大火のあとに罪を背負って 作:その辺の残骸
惑星メルクリア経済特区都市"ミハシラ"。人型機動兵器アーマードコア同士の戦闘興行、通称アリーナはこの都市の名物の一つだった。
戦場は無人の市街地。廃棄された区画を再利用しているのではない。ミハシラ・アリーナが巨費を投じて一から造り上げた試合の舞台だ。
陽射しが乾いた大気を貫く。
試合会場を取り囲むように中継ドローンが飛び交っており、待機しているグラフィアカーネはその被写体になっている。
アリーナランク9位の"ステラ・イェッド"が駆る中量二脚のACである。ベイラム・グループとアーキバス・グループのパーツを組み合わせて構築された機体だ。
両企業のパーツの欠点を補う、稼ぎのある傭兵ならば定番のアセンブルだ。
ルビコン星系を焼き尽くした大規模反企業テロの後、痛手を被った両グループが巻き返しを図ってリリースした最新パーツが多数を占めている。
カラーリングは黒と暗赤色。青空の下で陽光に照らされたその姿は、なぜか燃え尽きた巨人の骸を連想させる。エンブレムは三本爪が刻んだ紅い傷痕。ただそれだけ。
長身で、おまけに胸部と臀部にたっぷりと脂肪を付けたステラにとっては窮屈なコクピットで、試合開始の合図を待つ。病んだ雰囲気のしかし、美しい白髪と貌の女だった。
普段の試合よりもドローンの数が多い。煩わしい、目障りだ。
不意にレーダー上からドローンの反応がぴたりと消える。ドローンはレーダーノイズとして新たに登録され、無視されるようになったのだ。ステラの意志ではない。
高エネルギーを帯びたコーラルの嵐に煽られ、全損した乗機を修復した流離のアーキテクトに押し付けられたAIが、機体と直結しているケーブルから流れた彼女の思惟を汲み取って処理した。
グラフィアカーネはこの機体を制御する高度な機械知性体の名でもある。ヒトとは異なる、冷たい数式で編み上げられた自我を持つ存在だった。
(ありがと、グラフ。一応、お礼は言っておく)
正式名称は長いので、ステラはこのAIのことは略称で呼んでいる。
試合が開始された。同時にメインシステムは戦闘モードに移行。攻撃用レーダーが牙を剥く。
(はじめよう)
フットペダルを踏み込み、ブーストダッシュ。グラフィアカーネは一直線に市街地を駆け抜ける。
背部ブースターから噴き出したプラズマにより、静止状態から即座に時速300kmに達し、なお加速している。
十三時方向に敵影をキャッチ。対戦相手のAC"アッシュテイル"は高速で低空飛行している。戦術的にはこちらも高度を取るべきだが、ステラはあえて地上での滑走を続けていた。
グラフが鋭い警告を発した。当機は敵機の射程圏内。レーダー照射検知。
(分かっている。怖がらないで)
猟犬を宥めるようにグラフに告げ、ステラはマシンガンを敵機に向けた。射程内に入り次第発砲するようセット。まだ遠い。背部の垂直プラズマミサイルもスタンバイ。
アッシュテイルは高層ビルを横切る。灰を塗ったような人型のACが再び姿を見せた時、視界でマズルファイアが瞬いた。
ステラはクイックブーストで後退。地から足を離し、小刻みにジャンプ、機体を左右に揺さぶるようにステップしつつ後ろに下がり続ける。
上空から実弾のライフルが連射される。ステラが直前までいた地点に着弾している。
「流石にやる」
見事な偏差射撃だったが、ステラのほうが一枚上手だった。少し得意気な気分になるとグラフが警告。
敵機が猛加速して距離を詰めてくる。カメラアイが敵機コアから射出された小型飛行物体を捉え、視界の隅に邪魔にならないようクローズアップ。レーダー上にも表示。
アッシュテイルは背部兵装の代わり追加ブースターを装着した高速戦闘タイプのACだった。代わりに武装は両腕とコアの小型自律砲台
「クレストの強襲モデル、侮れないな」
クレスト・インダストリアル。アルファ・ケンタウリ星系に君臨する三大企業の一つだ。アッシュテイルはクレスト製のハイエンド・パッケージACだった。
降下軌道に入ったミサイルがEOに迎撃され、プラズマが弾ける。グラフィアカーネとアッシュテイルは互いにビルを遮蔽に使いながら旋回し、銃撃戦を繰り広げる。
徐々に二機の距離が縮まる。アッシュテイルが放つプラズマ噴射の勢いが急激に増す。
グラフィアカーネが二連グレネードキャノンを発射するために動きを止めた、その隙を狙い突進してきた。
ロックオンしている敵機から薄緑色の稲妻が弾け、灰色の強襲ACは球形のパルス装甲に包まれる。
二連射されたグレネード弾をパルスアーマーで防ぎ、黒煙を振り払う。その左手からは光刃が迸っている。追加ブースターを併せたアサルトブーストの加速力は凄まじく、一瞬で距離を詰めてきた。
頭上から振り下ろされる斬撃。
「ちぃっっ!」
バックのクイックブーストをかけながら、ステラは思わず舌打ち。咄嗟に展開したパルスアーマーが切り裂かれていた。着地した敵は続けてブレードで突き込んでくる。マシンガンを浴びせるが物ともせず、回収していたEOで応射。
ステラは引き撃ちを続ける、と見せかけて前方へのクイックブースト。鋼鉄の激突音。蹴りを叩き込み、アッシュテイルを吹っ飛ばしてやった。
アクチュエータ複雑系がスタンするほどの衝撃にはなっていない。路面に踏ん張り、持ち直す。
その間にこちらもブレードを抜く。高周波によって分子構造を破砕するパルスブレードだ。
コロッセオの剣闘士さながらにアッシュテイルと剣戟を演じる。試合開始から一分五十秒。頃間だ。
先ほどのお返しとばかりの強烈なブーストキックを受け、ステラは激しく揺さぶられる。ボディストッキングのような薄さのスーツに包まれた胸部のデッドウェイトが弾んでいた。
ビル壁面に叩きつけられるが、グラフィアカーネはチャージが終わったパルスブレードを再び抜刀。敵機が近距離にいる状況でアサルトブーストを点火。クイックブーストで機動偏向をかけ、回り込む。アッシュテイルはこれに合わせて旋回。
中継ドローンからの映像に観客は大いに湧き上がっている。トップランカーの試合に匹敵する熱狂だ。
コアめがけて振るわれるレーザーブレード。回避困難な斬撃が迫る。
甘んじてそれを受け入れようとするステラの意識に真紅のパルスが奔った。
――――回避をっ!
脳内に響いた余燼を振り払い、戦闘本能に忠実に反撃しようとするグラフを抑え込むのに集中する。
勝者、アッシュテイル。コクピットを抉るはずだった一撃は直前で留められている。ミハシラ・アリーナの試合はデスマッチではない。パイロットが死亡するほどのダメージが入る前に待ったがかかり、勝敗が決定される。死者は偶にしか出ない。
アッシュテイルが手を引く。互いに戦闘モードを解除する。灰色の鉄巨人のカメラアイは、何やら非難めいてグラフィアカーネを睨んでいたが、ステラは無視した。
調整ポッドから出ると、身軽になっていた。濡れた裸体をタオルで拭う。ステラより背の低い少女がタブレット端末を片手に立っている。
少女は白衣を纏っていたが、ステラは己の一糸纏わぬ姿を恥じることなく彼女と向き合う。
この少女はコーラルを用いた第四世代強化人間、その失敗作であるステラに再手術を施した医者だ。リンネ・ランダムメシア。
鬱蒼とした森の中にある彼女の研究所兼自宅に転がり込み、三か月。アリーナの選手をしながら彼女のボディガードという立場で居候しつつメンテナンスを受けている。
全て、今は亡き彼女のハンドラーが手配してくれていた。
「術後の経過は順調ですね~。なにせ手探りでの術式だったので不安がありましたが、何よりです」
のんびりとした口調でリンネは言った。患者の回復を心から歓ぶ笑顔だった。
遺伝子治療とサイバネ工学を組み合わせたリンネの術式によって、強化手術で破壊されていたステラの身体機能は完全に回復している。
強化人間技術に長けたアーキバスでさえ、これほどの回復手術は不可だと断言できる神業であった。
今後は投薬も調整も必要ありません、とリンネは断言した。ステラが研究所に滞在する理由はなくなったと暗に伝えている。
最初に着るのは飾り気のないタンクトップ。ブラは付けない。豊満過ぎる乳房が生地を押し上げる。浮き出た先端は気にしない。
股座の角度が鋭い無地のショーツを穿く。引き締まった腰から大きく広がるヒップを覆い切れず、深々と食い込んだ。カーゴパンツを履き、最後に首のジャックを隠すチョーカーを付ける。
「もうしばらくここに居たい。護衛や厄介事の始末はする。駄目?」
「ステラさんさえよければいつまでも居てくださって結構です~。最近はこの辺りも物騒になってきましたし、プルネラ一人だけだと頼りないので助かります」
「レイヴンの話? それならニュースで見たよ」
努めて冷静に、心を乱さないよう、ステラはルビコン星系を滅ぼした虐殺者の名を口にした。鎮められたはずの真紅が火花を散らす。
「はい~。いやー怖いですねテロリスト。事件起きたら私も負傷者の治療に呼ばれるかも」
ルビコン星系を焼き尽くした二度目の大災厄は首謀者の傭兵の名からレイヴンの火と名付けられた。
最悪の虐殺者は進駐していた星間企業に大打撃を与えたことから、反企業支配の英雄に祭り上げられ、その名を継いだ、あるいは本人を自称するテロリストが各星系に出没していた。
ここ、ドーハ星系の惑星メルクリアにおいても、レイヴンを頭目とするヌーベル・ブランチなるテロ組織が"搾取者たる企業に対して、前例のない鉄槌を下す"という曖昧な犯行予告を送り付けている。
不意にスライドドアが開き、男装した少女が入ってくる。
リンネの白衣と対照的な黒衣に外套を羽織っている。彼女の護衛であるプルネラだ。
生身でMTさえ撃破する生きた暴風のような少女だが、ACの操縦はからっきし。なので、リンネはステラがいてくれると大助かりとのことだ。
「リンネ、厄介そうなお客さんが来たんだけどー」
少年と少女の美を融合させた貌で困り顔をするプルネラ。
「どんな人?」
研究所の主より先にステラが訊いた。
「女の子、多分傭兵。とにかくステラを出せって言ってる。とりあえず、応接室に通したんだけど」
「もう、連絡なしで来る物騒な感じの人は追い返してって頼んだよね?」
「めっ面目ない」
腕を組み、語気を強めるリンネ。おっとりしているが、プルネラには高圧的で横柄なことが多い。
「私が出るよ。二人きりで話す」
ステラは有無を言わせぬ口調で二人に告げた。
長テーブルを挟んで向かい合う、燃えるような赤髪に褐色肌の少女はAAと名乗った。傭兵としての名だ。
普段着として使い、街中を歩くには派手過ぎる、戦闘用ハイレグスーツを鍛え抜かれた身体に張り付けている。スーツは褐色に映える白だ。
その上からジャケットを羽織っていたが、丈が短く、後ろは臀部を視線から隠すのにまるで足りない。
AAは尊大に腕を組み、ステラを睨んでいる。
「それで何の用? どうやって私の居場所を突き止めたの?」
「文句を言いに来た。アタシは探し物が得意だ」
単刀直入に切り出せば、単刀直入に返されるのは小気味よい。
AAは先日対戦したアッシュテイルのパイロットだった。
星系外からやってきてミハシラのアリーナに登録したばかりだが、その凄まじい戦歴に目をつけた運営が上位ランカーであるステラとのスペシャルマッチを組んだのだ。
褐色の少女が傭兵として活動を始めたのはレイヴンの火の直後。
既に多数の困難のミッションを成功させ、トップランカー級の実力者を撃破している。こなした依頼にはレイヴンを名乗る輩が関わるものが多く、結果として大規模なテロを防いでもいた。
レイヴンの火から奇跡的に生き延びたという悲劇的な経歴に、十代後半の攻撃的な美貌とそれを引き立てる刺激的な装い。
アリーナの運営にとっては客を引き付けること間違いなしの逸材であった。
ステラからすると関係を持ちたくない経歴であった。
「わざと負けたな? アタシはそういう真似をする奴が嫌いだ」
刺し貫くような眼差しにステラは怯まない。過去を隠すために、ステラは戦型を変え、本来の実力を封印している。それを見抜かれていたのだ。
「貴女は強かった。それだけのこと」
ステラが返事をすれば、目の前にいる少女の形をした炎が勢いを増す。
「誤魔化すなよ」
「事実を言ってるだけ。それで私に何を望むの?」
「もう一度アタシと勝負しろ。今度は本気でな。アリーナでも戦場でも構わない」
予想通りの要求である。
「考えておく」
ステラが言うと不機嫌そうにAAは立ち上がった。それに合わせてステラも立つ。
「送る」
「勝手にしろ」
応接室を出ると、二つの視線に気づいてステラは廊下の奥を見た。曲がり角に隠れながら、リンネとプルネラが様子を窺っていたので、解決したとアイコンタクトで伝える。
去っていくAAの背中を見つめた。
白い逆三角形は褐色の尻の半分ほどを覆っている。一歩ごとに揺れる健康的な臀部には勇ましい決意が滲んでいる。
決然とした力強い歩みはAAという少女の在り方を示しており、人の心を奮わせるものであった。
AA自身が望む望まぬを別として彼女は天性のアイドルなのだとステラは思った。
その眩い生き様をもって明日への希望を与えるもの。拭い切れぬ罪を背負ったステラ・イェッドと対極の存在だ。
ヌーベル・ブランチなるテロリストは、有力企業の支社が集中する都市に軌道に放置されていた恒星間通信衛星を落下させるテロを企てていた。
ノズル装着作業を行っている間にテロリストを処分するべく、メルクリア政府はミハシラ・アリーナに傭兵を手配した。
アリーナは裏では傭兵に仕事を斡旋しているのだ。ステラは依頼を受託。衛星落下を阻止するべく出撃する。
彼女はいまだ傭兵のまま。可能性の翼はまだ広げられていない。
「それでは最適の健闘を!」
宇宙港まで車で送ってくれたリンネのラフな敬礼にステラは頷いて応える。
グラフィアカーネは既に宇宙往還機に搭載されており、機体の頭脳たる機械知性体が空間戦闘のセットアップを完了させている。
準備が必要なのはステラだけだ。裸同然の薄さだというのに、宇宙服としての機能もあるパイロットスーツに着替える。
更衣室にはもう一人傭兵がおり、彼女はロッカーに寄りかかり、ステラを睨んでいる。赤髪に褐色の肌の少女。AAだ。
「宇宙服に着替えないの?」
裸になり、スーツを取り出しながらステラは訊く。
「アタシには必要ない」
「驚いた。大した自信」
それっきり二人は沈黙した。
室内にはステラがストッキングじみた薄さのスーツを引っ張り上げる音だけが微かに響く。
首から下を締め付けるスキンスーツのきつさに苦しみつつ、四肢を保護するハードシェルを装備し、流麗なヘルメットを手に取る。
見た目では装甲部分が余計にスキンスーツを張り付けた裸体を強調して扇情的であるし、宇宙空間に出るにも戦うにも心許ない恰好である。
しかし、高性能な戦闘服だ。
「お待たせ」
ステラが振り返ればAAは既に更衣室を出ようとしていた。急いで追いかける。
ソールの音を廊下に反響させ、ステラはAAと共に駆けた。
「せっかちだね」
「しくじれば大勢の人が死ぬことになるんだ。時間を無駄にできるかよ!」
AAの声には若々しい正義感が込められている。ステラはこの赤髪の少女を好ましく思った。
格納庫まで駆け抜け、愛機に乗り込む。コクピットが閉じられる。
グラフィアカーネとアッシュテイルは出撃直後に最大加速。無数の衛星やデブリを避けてヌーベル・ブランチのACが陣取る戦域にたどり着く。
『猶予は十分か、いけると思う?』
グラフが寄こした敵戦力の分析とターゲットとなるノズルの情報をアッシュテイルと共有。
『できるできないじゃない――――やるんだ!』
AAは高出力レーザーライフルを発射。早速ヌーベル・ブランチのACを一機撃墜する。爆散する敵を後目にノンストップでノズルまで迫ろうとしていた。
アリーナでいずれ行われるAAとの再戦で本気を出すかはともかく、今この時は隠していた力を解放しよう。
(負けてられないなぁ。グラフもそうでしょ?)
ステラはアッシュテイルを追いかける。デブリを蹴って予測不能な軌道を取りつつ加速する。
「大勢の命がかかってるから、ね」
殺人的な加速のGに余裕で耐えながら、なんとなくステラは呟いた。
まずは一機撃墜。グラフィアカーネはパルスブレードで敵機のコクピットを切り裂いた。
かつてルビコンで対決した、ブランチメンバーの構成を真似たホバータンク型のACだが、パーツの質は悪い。主義主張も機体も劣化コピーだが、それでも実力者の範疇ではあった。
漂っていく鋼の躯に目もくれず、次の獲物に喰らいついた。仕事でしくじるつもりは、ない。