち込んでいることを許すつもりはなかった。

 

 

「なにが?」

「いいんですか?」

 

 

エーリカに逃げる事を許さないと言わんばかりの低い口調。

けれどエーリカは、そっぽを向いて。

 

 

「別に」

 

 

ただそれだけを、吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さまの、バカァアアアアアアアアアア!!」

 

 

ふわり浮遊感。

突然天地がひっくり返ったかと思えば、頭に衝撃が走り、エーリカの視界は真っ暗になった。

 

えっ、なに? どうなってんのこれ?

 

状況が理解できず困惑するエーリカ。

当の本人である彼女に、分かるはずがなかった。

まさか自分の頭が地面に突き刺さって、逆さま(犬神家)になっているなんて、誰が予想しようモノか。

 

 

「姉さまのバカ!! アホ!! アンポンタン!! オタンコナス!! 自分勝手!!…………えっと、えっと………、バカァ!!!」

 

 

それはウルスラの口から聴いた事もないような大声と罵声。

ひとしきり叫んだウルスラは、息を切らしてしばらく咽た。

 

 

「はー、はー、はー、………姉さま」

「なに?」

「私は、お腹が空きました」

「うん」

「ミーナさんも、朝からなにも食べてませんよ」

「………うん」

「私が言いたいこと、分かりますよね」

 

 

勿論エーリカには、ウルスラの言いたいことは分かっている。

倒れてしまったヴィルヘルミナの為に、エーリカはどうしても料理が作りたかった。そしてごめんなさいがしたかった。

 

でも、いいのだろうか?

散々失敗してきたエーリカには、一歩を踏み出す勇気が持てなかった。

 

 

「もう一度、頑張りましょう。かぼちゃのスープを完成させましょう」

「でも……」

「姉さま、安心してください。私も最後まで付き合いますから」

「ウーシュ………」

 

 

 

ヴィルヘルミナが言っていた通り、エーリカはたしかに前進しているのだろう。

しかし、一日そこらで料理ができるようになる自信なんて、とてもエーリカには持てなかった。

それでもウルスラはいっしょに頑張ろうと言ってくれる。

 

 

「ミーナさんが、友達だと言って姉さまの迷惑を許したように、姉妹の私にも、迷惑をかけていいんです」

 

 

ヴィルヘルミナがエーリカのことが好きなように、ウルスラもまたエーリカのことが大好きだから。

 

 

「だから頑張りましょ? 姉さま。今この時は、ミーナさんの為に」

 

 

エーリカの、決心がついた。

 

今は何も考えず、ただヴィルヘルミナの為に。

エーリカはズポリ、突き刺さった頭を地面から起こす。

 

 

「ウーシュ、ごめん!! 迷惑かける!! 我儘も言う!!」

「いくらでも」

「ウーシュ、お願い。もう一回手伝って!!」

「はい、姉さま」

 

 

エーリカは帰路を急ぐ。

地面から頭を起こした時の逆立ちの体勢、そのままで。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

眠りから浮上するヴィルヘルミナは、瞼の裏に光を感じた。

目を開ければ、窓から陽が差し込んでいる。

 

 

「あれ、私………」

 

 

未だ頭がクラクラとして曖昧。

身体もまた怠さを覚え、寒気もあった。

 

 

「みず………」

 

 

ぼんやりとしながら彼女は水を求めてカーディガンを羽織って、キッチンへと向かった。

ふらついて覚束ない。

そんな足取りで進む彼女は、途中であれと首を傾げた。

料理の匂いがする。

 

 

「………エーリカ?」

「ミ、ミーナ!?」

 

 

キッチンには早朝だと言うのに、慌てた様子のエーリカがいた。

彼女の前には鍋がある。

それだけ見れば、昨日の再現。

朝ごはんを台無しにされた時と全く同じだ。

 

けれど、昨日とは違うところがあることに彼女は気づく。

 

蓋が開いている。なのに。

殺人的な異臭が、全くしないのだ。

 

 

「ミーナ、寝てなきゃダメだよ!!」

「それは、エーリカが作ったのか?」

「あっ、いや、えーと」

 

 

尋ねるヴィルヘルミナに、エーリカは恥ずかしそうに頬をかく。

 

 

「ほとんどウーシュに手伝ってもらったのだけれど」

 

 

鍋を覗き込んだヴィルヘルミナは、そこにあるものに驚く。

 

 

 

 

 

そこには、昨日ヴィルヘルミナがエーリカに教えたかぼちゃのスープがあった。

 

 

 

 

 

色も、匂いもおかしいところは何もない。

おたまでスープを掬っても、おたまは溶けたりしない。

それは正しくかぼちゃのスープであった。

 

 

「どうして………」

 

 

昨日はあんなに苦しんでいた料理が何故急に。

その疑問に、エーリカが答える。

 

 

「ウーシュに私が料理している間、ずっと手を添えてもらってやってみたんだ」

 

 

………なんじゃそりゃ。

そんなことで、まさか解決するなんて。

 

 

「ぷ、くっ………あっはっはっは!!」

 

 

ヴィルヘルミナは事の顛末に笑ってしまう。

そんなことで解決してしまうなんて、それでは本当にエーリカがまともな料理を作れなかったのは呪いではないかと。

 

 

「あ、でもねミーナ。包丁はウーシュの手を借りずにできたんだ。見てよ」

 

 

エーリカが掬い上げたスープの具は、どれも不揃いで、不恰好だった。

けれど嬉しそうに掬い上げたエーリカの指には、沢山の包帯が巻かれているのだ。

そこに至るまでに、彼女はどれだけ頑張ったのだろうか。

ヴィルヘルミナには、それで充分だった。

 

 

「味見してみても?」

「もちろん。あっ、トッピングはお好みでね」

 

 

小皿によそったスープは、やはりなんら異常は見られず。

恐る恐るヴィルヘルミナはスープに口に近づけた。

そして。

 

 

「………普通だな」

 

 

そのスープは、普通のかぼちゃのスープだった。

なんら変わりない、かぼちゃのスープだった。

 

けれどヴィルヘルミナはそのスープを、まるで至高の逸品であるかのように愛しむ。

 

 

「強いて言うなら、ちょっとしょっぱいな」

「えー、私のせいじゃないよミーナ。たしかにトッピングはお好みでとは言ったけれどさー」

「はっはっはっ、そうだな。うん………」

 

 

ヴィルヘルミナも、エーリカも。

不思議とポロポロと涙が出て、けれど恥ずかしそうに笑って。

身体の不調すらも忘れて、ヴィルヘルミナはエーリカの作ったスープを夢中に食した。

 

 

「今はまだ、だめだめだけど。でもいつかはひとりでも作れるようになるよ」

「ああ」

「そしたらいつか一緒に料理したり、私の料理を食べてくれるかな?」

 

 

一度は折れかけたエーリカが諦めなかったこそ、機転を利かせたからこそ完成したスープ。

しかしエーリカが望むのは、ひとりで料理を作ることだ。

きっといつか、叶うだろうか?

 

 

「ああ、楽しみにしているとも」

 

 

いや必ず叶う。

涙を拭うヴィルヘルミナは、そう思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇おまけ◇

 

 

 

 

 

ある日の朝、とある男が急患として運ばれてきた。

患者が運ばれてきた原因は、食中毒だった。

 

その日、ヴィルヘルミナの父レオナルド・ルドルファーは訪ねてきた昔なじみの精神科の友人と二人で街の地域病院に当直で待機していたため、その運ばれてきた食中毒患者を見る事になったのだが。

 

 

「医者の不養生とは、なにやっとんだハルトマン」

「ぐぅの音もでねぇ」

「まぁまぁ」

 

 

運ばれて、ベッドの上で横になっていたのはハルトマン――――エーリカ達の父だった。

そんなハルトマンを呆れた様子で精神科の男は見下ろし、レオナルドはたしなめる。

 

 

「そろそろ来る頃だと思っていたよ。胃腸薬、いつもの出しておくからな」

「すまん、レオ」

「なんだこの手慣れた感は」

「「だって、いつものことだから」」

 

 

口を揃えて答える二人に呆れてなにも言えないなと、男は言う。

 

 

「原因は何だ」

「嫁のメシを食わされたからだ」

「………ガチか?」

「ガチだ、凄く不味い」

「そう、洒落にならない味だ」

 

 

ハルトマンと、ハルトマンの嫁のメシを食べた経験があるレオナルドはげっそりした様子で口々に言う。

 

 

「…………なぁ知っているか? メシマズ嫁は三つに分けられることを」

「知らん」

「不器用な奴、味音痴な奴、いい加減な奴だ」

「知らんと言っている」

「あいつはその全てだった」

「………」

「ちなみに結婚して以来。此奴の食生活はこんな感じだ」

 

 

無関心を装いたかった男だが、流石にハルトマンが哀れに思えてきた。

 

 

「別れようとは考えないのか?」

「それはない。俺が選んだ女だ………ただな」

「なんだ?」

「病院食って、美味いよな」

 

 

俺、病院食大好きと公言するハルトマンに、嗚呼これは重傷だなと男は思ったところで、遠くで狼の遠吠えを聞く。

その遠吠えに、レオナルドとハルトマンがギョッとする。

 

 

「ま、マズいぞハルトマン!! 見張りのカルラが吠えた」

「来るぞ、来ちゃうぞ!! あいつがヤベーやつ持って来てしまう!!」

 

 

動けない筈のハルトマンは何かを恐れてベッドから転げ落ち、這ってでも逃げようとする。レオナルドも何かを恐れて震えている。

 

 

「お、おいなんだ!? 一体何が来るっていうんだ!?」

 

 

そんな二人の怯え様に男は戸惑う。

一体何なんだ!!

ハルトマンにそう尋ねると、ハルトマンは口調を荒げてこう返した。

 

 

 

 

 

うちの嫁だよ!!

 

 

 

 

 

「あぁあああああなぁああああああたぁああああ???」

「ひぃいいいいいいい!!?」

 

 

遠くから呼ぶ声に男がバッと窓の外を覗けば、迫ってくる小さな点。

それは猛スピードで、箒に乗って飛んできた。

手には箱を担いでいる。

 

男は察する。

あれがハルトマンの女房だと。

そして、担ぐあれは絶対不味い飯だと。

 

 

「馬伏!! ハルトマンを左から担げ!! 僕は右肩を担ぐ」

「逃げるのか!? あれから!? 無理だろ!?」

「それでもいいからにぃげるんだぁよぉお馬伏ぇええええええ!!」

 

 

それは、とある日の日常。

 




予定していたものより分量が三倍に膨れ上がったものを見て、ハルトマン欠乏症が過ぎたのだと感じた今回話でした、まる






今回話挿絵に関して、ウルスラスープレックスをご提供していただきましたいわみきゅうと様には、この場をお借りして感謝致します。誠にありがとうございました。

このウルスラスープレックスは、いわみきゅうと様が先日のインディックス大阪、およびメロン〇ックス様で発売されました「地球、最後の魔女」の裏表紙にも使用されております。
気になった方はメロン〇ックスへ、どうかサンプル画像だけでも見ていってください!!
ハルトマン帝国万歳!!(ちなみに私は欲しいのに関東に転勤の為、未だ予約できない現状)

因みに表紙は↓このようになっております。

【挿絵表示】

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