走るのをやめたら死ぬ系転生馬   作:名無しの権左衛門

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 会話と地の文で時が飛びまくってます。
1987~1990年の出走する前の状況整理です。


1:素晴らしきマキバ物語!

 ここはとある牧場。

初夏にもなろうというのに、まだまだ肌寒い。亜寒帯気候であるためか、

冷夏であるためか暖かくなる気がしない。

そんな状態であっても、牧場の朝は早い。

毎朝毎朝日も昇りきっていない闇の中で、作業を行う牧場の方々。

 そんな普通の牧場と思われがちだが、この牧場は少々おかしい。

関東圏の近くにあることを利用して、ただの乳牛のみの牧場を

ふれあい牧場として改造したのだ。

それもあって世話をする動物の種類がやけに多い。

 

 乳牛・烏骨鶏・ポニー・馬・うさぎ・犬・なんかの鳥・爬虫類・猫・アヒル、と

なんかもう大変なのがわかる。

そしてこの中でもっとも場違いなのが、この厩舎にいる。

 

「おーい、トバ。飯だぞー」

 

 厩務員として雇われているわけではない、ただの家族の一人が声をかける。

暗闇を白熱球がぼんやりと照らす中、もぞもぞ動く。

ソレは馬、というよりもサラブレッドのような巨躯であった。

 ソレ……トバと呼ばれる馬は、壁に立てかけた黒板にチュークを食んで書き綴る。

 

「えーと、ああ、ねじれが治ったのか。まじで死に直結する難病だから、

どうしようもなかったけど……なるほど、転がったんだな。

何にせよ、よかった」

 

『良くないが?』

 

「おま、もう漢字を使えるのかよ。生まれてまだ一ヶ月だぞ?」

 

『翔くんに教えてもらった』

 

「あんのクソ坊主。来週帰ってきたら、漢字ドリル復習30往復の刑にしてやる」

 

 ここに一風変わった馬がいる。

彼こそ、ふれあい牧場として出発してから、合計10匹目の馬であり初めてのサラブレッド、トバと呼ばれている。

また始めの競走馬として、トーシバと言われることもある。

 

 さて彼が妙に賢しいのは、4月の頃の事。

連休の頃に訪れてきた親族の子が、放牧中のトバに近寄ったことから始まる。

当時の柵が一部イノシシのせいで破損していたこともあるのだが、

そこから抜け出したトバが近くにある休憩所で宿題をしていた子どもの鉛筆を強奪して計算を解いてしまったのだという。

 牧場が広大であるのも手伝って、トバがやらかしたことや子どもがやってもらったことを隠し通したせいで宿題全てをトバが解決してしまったのだ。

 

 遊び通していたガキどもが、全部終わらせられる訳が無いと思い年長組が偵察。

すると抜け出したトバが、ガキどもの宿題を解いていたところを発見。

ここから色々あって、黒板とチョークを渡し大人しくしているように伝える。

 

「そうそう、トバ。あとで、買い出しといっしょに、併せ馬するんだってよ」

 

『なんで?』

 

「お前は知らねえだろうけど、お前の父親ってミスターシービーなんだってさ。

で、牧場の知名度をあげたいから、サラ系だけど地方から中央へ兄貴が乗って宣伝すんだって」

 

『食い扶持稼ぐのか』

 

「どうあがいても三年生の漢字ドリルの範疇越えてんだろ。どこで覚えた」

 

『親父の新聞』

 

「父さん!?」

 

 社長であり牧場主であり中央馬主になるために、一時的にトレセンへ転厩することは涙を呑んだが、なんとか条件をクリアして所有権だけ得られるようになった。

ついでに土地バブルが終わりそうだったので、金塊を購入したり外国の

今後伸びそうなところの株を購入したそうだ。

ちゃっかりしてるなあ、と。

 

「あと30分で朝市だ。これとこれとコレで、いつものリヤカーは出たところにあるからな。

人を轢くんじゃないぞ?」

 

『うっす』

 

 5時。少々明るくなってきたが、山が邪魔でまだ日が差しそうもない時間帯。

厩舎から出て、リヤカーの紐を自分の首と身体に潜らせる。

首には財布・電卓・メモ・トングがあり、トングを使って色々できるようにしてもらっている。

仔馬でありながら、少しの荷物くらいなら簡単に運送できる。

 また飼料の方は水牛を使って使い番が市場へ赴くようになっている。

道はアスファルトとあぜ道があるが、高度経済成長期で一気に整備されたインフラを使ったほうが早かったりする。

 

「おう、トバ防。朝から精が出るな。アスファルトを行くのか? なら、こっちの蹄鉄に代えるから、洗浄のために片足ずつ上げてくれ」

 

 ブラシとぬるま湯を使って、牧場内専用の蹄鉄を外しては洗浄し、アスファルト用の蹄鉄に履き替えた。

これもしばらくするとアルミニウム合金になるのだが、それはまだ時間がかかるようだ。

 

 さて、換装したら片道2キロをカッポカッポと闊歩して、JAの朝市へ赴く。

開けられている入口へ入り込み、ヒヒンと一鳴き。

職員が来たら紙をトングで渡し、野菜の積み込みをしてもらう。

そして提示された資金に対応したお金を、一円単位で細かく提出したらレシートを貰って帰路につく。

 道中大量の飼料や飼い葉・藁を積み込んだ牛車や運搬車が隣を通って、牧場へ向かっているのを確認。

それらを尻目にゆっくりと歩みを進めていく。

 

 帰ってきたら牧場にいるトバ専属獣医が引き継ぎをした後に、トバの足の診断を行う。

 

「坂路がないなら、土地を活かせとかいうが。この年から坂路は身体を壊すんだよな。

あの親父さんも中々夢心地なようで」

 

『?』

 

「ああ。馬も人間も足が第二の心臓だからな。いわゆる骨格筋ってやつだ。

特に馬は一本なくなると死だ。トバ。お前もレース中に足が痛くなったら止まれよ?」

 

『!』

 

「よぅし、いい子だ。炎症はなし。果物を食ったせいか、すこし唾液が粘ってるな。

あとで水を呑んで、よく飼い葉を噛みなさい。虫歯になるぞ?」

 

 後に歯ブラシが追加されて、トバ自身が洗うようになる。

更に成長するにつれてTVを理解できるようになり、最近のレースを録画したカセットテープを使い走り方の復習をするようになる。

来年から徐々に馴致して行くので、あらゆる知識を覚えさせそうとしている。

 

 

 さてふれあい牧場も乗馬クラブというものもできて、ポニー・牛・馬とのれるようになってきた。

地方馬主も中央馬主も認められたので、あとは騎手の問題になる。

だが牧場主の息子で長男は、将来仕事を次ぐために乗馬ついで騎手の資格を取ったのだ。

地方もそうだが中央も認められている。

 牧場主はあらゆるところから牝馬を購入し、有名な三冠馬の種を付けた。

結果、競馬界への参入を白い目で見られなかった事が、功を奏したのだろう。

おかげで長男も少しばかりお手馬を回してもらっている。

 

 

「また成長したな。まえよりも0.5ミリ大きい」

 

「あと少しで炎症してましたね」

 

「大きめに作っていたんだがなあ。やっぱ競走馬は初めてだときついわ」

 

「加藤さんって蹄鉄師じゃないんですか?」

 

「阿呆、俺はれっきとした鼻輪づくりの名工だ。 蹄鉄は手探りだぞ」

 

 元は日本刀を作っていたが、戦後の需要がなくなったので包丁作りをしようとしたが乳牛の管理を徹底的するために当時の牧場主が、彼に専属で鼻輪づくりをしてくれないかと提案した。

そして苦境と共に労働条件を細かく調整して雇用となった。

 労働条件はかなり厳粛に詰められた。

例えば人から動物、動物から人へ感染する病気がある。

特にインフルエンザ。こいつは乳牛の乳汁の出や数年後に育成するうずらや牛の品質に関わる。

なので健康面は栄養士も交わって、細かく決められたのだ。

 

 この徹底的な管理体制が、乳牛の品質の向上となって地元で有名になり後に関東圏の人気商品になった。

生に近い濃厚な加工牛乳が高級ホテルに使用されるようになってから、

お菓子やパン屋などにも使用できる高品質な牛乳として需要が高まったのだ。

 こんなに需要があるのに供給を増やさないのかと聞かれることもあったようだが、土地の問題があってできなかったらしい。

 

「最初の一年は体調管理に気を付けて、二年目から軽く調練。

三年目からデビューになるな」

 

「馬の世界って世知辛いんですねー」

 

「今東京で流行ってるアイドルってのも、三年ぐらいが賞味期限と聞いている。

若者商売はどこも変わらんよ」

 

「いやいやいや、人と馬は違いますよ!?」

 

「馬の年齢でいえば、高校生くらいだという。ま、そういうこったな」

 

 トバは手探りながらもふれあい牧場初めての競走馬として、周囲の人たちに

支えられながら日々を過ごした。

 

 1年後になって訓練をするということを知っていたが、生産牧場ではないが一応そうなっている現状どこかのトレセンへ転厩させるのはノウハウの蓄積の面からして非効率。

そこでトレセンと同じように鍛えられる場所を作り上げることになる。

1990年代では邪道と言われる坂路、プール、ウッドチップ、何故か湧き出ている温泉の湯治等、色々試すことができるようになった。

 競走馬のためというよりも、狭い敷地で如何に健康的な運動をさせられるかが

喫緊の課題だったので、遅かれ早かれ坂路の整備は急務だったりする。

 

 

「近くの量産鶏卵場へ赴いたが、なんというか刑務所だな。

うちみたいに運動させねぇと」

 

「運動させると飯の量が増えるらしいっす」

 

「太らせるだけが脳じゃねぇんだ。通じを良くしとかねえと、血の巡りも悪くなっちまう」

 

「御年5歳の烏骨鶏のキンちゃんが、証拠っすね」

 

 二人が坂道を見上げる中、トバは他の四つ足動物達とともに併せ馬をしていた。

トバの世話係が調教師として面倒を見ているが、いかんせん国家試験を受けていないのでパットしないことも多い。最近になって本屋でシンザンやシンボリルドルフの名著が出てきたので、それらを読み漁って調教師とか流れを把握することになる。

 次に来年から始める出走プランを立てる。

軽く追い切りをさせて、800mダートを比較的近くにある笠松で走らせる。

地図上では大井が近いが、経路で言えば笠松のほうが近かった。

あと初めての競馬育成なので、地方のほうが何かとやりやすいというのもある。

 

 それは地方のほうが、足の負担が少なく故障しにくいというものだ。

あとは単純に距離が短い。最初から幼駒に、2000mも走らせる鬼畜レースがある。

そんなのに大事なトバを出せるか、と当時の調教師兼厩務員はいう。

 

「仕上がってきたな!」

 

『だいたい、暴走するポニー兄貴の御蔭』

 

「ああ、ポニーとしては大きなダイキの事か」

 

『なんか、大きくない?』

 

「あいつ飛騨馬だからな。いわゆるサラ系ってやつだ」

 

『歴史が古いのでは?』

 

「そら、牧場主がもともとここらの豪族だし。壇家でもあるからな。

町長や市長も、全部牧場主の親族だ。まあ、枝分かれして3世代経過してるから、

実質他人らしいけどな!」

 

 全力疾走のポニー兄貴ことダイキ。

飛騨馬と甲斐馬の混合馬。突然変異で、身体が小さいという事もあって、

高品質な馬肉で有名になる牧場から譲り受けたもの。

 実験作として色々配合していたようだが、結局飯で太らせたほうがいい肉ができるという結論に至ったようだ。

太らせるだけだと油がひどいので、適度な運動も不可欠だとか。

 

 小さい身体でも秘めるたる馬力はものすごい。

足の回転が早く、低姿勢で駆けるのでトバよりも速い。

トバは彼を見習ってはいるが、いかんせん幼駒なので追いつけない。

 

 トバは走り疲れて、近くに生えている針葉樹の葉をもしゃもしゃ食う。

早いことに生まれて一年。住んでいる場所が田舎なのは見てわかった。

 しかしジャリボーイとガキンチョと洟垂れ小僧共が、ありとあらゆる宿題を持ってきたせいで色々と今がわかってしまう。

 

(1990年、プラザ合意をした前後かな? 株が落ちて、民間に広まるのが数年後。

大変な時期に来てしまった……)

 

 なにやら妙なことを考えているようだが、馬の身では詮無きこと。

山奥の亜寒帯気候でありながら、本州所属というなぞの場所で乳牛牧場と

ふれあい牧場が併設された珍妙な場所で競走馬生を送ることになるトバであった。

 

 




つまりウィニングポストのように、生産と訓練をする牧場を作り上げたかったというわけですね。
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