「ん、うまい」
アスパラにベーコンを巻いて油で炒めただけのシンプルな料理。
粗い胡椒がピリピリ舌を刺激する。
それをビールで胃袋に流し込む爽快感といったら。
次はチョリソーとジャーマンポテトを頼んでみようか。
場末の酒場で三国同盟の再演と洒落込むのも胸躍る話だろう。
向かいは熱燗に枝豆をちょこちょこやっている。
僕のようにガツガツ貪るばかりが酒じゃない。
それもそれで楽しみ方というものだ。
舌に踊る刺激と鼻の奥に仄かに浮かぶ苦味と酸味。
程よい酩酊感に押されるように自然と言葉が口を突いて出た。
「いつも通り割り勘で?」
僕は沢山食うが彼が誘ってくるのは決まって厄介な用がある時のみ。
割り勘でも比較的僕が割りを食っている。
美味い酒をも不味くする天才なのだ、コヤツは。
そもそも、この間なんて…
益体もない思考に染まりそうになる頭を振って掻き消す。
あるいは本当に気まぐれでただ一緒に酒を飲みたいだけやも知れぬ。
「いや、ここは俺が持とう」
「そりゃあ助かる」
内心をおくびにも出さず微笑んでみせる。
しかし酒は良いね。
理性は溶けてしまうが、なに、それだって風呂入る時に服を脱ぐようなもの。
一種のドレスコードと思えばご愛嬌だろう。
「………」
ヤツはため息を吐きながら煙草を出す。
「おいおい」
「店の許可はもらってる」
このご時世に剛毅な大将もいたものだと感心する。
ジッポの音が鳴り、程無く紫煙が漂い始める。
酒とツマミ、そして煙草。
店内は暫し無言の時の刻む。
そんな沈黙に耐えかね、というわけではないが僕は向かいに頭を下げた。
「一本くれないか」
「……禁煙してただろ?」
「今日くらいはね」
ヤツは苦笑して「ほらよ」と渡してくれた。
ライターを借りて火を点ける。
「……ふぅ」
胃と肺と脳に染み渡る感覚。
久々の煙。
机の上にはまだ料理が残っているが吸い始めるともう手は付けられない。
もったいないことをした。
そんなことを考えているとヤツが口を開く。
「なぜだ?」
やっと話を進める気になったか。
さて、どう返すべきか。
何が? と、すっとぼけるのも妙な話で。
今更だろう? と、笑ってみせるのも違うだろう。
……そうだな。
柄じゃないがここは可能な限り本音で語ろう。
「君はさ。最高の肴ってなんだと思う?」
「……は?」
想像に違わない反応だ。
まぁ、うん。
「厳密な定義とかは考えなくていい。人生の張り合いとか、そういうの」
「急に何の話を。……趣味とか嗜好品とかの話か?」
「うんうん。なんだかんだ戯言に付き合ってくれる君のことが結構好きだぜ?」
ヤツは顔をしかめ「よせ。気色悪い」と吐き捨てた。
ははは、ひどいな。
ま、全面的に同意しかないが。
「けど、どうか考えてみて欲しい」
真剣な声音を作ってみせたそれに押されたわけでもなかろうが彼は考え込む。
そうして絞り出したのが…
「……出世、とか?」
「あははは! すごい! 想像通りでもここまで笑えるんだね!」
予想通りの言葉に失笑せずにはいられない。
おっと、いけない。失笑するつもりが爆笑してた。
まぁ、いいか。飲み会ってのはそういうものだろう、うん。
「うるさい。そもそも今はおまえの…」
「ごめんって。さて、『なぜだ?』って話だったね」
「あぁ」
「けどまぁ、コレがこの話にも関わってきててね」
「なんだと?」
訝しむ彼を横目に僕は口を開いた。
「僕にとっては、悪党の企みを成就寸前でブチ壊すことほど楽しいものはなくてね」
手元の灰が落ちる。
焦げ目のついた机に若干の申し訳無さを覚えつつ、残りを灰皿に押し付けた。
おしぼりで拭けばちょっとはマシになるかな?
「ふざけるな!」
机が強く叩かれる。
酒も料理も酷い有様だ。もったいない。
「ふざけてなんかいないよ。大真面目さ。真面目にこういう腐った性分でね」
「いいや、ふざけてるよ。さもなくば狂ってる。そもそも俺が悪党だと?」
「悪党は言い過ぎたかも知れない。謝るよ。けど悪どい企みをしてたのは事実だろ?」
なんだっけ?
もとよりブラックよりのグレーとはいえ、それを盛りに盛りまくっての内部告発。
ご丁寧にスケープゴートまで用意して、自分は別企業でより高い地位に生まれ変わると。
ライバル企業からの勧誘一つでそこまで絵図を描ける情熱は素直に尊敬するけどねぇ。
あ、ヘッドハンティングって言った方が格好良い?
「なッ!?」
「いやはや、裏切りは立派な悪でしょ。困る人、大勢でちゃうよ」
「………」
「あらら、黙っちゃった?」
煽ってみせたもののコイツが今とても頭を巡らせていることはよく分かってる。
さて、お手並み拝見。
酒が美味くなりそうだ。
まだグラスにちょびっとだけ残っているビールを手元に引き寄せる。
「あそこが腐っているのは事実だろう」
「ん、そうだね」
「それを今更なんだ? 正義の味方でも気取るつもりか? お前も同じ穴の狢だろうに!」
あはは、面白い。
面白いけどイマイチ捻りが足りない気もする。
いや、アルコールが笑いを後押ししてくれるなら充分か。
「二つ訂正がある」
「なんだと?」
「一つ、誤解させたなら謝るけど僕は悪党の足を引っ張りたいだけ。正義の味方じゃない」
「……は?」
「むしろ僕ごときに壮大な計画を台無しにされちゃった哀れな悪党を指差して笑いたい」
あっはっはー。
目の前にいるコヤツを指差し笑う。
睨まれた。こわい。
「なら、お前も悪党だろう」
「そうだね。だからいつでも僕を潰しに来ると良い。ウェルカム、大歓迎さ」
「……狂ってる」
精々チンピラにでもなれれば御の字だろうけど。
「二つ、同じ穴の狢… じゃないんだよね。これが」
「? ……ッ!」
慌てて立ち上がる。
うん、やっぱり頭の回転は悪くない。判断も早い。
けれど、絶望的に状況が分かってない。
「悲しいね」
彼の応援はこない。僕を売る計画は破綻した。
口を塞がれたまま彼は連れて行かれる。
結局この場の会計は僕が持つことになるのだろう。
「さよなら。この一杯は僕の奢りだ」
そう言って温くなったビールを飲み干す。
少しほろ苦い味がした。
ということは僕もそう長くはないのだろう。
うん、それも悪くない。
正義なんて柄じゃないが悪党が痛い目を見るのはスカッとするからね。
誰もいなくなった店内に少し多めの万札を残し、僕は暖簾を掻き分けるのであった。