まずい。非常にマズイ。
何がまずいと喚いているのには理由がある。
転生の罪状にトップスピードが低いと書かれていたが、
まさかここまで低いとは思わなかった。
渡米してサンタアニタパークで並走してもらったり、キャンターを申し出て
調教を行っている。
だが色んな人や馬に言われる。イッツスローリーって。
本気でやっているのかと言われることもあるが、身体が仕上がっていないのか
本能がやる気をだしていないのか今の自分にわかるわけがなかった。
まさかこんなにも遅いとは思わなかったんだよ。
ここに坂路はないし、足腰を鍛えるようなものもない。
あるのは土だけ。今日も頑張らないとな。
それはそうと藁の質が少し違う気がする。
藁なんて乾燥した草じゃなかったか?
やはり植生が違うんだなあと歓心しきりだった。
幾日が過ぎ、アンブライドルドが入厩した。
あの馬を見て如何に力強いかがわかる。
彼こそが今年のケンタッキーダービーを制する馬だとわかる。
なにせアメリカ競馬は、素質が高いやつが有利だからだ。
自分のような奴がここに来るのは、お門違いに等しい。
だがそれでも、負けられないんだ。
少なくとも掲示板に入らないと、廃用にされる。
するとニヶ月で死ぬんだ。
恐ろしい。
最高速度が低くても自身が持つ体力を使って、全力で逃げ切ってやるぜ!
サンフェリペハンディキャップ当日。
この身になって大体三年。糞をトイレに流せないのが辛いが、
それを藁に包んで片隅にまとめておく。
臭くてたまらない。草食動物でも、臭いものはくさいんだ。
しばらくすると厩務員がやってきて、寝藁の交換や体温測定・飼い葉の補填を行ってくれた。
飼い葉の予備は底をついてしまったから、米国産のものを使っているそうな。
黒板で意思疎通できないので、話を聞くしかできない。
かなり辛いぞ~。
「大きな声で言えないから、こそこそするぞ」
【!】
「飼い葉なんだが中に合成飼料がある。そこで、5色みえるうちの赤色を、藁でもいいから
そこに捨ててくれ」
【?】
「……どいつもこいつも使ってる暗黙の了解でまかり通ってるドラッグだ。
栄養の結合がよく、エネルギー出力が高くなるんだとよ」
【!】
「食べるんじゃないぞ? 食ったやつ全員競走寿命が短くなって、老いるのも早くなるし
中毒になるって、獣医のじいさんが言ってたんだ」
【!?】
ひええええええ!?
アメリカのドラッグレース半端ないねえ!
こんなんじゃおちおち寝ぼけ眼で食えないよ。
っていうか、じーちゃんと厩務員よ、なんでのけてくれなかったの?
あ、周囲の目ね。恨み節が効いてて辛いってことかぁ。
いややっぱもう少し外国事情を飲み込んでから動くべきだったんじゃないかな?
舌を使って器用に藁へ投函しながら、残りのものを食べていく。
サンマの小骨取り並に辛いよ……。
ニシンやウナギと違って、あいつら骨が固いから噛み砕けないんだよな。
サンフェリペハンディキャップまであと数時間。
筋肉の疲労を溜めない程度に、動的ストレッチをしておこう。
ちなみに今回の馬場は、不良馬場だってよ。
なるほど! 得意だ!
でもアンブライドルドに勝てるビジョンが浮かばないんだけど!?
さて、今パドックで奉先くんが乗り込んできた。
サンフェリペハンディキャップは、今回12頭立て。
もう1頭来るはずだったとか誰かがいっていたらしいけど、競走中止になったらしい。どういうことだよ。
「トバ。俺達が得意な田んぼだ。初の米国レースで、掲示板入りを目指そうぜ!」
【!】
「作戦はない。とにかく逃げろ。進行方向の調整は任せてくれ」
【!!】
「調子いいじゃねぇか。行くぞ!」
ゲートインの順番を待っているんだけど、放送中の言葉に耳を傾けていると
オッズの声が聞こえてくる。
史実なら拮抗していたはずなんだけど、アンブライドルドの単勝が2.5。
自分はなんと400.6。ひっく。
いやまあ前走以前に日本の馬だからなあ。さらにサラ系で実質駄馬だし。
なんでここにいんの?って顔がすごい。
君たちさぁ、いちおうメイデンクラス越えてるんだぜ?
え、地方競馬のレベルが低いって?
お、そうだな。実際牧場主が乳牛で儲けていたから、ミスターシービーの種を付けてくれたんだし。
なかなか無いような気がする。
で、なんて読むのこいつ。
る、ルールマン? クリミナルタイプ? フライングコンティネンタル?
史実の勝利馬は彼らだ。
//:www.youtube.com/watch?v=RvjxC1YqjMc&t=135s
ルールマン強くない?
今回は重馬場だけど先残りが強すぎる。
じゃ、全力で逃げるね。
なんか英語で色々言われてるけど、わからん。
「始まるぞ」
ガチャンと開いた!
うおおおおお、行け! わが足!
パワーはないけど、馬力ならあるんだ!
ルールマンの加速すっげ!?
今のうちに後ろにつかず、自身の最高速度でお前の前につけてやる。
残念だったな、牧場のタンボルギーニとは自分の事よ!
ずっとインコース! あ、こいつ、ルールマンが追い抜いてこようとしてる!
斜行で走行を邪魔するのはだめだったんだよな?
でも追い抜いてインコースも斜行じゃないのか?
そこらのルールわからねえ。
そもそも自分の中にある斜行のイメージは、天皇賞秋の
最終直線で外に寄れるっていうアニメの記憶しかないし。
でもウオッカも最終直線で斜行してた気がするし。
どっちだったっけ、ゲームの演出が過剰すぎてわからん。
「おい! レースに集中しろ!」
【!】
すまん! うおおお、自分こそ泥の中の鯉なりいいいい!
最終直線でルールマンが競り合ってきてんだけど!?
「前見ろ前! アンブライドルドが追いついて来てんぞ!!」
史実馬来たあああああ!!!
はい。勝てました。
賭けてたの、うちの調教師くらいでしたね、はい。
あともの好きと周辺に住んでる日系人くらいかな。
ぱっかぱっかとかぽかぽ回ってみると、あのルールマンがひどく疲れていた。
ちなみにアンブライドルドの野郎は、ハナ差でした。
くっそ怖かったね。
後にレース内容を見てみると、アンブライドルドが迫ってきた理由がわかった。
それはストライドじゃなくて途中で、歩幅を短くするやつにして
回転速度を上げてたからだった。
「まずいな」
「まずいよなぁ」
「こりゃまずいっしょ」
『何がまずい?』
「あいつがつけたアンブライドルド、ピッチとストライドを使い分けやがった」
「今までにその2つを使い分けたのいたのかい?」
「セクレタリアトっていう怪物」
「「あ……」」
『なんとか逃げる』
「ああ、早く行くしかない。トバ、今のお前は遅いからな」
「重馬場で本まによかったのー」
本当に重馬場っつーか、不良馬場でよかった。
あのルールマンが疲れたってことは、そういうことなんだからさ。
やっぱ欧州向きなんかねえと思ったが、後日奉先くんの特訓が始まることになる。
理由はわからなかったけど、アンブライドルドが来ていると言った瞬間動きが固くなったそうだ。
そこで馬名を言わないという対抗策もあったが、それはそれでつらいので
どんな馬が来ても自分の最高を尽くせるように緊張しないレースをする、と約束した。
で、後日。
「Nice to meet you, you're the lord of Toshiba,aren't you?」(やあ)
「What did you do?」(何スカ?)
「I would like you to run side by side.」(並走して)
「I understand, it is good.」(おかのした)
「it was good.With this, Unbridled will evolve even further.」(やったぜ)
どうしたんだろうか?
厩務員に水掛けブラッシング等の清めが終わった時、アンブライドルドがカポカポと
近づいてきた。近くにいる奉先くんが、拙い英語で相手の騎手と喋る。
そして通訳の人が奉先くんと相手の騎手の意見の相違を是正し、
お互いに頷き合いつつ笑顔で会話していた。
そしてお互いに握手すると、奉先くんが背中に乗り込む。
「アンブライドルドと並走するぞ!」
【!?】
乾燥しているサンタアニタパークで駄馬駄馬しているけど、
やっぱトップスピードが遅いんじゃなくて走り方に問題があるような気がしてきた。ポニーアニキは、ポニー<アニキ<サラブレッドっていう感じの体躯。
一緒に走っていて楽しかったし、先を行く先輩ということで歓心してた。
でもそれだけじゃないんだな。
自分やアニキがしているのは、雪解け水でタンボになった牧場の走り。
彼らがしているのは、基本的に乾燥している土の走りなんだ。
そこでアンブライドルドの歩様を見るために回りをグルグルして、
骨の使い方を見たりグルーミングを行って機嫌を取り走り方を見て教わることにした。ただ自分のグルーミングが下手すぎて、鼻でグイグイされてしまったが。
そういうわけなんで、ルールマンさんグルーミングさせておくれ!
【You're not good at grooming, man】(毛づくろいヘタ)
【I understand!】(うっす!)
【Okay, okay. I'm going to teach you, so stay there.】(教えちゃる)
よし、ルールマンさんに教えてもらったぞ!
ついでにアンブライドルドのあんちくしょうを呼んで、自分がキャンターになって
二人に競ってもらう。
うーん、なんか左回りで小回りだけど、なんか違うんだよなあ。
「You're Japan?」(日本人じゃーん)
「Yes, that's right.」(そっすね)
「So you've learned from Okabe」(岡部最高!)
「That's right, I wanted to know what he learned in America.」(学ばせて貰うっす)
「Thank you!」(ガンバ!)
あの人は一体誰なんだろう?
調教師を背中に乗っけたまま、フシギソウな顔をしたルールマンとアンブライドルドと一緒に奉先くんのところへいく。
奉先くんが昼食を先に取っていた事は知っているので、そろそろ交代かな?
と思ってた矢先の事だ。
「ああ、来たか。トバ! 彼が次のアンブライドルドのヤネになる、クリス・マッキャロンさんだ」
「I've seen you in the newspapers. Congratulations on your first overseas major victory.」(海外勝利おめ~)
【初めまして!】
「This horse is so smart!」(お、賢いね~)
「Yes! This is the guy who is going to win the next race, the Santa Anita Derby」(うちがダービー取るぜ?)
奉先くんが自分と通訳者にサムズアップすると、通訳者がオロオロしてた。
すると、クリスさんがアルカイックスマイルで見つめてきた。
怖い怖い怖い!
「I'll take it as a declaration of war, right?」(やんのかコラ)
「I'm going to win」(やってやんよ、スットコドッコイ)
「I'm looking forward to the next race」(言ったな?)
「負けられないな!」
会話の中でオカベって聞こえたんだけど、まさか上位陣の一角じゃない?
やべえよ、喧嘩売ったよ奉先くん。
乳牛・イノシシやシカ相手に生活してきてるから、とても図太いんだけど
ここまでとは思わないじゃん!?
そうそう、ピッチ走法とストライド走法の扱いに苦心してたんだけど、
重要なことを忘れていたよ。
それはサンタアニタダービーが終わったら、一度日本へ帰国するんだって。
理由は米国三冠をすると、三ヶ月もレースできないからだとさ。
というわけで、一度リセットするんだって。
よかった、ちゃんとお願いを聞いてくれたよ。
牧場主はしばらく米国にいるみたいだけど、色々面倒だから一度一緒に帰ってくれるってよ。
さて、今までアンブライドルドやルールマンと一緒に並走しまくっていた理由がある。それはミスターフリスキーとかいうバケモンに、
色々観察されないがためだった。
あいつ5連勝してるし、レコード出してるし、10馬身差の圧勝もしてるし……。
アメリカ競馬ってのは、怖いよなあ?
今回出走してするのは、リアルキャッシュ、バラコーブ?、シングルドーン、
ミュージックプロスペクター、ビデオレンジャー、アシリアンパイレート、
ミスターフリスキー、ワークラフト、トーシバ、アンブライドルド、ルールマンだ。
合計13頭。
史実は曇天の中、うまくスタートダッシュをしたリアルキャッシュが逃げる。
そこへミスターフリスキーとワークラフトが追従してくる。
しかし第ニコーナーくらいで、ワークラフトが先行争いから脱落。
第四コーナーで、リアルキャッシュが脱落しミスターフリスキーの逃げ切りになった。
リアルキャッシュの視線からみると、ミスフリはストライドではなくピッチでやった。
また土は固まっておらず、若干砂なので稍重とわかった。
「今回のサンタアニタダービーだが、ミスターフリスキーの強い競馬がネックとなる」
「映像みたが、強いのー」
「いやマジでだめだろ、この強さ」
「アメリカ競馬は先行有利なんだ。逃げるが勝ち、今回もやるぜ」
「頼む、マジで頼む」
「トバは頑丈である代わりに速度を捨てておる。ソレしかないだろうの」
「任せろ。なんとかしてくるさ」
//:www.youtube.com/watch?v=RDatrGN3Px4
さあ、やってきたぞ。サンタアニタダービー。
もとの厩舎じゃなくて、ずっとここにいるアンブライドルドのあんちきしょうと
ルールマンさんは、今まで精進してきた。
ミスターフリスキーがくっそ強いけど、先行争いすれば行けるでしょ。
それとルールマンさん、いつの間にか”一年に一回のみ、出走レースを変えられる”効果を使っていたらしい。本当はここじゃなくて、別の所へ行っていたみたいだ。
あなたの実力を見せてほしいぜ!
さあ、レースが始まる!
「いつも通りにピッチで加速するんだ」
もちろん! 体力とスタミナは無尽蔵!
しかし速度とパワーが軟弱なら、手数で補う。
ピッチ以上に短く刻んですぐに前に出る。
またルールマンさんの加速がえぐい。
彼って本調子ならこんなに速いのかよ!?
だがそんなに飛ばして大丈夫なのか?
まあ関係ないね! 全力でかっ飛ばして、ルールマンが息を入れたところを追い抜く。
おっとミスフリくん、オッスオッス!
リアルキャッシュにおこなったアレかな?
たしかに馬の視界は上下に弱い代わりに、周囲300度くら見渡せる。
さらにそういう気配に馬は弱い。
だがそれは普通の馬の場合だけさ。
ケンタッキーダービー史実勝利馬のアンブライドルドに比べれば、
弱い奴らにイキってるだけの馬なんか怖くないもんね!
しかし奉先くん、みんなと同じように手綱を短く持って体重を前にかけてくれるから、すごく走りやすい。
体重も重い方らしいけど、あまり感じない。
そもぞも日本で使ってた鐙が重かったからなあ……。
アメリカの本走は、鐙ではなく鞍になっている。
理由は単純にルール違反だから。
日本は斤量になるだけらしいぞ。
アンブライドルドのあんちきしょうは、ルールマンさんと一緒に真後ろだろ。
気にするだけ無駄だ。
第四コーナーが終りを迎える!
足音が真後ろから別れていく。なるほど、そう来るか!
ならば、こっちはいつも通りに全力でいくぜ!
「焦るなトバ、筋肉を伸ばしていけ」
【!】
最後。走りに集中していたからわからなかったけれど、
なんか審議らしい。
「よく頑張ったなトバ!」
首を撫でられる。
そういえばこの時期に写真判定はあれど、ビデオ判定なんてあったっけ?
3分経過してもわからんとかこれだめでしょ。
「Still not sentencing?」(まだ~?)
「Not yet.」(まだ)
<Three horses entered the line at the same time. The result?>
(さあ、一着は誰だ!)
【Are you two of them coming in at the same time?】(君等来たの?)
【Yes that's right.】(そっすね)
【I should have caught up with you guys.】(勝たせねーよ?)
同時に入線したのは、下馬評通りアンブライドルドとミスターフリスキーだ。
さて、会場が盛り上がっているけど、どうかな?
「ああ、悔しいな」
「We're the winners!」(ヤッタゼ)
【Congratulations, Unbridled and MisterFrisky】(二人ともオメ)
【Thanks】(あざす)
【Thank you】(あんがとさん)
結果はミスターフリスキーが一着で、アンブライドルドがニ着だった。
後で確認したが、ハナ差ってもんじゃない。ほんともうほぼ同時。
しかし地元贔屓と米国産馬を優先したんだね。
大丈夫全力で次は確実にぶっとばす。
【MisterFrisky!】(ミスフリ!)
【What is it?】(おん?)
【Fight in the Kentucky Derby!】(またヤろうぜ!)
【Of course!】(おん)
これで、”各一頭の出走レースを一つだけ変更できる(年に一回)”と
”各一頭のあらゆる怪我や病気を一時的に治せる(年に一回)”が、ミスターフリスキーに付与されることになった。
絶対に次は負けないからな!
まあ、戦う前に一度日本へ帰国するが。
流石に連続でいると死んでしまう。ちゃんと検疫して、日本へ帰ろう!
奉先くんはこのまま残留するのかと思ったけど、結局帰国の道を歩んだようだ。