大学受験舐めてんのか   作:オカルトって面白いよね・蠱毒とか

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“いちばんいけないのが、「他人の人生」を生きることである。
親の期待する人生、先生の言った通りの人生、上司の期待する理想の部下、などなど。”

大前研一


第10話 せめて普通の教育をだな

 高円寺の、たった1ヶ月で得たとは信じられないほどのプライベートポイントに2人の女子生徒が愕然としてからしばらく。

 落ち着いた2人に、動揺している間に契約したとおりにポイントが譲渡されて、ひとまず話し合いの場は整った。

 

「ええと、口を挟まない方が良いんだよね?」

「構わないとも。私も司も、多くの言葉を必要とすることを話すつもりはないからねぇ」

「……まあ気にしないで普通に4人で話そうか。よろしく、松下さん」

「あ、よろしく。土門くんだよね」

 

 高円寺の後をつけてきたらしい松下という1年Dクラスの女子生徒の確認に、高円寺が鷹揚に返す。

 司も司で、外で暴露されたくないから2人に聞かれたくなかっただけで、話の内容自体はそこまで大事なことを話すつもりもない。

 

 そもそも司も高円寺も、生まれが相当高い地位にあることと早熟であり既に能力的に優れていることが相まって、それぞれの実家や財閥など所属する場所では、それなりに系列企業の行く末や地方行政に関わることなど、重たい話に関わっている。

 主体的に提案することもあれば、教育の一環として聞かされることも、あるいは普通に大人に混じって話すこともある。

 

 それからすれば、この学校に関する話題など2人にとっては雑談程度。

 親友との交友を深めるついでの軽い会話に過ぎない。

 

 

 

 それを聞いたDクラスの少女、松下は、その戸惑った様子とは裏腹に僅かな期待を抱いていた。

 

 高円寺コンツェルン。

 この場のもう1人の女子生徒である神室はいまいちピンと来ていないが、日本を引っ張る大財閥であり、高円寺はそこの1人息子である。

 一般の生徒と比べて裕福な家庭に生まれ、上流階級の人々についても多少知ってる松下は、高円寺の存在を知ってからすぐに寮の部屋で調べたのである。

 

 その結果、言動はともかくとして高円寺が能力的にも家柄的にも飛び抜けた人物であることは知っていた。

 クラスで話し合いが行われている中で抜け出して高円寺の後をつけてきたのも、そんな高円寺が学校のシステムに対して余裕を醸し出していたのが気になったからだ。

 

 そしてその高円寺が、この学校でクラスメイトを『ボーイ』と『ガール』としか呼ばない男が名前で呼ぶ友人。

 こんなの興味がわかないわけがない。

 

 自らに見切りをつけて、学校では司同様に、あるいは司以上に集団に紛れ込んで平凡を演じているものの、そのことで彼女は退屈さを感じてもいる。

 だからこそ、面白そうなことに飛びついてしまったのだ。

 ついでにその事実が、クラスメイトに興味のない高円寺の口からでは他のクラスメイトに伝わらないだろうというのも大きい。

 

「……勝手にすれば」

 

 一方神室は、相変わらず不機嫌さを隠そうとしない。

 そもそも坂柳の命令で時間を浪費しているこの瞬間すら神室には気に入らないのだが、彼女を苛立たせるものは他にもある。

 

 司がピアノの技術を隠していたのも気に入らないし、他クラスの中でもキャラの濃い高円寺と親しく話す仲だなんて知りもしなかった。

 その事実が、神室の胸をざわつかせる。

 

 とはいえ、坂柳からの役目がある以上放置しておくことは出来ない。

 10万pptで口止めをされたとはいえ口約束。

 詳細な条件も詰めていないのだから、破ろうと思えばいくらでも破ることが出来る。

 神室はそう楽観視しながら話を聞いていた。

 

「それで、六助。どうかなこの学校は」

 

 司の言葉に、キングの駒を指で弄びながら高円寺は笑う

 

「随分と刺激的な学校だねえ。こんな場所は初めて見たとも」

「皮肉にしか聞こえないぞ」

「おや、私は称賛しているはずだが。司には心当たりがあるのかね?」

 

 くだらない質問だと言いたげな高円寺の言葉に、司は『だろうな』と頷く。

 高円寺は司と同様に、司が所属していた国子塾で多くの有望な同年代を見てきている。

 あるいはそれらを導く偉大な先達達を。

 

 そんな高円寺にとって、この学校は正直、退屈な部分が多いのだ。

 そしてそれは、司にとっても同じである。

 観察して学校について報告することと、有能な人材がいればスカウトする、特に潰れそうな場合には、という役目があるから全うしているが、個人的には既に飽きつつあった。

 

 もっとも期待がなければないでしっかりと責務を果たすだけなのだが、それはそれとして感情的に楽しさを求めることは当然ある。

 機械のように振る舞う能力は持ち、自分の意思でそれを操るが、しかし心はそこにある。

 それが司の目指したものであり、国子塾の指導方針だ。

 心なき機械など、どれほど高性能でも指示が出されなければ動けないガラクタに過ぎない故に。

 

「むしろ君にも聞きたいね。一体ここは、君にはどう見えているのかな?」

「そうだなぁ……」

 

 司の言葉に、尋ねた高円寺よりも神室や松下が関心を示して司を見る。

 高円寺のわかりにくい皮肉よりも、真っ当に答えそうな司の方が2人にとっては興味があった。

 

「うーん、極端な表現をするなら奴隷の製造所って感じかな、今のところ」

「ほう。君らしくない極端な表現だ」

「極端に言えばな。だがまあ、善意であるはずの教育機関では無いことは確信しているよ」

 

 特に言葉を躊躇わずにやり取りする司と高円寺の会話に、2人の女子は唖然として発する言葉をもたない。

 

「まだ判断を下すのは早計ではないかい?」

「そりゃあな。けどまあ、現時点で悪意が大きいのはわかる」

 

 司は色々な思考法が出来るが、しかし根は真っ当な善人である。

 人は善性の存在だと願っている。

 子は純粋無垢なものであり、例え悪を教え経験させるとしてもそれすら善意で行われるべきだと思っている。

 

 だからこそこの学校に、純粋な善意ではない、悪意とも呼べる何かが混ざっていることを感じていた。

 

「えっと、土門くん、質問があるんだけど良いかな?」

 

 その会話を聞いていた松下は、神室より一足先に正気を取り戻して司に質問を投げかける。

 

「良いよ良いよ。俺と高円寺も普通に話してるだけだし。

 むしろ2人だけで話しちゃってごめん」

「あ、ううん、それは良いよ。勝手に参加したのは私達だから。

 それで、奴隷の製造所っていうのはなんでそう感じたの?」

「ああ、きつい言葉使ってごめん。

 要するに『指示に服従する人間を作ってる』ってことが言いたかったんだよ。

 そうだな……」

 

 松下の言葉に、司は言葉を選びながら説明を始める。

 普通に説明をするならば、ちゃんと説明をしようと思う程度には司は会話の相手に気を使う。

 それはこの学校では、どちらかと言えば会話というより庇護対象への教育という側面が強いが。

 少なくともこの場面では、どちらでも問題はない。

 

「まず、今日聞いたばっかりだけど『Aクラスにしか特権がない』。

 これがシンプルにやばいと思った」

 

 司の言葉に松下と神室は不思議そうな表情をする。

 

「それは、そうだけど。

 でもそれは学校側が優れた生徒を育てるためで、奴隷とかではないよね?」

「……やばいからって発想が飛躍しすぎでしょ」

 

 呆れたように言う神室の言葉に、司は端末を操作して画像を一枚表示し、2人に示す。

 

「それ、興味本位でうちの担任に聞いたこの学校の3年間のテスト日程。

 見ればわかるけど、中間と期末の定期テスト以外にテストが存在しない」

 

 それがなんだ、と怪訝な表情を浮かべる2人に、司は自分が知っている高校の常識を話す。

 

「普通の進学校なら、外部の模試、例えば全国統一テストとか学力統一テストとかは最低限受けるんだよね。

 後は気合の入っている学校だと、学校独自で難しい問題で作った実力テストを定期テストとは別にやってる。

 定期テストってのは学習の進度を測るためのものであって、テストを解くための実力を見るものじゃない。

 だから大学入試で必要とされるそれを測り育てるために、模試とか実力テストをやる。

 言わば大学入試のための準備だ。

 この学校では、3年間通してそれを一切やらない。

 こんなんでどうやって大学入試させるつもりなんだろうね」

 

「ふぅん。

 確かに私でも、いきなりこれまでしてこなかった形式の試験となればいつも通りとはいかないだろうね。

 とはいえその程度で私が困ることはないが」

 

「お前と普通の高校生を比べるなよ。

 遊びで受けた東大模試でポンとA判定出すやつはもう人間じゃないだろ」

 

 高円寺は入試対策のためのテストを受けたことなどはない。

 しかし専属の教師からそこで扱われるような問題については学んでいるし、自主的に参考書などを活用した学習を行った過去がある。

 そしてそもそも学力の水準が高育生、否、高校生のそれではない。

 

 そんな高円寺が出来たとしても、普通の高校生が同じことが出来るはずがない。

 

「それ、本当なの?」

「もちろん。まあとはいえ、テスト無しでもちゃんと授業で扱ってくれる、っていう可能性も十分に考えられる」

 

 松下の言葉に頷いた司の言葉に、神室と松下の顔に安堵の表情が浮かぶ。

 しかしそれは、次の高円寺の言葉で再び青ざめた。

 

「5教科教育でその可能性が無いことは君が1番わかっているだろう?」

「まあな。だからどっちにしろ受験を受ける準備をさせるつもりがないんだよ。

 っていう話をしようと思ったんだけどな。

 お前話に割って入るなら自分で話せや」

 

 せっかく言葉を選びながら順序立てて話しているのに、楽しげにそこに割って入る高円寺に司は文句を言う。

 しかしその表情は楽しげで、久しぶりの高円寺とのやり取りを楽しんでいるのが見て取れる。

 

「ちょっと」

「うん?」

「お友達と話してないで、ちゃんと説明して」

「私達にもわかるように説明してくれると嬉しい、かな?」

 

 2人だけで話を進める司と高円寺に、神室が不機嫌そうに文句を言う。

 しかしその表情は、先程までの興味なさげな態度とは一変していた。

 そして松下も同様に、より話のわかりやすい司に問いかける。

 

「まず普通の高校は5教科っていう形の授業をしないんだよ。

 というかそもそも文部科学省がちゃんと高校の学習指導要領っていう決まりを出してて、それに則るなら5教科なんて形にはならない。

 国語なら現代文と古文、数学は色々別れてるけど、数学Ⅰと数学A、数学Ⅱと数学B、理系は数学Ⅲも。

 英語は英語表現とコミュニケーション英語、社会なら地理、日本史、世界史、理科なら物理、化学、生物、地学及びそれらの基礎科目。

 全部をしないといけないわけじゃないけど、少なくともそうやって分かれてるし、実際に大学入試もその形でやってる。

 だから、5教科で授業をやってる時点で、まともに学力を上げようっていうつもりがそもそも無いんだと思うよ」

「……確かに。塾でそんな話聞いたかも」

「そうなの?」

 

 松下の思い出すような言葉に神室が尋ねる。

 今日ここで初めて会った2人だが、既に2人の中ではこの司の衝撃的な話を聞かされる仲間としての仲間意識が出来始めていた。

 

「うん。高校に行ったら古文はもっと難しくなって現代文とは別の科目になるとか、理科も何個かに分かれるとかって」

「中学から高校ってのは勉強含めていろんなことがガラリと変わる。

 そして普通に中学から高校に進学する生徒は、中高一貫校で高校の内容を先取りでもしてない限りは高校の勉強がどんなものかなんて想像もつかないんだ。

 そこにこの学校にやってきて普通に中学校と同じく5教科を教えられれば、そういうものだと錯覚する。

 厳しい言い方をするなら一種の洗脳だよ、これは」

 

 ゴクリ。

 唾を飲む音は誰のものだったか。

 一般的な高校の学習内容の話をしているうちに、また話にのめり込んできたのか司が圧を放ち始める。

 

 司は、子供が好きだ。

 子供が学び、新しいことを知るのを見るのが好きだ。

 子供に教え、先を示すことが好きだ。

 子供が学んだことを糧に、道を切り開き高く羽ばたくのを見るのが好きだ。

 そしてまたそれが、日本という国家に最も力を与え、元気にするために必要なものだと思っている。

 

 だからこそこの学校の有り様は、司を苛つかせる。

 

「司、落ち着きたまえ」

「っと、失礼。まあそういうわけで、この学校はまともに受験させる気がないんだと俺は思ってる。

 じゃあBクラス以下の生徒はどうするんだろうね」

 

 ニコリと笑った司の笑みは、満面の笑みにも関わらずどこか冷ややかな迫力がある。

 

「それが、奴隷? あんたが言ってた」

「そもそもさ、この学校でどんな教育がされてるか、全くネットとか報道に出ないのっておかしいと思わない?

 特にBクラス以下の生徒なんて、大学受験もさせてもらえないまま高育を卒業したら、大学にもいけないで就職するか、真面目に受験するために浪人しないといけない。

 この学校で就職対策してくれるかも怪しいものだし、そんなので不満がわかないわけがない。

 そもそも入学時点じゃ全員が進路の特権があると思って入学してるのに、入学してから初めてそれが嘘だったと言われるんだよ?

 にも関わらず、一切この学校の情報が表に出てこない」

「あ、だから奴隷……」

 

 司の言葉に松下が声を上げる。

 

「入試を出来ないようにしておいて、特権も与えないで、卒業するBクラス以下の生徒たちは絶望するだろうね。

 『大学受験をしても受かるわけがない』。

 『こんないい学校に来たのに高卒で就職なんて』。

 そういう生徒を、学校はどうするんだろうね。

 何も対策せずに放出する?

 まさか。そんな勿体ないことするわけがない。

 ちょっと学校や政府が進学先を用意してあげれば、後は逆らえない生徒が120人も出来上がる。

 絶望の中に救いの糸を垂らしてくれた救世主。

 逆らおうにも、逆らったり情報を流出させようとしたら今度こそ完全に切られる。

 そんなことを出来る人いないだろうよ。

 自分がまともに大学受験をする能力も就職する能力も無いと気付いた人間には絶対に無理だ。

 ましてや高校生だからね。

 自分で人生を切り開くにも限度がある。

 大抵は学校から紐を垂らされれば喜んで飛びつくだろうね」

 

 それが、司がこの1ヶ月でこの学校に対して抱いた印象。

 学校が特権を与えるのが160人中40人でしかないにも関わらず、残り120人が不満を暴露している様子が無い。

 司の実家で情報を明かしたものだって、自発的に話したのではなく情報を引きずり出され、あるいは司の実家が生活を保証したから話したに過ぎない。

 先入観は良くないと司はほとんど教えてもらえなかったがさておき。

 

「まあここまで変な話はしたけど、考えすぎな可能性はもちろんあるよ」

「そ、そうなの?」

「なんだかんだいい学校で、特権を得られなかった人たちも全員が満足してるから情報を一切話してないとか」

「つまり有り得ないってことだね」

 

 松下の言葉に司は肩を竦める。

 状況的にまあ白はありえないだろうというのが司の推測だ。

 良くて黒よりのグレー、悪いと真っ黒。

 どっちにしろろくなものではない。

 

「どれだけ取り繕ったところで良い学校ではないと思うし、この学校で3年間頑張ったところで生徒にとっても良いことにはならないと思うよ」

 

 学校の価値を否定する司の言葉に、神室がそれを掻き消すように反駁する。

 

「進路の特権があるんだから、それだけで通ってる価値はあるでしょ。

 普通の学校じゃそんなもの使えないんだから」

「まあ特権はね。それだけで他と全く違うから、そこだけは自慢出来るよ」

 

 実際その特権だけは、政府や高育がどういった理屈で企業などにねじ込んでいるか司は知らないが、大したものだとは思う。

 どんな生徒もAクラスで卒業すれば、望むところに行くことが出来る。

 例えば学力の低い生徒が、学力的に夢のまた夢のような大企業に入ることだって出来てしまう。

 なんとも一発逆転の夢がある特権だ。

 

 一発逆転をしたところで本当の実力がいきなり備わるわけではない、という事実を無視すれば、だが。

 

「例えばの話をしようか。

 この学校にはいないだろうけど、スポーツのプロを目指してる生徒がプロになるために入学したとする」

「あ、Dクラスにはいるよ」

「えっ、いるの?」

 

 コクリと頷く松下を見た司は、あまりの事実に額を揉みながら深くため息を吐く。

 よりにもよってスポーツでこの学校にやってくるとは、一体何を考えているのか。

 いや、何も考えていないのか。

 

 シンプルにやべーだろという思考が頭の中を駆け巡った司は、気を取り直して話を進める。

 

「まあ、いいや。とにかくプロのスポーツ選手になるためにそのナントカ君はこの学校で必死にAクラスを目指して、3年間頑張ってAクラスで卒業して、見事プロになりました。

 それで、その後はどうなると思う?」

「どうって……プロになったんだから良かったんじゃないの?」

「あー……。確かにそれはそうかも」

「何? どういうこと?」

 

 理解が及ばない神室とは違い、松下は司の言わんとしたところに気づいていた。

 聡いというか、よく頭が回る子だと司は松下に対する認識を更新する。

 今のところDクラスは能力が不相応に低い生徒ばかりかと推測していたが、どうもそうではないようだ。

 

 さておき、司は話を進める。

 

「プロスポーツの契約期間は最短でシーズン終わりまで。

 まあつまり1年間だ。

 で、この学校で3年間Aクラスになるために頑張ってきたナントカ君は、他の高校で3年間、大学まで含めると7年間ひたすらスポーツに打ち込んできた人間を相手に実力を証明してそれ以降の契約を勝ち取らないといけないわけだ。

 ま、無理ですな。1年で契約打ち切り、つまりクビだ。

 運が良ければ下部リーグで拾ってもらえるかもしれないけどね」

「それは……」

「この学校は確かに一発逆転のチャンスはくれるよ。

 学力が足りない生徒が普通なら行けないような大企業に行けたりとか、実力が足りない人間がプロになれたりとか。

 でも正直、純粋な学力含めた能力を高めるなら他所の方が向いてるんだ。

 特にスポーツなんかは顕著だけど、学力だって他の進学校の方がまともに教えてくれる。

 一度入れば勝ちの公務員とかは良いけど、会社員とかスポーツ選手とかは悲惨だろうね」

「……でも、スポーツは別としても勉強出来ることだけが実力とは言わないんじゃない?

 例えばコミュニケーション能力とか、みんなで協力する能力とかあるでしょ?

 この学校ではクラスで団結させて競うことで、そういうのが磨かれるんじゃないの?」

 

 松下の言葉に司は頷く。

 高円寺は笑みを浮かべながらに端末を操作し始めていた。

 

「それは一理あるよ。

 実際社会に出たとして、学力だけが大事な訳ではない。

 この学校がどこまで生徒のそういう力を伸ばそうとしているのかは別として、松下さんが言ったような力も当然大事だ」

「じゃあ、この学校の方が良い部分もある、ってことだよね」

「多分ね。まあでもそれにも問題点はあるよ」

 

 学力と、それ以外の人とうまくやっていく能力。

 どちらが大事かと論ずる松下に、司は否と断言する。

 

「松下さんが言っているような人は、要するに『うまくやっていける』人間だ。

 周りと円滑な交流をし、上司に可愛がられ部下に慕われる。

 自分は周りからずれて孤立することなく、みんなとうまくやっていく。

 いわゆる社内政治がうまいタイプの人間だと言える。

 それ自体は別に悪いことじゃない。

 集団の中で周りとうまくやるのは大事なことだ」

 

 どれだけ優れた人物でも、集団の中で孤立し周りから避けられては成し遂げられるものも成し遂げられない。

 もっともそんな中で全てぶち抜いて大事を成し遂げる人間もいるにはいるが、それは完全な外れ値であって、論じても仕方のない類の人間だ。

 

 だが一方で、うまくやっている人間というのは、とどの詰まりその程度の人間だ。

 

「だけど逆に言うと、うまくやることがメインの人間というのは、その程度の人間なんだな。

 ただうまくやれるだけ。

 みんなをまとめ上げて何かを成し遂げられるわけではない。

 それはまた別の能力だからね」

「つまり……コミュニケーション能力が高い『だけ』の人間になっちゃう、ってこと?」

「そう捉えてもらっていいよ。

 もちろんそういう人はそういう人で、集団の方向性を示したり全体を整えたり大事な役割を果たすこともある。

 でも、それしか出来ないんだよ。

 で、ここで思い出してほしいことがあるんだけど」

 

 司は何も、そうした能力が不必要だと言っているわけではない。

 実際そういう能力を活用して社会の中で成功を収めている人も一定数いる。

 爆発的な成功を収めるのは最低限知力も兼ね備えた人ばかりとはいえ、それはそもそも少数派で、考えるだけ意味はない。

 少なくとも生徒それぞれの人生について考えるにおいては。

 

 企業で活躍するのだって、全員が全員純粋な仕事に対する実力で活躍しているわけではない。

 コミュニケーション能力を武器にグループをまとめ上げてプロジェクトを成功させたり、潤滑剤となることで癖のあるメンバーをまとめてまっすぐ走らせたり。

 そういう役割を担えば十分に活躍できる。

 

 では司が一体何を気にしているのか。

 単純な話だ。

 

「この学校、Aクラスしか特権が無いわけなんだけど

 特権を使わないで、どうやって学力の無いコミュニケーション能力主体の人が目指すところに進めるのかな?」

 

 一般的に目的の場所に進むために必要なのは、コミュニケーション能力だけでなく学力や知力もなのである。

 

「普通に受験して就活してってなると、どうしても学力とか成績とか学歴が大事になってくる。

 けど、この学校って何故かそれらを完全に無視してるんだよ」

 

 衝撃を受けた表情をする松下と神室。

 特権、という言葉に踊らされていたが故に、2人はそれ以外の生徒に必要なものについて考えが及んでいなかった。

 特権が無い、というのはそれだけではただプラスが無いだけ、あくまでフラットでしか無い。

 

 けれど仮に、特権がない場合に必要なものが失われるとしたら。

 それは一転してマイナスとなってしまう。

 

「全員が特権を与えられるなら、百歩譲って松下さんが言うような教育でも良い。

 でもBクラス以下はそうじゃない。

 俺がやばいって言ってるのはここなんだよね。

 そもそもBクラス以下の生徒が卒業後にまともに生きていけるだけの教育をしてないんだよ、この学校。

 この大学受験が当たり前と言っても過言じゃない日本のエリート校の癖に」

 

 現代の日本社会でしっかりと生きていくならば、学歴と学力なんていくらあっても困るものではない。

 もちろん高校を卒業してすぐに建築会社に就職したり、あるいは警察や自衛隊、消防に公務員など就職先は探せば見つかる。

 

 ただいくらでも言うが、ここは日本を引っ張る人間を育てるためのエリート校なのである。

 入学してきた生徒たちは、当然相応の進路を望み夢にみている。

 そこでこれは、あまりにも無情が過ぎる。

 

「……つまり、特権は良いけど教育自体は全く駄目、っていうのがあんたが言いたいことなわけ?」

「まあそういうことだね。それで特権を受けられる確率が4分の1でしょ?

 これからクラス間の競争にどの程度労力と時間が取られるかわからないけど、普通に割に合わないと思うんだよな。

 4分の1の大成功と4分の3の成功じゃないんだよ。

 4分の1の大成功と4分の3の大失敗。

 いくらなんでもリスクがでかすぎるでしょ」

 

 重ね重ね言うが特権は素晴らしいのである。

 ただこの教育をする学校に3年間いるというデメリットもまた爆弾級に大きいだけで。

 

「こ、高円寺君はこの学校についてどう思ってるの?

 今土門君が話したことについてとか」

「ふぅん?」

 

 自分の思考をまとめる時間が欲しかった松下は、ついでに1人端末をいじっていた高円寺に話を振る。

 神室も松下とは違って社交的ではない分自分から話をふる訳では無いが、この坂柳以上に風格のあるDクラスの男子生徒がなんというかには、興味があった。

 

「司の顔を立てるために私も少し真面目に話そうか」

 

 端末を置いた高円寺は、髪を櫛で整えながら、2人の女子生徒に教育するように続ける。

 

「松下ガールは聞いているだろうが、私は高円寺コンツェルンの御曹司でね。

 はっきり言えば特権などなくとも高円寺コンツェルンの頂に立つという私の道は叶う。

 だからこの学校の特権は私にとっては必要ない」

「は……高円寺コンツェルンって何? ていうかあんたそんな凄い奴だったの?」

「私個人の事情を話すつもりはないよ。

 そして高円寺コンツェルンは現在の日本で次席に座る財閥だ。

 三友や住井と比べれば後進だが、勢力は我が財閥の方が確実に上だと断言しよう。

 君もこの国を導くエリート足らんというのならばそれぐらいは覚えておきたまえ」

「それって……」

 

 一般人に過ぎなかった神室からすればあまりにも雲の上の存在。

 裕福な家庭で育った松下からしても隔絶した世界に住む類の人間だ。

 司の前世で言えば財閥の解散した日本には存在しなかったレベルの高みにいる人間。

 松下は既に驚きを通り越して慣れているが、神室はこれが初見であるが故に驚きを隠せない。

 

「私が特権を必要としないのは、私自身の能力が高いことと恵まれた生まれをしたという2つの理由からだ。

 高円寺コンツェルンの頂に立つならば、能力だけではどうにもならないものもある。

 だから私には恵まれた生まれもまた必要なものだ。

 そこで君達に聞きたいのだが、君たちの目指すところは、本当に特権を使わなければたどり着けないものなのかね」

「……どういうこと?」

 

 怪訝そうな神室と松下の言葉に、高円寺は笑いながら告げる。

 

「望む企業に務めたい、望む組織に所属したい。

 その目的は、君達の努力で叶えることは不可能なのかね。

 何も財閥の長になりたい、この国家の元首になりたいなどと大それた夢を持っているわけではないだろう?」

「それは……」

 

 高円寺の言葉に、神室が答えに詰まる。

 そもそも彼女はなんとなくでこの学校にやってきて、どうしても成し遂げたい夢というのは存在しない。

 だからこそ特権という言葉に踊らされただけで、今それを与えられても活用出来ない。

 その事実に、今更ながらに思い至った。

 

「無論、特権が無ければ厳しいものも存在するだろう。

 ごく少数の特別な経歴のある人材しか採用されないような職業、あるいは縁故主義で採用される人間が決まるようなものもまたそうだ。

 そのあたりを一度よく考えてみるといい。

 この場所の与える特権に踊らされることなく、それを自ら活用してこそ真のエリート足り得る。

 踊らされるのではなく、自ら踊る場所を選び演目を選び、見事に踊ってみせたまえ。

 もしその舞が私の目に適うならば、その時は高円寺コンツェルンの次期当主として、その道の支えとなろう。

 もっとも、今の君たちではその可能性は無いだろうがね」

 

 高円寺の言葉に場に沈黙が落ちる。

 司は高円寺が自分ではなく2人に語りかけていたために傍観を選び、神室と松下は高円寺の言葉に今一度自分の目的について考え込んで。

 

「さて、司。迷える子羊を導くのは君の役目だ。

 後は君がやりたまえ」

 

 そう告げると高円寺は席を立つ。

 久しぶりに友と再会し、その奏でる芸術を聞き、そして言葉を交わした。

 何も深く深く話し込む必要はない。

 どうせ司と高円寺はそれぞれの立場上、これから数十年の付き合いになる。

 故に今は、一目会ったことで十分に満足したのだ。

 

「おう、またな六助」

 

 司の言葉に、高円寺は振り返ることなく片手を上げると、そのまま去っていった。




高育の教育って、全部が全部悪では無いと思うんですよ。
少なくともエリートを、日本を率いる人材を育てるというなら、他者との駆け引きやコミュニケーション能力に交渉力、悪意に対する対処や経験、搦め手に関する知識を身につけるのは大事だと思います。
やり方がクソなのは置いておいて、そこは間違ってないです。

問題は、高育ではこれらしか育まれないこと。
言ってみれば政治家ではなく政治屋を、国家に尽くす官僚ではなく汚職官僚を育ててるようなものですね。

高育が教育しているものは、本来は本当に能力のあるエリートのその能力の上につけるオプションパーツのようなもの。
土台の上に乗っかる武装です。

でも高育はそれだけしか育まないし、入学する生徒も高校生になったばかりの普通の生徒達だから、中身が貧弱どころではなく脆い、場合によっては穴だらけだったり固形になってなかったりします。

だから高育の教育はダメダメなんだ、という話です。

他のキャラクター視点(一人称の地の文という意味ではなく、司がいない場面で、ということ)での描写を読みたいですか? 例えば松下が中間試験への対策に奔走する姿を松下視点で書くのか、あるいはいつも通り司が後から聞いたという形で書くのか。司という異物への、司が居ない場面での反応(例えば神室と松下が2人で話してる場面等)も含めて、視点を統一するべきか色んなキャラの目線を書くべきか悩んでいます。

  • 司中心で、司が見聞きした情報で良い
  • 他のキャラクター視点の情報もみたい。
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